フリークス・ブルース

はいか

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月の獣を探せ

16 窮地にて

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――――

 分裂。或いは増殖。

 個体にして群体を成し得る超常的な生命であるヴァンプールという種族。話に聞いた《群集体系》という異能。
 耳を疑うような荒唐無稽なこの事象。それを実際に目の当たりにした今でさえ、疑うのが耳から己の目に変わっただけであった。状況的理解など追いつくはずもない。なぜなら、人間は同時に二か所に存在することはできない。この世界なら或いはそれもできるのではないかとすら思わされるが、少なくとも同じ存在と戦い続ける状況など、仮に望んでも決して手に入りはしないだろう。

 迫りくる辣刃。それ一本一本が業物の光を放ちながら殺意の籠った弧を描く。まっすぐに命を絶つべく急所に迫る一線。複雑な太刀筋からなる連撃で勢いを殺さずに捌くことに特化した延線。周囲を障害物ほど薙ぎ伏せる弧線。純度の高い斬り払い、カウンターを考慮しない当身。刀身そのものを投げつけてくるアウトローな戦術。

 極めて厄介な相手だった。
 純粋な剣士と対面する機会ですら現代では得難いものだというのに、ここでは純粋な剣士がそもそも存在しない。突飛でかつ常識破り、剣戟の概念すら成立しえない自分のルールの押し付け合い。先に仕掛けた方が勝ち、仕掛けられた方が負けだと言われんばかりのような世界。

「フー…ッ!!」

 迫りくる刃。視野に収まる分の剣筋であれば辛うじて処理できる。彼の所属していた組織、ICPO内で秘密裏に存在していた特殊部隊として叩き込まれた実践教育の賜物であり、かつての死線を味わった過激な戦闘シミュレーションの情景が蘇る。
 人間としては非凡なタフネスもまた訓練により備わった後天的なもの。そも戦闘においた才能などは埋没して然るべきな現代社会において、セノフォンテが自ら体得した技術、経験こそが今の彼を戦いにおいて奮起させるだけの矜持であった。
 こうして特異な環境での実戦においてその技術が生かされていることを思えば、彼のかつての血を吐く思いをした努力も実を結んでいると言えるのかもしれない。しかし、彼が会得した技術はあくまで人間を御するためのもの。対人格闘として確立された幾系統の体術の総集であり、蒐集された殺人体術の成果だ。

(この仮面サムライ野郎……どれだけ増えれば気が済むんだ!?)

 相手が人間であれば間違いなくセノフォンテの勝利であっただろう。彼の棒術はどれほどの凶器にも引けを取らない確立された戦闘能力を発揮できる。重厚な鉄にすら歪を与えるだけの威力を持った迎撃性、彼の敏捷性に底上げされた機動力、推進力を以て対面者を武器もろとも突破する破壊力。どれを見ても一流の技術とそれを成し得る精神力が備わっている。
 万全な状態にある彼ならば、二方向から放たれた弾丸すらも見切るとされる驚異的な動体視力と空間把握能力、それを支える戦闘構造のイメージが卓越しているのだ。それもまた才能による能力ではなく、彼が努力の末に後天的に獲得したものだ。

―――

 しかし、その矜持も今では意味をなさない。

 彼が強くなったのはより高度な任務を任されるため。自分が背負うべき責務を果たすため。
 現代に救う悪を断罪し、組織単位の破壊工作や情報収集を確実に成し得るために培った力だ。

 今、その力の矛先は違う惑星の違う生命体に向けられている。
 有限の肉体と一つしかない命を守るための戦い。向けられた刃を躱すのも、対峙した敵を感情なく撲殺するのもであり、世界を救うためではない。特に今の自分の運命に辟易を覚える彼にとって、本来味わう必要のない戦闘や苦悩は的確に心に軋みを与えるに足りる要素だった。

 どれだけ攻撃を躱しても止むことがない殺意の猛襲。その増殖、殺意と敵意の塊の増殖が有限なのか無限なのかはどうでも良いことだった。何しろ、仮面のサムライはおそらくセノフォンテを殺すまでは攻め手を緩めることはない。これは予想ではなく確定事項だ。対面しているセノフォンテ自身がその現実を嫌というほど思い知らされている。

 倒せない敵。終わらない攻撃。循環する死闘。
 どれだけ彼がその環境に適用しようと、懸命にその手を振るい続けても結局眼前に立ちはだかる事実は体力切れによる敗北。或いは絶望の末の自死の選択だった。

