夏の終わりに君が消えた

ぼの

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第8話 雨女

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目を覚ますと、僕は昨日の一件を夢ではないかと疑った。

まだ信じられない。
結衣さんと付き合ったなんて。

靴を履いている僕に、午後から雨が降ると母が言った。

もしも......
なんて、思わずこぼれた笑みを隠すように、僕は傘を片手に家を出た。

先週行われた月一のテストの結果により、今日は席替えが行われる。
登校すると黒板に席順が書いてあって、各々が喜びと悲しみの声を上げる。

「今度は少し遠くなったね」

「うわっ! いつの間に......」

「ふふっ おはよう」

席順を見るのに集中しすぎたせいか、背後にいた結衣さんの姿に気づかなかった。

改めて言うことでもないが、今までずっと身近にいた存在に片思いしていた訳だが、実際付き合ったことでどのように接するのが正解だろう。

そんな考えがふと頭の中で生まれた。

僕らは普段から男女の壁を越えて仲良しだ。

「二人付き合ってるの?」

そのセリフを何度聞いたことか。
何度僕の心が、モヤモヤしたことか。

授業中も休み時間も、いつもと変わらない時間が流れる。

ただ違うのは、僕の目に映る結衣さんの姿だけ。

いつか見た僕の目に映るその姿が、彼女という存在に変わったことを、まだまだ信じられない自分がそこにはいた。


部活終わり。
教室で。


その僅かな口約束だけが、僕の部活を頑張れる理由だと言ってもいい。

部活が終わったのは、
六時を迎える15分前だった。

ガラガラと錆び付いた音が混じる体育館のドアを開けると、滝のような音で地面に叩きつける雨を目前にした。

思わず片手に持っていた傘を握りしめた。

......なんてそんなことを考えている場合じゃない。

早く向かわないと。

傘が完全に開く前に、僕は教室に向けて駆け出していた。

下駄箱を目にした僕の足は、さらに加速した。


下駄箱の屋根の下で一人佇むその姿を。


思わず涙が出そうになった気持ちをこらえて、その感情は震えた声に乗って僕の口から出た。

「おまたせ......」


「お疲れ様! 雨結構降ってきちゃったね」

ふいに見せてくれるその笑顔に心を打たれた。一生守りたいと思ったことは、まだ僕だけの秘密。

「傘ひとつしかないけど、いいかな......?」

「何が? 私も傘もってこようか迷ったけど、ありがとね 」

漫画の中で見た相合傘は現実になった。

時よりぶつかる彼女の肩。バレないように傘の比率を変えてみたり、傘を持つ僕の手に、そっと手を添えてくれる彼女の温もりを感じていた。

心臓の音が君の耳に届いてまわないか心配になった。

コンビニを横目に、道を譲る遮断機に会釈して、僕らはバスに乗った。

辺りの暗くなったバス停は、仕事を終えた人々で混雑していて、彼女がいつも帰る道は、僕にとって全て初めてだった。

彼女の家の最寄り駅に着いたのは夜の七時を回っていて、いつの間にか雨は止んでいた。

僕らをひとつにした傘はその役目を果たしてくれた。

それでも前を歩く彼女の肩は雨水でびしょびしょだった。

「送ってくれてありがとう」

「ううん、風邪引かないように気をつけてね」

暗闇の中でも、街灯に照らされた彼女の笑顔はとても綺麗だった。

じゃあね。と彼女に背を向けて歩き出した。

「待って......!  」



振り返った僕の胸に、彼女は飛び込んできた。



思わず僕は固まった。ほんのり香るシャンプーが、僕の鼻を刺激して、今まで僕らの間に存在していた距離が、無くなった。

照れ気味に、抱きしめ返した彼女の体は少し冷たくて、少し震えているのがわかった。

ゆっくりと離れた彼女の頬が少し赤いことを、街灯は知らせてくれた。

少し照れた表情で再び見せた結衣さんの笑顔は、とても愛おしく思えた。

「また明日 」

彼女が家に入るその時まで見届けた僕は、軽い足取りで歩き始めた。

一人で歩く帰り道を、月光は明るく照らしてくれた。

家に着くまでの間、頭の中で色んな妄想と喜びが爆発して、それが顔に出ていないかとても心配になった。


寝る前に結衣さんからのLINEが来ていることに気づいた。


「......ありがとう。 
こちらこそ、大好きです」


とだけ送信して、思わず笑みがこぼれた。


ずっと夢を見ていたような気分だった。

今日一日のことが、僕の頭の中にしっかりと記憶されたことを確認して、僕は眠い目を閉じた。





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