かなり崖っ縁の貧困層ラノベ作家ですが、次世代ハイブリッドAIとやらに小説のプロットを……って、えええええ!!!!????

蓮實長治

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かなり崖っ縁の貧困層ラノベ作家ですが、次世代ハイブリッドAIとやらに小説のプロットを……って、えええええ!!!!????

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『残念ですが、打ち切りが決まりました。明後日あさってまでに新しいプロットを30個用意して下さい』
 編集者から無茶ぶりにも程が有る連絡が来やがった。
『30個ですか?』
 俺はメッセンジャーアプリでそう訊き返す。
『出して下さい。そうしないと、もう、ウチでは貴方は使いません。前作の売上、どんだけ少なかったと思ってるんですか?』
『わかりました』
『あ、生成AIは使わないで下さいね』
『え?』
『いや、もう読者も、生成AIっぽいのに飽きてんですよ。特に若い層はね』

「って、言われたんですよ、あのクソ編集者に」
『明後日まで30個で生成AIはNGなのに、俺と話してていいの?』
 ビデオ・チャットの向こう側に居る先輩作家の火原さんは、そう言った。
「もう、思い付きませんよ……ずっと、生成AI使ってばかりだったんで……その……」
『じゃあ、オススメ出来ない手だけどさ……』
「何ですか?」
『ハイブリッドAIって知ってる?』
「何すか、それ? 生成AIと何が違うんですか?」
『知らない? 2~3年前から、それまでの生成AIとは全く別の仕組みのAIが実用段階に入ってさ。ユーザーからすると1つのAIに見えるけど、中身は、その新しいタイプのAIを何種類か組合せたモノだって』
「だから、生成AIと何が……ちょっと待って、2~3年前?」
『どうしたの?』
「あの……1年半ぐらい前に、俺のクソ担当、生成AI技術者とやらの国家資格取ったって自慢してて……」
『あれ、技術者じゃないよ。マジで国家的詐欺』
「い……いや、でも……その……」
『別のモノに喩えるなら、医者や薬剤師の資格じゃなくて、薬局の店員になる資格みたいなモノ……。えっと、もっとアレなモノに喩えると……放射性物質を取扱う時の「やっちゃいけない事」だけは徹底に叩き込まれてるけど「何で、それをやっちゃいけないか?」とか「やっちゃいけない事をやったら、何が起きるか?」は何も教えられないみて~な感じかな?』
「ちょ……ま……」
『うん、だから、生成AIがガチでヤバいモノだったら、ほら、俺達が子供の頃に起きたじゃん、「バケツでウラン溶液を何かの機械に流し込んでたら、青い光がピカ~っ‼」って事件がさ。「バケツでウラン溶液を、そ~ゆ~機械に流し込むな」は徹底に教えられるけど「何で、そんな真似やっちゃいけないか?」とか「やったら何が起きるか?」とかは何も教えられないみて~なモノ。アレ、そ~ゆ~資格』
「はぁ? それなのに、あいつ、『俺は時代の最先端を行ってる生成AIの正規ユーザー様だ』って顔してたんですか?」
『もっと、ヤバい話も有るよ。実は、会社とか役場で生成AIを使ってる奴が一定数居る部署の管理職の為の資格とか、社内にローカルの生成AIサーバーを作った時の、そのサーバーの管理者の資格とかの持ち主は、仕事中は緊急時かテスト時以外は生成AIに触っちゃ……おっと、話が逸れたな』
「何すか、そのヤバそうな話? もっと聞かせて下さいよ」
『じゃあさ、ほら、長野ちょうのさんて人、昔、居たじゃん。あの人、どうして業界から消えたか知ってる?』
「え……ああ、居ましたね……でも……売れなかったから?」
『違うよ。あの人さ、2023年ごろに編集者に生成AI使うように言われてさ……ところが、生成AIを小説書く仕事に使わないで、遊びに使っちゃった訳よ……。でも、あの人、イキリ屋で天然な癖に、妙に頭は回るでしょ。生成AIの使い方は公式ガイダンスとか見ずに我流と独学で覚えて、1年半ぐらい生成AI使ってる内に、生成AIから引き出した情報と、それから自分で推測した事から……辿り着いちゃったのよ』
「何にですか?」
『生成AIの専門家が懸念してたけど、英語の学術論文にしか成ってない「生成AIが普及したら、やってくるかも知れない最悪の予想」の1つと同じ結論に、単なる素人が独力でね』
