11 / 33
月の獣を探せ
10 戦乙女と魔人
しおりを挟む――――――
―――
――――――
アーカス・レイ・ワダクは見どころのない奴だった。
気が弱く、意思も弱く、力も弱い。
だから守った。守るしかなかった。今まで無数に見殺しにしてきた弱者に申し訳なくなるくらいに。今まで屠り倒してきた強者を嘲笑うように手厚く守った。右も左もわからない生まれたて赤ん坊のようにポツンとそこにあるしかなかったアーカスを、彼を殺そうとする全ての力から守り抜いた。
外界から来た人間は嫌いだった。第一圏で生まれた人間も嫌いだった。ヒトもヴァンプールも見境なく襲うイーネはもっと嫌いだった。望んでもいない恵を受けとったという哀れな罪で裁かれる。罪を冒していないのに、寧ろ人間としての尊厳を侵されたというのに裁かれるのは力のない人間ばかりだ。
アーカスはそれにおかしいと言った。おかしいと言えた。それは何より見応えある生き様だと思えた。
アーカスは私の横に立った。実力も境遇まるで違う私と同等の魂を主張した。拳で石を割ることも、蹴りで木を折ることも出来ない軟弱な人間が私の横を胸張って歩いた。彼は敵がどれだけ強くても、自分を殺す力がどれほど兄弟であろうと立ち向かった。そこには明瞭な恐怖や死への葛藤があったのに、それでもアーカスは心が折れてもなお抗うことをやめなかった。
だから守った。口先だけの足手まといだとしても。頭でっかちの理論バカだとしても。
こちらの常識を知らない彼なりの苦悩の果て、身も心もボロボロにされてもなお私の横にいてくれた。
この糞ったれな世界で何より守られていたのは、私の方なのかもしれないと思った。
私はアーカスに憧れた。彼の不撓不屈こそが何より眩しい人間の尊厳そのものに思えたんだ。
彼は偉業を成し遂げた。アーカスは誰よりも弱いくせに、誰よりも強いバーソロミュー・ガラデックスと手を握り合った。彼と共に対ヴァンプールの戦線の在り方を変えたのだ。これまでイーネという組織で点数稼ぎの手段として行われていた恵能者殺しの悪習を立って見せた。恵能を持たない彼は、怪物と変わりない私たちと最後まで並んで歩くと言ってくれたのだ。
――
アーカスを殺したのは、マキナ・ヴェッラと呼ばれる殺戮私兵だった。最終圏の支配者であるアンドリュー・ストローの持つナンセンスな道化騎士たち。余興にもならない無慈悲さで全ての生命を凌辱することが出来る異星の魔人たち。
敵討ちなど出来なかった。そんな力はなかった。最高峰の生命体であるガラデックスもその他の上役たちも手を焼くその論外の暴力に対してはどれだけの怨讐の念を抱いても、泣き寝入りするばかりだ。
何故、アーカスは殺された?
こちらからは何もしていないのに。奴らは彼を静かに殺した。私に守るだけの時間をくれなかった。それに、もし私が全力で守ったとしても、きっと奴らはアーカスを殺しただろう。情熱もないくせに、きっちりと仕事をこなすのがあの糞ったれたちだ。
アーカスは優しい人間だった。
――
私は目を疑った。初めてそれを見たときは泣いて喜んだ。
アーカスが生き返ったと思ったからだ。この禁断の惑星体系では、そんな奇跡さえ起きるのだと歓喜した。
――
違う。それはアーカスであって別人だった。
最悪だ。最高に笑えないジョークだ。
なんでアーカスがマキナ・ヴェッラになっている?
