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第六章:New Deal

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 十五歳で博士号を取り、その博士論文が「ノーベル賞確実」と言われている天才生物学者へのSNS上での反感は……爬虫類人間の存在が明らかになって以降、下火になっていた。
 「あの生意気なヴィーガンのメスガキに、無理矢理、肉を食わせて泣かせてやりてぇ」とか煽っていたアカウントの持ち主の多くが爬虫類人間だとバレて、自分達がバーベQにされたり、肉食恐竜に食われたりしたからだ。
 更に、世界的SNS「PEKE」のCEOも爬虫類人間だとバレて、現地の「正義の味方」により血祭りに上げられた結果、爬虫類人間達の扇動を世論だと思い込んで、PEKEに過激な事を投稿していたアカウントの大多数がアカ停に追い込まれていた。
『では、グレーテル・トンペティ博士による提言「Reptilians Lives Matter」(爬虫類人にも利用価値は有る)の内容ですが……ショッキングな映像が有りますので、御気分が悪くなられた方は、すぐに、御視聴を中止して下さい。ただし、グレーテル・トンペティ博士による提言「RLM」が国連総会で受け入れられた場合、今から映像で流れるものが、全世界の各地に作られる事になります』
 そう言われても……世界が変ってから、「ショッキングな映像」なんて見慣れ過ぎちゃってるし……。
『このような行為が倫理的に許されるかの議論は有りますが、爬虫類人間の権利は「human rights(人権)」と「animal rights(動物の権利)」のいずれに該当するかは、全世界の法学者・哲学者の間で議論が行なわれており、まだ、決着が付いていません』
 えっと……天才科学者の割には……科学の話じゃないみたいだけど……。
『少くとも、爬虫類人間達は、「human rights」における「human」とも「animal rights」における「animal」とも言い難い存在であり、一定の知性は有りますが……彼等に独自の文化は無く、ある意味で「知性は持っているが人間の社会や文化に寄生してきた人ではない存在」と見做す考えも妥当であると思われます。つまり、私は後世において悪と断じられても仕方がない事を提言するつもりですが、これが大きな間違いであっても、後で説明する通り、取り返しが付く間違いに過ぎません。そして、これが正しい事ならば、その正しい事を実行した事により人類が得る利益は莫大なものになります』
 え……えっと、だから何を言ってるの?
『では、これまで捕獲された爬虫類人間の中で平均的な知能の持ち主であるハクチビ・タネンさんと中継が繋っています』
 あ……爬虫類人間だとバレて殺された……アメリカの元大統領の娘……だったっけ? いや、大統領補佐官? それとも愛人だったっけ?
 どうやら、留置所か刑務所らしい所に居てオレンジ色の服を着せられてる……髪も眉もない白人の女の人……と言っても、肌は緑色の鱗なので、正確には「白塗りしてかつらを付ければ白人の女性に化けられそうな姿の爬虫類人間」なんだろうけど……。
『あ……ちょ……ちょっと……何の撮影? これ? 待ってよ、何も聞いてないけど……』
『ハクチビさん。質問です。正解出来たなら……貴方は保釈されます』
『ま……待って……保釈って……あたしが外に出たら……たちまち、あの自警団気取りに連中に殺されてしま……』
『それは保釈が決った後に当局や弁護士と相談して下さい。質問です。74+28は?』
『はっ?』
『74+28は? 答えて下さい』
『い……いや、何言ってんの? 判る訳ないでしょ、馬鹿女ッ‼』
『では、23×4は?』
『だから、スマホの電卓アプリもないのに、そんなの計算出来るヤツ居ないでしょ? あんた阿呆なの?』
『ありがとうございました。保釈は無しです。え~、爬虫類人間達の中には、「自分達が人間に文明を授けた」と言っている者も居ますが、この通り、小学生でも可能な暗算を彼等は出来ません。「爬虫類人間が人間に文明を授けた」と云う主張は、嘘と見做して問題なく、逆に爬虫類人間には人間が築き上げたものと異なる独自の文化・文明は無く、一時的に爬虫類人間が人間社会から消えた結果、何らかの予想外の不都合が起きたとしても、バイオテクノロジーで再生した爬虫類人間に人間の文化・文明を再度与えれば、その不都合は挽回可能と思われます』
 いや……ちょっと待って。
 この人、爬虫類人間を皆殺しにしろ、って国連決議に反対してたんだよね?
 でも、今、この人が言ってるのは……「爬虫類人間を皆殺しにした事で予想外の問題が起きても……爬虫類DNAなんかさえ有れば、その問題は解決可能」って事?
 どうなってるの?
『我々の研究グループは、人間の科学技術と、爬虫類人間、特に異性間の性交を経験していない若いメス個体が持つ「魔法」と呼ばれる能力を組合せて、このようなモノを作成する事に成功しました』
 え……?
 え……?
 えええええッ?
 それは……何匹もの爬虫類人間の体が融合して出来た……気味の悪い……えっと……。
 おい、この天才少女科学者……何をやろうとしてるんだ?
『これは、爬虫類人間を改造して作り上げた……環境浄化プラントの試作品です。爬虫類人間をこの環境浄化プラントに改造して世界各地に配備すれば、二〇年以内に温暖ガス・マイクロプラスッチックその他、我々の文明が作り出し自然界に撒き散らし続けた既知の有害化学物質の多くを無害な物質に変える事で環境問題の大半を解決可能です。ただし、地球に残存している爬虫類人間の推定個体数は……我々の計画に必要な個体数よりもギリギリほんの少しだけ多い程度でしか有りません。みなさん、地球と人類の未来の為に……生きた爬虫類人間を殺して遊んでいる余裕など無いのです。皆さんの理性的で合理的な御判断を願います』
 その……「環境浄化プラント」の映像は……音声がカットされているのか……それとも……のかも良く判らない。
 でも……。
 改造された爬虫類人間の表情……いや、人間じゃないのに、表情から感情を読めるのか? と言われれば、その通りかも知れないけど……少なくとも、あたしには、その顔に浮かんでいるのはような表情に見えた。
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