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月の獣を探せ
11 異形のブルース
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「嗚呼、愉快なものだ。宜しい……威勢のみではどうにもならん世界の差を教えてやる。そちらが全力を出すというのであれば、それなりに応じるのがこんな俺の中に残った恥ずかしいくらい矮小な礼儀の残穢と思えッ――――」
―――
光が満ちていく。集約する光の束が化粧のない道化により重なり合って層を成し、次いで零れ落ちるような光の礫がそこに無かった鎧の実存を形作る。非武装の魔人の腰には四本の細剣がぶら下がり、胸元の開いていた爽やかなシャツ姿は奇怪な化粧に彩られた道化騎士へと変貌する。細身な体に肉厚な衣装が包み込み、さらにその外周を一切不貫のブリキの甲冑が包んでいく。
これまであった防御面でのアドバンテージが払拭され、幾重にも拡張された戦闘性能から道化の周囲の空気は変質を始める。今までそこになかった不気味なオーラが色を成し、キャンバスを彩るように空間が夜空のように塗りたくられていく。
「原初にして最終の惑星。最終圏の剣たる魔人がここに貴様の最大の関門となることを誓おう」
「ハッ!全力を出して欲しいならそこで決めポーズでもしながら指咥えて見てろ」
エリゼの周囲もまた変質を始める。周辺の因果律の書き換えによる変化ではない。単純に彼女の内に犇めいて飛び出してくる無類の殺意と殺気による気魄の圧が《精神の壁》となって立ち上がっていくのだ。彼女の髪と瞳を映すように、周囲の壁もまた翠の色に染まっていく。
血に染まった彼女の皮膚が罅割れていき、歯を食いしばった口の端から順に壊死が始まっていく。
「我が手に途。此の胸に戦斧。我の敵は汝也。汝也―――我が敵を以て我が敵を討たん。此処に戴くのは我の六根。悪を以て魔を滅ぼす。……その名はパレカルト。全ての途を辿り、今ここに目的地を捧げる。無限の旅人は今此処に魂を、原初の力の袂にて肉を、新たなる時代に向けて骨を差し出せッ」
異質な世界。エリゼを起点に空から星が落ちてくる。滝壺で堪え耐えるようにその貌は悲痛に染まり、受け止める光はやがてその量と激しさを増していく。
「そこまで使うか。…大した覚悟だ。侮っていたな……撤回しよう、貴様は威勢だけではなさそうだ」
――――
「此の身に刻むは親告のディストネーション。母にはジャズを、父にはポップを。…リズムとブルースの双眸にて瞠目せよ。慟哭せよ。番える心に異形の戦乙女を示さんッ!!」
「来いッ…エリゼ・キホーテ!!!!」
「いざいざ参らん。しかと見据えよ。そして恐怖しろ。遍く群体はこの世に唯一絶対の個を示す――――」
世界が揺れた。
「前座が長くなったね。さて、泣いて喜べ、これが私の全身全力の《戦乙女のブルースだ》」
――――――――
――――――――
――――――――
――――――――
「ンんンンんンん~~~~~~??????」
古い屋敷が揺れた。
――――――――
――――――――
――――――――
――――――――
「おやおや、なんとも騒々しい」
群雄割拠の怪物たちが目を覚ます。
――――――――
――――――――
――――――――
――――――――
「イーネが唄ったか。豪勢だな。祭りなら俺も出てぇや」
圏域を越え、とある乙女の覚悟が災厄を目覚めさせる。
――――――――
――――――――
――――――――
――――――――――――――――
――――――――
――――――――
――――――――――――――――
――――――――
――――――――
――――――――
「グランさん!」
「コルデロ。ああ、やはり君を見込んだ私の目に間違いはなかったようだ。君は選んだわけだな。……エリゼを見捨てる道を」
「言い方ってもんがあるでしょうが!とにかく、今が好機ならさっさと欲しいものかっぱらったり、調べたいもの漁るのが先です!」
「随分とらしくなったな。その意気やよし。丁度、二つ目の鍵を手に入れたところだ」
息が詰まりそうだった。自分の選択にこれほど恐怖が伴ったことなどない。自分の使命も何もかもどうでもいいはずなのに、何故自分はこうしてこの世界の巨大な組織に盾突いて、わざわざエリゼやガラデックスが所属する怪物狩りの怪物集団すら敵に回しているのかわからなかった。
それでも、こうしなければいけないと思ったからこそ、今彼はここにいるのだ。
気が遠くなるような化け物たちを超えることがは決して出来ない。しかし、それはグラン・カニシカにとっても同じこと。彼もまた自分の中の何かのために強大な力に対抗してでもその望みを叶えようとしている。なんとも矛盾塗れで、なんとも人間らしい。
「鍵って?」
「彼らの戦いにおける最高の副産物と言えるだろう。エリゼ・キホーテが恵能者の最終奥義を行使するようだ。その影響で今この第一圏の空間は一度派手に崩されたジグソーパズルのようなものだ。ある程度の理解があれば因果律はあやふやなまま無理やり捻じ曲げることが出来る!!」
「ホントわかり辛い言い方しか出来ないのかよこの世界の奴らは!?六歳児にもわかるように説明してもらいたいもんだ!」
「要するにだ。この世界のタブーの一つとして越えちゃいけない一線というものがあり、エリゼはあのマキナ・ヴェッラと打倒するためにそんな禁忌すら侵したというわけだ。今彼女は空間と因果律への干渉どころではない異次元の《世界操作》を行っている。それの影響力は甚大なもので、少なくとも発動するだけでここいらの空間構造は緩くなっている。今ならどの扉を開いても目的地につけるくらいにはご都合主義的チャンスというわけだ!!」
「なっ。……どこぞの近未来ロボットも泡吹いて壊れるくらいの何でもアリ感。なら、今しかないわけですね」
しばらく駆けていたグランの足がそこでようやく止まる。それはある大きな扉の前であり、薄暗い通路は既に後ろを振り返るのも憚られるほどに不安定な空間に変質していた。絶え間ない地響きが世界の終末でも連れてきたかのような仰々しさに、セノフォンテは生唾を飲む。
グランが言う通り、エリゼの力かどうかは棚上げしてもやはり今の周囲の空間の在り方と先程のものとでは本質的な部分の構成が食い違っているように感じ取れた。ジグソーパズルが崩されたという表現は言い得て妙なもので、確かに今ならば自分でも何か途轍もない奇跡を起こせそうな予感さえある。
「よし。この扉を起点に直接研究棟に乗り込むぞ。合成獣研究の尻尾を掴む」
「行ったことがない場所に辿りつけるもんなんですか?」
「行ったことがないからこそ、このあやふやな世界を利用するんだ。それほどの奇跡と過干渉権限がそこらの人間風情にも握られるからこその禁忌といっても良い。当然、禁忌の発動に第一圏はおろかほぼ全てのヴァンプールが感づく。この騒ぎに乗じてバカ騒ぎを始めるヴァンプールが現れないとも限らん。さっさと用事を済ませるに越したことはない」
そこで少しグランが俯く。
「その前に……」
「……?」
グランが何かしているのはわかる。しかし、何をしているわけでもないため、何をしてるのかがわからない。
「ほら」
数秒後に少し自慢げに上げて見せたその手に握られているのは、今まで影も形も存在しなかった拳銃だった。
「このように今なら多少強引にでも……どこからともなくこういった武器を拾ってくることも出来る。君は近接戦闘が出来るのだったか、どうせなら今の内に特異な得物を手に入れておくことを勧める。私のように非力な人間では拳銃すら満足に扱えるかもわからんがな」
そこでセノフォンテは試行する。とにかく、何か無数に散らばる糸を手繰り寄せるイメージで武器の抽出を試みる。なるほどどうしてか、確かに手ごたえはあった。その気になればそれに形を持たせてあるはずのない湖から引っ張り出すような芸当も可能に思えた。
いざ覚悟を決めて闇に手を突っ込むことさえ決めてしまえばあとは実に簡単だった。空間だの因果に過干渉しているだのの理解できない理屈はさておき、見応えないほどあっさりと武器を抽出することが叶った。自分の身の丈に合う手に馴染んだ撃墜棍だった。
呼びかけに応じるように顕れたその得物の質量を確かめる程に、やはりこの世界の在り方。この世界ですらもタブーとされる現象の異質さには驚かされた。
「おお…!」
「長物が得意か。顔に似合わずになかなか素直な武器を使うものだな」
「別に拳銃だって使えますとも。しかしまぁ、これでも拳銃に遅れをとるとは思ってませんので」
「心強いな。何よりだ。長話をする余裕はない。この扉を全集中力を以てして二人でゲートに変質させるのだ。亜空間から武器を手繰り寄せた君になら出来るはずだ。同じ要領で我々は継ぎ接ぎな世界に新たな糸を以て裁縫を成す」