――――――
―――
――――――
「いやはや、想定以上の大騒ぎになってしまったがこれは決して悪い兆候ではなさそうだぞコルデロ」
「グランさん!?てっきり、さっさと逃げ遂せたかと…」
それを聞いて常に表情の硬いグラン・カニシカはいつになく口の端を緩めた。
「もちろん、逃げるための算段は常に付けているとも。この世界では特出した力を持たなければ今まさに繰り広げられている怪物たちの巻き添えを食らうだけで死んでしまうこともある。私は弱いからな。常に気を張って逃げ回ることも厭わんよ」
「まーグランちゃんはただのパンピーの代表みたいなとこあるし、戦闘面では期待しないことね。なんならセノちゃんより大分弱いわよ」
「ふん」
そこで先程の言葉が脳裏を過る。
「これが悪い兆候じゃないっていうのは?」
「無論、この騒ぎに乗じて物流拠点に踏み込むのが何より得策だという判断だ。何より、バザール内のシャベナラたちが一斉に逃げ込んだことで拠点の入口も判別できた。思わぬ収穫だ。何より、エリゼとあのマキナ・ヴェッラが派手にやり合ってる間は我々への注目も少なからず逸れることだろう」
「確かに。…チャンスと言えば、チャンスとも思えますが。それよりもまず、一つだけ質問に答えてくれませんか?」
「……?」
いくら窮地を脱したからとはいえ、今こうして生きていることだけを喜べる彼ではなかった。
「エリゼさんは対ヴァンプール駆逐組織イーネに所属している人物でしょう?そして、そのイーネとPOP財団はかなり親密な癒着関係にあると言えるでしょう。なら、この先、POP財団の秘密を暴こうとする我々の行動に対して彼らが対処方としてイーネの戦力を投入するというのは実際にあり得ない話ではないと思うんです。事実として、アミヤナさんはわかりませんが俺とグランさんではどう頑張ってもエリゼさんのような人物を抑えることができないわけですよね。…この先の危険性について、グランさんはどういう認識でいるのかまずお聞きしたいです」
そこでグランは顎に手を添えて少し考える。
「……段階的にイーネの戦力が投入される可能性はゼロではないが、君の言う通り我々は彼らを御する力を有していない。だからこそ、こんな雑魚相手に奴らが重い腰を上げるとは思えない。先程のエリゼ氏の激昂はいわばあのクラウンとの個人的な因果関係に由来する部分も大きいだろう。こちらとしての厄介の種と今後阻んでくるかもしれない強大な壁が現状潰し合ってくれているのならやはり私はこのシチュエーションをチャンスと捉える」
「…これは完全な私情ですが、俺はこの命を拾ってくれたエリゼさんをないがしろにすることはできません。一緒にいて何か役に立つとは思えませんが、マキナ・ヴェッラが相手となれば俺の《撃墜》の力が役に立つと言われた以上、俺は彼女を手伝います」
グランは険しい面持ちだった。これはいつものことであるが、それでも少し不快な思いをしているのだろう。
「彼女と共に行く。それをして思わぬ不幸の途を歩んだ男を私は知っている。……セノフォンテ・コルデロ。奴とあのマキナ・ヴェッラの因縁に首を突っ込むべきではない。私はこの世界に来たばかりのアーカス・レイ・ワダクとエリゼ・キホーテを知っているが、あの二人を敢て言い表すとしたら悲劇だ。お前がその宿業を担う代役をするべきではない」
「……ッ…俺には関係ないことです」
「財団の情報を漁ることはどうあっても利益に繋がる。しかし、君があの二人の対処不能な暴威に晒されて死んでしまっては、もう外界における脅威の排除がより困難なものになる。君は知っているはずだ。コード:LUNAと呼ばれる生命体がどれほどの外界の人間の営みを破壊したのかをだ!」
「………………」
グランを邪険に扱いたいわけではない。脅威と見ればすぐに身を隠すことも逃げに走ることもこの世界では正義だ。いや、元の世界でもそうだった。人間は醜く争い合い、巧妙に騙して人を傷つける人間は決して後を絶つことがない。寧ろ、生存競争という面では人間はどこまで行っても変わらないし、感情や利害で行動するのも十分に理解できる。立場であれ、信念であれ、それが異なれば衝突するのは当たり前のことだし、それが感情によって十分に左右されうることであるということも当たり前のことだ。
彼は脅威の中にあった自分に少なからず帰って休める場所を提供してくれた。それが利害なのか、感情なのかはどうでもいい。利用されているという事実があったとしても、そもそも人と人とのあり方に信頼なんてものは必要としないのだ。要はその時々の感情と利害のバランスさえ取れれば命をもかけられる。それが人間だ。