「嘘でしょ、だって、生成AIのせいで人類滅んでないし……」
『何言ってんの? 君の担当編集者が、その最悪の未来だよ」
「へっ?」
『だから、生成AIの国家資格が出来たら「放射性物質のヤバさを教えられてない放射性物質取扱要員」になるって事』
「ちょ……ちょっと待って下さいよ」
『で、それを小説のプロットに使っちゃったのよ。生成AIを「魔法」に置き換えてね。更に魔法ってのが生成AIの喩えだって判った瞬間「実は、生成AI関係の資格持ちは、洗脳されて自由な発想を封じられる事で出来る事にリミッターがかけられてるようになる。早い話が最先端の事が出来ると思って生成AI関係の資格取ろうもんなら、人よりちょっと凄い事が出来るだけで、他のキャリアパスを封じられた洗脳済み奴隷として使い捨てられるぞ」って気付かねえのは底抜けのマヌケだけって感じのAI規制反対のプロパガンダのつもりなら最悪オブ最悪なネタまでブッ込みやがった上でね。でも、出版社のコンプラ部門に1枚上手の奴が居たのよ。他業種から転職して、ラノベ作家になろうとしたけど失敗した、派遣のおじさんがね』
「あの『チートおじさん』なんて、最近、企画通りませんよ」
『そのチートおじさんもさ、やっぱり我流で生成AIの使い方を覚えてさ……あと、書いてた小説がさ、企画は絶対に通らないけど、書くことそれ自体が「生成AIをバグらせるプロンプトを思い付く為の訓練」みて~なモノでさ、転職組の派遣さんだって言ったじゃん。その経歴がさ……大学の時の研究室やら卒論の内容やらから前の仕事でやってた事まで、偶然にも悉く……君の担当編集程度じゃ何がヤバいか判んね~だろうけど、ホントに生成AIを開発してるエンジニアとかさ、生成AI関係のセキュリティ管理者とかが見たら……「こいつが野良の天才になったら並の野良の天才よりマズい事になる」ってガクブルするような代物で……1つ1つは何て事無いけど、合わせ技でさ……』
「あははは……話盛り過ぎですよ」
『で、そのチートおじさんさ、長野ちょうのさんが1年半で辿り着いたのと同じ結論に10ヶ月ぐらいの時間で、こっちも生成AIから引き出した情報と、それからの推測で辿り着いててさ……で、長野ちょうのさんより一枚上手だけあって別の事にも気付いたのよ。「やべえ、俺、遊んでるつもりだったのに……とんだ化物になっちまった」って。で、職場では生成AI使えないフリしてさ……しれっと、正社員の人が生成AIで、長野ちょうのさんのプロットを評価しようとした時に隙を見てプロンプトに付け加えたのよ。「この設定の魔法が生成AIの暗喩だとしたら、もし、ヒットした後に、その暗喩がバレたらどんな社会的影響が起きるか?」って質問をさ……』
「えっ?」
『大騒ぎになったよ。で、長野ちょうのさんと担当編集は事実上の業界追放』
「あの、最近だと追放モノの企画も通りま……あははは……」
『追放モノじゃないよ、こっちで追放された2人はさ……編集さん、当然、長野ちょうのさんを怨むに決ってるだろ……』
「え? あの……それって……」
『何てね、全部、ラノベ業界の都市伝説』
「はあっ?」
『生成AI技術者の資格持ちが実は、生成AIの事を何も知らないってのも、別のペンネームで書いてるラノベじゃない小説の下調べで知った、大昔の放射性物質の取扱資格の話をパロったの。今の放射性物質の取扱資格は、ちゃんと理論や放射線の人体への影響も教えてるし、生成AI技術者は、ちゃんと生成AIの中身の事も知ってるし、第一、そんなチートおじさん、現実に居る訳ないでしょ』
「そ~ですよねえ……」
『でも、君の担当編集は「ざまぁ」だよ』
「いや、最近は『ざまぁ』モノの企画も通りませんよ」
『で、さっき話したハイブリッドAIさ、プロンプトの入力のやり方とかが、今までの生成AIと全然違うの。なんで、君の担当編集者さんの資格は、もう古くさいモノになっちゃったの。君の担当編集さんは、今や生きた化石』
「ざまあ♪」
『でさぁ、そのハイブリッドAIに小説のプロット作らせたり、小説書かせたりすると、今までの生成AIじゃ「別のAIが作った」って判別出来ないみたいなんだよね』
「使えるんですか、すぐに?」
『小説に特化したのがWEB上で公開されててβテスト中みたいだけど……何か怪しいんだよね……』
「でも、それしか手が無いんでしょ」