「ええ。やりましょうッ」
扉に光が満ちる。魔力とでもいうのか、それとも奇跡の残滓か。とにかく強い力がそこにはあった。この世界に溢れる途轍もないエネルギーが手から足に、頭髪の端から爪先にかけてまでを駆け抜けていく。大河を統べる奔流の水を得るために盥を突っ込むようなものだ。
ここと別の場所を繋ぐ。本来そこにあるはずの蓋然性という名の蓋を剥ぎ取る。可能性を越え、理論と超常を成し得る魔法にも似た奇跡をただの人間が成し遂げてみせた。
(凄い…凄すぎる。…これがエリゼさんが本気を出したことによって生じたあくまでも過分の力この魔法すら呼び寄せる世界の不均衡を体現している彼女自身に…一体どれほどの奇跡が宿るというのだろう)
―――――――――――――
白き監獄塔 ――対ヴァンプール殲滅組織などと仮称されるヴァンプールの拿捕・殺戮・封印・破壊を本懐に据えた人間の団体である啓蒙結社イーネが所有する《破壊不可対象》のヴァンプールが封印されている特別してい建造物。
ヴァンプールを封じるためたけに建造・運営された亜空間建造物であり、ヴァンプールに弱体化を催す作用を持つ太陽光を増幅させるためだけに設置された光しかない空間が檻に棲む彼らを常に包んでいた。常人が見れば正気を逸するような明光の世界でなお彼らの身体はどす黒く燃え滾っており、物質を融解するまでの光を受けてなお彼らは死ぬことなくその監獄に収監されていた。
地下に穿たれた巨洞の深部に至るまでの深淵にでさえ、エリゼ・キホーテの命を張った唄が流れ着いていた。
「おい、看守。どういう了見だ。お仲間が大分燥いでるようだが?」
カテゴリー5。個体として文明に深刻な破壊を齎すことすら叶うという強大な力持ったヴァンプール。
特別収容番号-045。かつてラン・インツイと呼称して見せた第一圏のヴァンプールであり、過去に存在した決死作戦にてエリゼ・キホーテとアーカス・レイ・ワダクの活躍により拿捕が成功した凶悪な個体として知られていた。ラン・インツイが何より特出している点は他のヴァンプールとは一線を画したレベルでの《食人嗜好》であり、栄養供給だとしても他に適した食物が存在している中であえて効率の悪い食人を常日頃から行っていたという《悪食王》として悪名を轟かせていた。
元は第七圏で誕生したヴァンプールとされているが、プラグ・S島開拓事業として数十年前から絶えず送りこまれてきたPOP財団協賛の外界の人間たちに狙いを付けて第一圏に足を踏み入れ、縄張り意識の低いヴァンプールたちさえも敵に回して暴虐の限りを尽くしたカオスの主とも評価されていた。その根幹にあるのは人間の敵たらんとする概念そのものであり、彼の登場が故にヴァンプールという外界のヴァンパイアと混同視する怪物のイメージを構成する風潮や考え方がより確固たる定義と化したのは間違いなかった。
「黙れ。黙ってそこで一生指くわえて涎でも垂らしていろ、糞犬が」
「あー。なるほどな。相当俺に食われてぇと見える。んん。いいぜ。俺がもしここから出たら真っ先に看守ら全員を干してやるよ」
「粋がるな。過去の脅威とはいえ、貴様は既に敗退した負け犬だろうが?たとえ第一圏が滅んでもこの白き監獄塔は破れない。貴様ら負け犬は宇宙の終焉までそこで目を瞑って耐えてることしかできないんだよ」
看守たちは特殊な装備を以てしてその光の監獄の中でも辛うじて牢獄の空間を把握できているが、それでもなお光が強すぎるがためにヴァンプールが収容されている檻を前にしてもそこに何かがいるくらいの認識しかできなかった。
何しろ、この監獄を白き監獄たらしめんというこの太陽光増幅の特殊な機構は、そも天に太陽が視認できない禁断の惑星における天文台からか細く観測できる太陽光を獲得して増幅させるという禁忌に近い研究の成果。弱点らしい弱点が殆どないヴァンプールの動きをこうして封印している光の世界は週間2000TWhという莫大な電力消費と供給を以てして成し遂げている異形であり、生半な生物であれば生存することも許されない煉獄なのだから。
「しっかし、猶の事待ち遠しいよなァ。大王様。天地無用すらぶっ壊してくれる俺たちの英雄王はいつ顕れてくれるのやら」
「そんな未来は来ない。全ての惑星の支配者は人間だ」