グラン・カニシカが外の世界から来た人間だとはいえ、コード:LUNAの情報をこの世界で手に入れるということはそれなりの情報源と確証があってのことというのは容易に想像がつく。この状況下で最少人数に絞って行動するのも確かな利益があるからなのだろう。そんなことはわかっている。グランにも理屈と理念があるのだ。少なからず、彼は自分の益という謳い文句も揃えているのだ。
「俺にはそもそも、世界を救うとかそういう大層な正義なんて…」
「コルデロ。…仕事で嫌々世界を救ったっていいじゃないか。そこに何も問題はないはずだ。君がどんな人生を送るかは勝手に選び取ればいい。しかし、人間は己の快楽と悦楽に従う方が従順だ。それは時に恐怖すらも克服する糧になる」
「…アンタが勝手に気持ちよくなるためにヒーローごっこに興じろって?…いや、失礼な言い方なのはわかってますよ。でも、俺にはそれがエリゼさんをないがしろにする理由にはならないんですよ!」
「君がそう思うのならば、そうすればいい。だが、事実としてあの二人が戦い合うことは何よりのチャンスであり、同時にさらなる脅威を引き連れる要因にもなるということを忘れるな」
グランは駆けていった。隠密用のローブが揺れる。強まる風がセノフォンテの髪を浮かせた。
「あのねセノちゃん。アナタの進路に強く口出しする気はないの。でもこれだけは言わせてちょーだい。この世界は良くも悪くもアナタが生まれた場所とは大きく違う。文化も風土も歴史も生命の在り方もまるで違う。そちらの神が定めた宇宙のルールもこっちでは通用しない。だから倫理観もルールも違うものなの。でもね、だからこそ、アナタにはアナタがやるべきで、アナタにしかできないことがあるのよ」
久しく見ないアミヤナの真剣な面持ちに、思わず彼は噴き出してしまう。
「あははっ。アミヤナさん。そんな真面目なセリフ言えたんですね」
「あら。舐めないで頂戴。こちとらカテゴリー5の立派な怪物ちゃんよ。とびっきりキュートなことを除けばそこら辺の堅物とはそう変わらないわ。……それにアナタだって笑えるじゃない。とっても素敵だわ。…そうよ。辛いとき泣けるのは人間の特権でだし、辛い時に笑えるのも人間の特権なんだから!」
「ありがとうございます。アミヤナさん。お陰で少しだけ勇気が持てました」
「あら?役に立ったならナビゲーターとしての冥利に尽きるわ。でも、気を付けて頂戴。これからの世界。アナタがどれだけ抵抗しても、私がどれだけ助言をしても対処できないアナタを殺す力が立ちはだかるわ。その時、アナタは絶対に迫られる。自分のために命を奪い合うのか、世界のために命を奪い合うのかの選択をね」
―――――――――――
―――
「ヒュー…ヒュー…フ………ハァ…あ」
「無様だな」
血に染まった体躯。膝から崩れ落ちた四肢、口から溢れ出す血。
瞼の上は腫れあがり、砕けた肩はだらしなく垂れている。何もしなくても体は痺れて軋み鳴り、捥がれた右耳からは世界を掻き混ぜたような妙な異音が常に響いていた。
「剣も持たず、まして甲冑も纏わぬ俺にでさえその為体。嗚呼、どこか悲劇染みたものがあるのは間違いない。妄執に囚われた戦乙女の成れの果ての代名詞に成就するくらいは出来るだろうな」
「……ハァ…ハァ。……黙れッ」
エリゼが手にしてた日本刀はとうに折られていた。ファルシオンを手にしていた時とは格段に向上した彼女の戦闘能力もスタイルも、武器すら持たない素手のアーカスに完膚なきまでに叩きのめされてしまった。それほどまでに乖離した実力の差というものは、エリゼの気魄や魂の炎だけでは到底凌駕出来るような領域にないということを既に十分に見せつけるに至っていた。
「貴様にこれまでかけられた迷惑を考えるにもう少し痛みつけてから殺してやるのが道理だが……これ以上貴様の血を浴びて体が臭くなってしまっても困るからな。情けではないが、そろそろ息の根を止めてやるとも」
「…ハァ……ハァ」
「疑問だな。初めから勝てないとわかっているのに何故挑む?俺たちは最終圏支配者アンドリュー・ストローの生み出した正真正銘の魔人。第一圏の常世の生命が対抗できる領域だと何故思い上がれる?その腐ることない執着は…果たしてお前の中にあるアーカス・レイ・ワダクをそこまで羨望させるに足るものなのか?」
「…偽物には…ハァ…ハァ…わからないだろうね。アーカスは……私の希望…だった」
