悪夢の「安楽死」行脚

蓮實長治

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悪夢の「安楽死」行脚

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「新たな文明の誕生は、新たな倫理の形成を意味する。未来からふりかえれば、われわれのしたことすべてはまったく正常に見えるかもしれない。だから、子どもたちよ、われわれが地獄に落ちることはないだろう」
劉慈欣 作/立原透耶,大森望 他 訳「三体2・黒暗森林」より

 君は、医師であった頃、SNSで知り合った「被害者」を「安楽死」させた容疑で逮捕され、有罪判決を受けた。
 しかし、確定した刑は有期刑であり、獄中で死亡しない限り、いずれ社会に戻ってくる。
 当然ながら、君は、獄中で社会復帰の為の訓練を受ける事となった。だが、担当の精神科医が下した判断は「反社会的人格の可能性が高く、この診断が正しかった場合、治療は極めて困難」だった。そう、君は「たまたま医師になったサイコパス」に過ぎず、サイコパス故の認知の歪みから、あの事件を起してしまったのだ。
 ここまでは君にとって「何を今更」と言いたくなる事だろう。
 そして、この事も君は知っているだろう。
 もはや、日本は国としてのていを成していない。他の大多数の国も同様だ。国連その他の国際機関もマトモに機能してはいまい。
 あの疫病の流行と全地球規模の気候変動によって、人類は文明の火を次世代に受け継がせる事は、ほぼ絶望的となった。
 人類は、大幅に数を減らして存続するかも知れないが、古臭い言い方だが、少なくともあと数百年は「石器時代に戻」ったままだろう。
 全人類は文明と科学技術の庇護を失ない、人間の生存は、危険と困窮、不安と恐怖に満ちたものとなった。
 君には、あの疫病を含めた既知の大半の感染症への耐性を付け、加えて老化を遅らせる医療処置を行なった。その代償として、君は生殖能力を失なった。行為は可能だが生物学的な子孫を残す事は不可能だ。
 このような処置を行なったのは、日本国最後の総理大臣として君に頼みが有るからだ。もちろん、君には断わる権利が有るが……私の頼みを受ければ、君は、その後の人生における「生き甲斐」を得るだろう。
 どうか、生命ある限り、君がかつて行なったように、この世界に絶望している者達を探し出し「安楽死」をさせて欲しい。
 君であれば……どれほどの人の生命を奪おうと、夜、一人孤独に眠りにつく時にも悪夢に悩まされる事は有るまい。
 喜びたまえ。来たるべき世界では、君のような人間にも居場所が存在するだろう。

 ……どれほどの年月が過ぎただろう。
 俺は、名前すら思い出せなくなった誰かの願いのまま、人を殺し続け、自分だけ生き長らえてきた。
 その事に対して、理性的には疑問を感じる事は有るにせよ、感情面では罪悪感を感じた事は無い。
 だが、俺に感謝しながら死んでいく者達を見る時、ふと思う事が有る。
 ……地獄に堕ちる事が出来れば、どんなに幸せだろうか?
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