「まー。指咥えて待ってろと言うのならそうしてやんよ。俺ァ、待つぜ。大王が生まれた瞬間。俺は全部を捧げてついていく。禁断の惑星も、外界の惑星に割拠する人間をすべて喰らいつくしてやるのはこの俺だ」
―――
光が満ちていく。集約する光の束が化粧のない道化により重なり合って層を成し、次いで零れ落ちるような光の礫がそこに無かった鎧の実存を形作る。非武装の魔人の腰には四本の細剣がぶら下がり、胸元の開いていた爽やかなシャツ姿は奇怪な化粧に彩られた道化騎士へと変貌する。細身な体に肉厚な衣装が包み込み、さらにその外周を一切不貫のブリキの甲冑が包んでいく。
これまであった防御面でのアドバンテージが払拭され、幾重にも拡張された戦闘性能から道化の周囲の空気は変質を始める。今までそこになかった不気味なオーラが色を成し、キャンバスを彩るように空間が夜空のように塗りたくられていく。
「原初にして最終の惑星。最終圏の剣たる魔人がここに貴様の最大の関門となることを誓おう」
「ハッ!全力を出して欲しいならそこで決めポーズでもしながら指咥えて見てろ」
エリゼの周囲もまた変質を始める。周辺の因果律の書き換えによる変化ではない。単純に彼女の内に犇めいて飛び出してくる無類の殺意と殺気による気魄の圧が《精神の壁》となって立ち上がっていくのだ。彼女の髪と瞳を映すように、周囲の壁もまた翠の色に染まっていく。
血に染まった彼女の皮膚が罅割れていき、歯を食いしばった口の端から順に壊死が始まっていく。
「我が手に途。此の胸に戦斧。我の敵は汝也。汝也―――我が敵を以て我が敵を討たん。此処に戴くのは我の六根。悪を以て魔を滅ぼす。……その名はパレカルト。全ての途を辿り、今ここに目的地を捧げる。無限の旅人は今此処に魂を、原初の力の袂にて肉を、新たなる時代に向けて骨を差し出せッ」
異質な世界。エリゼを起点に空から星が落ちてくる。滝壺で堪え耐えるようにその貌は悲痛に染まり、受け止める光はやがてその量と激しさを増していく。
「そこまで使うか。…大した覚悟だ。侮っていたな……撤回しよう、貴様は威勢だけではなさそうだ」
――――
「此の身に刻むは親告のディストネーション。母にはジャズを、父にはポップを。…リズムとブルースの双眸にて瞠目せよ。慟哭せよ。番える心に異形の戦乙女を示さんッ!!」
「来いッ…エリゼ・キホーテ!!!!」
「いざいざ参らん。しかと見据えよ。そして恐怖しろ。遍く群体はこの世に唯一絶対の個を示す――――」
世界が揺れた。
「前座が長くなったね。さて、泣いて喜べ、これが私の全身全力の《戦乙女のブルースだ》」
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「ンんンンんンん~~~~~~??????」
古い屋敷が揺れた。
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「おやおや、なんとも騒々しい」
群雄割拠の怪物たちが目を覚ます。
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「イーネが唄ったか。豪勢だな。祭りなら俺も出てぇや」
圏域を越え、とある乙女の覚悟が災厄を目覚めさせる。
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「グランさん!」
「コルデロ。ああ、やはり君を見込んだ私の目に間違いはなかったようだ。君は選んだわけだな。……エリゼを見捨てる道を」
「言い方ってもんがあるでしょうが!とにかく、今が好機ならさっさと欲しいものかっぱらったり、調べたいもの漁るのが先です!」
「随分とらしくなったな。その意気やよし。丁度、二つ目の鍵を手に入れたところだ」
息が詰まりそうだった。自分の選択にこれほど恐怖が伴ったことなどない。自分の使命も何もかもどうでもいいはずなのに、何故自分はこうしてこの世界の巨大な組織に盾突いて、わざわざエリゼやガラデックスが所属する怪物狩りの怪物集団すら敵に回しているのかわからなかった。
それでも、こうしなければいけないと思ったからこそ、今彼はここにいるのだ。
気が遠くなるような化け物たちを超えることがは決して出来ない。しかし、それはグラン・カニシカにとっても同じこと。彼もまた自分の中の何かのために強大な力に対抗してでもその望みを叶えようとしている。なんとも矛盾塗れで、なんとも人間らしい。