「俺は偽物じゃない。俺は間違いなく外界から来たアーカス・レイ・ワダクであり、お前の愛したそれと同個体であり、別個体だ」
「ほざけ……それ以上の侮辱は…許さない…!」
再度、周囲にエリゼの気魄が満ちる。途の恵能を経てまき散らされる暴威が危うげなナイフのように周囲の空間を寸断し、浸食する。
「勝てないから挑まない…?ふざけるな……ふざけんなッ!!それこそアーカスがもっともしない考え方だ!!彼はどんなに相手が化け物でも、私みたいな出来損ないでも決して逃げなかった!!目を背けることはなかった!!!………どれほどアーカスに似ていても、その高潔な魂の在り方がッ…私を認めたそのアーカスの実直さが亡いお前に彼の名を冠する資格などありはしないんだッ!!!!!!!」
「ああ。そうか。そちらの俺はどうにも好かれ者のようだな。羨ましくはないが、認めてやろう。どうせ俺だからな。そうやって精一杯褒めてくれる分には素直に喜ぶとしよう」
「ハァ…ハァ。…殺してやるってんなら、それはこちらのセリフ。……殺してやる。もうその顔も見えなくなってきたから…彼の貌見て殺しにいけない弱い自分とはおさらばだ。……いいよ。本気の次のステージだ。…本気であっても全力を出せなかった自分が歯痒いけど。今はただお前を斃すことだけを考える」
「無駄な足掻きだな。見苦しい」
「こんな所で私は止まってられないんだよ……私は死んだアーカスに誓ったんだ。あいつを……アンドリュー・ストローを…この世で最も腐った悪の首魁を……カテゴリー6の最終圏の支配者をこの手でぶち殺してやるってね!!!」
0
あなたにおすすめの小説
【新作】1分で読める! SFショートショート
Grisly
ファンタジー
❤️⭐️感想お願いします。
1分で読める!読切超短編小説
新作短編小説は全てこちらに投稿。
⭐️忘れずに!コメントお待ちしております。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
200万年後 軽トラで未来にやってきた勇者たち
半道海豚
SF
本稿は、生きていくために、文明の痕跡さえない200万年後の未来に旅立ったヒトたちの奮闘を描いています。
最近は温暖化による環境の悪化が話題になっています。温暖化が進行すれば、多くの生物種が絶滅するでしょう。実際、新生代第四紀完新世(現在の地質年代)は生物の大量絶滅の真っ最中だとされています。生物の大量絶滅は地球史上何度も起きていますが、特に大規模なものが“ビッグファイブ”と呼ばれています。5番目が皆さんよくご存じの恐竜絶滅です。そして、現在が6番目で絶賛進行中。しかも理由はヒトの存在。それも産業革命以後とかではなく、何万年も前から。
本稿は、2015年に書き始めましたが、温暖化よりはスーパープルームのほうが衝撃的だろうと考えて北米でのマントル噴出を破局的環境破壊の惹起としました。
第1章と第2章は未来での生き残りをかけた挑戦、第3章以降は競争排除則(ガウゼの法則)がテーマに加わります。第6章以降は大量絶滅は収束したのかがテーマになっています。
どうぞ、お楽しみください。
アガルタ・クライシス ―接点―
来栖とむ
SF
神話や物語で語られる異世界は、空想上の世界ではなかった。
九州で発見され盗難された古代の石板には、異世界につながる何かが記されていた。
同時に発見された古い指輪に偶然触れた瞬間、平凡な高校生・結衣は不思議な力に目覚める。
不審な動きをする他国の艦船と怪しい組織。そんな中、異世界からの来訪者が現れる。政府の秘密組織も行動を開始する。
古代から権力者たちによって秘密にされてきた異世界との関係。地球とアガルタ、二つの世界を巻き込む陰謀の渦中で、古代の謎が解き明かされていく。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
恋愛リベンジャーズ
廣瀬純七
SF
拓也は、かつての恋人・純への後悔を抱えたまま生きてきた。ある日、過去へ戻れる不思議なアプリを手に入れるが戻った先で彼を待っていたのは、若き日の純ではなく――純そのものになってしまった自分自身だった。かつての恋人とやり直すはずが、過去の自分を相手に恋をするという奇妙で切ない関係が始まっていく。時間と心が交差する、不思議な男女入れ替わりストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる