反省文

蓮實長治

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反省文

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 先生。
 上告は不要だ。
 俺みたいな奴の為に、苦労していただいた事には感謝している。
 でも、もう、俺を死なせてくれ。
 そして、最後のお願いだ。
 逆恨みだってのは、判っている。
 そうだ、これが、逆恨みだってのが判るようになったのも、あんたのお蔭だ。
 それに、こうして、自分の考えてる事を手紙にする事が出来るようになったのも、あんたのお蔭だ。
 だが、あんたを憎んで死ぬ事を許してくれ。

 誰もが、俺に聞いてきた。
 なんで、あんな真似をしたのか、って……。
 でも、あんたほど真摯に聞いてきた奴は居なかった。
 だが……あんな真似をした時の俺には、それを言葉にする事が出来なかった。
 警察は、あんな事をしでかす前の俺だったらSNSあたりでネタにしてたような作文を作った。
「誰でもよかった」
 ってね……。
 だが、あの時の俺は、自分が何に怒り、何を憎んでいたのか、さっぱり判らなかった。
 でも、今なら判る。
 自分の感情を言葉に出来ない、ってのは、自分がやった事の理由を自分自身で理解出来ないって事だったんだと。

 馬鹿だった頃の俺でも、あんたがいい人だって事だけは判った。
 娑婆に居た頃に馬鹿にしていた「人権派弁護士」ってのが、自分の思ってたのと全く違っていたって事も。
 そして、俺は、必死で勉強した。
 あんたや、俺を取材しに来たジャーナリストが差し入れてくれた本を何度も何度も読んだ。
 弁護士としての仕事じゃないのに、あんたは、俺が読んだ本の中で、俺が理解できなかった箇所の意味を丁寧に教えてくれた。
 逮捕されてから、死刑判決が下るまでの何年かの間こそ、俺が人生で、一番必死に……そして、自分の意志で何かを学んだ期間だった。

 そして、俺は……あの頃の俺のいらつきや怒りの原因が何かを理解出来た。
 そのいらつきや怒りを、関係ない人にぶつけてしまった事も……。
 あんたのお蔭で、俺は変れた……でも……。

 変に思うだろうが、俺は、事件を起した時の俺の気持ちを言葉に出来るようになったせいで、逆に、事件を起した時の俺自身を理解出来なくなっていた。
 だから……最終弁論の時に、裁判官に「自分がやった事を反省しているか?」と聞かれて、正直に、こう答えてしまったんだ。
「反省するには時間がかかる。その時間を与えてくれ」
って……。

 多分、俺は、どうあがいても死刑になっただろう。
 でも……どうしても、俺は、こう思わざるを得ない。
 あんたが、不真面目で、俺を人じゃなくて物か何かのように扱い、何もかもを単なる作業か何かだと思ってるような弁護士だったら……。
 俺が馬鹿なまま、あの時に、形だけで中身の無い「反省」の言葉を口にしていたなら……。
 あんたが俺を人間にしてくれた事には感謝している。
 それでも……あんたを恨み憎んで死ぬ事を許してくれ。
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