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プロローグ

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大好きだった“人”が居た。
強くて誠実で、かっこいいんだけどたまに可愛いところがあって、弟思いな本当に優しい“人”。
会って話しすることは難しかったけど、遠くから見守ることができるだけでそれで良かった。
“彼”がいつまでも心穏やかであれるのならば、私はその隣にどんな人が立ってもよかった。
もしかしたら私は“彼”を愛していたんじゃないかと思うほどに、私は“彼”が大好きだった。
なのに……

「なんで死んじゃうのよぉ…!」

私は目の前のテレビに向かって泣き崩れる。
手に持っていたコントローラーが鈍い音を立てて落ちた気がするがそんなことを気にしてる余裕はなかった。

『大っ嫌いだったよ兄さん。バイバイ。』

「なんで!?殺す必要なかったじゃん!なんで殺したし!!バッドエンドだからか!?」

『バッドエンドー消えない怒りー』
左下に書かれた画面には胸にナイフを生やしそこから大量の血を流して光の無い目を私に向ける“彼”が居る。
そう、“彼”が居るのだ。王家の懐刀と呼ばれる暗殺家業の家に生まれ、自分の主である王子に忠誠を誓い、誠実に生き続けてきた彼は、家族である弟に殺されてしまった。

「うわぁ、またお前乙女ゲームに夢中になってんのかよ。寂しい奴。」

「うるさいなぁ。あんただってまた振られたんでしょ。モテない男が僻まないでよ。見苦しい。」

「んだと!?」

兄に茶化され先程まで流していた涙が止まる。
しかし画面を再度見ればまた涙が溢れてくる。私はすぐさまスチル集の画面に移りハッピーエンドの幸せそうな推しを眺める。

「はぁ…カインくんかっこいい……」

私の好きな人、もとい推しは私と同じ次元には住んでいない。二次元のゲームキャラである。
彼は『ドラゴンナイト』というゲームにいる四人の攻略対象のうちの一人で、私はこの人のためにこのゲームを買ったと言っても過言ではない。ゲームの予告映像のときから好きだった。一目惚れに近かったと思う。
カイン・ヒルデガルド。それが私の好きな人の名前だ。

ハッピーエンドになんとかたどり着いたあと、エンド埋めを着々と進めてとうとう最後まで避けていたカインルートのバッドエンドにたどり着く。
攻略も何も見ずにやっていたためこのエンドは想定外だった。

「うぅ……弟許すまじ…」

カインくんのストーリーにはこの弟の存在が鍵となっていて、弟とカインくんを主として色んな話が展開していく。必ず最後は弟と戦うことになっていたから、バッドエンドではきっとカインくんが負けるんだろうなと思っていたけど、まさか家族の情で躊躇ったカインくんを弟が容赦なく殺すなんて誰が思うの?

名前なんて??で出てきてて知らないけれどこのゲームでの私の最大の敵は他でもないこいつだった。カインくんの幸せをトコトン邪魔するこいつはカインくんが自分に向ける愛情をいとも容易くきりすてた。

でも心から憎みきれないのはこいつの話をする時のカインくんの表情がことごとく幸せそうだからだ。

「ご飯よー!降りてきなさーい。」

「はーい、おら、ゲームしてねーで降りるぞ。」

「ハイハイ。わかってますよー!ほら!どいたどいた!」

私は兄をおしのけて廊下を走る。
頭の中は変わらずカインくんのことでいっぱいだった。
どうして弟はカインくんを否定し続けるんだろう。話を聞く限り、カインくんは弟の仲は別に悪いって言うほど悪くなかったはずなんだ。
どうして殺すなんて決断に至ってしまったんだろう。

「あ、やば。」

「おいバカ!!!!」

そんなことを考えていると、私は体が宙に浮く感覚に見舞われた。
階段から足を滑らしたのだ。
後ろから兄が私を呼ぶ声が聞こえてくるけど、私はなすすべなく落ちていくことしか出来ない。

ドンッという鈍い音と共に霞んでいく意識に私はあ、死ぬんだなと他人事に思っていた。母さんが顔を出して悲鳴をあげているのがぼやけた視界に移る。
なにか言おうとしても生暖かい何かが頭から伝っていって言葉が紡げない。

これが死ぬってことなんだなぁ……
てか、階段から落ちて死ぬなんてダサすぎない?






6の月、24番目の日にヒルデガルドの家で産声が上がる。

「子供はどっちだ!男か、女か!!?」

医師と助産師が居る部屋に飛び込んできたのは、所謂騎士服というものに身を包んだ男だった。
その男の登場に医師は暗い顔をしたまま重い口を開いた。

「……旦那様、お子様は…その……女児でございます。」

「…何!?」

この声、誰の声だろう…?どうしてこの声の人は残念そうな声をしているんだろう。

「そうか、最初の子供は男だったら良かったんだがな……」

男だったらって何?私女なんだけど、てか、なんで私泣いてるの??
訳が分からず混乱していると、次は耳元から優しい、それでいて強い声が聞こえてきた。

「……仕方がないわ。この子を、男の子として育てるしかない。そうでしょう?あなた。」

「……そうだな。済まない。許せ、カイン。」

心底申し訳なさそうな、本当につらそうな声でそう呼び掛けられた。……え、カイン??

「カイン・ヒルデガルド。それが今日からお前の名前だ。」

……え、嘘。もしかして…?いやいやそんなわけないって!
自問自答を繰り返しながら、それでも心の奥底ではほぼ結論が出ていた。
……もしかして私、推しに成り代わってるの!!?



そんなの解釈違いです!!!
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