「鍵って?」
「彼らの戦いにおける最高の副産物と言えるだろう。エリゼ・キホーテが恵能者の最終奥義を行使するようだ。その影響で今この第一圏の空間は一度派手に崩されたジグソーパズルのようなものだ。ある程度の理解があれば因果律はあやふやなまま無理やり捻じ曲げることが出来る!!」
「ホントわかり辛い言い方しか出来ないのかよこの世界の奴らは!?六歳児にもわかるように説明してもらいたいもんだ!」
「要するにだ。この世界のタブーの一つとして越えちゃいけない一線というものがあり、エリゼはあのマキナ・ヴェッラと打倒するためにそんな禁忌すら侵したというわけだ。今彼女は空間と因果律への干渉どころではない異次元の《世界操作》を行っている。それの影響力は甚大なもので、少なくとも発動するだけでここいらの空間構造は緩くなっている。今ならどの扉を開いても目的地につけるくらいにはご都合主義的チャンスというわけだ!!」
「なっ。……どこぞの近未来ロボットも泡吹いて壊れるくらいの何でもアリ感。なら、今しかないわけですね」
しばらく駆けていたグランの足がそこでようやく止まる。それはある大きな扉の前であり、薄暗い通路は既に後ろを振り返るのも憚られるほどに不安定な空間に変質していた。絶え間ない地響きが世界の終末でも連れてきたかのような仰々しさに、セノフォンテは生唾を飲む。
グランが言う通り、エリゼの力かどうかは棚上げしてもやはり今の周囲の空間の在り方と先程のものとでは本質的な部分の構成が食い違っているように感じ取れた。ジグソーパズルが崩されたという表現は言い得て妙なもので、確かに今ならば自分でも何か途轍もない奇跡を起こせそうな予感さえある。
「よし。この扉を起点に直接研究棟に乗り込むぞ。合成獣研究の尻尾を掴む」
「行ったことがない場所に辿りつけるもんなんですか?」
「行ったことがないからこそ、このあやふやな世界を利用するんだ。それほどの奇跡と過干渉権限がそこらの人間風情にも握られるからこその禁忌といっても良い。当然、禁忌の発動に第一圏はおろかほぼ全てのヴァンプールが感づく。この騒ぎに乗じてバカ騒ぎを始めるヴァンプールが現れないとも限らん。さっさと用事を済ませるに越したことはない」
そこで少しグランが俯く。
「その前に……」
「……?」
グランが何かしているのはわかる。しかし、何をしているわけでもないため、何をしてるのかがわからない。
「ほら」
数秒後に少し自慢げに上げて見せたその手に握られているのは、今まで影も形も存在しなかった拳銃だった。
「このように今なら多少強引にでも……どこからともなくこういった武器を拾ってくることも出来る。君は近接戦闘が出来るのだったか、どうせなら今の内に特異な得物を手に入れておくことを勧める。私のように非力な人間では拳銃すら満足に扱えるかもわからんがな」
そこでセノフォンテは試行する。とにかく、何か無数に散らばる糸を手繰り寄せるイメージで武器の抽出を試みる。なるほどどうしてか、確かに手ごたえはあった。その気になればそれに形を持たせてあるはずのない湖から引っ張り出すような芸当も可能に思えた。
いざ覚悟を決めて闇に手を突っ込むことさえ決めてしまえばあとは実に簡単だった。空間だの因果に過干渉しているだのの理解できない理屈はさておき、見応えないほどあっさりと武器を抽出することが叶った。自分の身の丈に合う手に馴染んだ撃墜棍だった。
呼びかけに応じるように顕れたその得物の質量を確かめる程に、やはりこの世界の在り方。この世界ですらもタブーとされる現象の異質さには驚かされた。
「おお…!」
「長物が得意か。顔に似合わずになかなか素直な武器を使うものだな」
「別に拳銃だって使えますとも。しかしまぁ、これでも拳銃に遅れをとるとは思ってませんので」
「心強いな。何よりだ。長話をする余裕はない。この扉を全集中力を以てして二人でゲートに変質させるのだ。亜空間から武器を手繰り寄せた君になら出来るはずだ。同じ要領で我々は継ぎ接ぎな世界に新たな糸を以て裁縫を成す」
「ええ。やりましょうッ」
扉に光が満ちる。魔力とでもいうのか、それとも奇跡の残滓か。とにかく強い力がそこにはあった。この世界に溢れる途轍もないエネルギーが手から足に、頭髪の端から爪先にかけてまでを駆け抜けていく。大河を統べる奔流の水を得るために盥を突っ込むようなものだ。