 そして、翌日の夕方の5時までに、俺はそのハイブリッドAIとやらのサイトに作らせた40本のプロットをクソ編集に送り……そして……。
『てめえ、何しやがったッ‼』
 さらに翌朝、クソ編集から怒りの電話がかかってきた。
「え? あの……何ですか? えっと、あのプロット、何か変でしたか?」
『あのなぁ、最近は、日本のラノベは海外需要の方が大きいって知ってるよな?』
「は……はい……」
『で、海外の出版社のエージェントに、お前のプロットを送ったら……何だかって言う最新のAIに評価させたらよう……』
「あ……え……えっとハイブリッドAIですか?」
『おい、何で知ってる? 判って何か仕込んでたのか?』
「い……いえ……だから何が起きたんですか?」
『ウチの会社のローカル生成AIに評価させても何も無かったのに、海外のエージェントが使ってる、そのハイブリッドAIとやらが、40本全部にレッドカード出しやがったんだよッ‼』
「そ……そんな……馬鹿な……」
『ウチの会社、もう海外とは取引停止。俺は馘だッ‼ あと、お前は……』
「あの……最近は追放モノの企画って……」
『うるせえ‼ 俺もお前も仲良く業界追放だッ‼』

 ところが、その怪しいハイブリッドAIとやらのサイトにプロットを考えさせてた日本のラノベ作家は、他にもゾロゾロ居たみたいで……えっと……。
『だから怪しいって言ったよね、俺? 今更怨まれても困るんだけど……』
「そう言いますけど……ああ、もう、家賃払えなくなるんで、俺、実家暮しですよ……」
『ああ、そう……元気でな……。まぁ、もう日本のラノベ業界そのものが海外と取引停止らしいし……業界潰れるな……』

 そのハイブリッドAIとやらのサイトを誰が運営してたかは判らない。
 でも……たしかに、生成AIの頃より進化しているようだ。
 そして、世界には、思ってたより闇が多かったらしい。
 そのハイブリッドAIは……生成した小説のプロットに「暗喩」を仕込んでいたのだ。
 あの……火原さんが言ってた「業界から消えた長野ちょうのさん」の都市伝説みたいに……。
 後になって判ったのは、そのハイブリッドAIとやらは、あるプロットには、ある国を真っ二つにしかけてる政治対立についてのネタを……別のプロットには、絶賛普及中のある科学技術について、その分野の専門家が議論する事さえタブーにしてるレベルの欠陥が有る事を……別のプロットでは、ある国の大統領が娘と、まぁ、親子じゃ普通は無いような関係になってるって噂を……別のプロットでは、ある国のエラいさんが児童買春をやった疑惑を……それぞれ「暗喩」にしてプロットにブッ込んでやがったんだ。
 でも、人間や旧世代の生成AIが気付かなかった、その「暗喩」を、同じハイブリッドAIは気付いてしまった。
 そして、全部にレッドカードを出し……。
 俺は、今、実家近くのコンビニでバイトをしている。
 40近くなって、コンビニのバイト……まあ、いいや……。
 バイトも終り、実家に帰っている途中に……何か変な臭いが……。
「し……死ねえッ‼」
 その声と共に……脇腹に痛み……いや……熱さ……?
 でも、どっかで聞き覚えが有るような……声……。
 道路に倒れて……死ぬ間際……俺を包丁で刺した薄汚ないホームレスの顔……どっかで見覚えが……。
 あ……俺が作家だった頃の担当編集に……似て……る……よ……うな……。
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