アーチファクト

蓮實長治

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アーチファクト

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 教授に呼び出され、病院から研究室に向かう途中の廊下で出会ったのは、医大に似つかわしくない服装の男だった。
 だが、その男が着ている作業着にも、その男の顔にも見覚えが有った。
「お……お前……」
「これは先生。お久しぶりです。津参づさんメディカル品証部の狸山かたるです」
「ふ……ふざけるな……どのツラ下げて、ここに来れた……。……お前の会社の製品のせいで……人1人が、一生、半身不随になったんだぞ」
「はて、何の事でしょうか? 所で、教授が先生を呼び出されていた筈ですが……」
「何?」
「時間に厳しい方ですから、急いだ方が良いかと」

「大学の医療事故調査委員会での結論が出た。君のミスだ」
 俺が部屋に入ると同時に、教授は冷くそう言った。
「い……いや……ちょっと待って下さい」
 そもそもの発端は、大学病院で使われている津参メディカル製のMRIの不具合だった。
 その型式のMRIでは、ある特定の条件の際にアーチファクトが発生するのだ。
 アーチファクトと云う言葉には、色々な意味が有るが、医学用語・生物学用語では、生物の組織を顕微鏡などで見る際の前処理……例えば細胞の染色処理など……や、CTやMRIなどの医療機器でセンサから送られてくる信号を解析する処理の副作用で「実際には存在しない構造など」が見えてしまう事だ。
 津参メディカルは、すぐに解析処理の不具合を修正し……。
 いや、不具合を修正するつもりで別の不具合を作り込んでしまった。
 アーチファクトは消えたが、今度は別の条件で「本当に存在する何か」を消してしまうようになったのだ。
「あれは、MRIの不具合です。アーチファクトを消す修正を行なった副作用で、本当は有る筈の脳内の血栓を消してしまったんです」
「事故調査委員会は、君のその主張よりも、津参メディカル側の反論の方が説得力が有ると判断したよ。脳内に血栓が出来ている事を発見出来ずに、あの患者さんが、半身不随になったのは、あくまでも君のミスだ。責任を取りたまえ」
「待って下さい……」
 その時、俺は、ある可能性に気付いた。
「教授、事故調査委員会で、私を擁護していただいたんでしょうか?」
「私は公平な立場に立つよう勤めたよ。君の指導教官である以上、痛くない腹を探られるのは御免だからね」
「……津参メディカルから……いくらもらったんですか?」
「あのなあ……知らなかったのかね?」
「えっ?」
「ここ十年以上、ウチの研究室の研究費の約7割は、津参メディカルから出てる『共同研究費』だよ。まだ、判らんのかね? 君は君が濡れ衣を着せようとしている会社の金で、博士論文を書いたも同じなんだよ。重大な医療ミスをするだけでは飽き足らず、大恩有る相手に濡れ衣を着せようとするとは……全く、本当に、君は、人間のクズ……だな」
「え……いや……ちょっと待って……下さ……」
「明日の朝9時に総務に行きたまえ。そこで君の懲戒免職の手続について説明が有るだろう」
「わ……わかりました」
「ああ、言うまでもないが、SNSなんかで、津参メディカルの医療機器に不具合が有るなど匂わそうものなら……津参メディカルとウチの大学の両方から訴えられると思っておけ」

 俺は実家に帰って、親類がやってるクリニックを手伝い……将来的には継ぐ事になった。
 しかし、この御時世、いつSNSで「医療ミスで大学病院を懲戒免職になったヤブ医者」だと晒されるか判ったモノじゃない。
 それに医者である事には違い無いが、これまでとは、まるで勝手が違い慣れるまでに2年近くがかかり……。
 そして、かつて思い描いていた将来は消えてなくなり、心は死んでしまったのに、胃だけは痛み続ける数年間が過ぎ、あの病気の流行が起きた。

 やがて、あの病気の大々的な予防接種が始まり……しかし、国が作った予防接種の予約用WEBサイトに不具合が有る事を俺が嫌いな新聞が報道し……そして……。

 最初に指摘されたのは、存在しないマイナンバーでも予約の登録が出来る、と云う不具合だった。
 そして、どうやら、慌てて不具合修正をやった結果……存在しているマイナンバーでも登録出来ないケースが生じたのみならず、ある特定の条件を満たすマイナンバーの場合は、既に予約登録をしている場合でも、予約登録が取り消されると云う不具合が発生した。
「無能なマスゴミが正義の味方気取りで馬鹿な事をやったせいで、余計酷い事になったじゃないか。何を考えてるんだ? 人の命がかかってんだぞ。このシステムの製造元は報道した新聞社を訴えた方がいい」
 俺は、そうtwし……瞬く間に6桁RTされる事になった。

 俺のtwが切っ掛けになって、俺が嫌いな新聞社は「社会の敵」と化し……最初の報道そのものが刑事事件として扱われ……そして……民事訴訟も始まり……。
『○○病予防接種予約システムの不具合についての××新聞社の報道により業務への支障と損害を受けたとして、国とシステムの製造元が起した民事訴訟において、原告側の主張が認められ、××新聞社に対し、国とシステムの製造元への賠償を命じる一審判決が下りました』
 よかった……この国の司法も、まだ捨てたモノじゃない。
『では、原告側の記者会見の模様をお送りいたします』
 ん……待て……システムの製造元の代表者……どこかで見た覚えが……。
『○○病予防接種予約システムのプログラム作成およびシステム構築に関する製造元の責任者である津参メディカル社の品質保証部第4課の課長の狸山と申します』
 ……。
 …………。
 ……………………。
 おい、本当に待ってくれ、今、あいつ、何て名乗った?
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