ここと別の場所を繋ぐ。本来そこにあるはずの蓋然性という名の蓋を剥ぎ取る。可能性を越え、理論と超常を成し得る魔法にも似た奇跡をただの人間が成し遂げてみせた。
(凄い…凄すぎる。…これがエリゼさんが本気を出したことによって生じたあくまでも過分の力この魔法すら呼び寄せる世界の不均衡を体現している彼女自身に…一体どれほどの奇跡が宿るというのだろう)
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白き監獄塔 ――対ヴァンプール殲滅組織などと仮称されるヴァンプールの拿捕・殺戮・封印・破壊を本懐に据えた人間の団体である啓蒙結社イーネが所有する《破壊不可対象》のヴァンプールが封印されている特別してい建造物。
ヴァンプールを封じるためたけに建造・運営された亜空間建造物であり、ヴァンプールに弱体化を催す作用を持つ太陽光を増幅させるためだけに設置された光しかない空間が檻に棲む彼らを常に包んでいた。常人が見れば正気を逸するような明光の世界でなお彼らの身体はどす黒く燃え滾っており、物質を融解するまでの光を受けてなお彼らは死ぬことなくその監獄に収監されていた。
地下に穿たれた巨洞の深部に至るまでの深淵にでさえ、エリゼ・キホーテの命を張った唄が流れ着いていた。
「おい、看守。どういう了見だ。お仲間が大分燥いでるようだが?」
カテゴリー5。個体として文明に深刻な破壊を齎すことすら叶うという強大な力持ったヴァンプール。
特別収容番号-045。かつてラン・インツイと呼称して見せた第一圏のヴァンプールであり、過去に存在した決死作戦にてエリゼ・キホーテとアーカス・レイ・ワダクの活躍により拿捕が成功した凶悪な個体として知られていた。ラン・インツイが何より特出している点は他のヴァンプールとは一線を画したレベルでの《食人嗜好》であり、栄養供給だとしても他に適した食物が存在している中であえて効率の悪い食人を常日頃から行っていたという《悪食王》として悪名を轟かせていた。
元は第七圏で誕生したヴァンプールとされているが、プラグ・S島開拓事業として数十年前から絶えず送りこまれてきたPOP財団協賛の外界の人間たちに狙いを付けて第一圏に足を踏み入れ、縄張り意識の低いヴァンプールたちさえも敵に回して暴虐の限りを尽くしたカオスの主とも評価されていた。その根幹にあるのは人間の敵たらんとする概念そのものであり、彼の登場が故にヴァンプールという外界のヴァンパイアと混同視する怪物のイメージを構成する風潮や考え方がより確固たる定義と化したのは間違いなかった。
「黙れ。黙ってそこで一生指くわえて涎でも垂らしていろ、糞犬が」
「あー。なるほどな。相当俺に食われてぇと見える。んん。いいぜ。俺がもしここから出たら真っ先に看守ら全員を干してやるよ」
「粋がるな。過去の脅威とはいえ、貴様は既に敗退した負け犬だろうが?たとえ第一圏が滅んでもこの白き監獄塔は破れない。貴様ら負け犬は宇宙の終焉までそこで目を瞑って耐えてることしかできないんだよ」
看守たちは特殊な装備を以てしてその光の監獄の中でも辛うじて牢獄の空間を把握できているが、それでもなお光が強すぎるがためにヴァンプールが収容されている檻を前にしてもそこに何かがいるくらいの認識しかできなかった。
何しろ、この監獄を白き監獄たらしめんというこの太陽光増幅の特殊な機構は、そも天に太陽が視認できない禁断の惑星における天文台からか細く観測できる太陽光を獲得して増幅させるという禁忌に近い研究の成果。弱点らしい弱点が殆どないヴァンプールの動きをこうして封印している光の世界は週間2000TWhという莫大な電力消費と供給を以てして成し遂げている異形であり、生半な生物であれば生存することも許されない煉獄なのだから。
「しっかし、猶の事待ち遠しいよなァ。大王様。天地無用すらぶっ壊してくれる俺たちの英雄王はいつ顕れてくれるのやら」
「そんな未来は来ない。全ての惑星の支配者は人間だ」
「まー。指咥えて待ってろと言うのならそうしてやんよ。俺ァ、待つぜ。大王が生まれた瞬間。俺は全部を捧げてついていく。禁断の惑星も、外界の惑星に割拠する人間をすべて喰らいつくしてやるのはこの俺だ」
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