 気が付けばセノフォンテの耳の端を太刀筋が捉えていた。今までよく躱し続けたものだが、既に空間把握の感覚も麻痺しつつあり、文字通りの連戦による疲弊が確実に肉体に悪影響を齎していた。斬られた耳からは存外に勢いよく血が流れだし、それに思わず怯んだ隙に肩に強烈な当身を食らう。
 鈍痛が軋んだ心をより締め付ける。歩み寄る敗北が死の鐘に手を伸ばすようだ。
 間違いなく、これまで戦った者らに比べて最もタチが悪い。エリゼもアーカスも、襲い来るキメラでさえ戦っている最中に自分を増やすなどという論外な挙動は取らなかった。当たり前だ。同一個体をここまで瞬時に増殖させ、高度な意識的な攻撃を成立させる生命体など他に例がない。人間にしろ道化騎士にしろ、特殊能力を抜きにすればまだ理解の範疇にはある。それもこの世界の基準なのかもしれないが、人間はやはりだった。

 ヴァンプール。群集体系を基本性能として有する論外生命。彼には、外界でのクローン研究が倫理的観点から否定されがちな理由が垣間見えた気がした。これは存在してはいけない生命体だと確信した。人間ではこんな怪物を止めることは不可能だろう。そしてこんな怪物たちに対峙しているイーネの人間たち、エリゼらのような人間も怪物じみていて当然なのだ。

 その身一つを増やすことがこれほどまでに厄介なのであれば、木造帆船とはいえ戦艦を無限に召喚できるアブー・アル・アッバースなどは天地侵略者の冠位を得て当然だと思えた。これがヴァンプールごとに個性として備わっている力だとすれば、これが一体でも外界に出ればきっと世界は即座に破滅の兆しを見ることになるというのも頷ける。

 なおタチが悪い特性として、彼らは自分の体が傷つくことを微塵も恐れない点にある。セノフォンテがその身を守ろうと必死に防戦を繰り広げたとしても、数の有利より遥かに強い概念が彼を攻め立てる。仮面をつけたサムライたちはその刃が分裂した自分の身をもろとも斬り裂くことを前提とした斬撃を放ってくる。むしろそれが死角からの角度の高い攻撃のレベルを底上げしている。
 犠牲を厭わない攻撃は戦いにおいて非常に脅威だ。無理を通す戦略は後にある自分の身を危うくするという長い歴史上での戦略の典型など、この世界の先住民には関係がないことなのだ。この広くない回廊内で起動しうる最大数の分身を常に展開させたうえで特攻を仕掛けてきている。既にセノフォンテがまともに撃破できるのはこの死ぬ前提で向かってくるブラフくらいになっていた。意識が繋がっているのか、常に高度な連携と連撃を仕掛けてくるこの小太りの仮面サムライはセノフォンテが戦闘に順応するように、彼が嫌がる太刀筋を既に理解していた。
 人間に真似できない物量を確保しているという圧倒的な自信からくる疲弊戦術。セノフォンテがより疲弊する大きな動きを促し、セノフォンテがより息を荒げなければいけないような変則的な動きを強要する。結局は死ぬことがないサムライにとっては既に真剣勝負などお笑い草だ。このまま続ければ人間は絶対に負ける。どれだけ奮闘しようと、どれだけ善戦しようと、ヴァンプールの弱点を付けないセノフォンテに最初から勝ち目がないことがわかっていた。

――

「よもや、ここまで耐えるか小僧。見上げた根性だ」

 死角から強烈な蹴りを命中させ、セノフォンテの体を壁面に叩きつけた後にサムライは攻撃の手を止めた。ここまでの戦いの中でセノフォンテは剣線への反応は異常なほど敏感だが、死角からの肉弾戦には不向きであることがわかっていたサムライはその蹴りを食らわせた時点でもう既に攻撃の必要すらないことに気が付いた。
 壁際で力なく崩れ落ちる彼の体は集中力が切れたように足腰立たない様子だった。呼吸も絶え絶えでその体躯は無数のに包まれていた。

「指の何本かでも早々に落とせばよかったか。こうも粘られては面倒でかなわん。拙者、ここまで見苦しい人間を見たことはない」
 二十体ほど展開していた小太りのサムライたちが収束していく。散らばった砂を集めるように四体の分身までそれぞれが吸収され、見栄えがすっきりしたところでそのうちの二体が太刀を構えた。

「……ハァ……ハァ…ハ…ぁあ……ふぅ」
「死ね、人間。大した者だと褒めてはやろうぞ。その棒切れでよくも健闘してみせた」
「健闘か――……光栄だね……俺には…戦いという…心地も……ないもんだった」
「口が利けるか。どこまで図太いのやら…」
「お喋りは……嫌いか?」
「いや。小僧、貴様はなかなかに見どころがある。辞世の句も残させてやらんほど無作法ではない。言い残すことがあれば疾く聞かせろ」

「俺を見逃してくれ」
「ほぉ?」
「俺は死にたくない。勝てないなら降参する。謝る。……でも、死にたくない」
「何故だ?……何故、死にたくないと思う。貴様の仲間の男はとうに拳銃の使い道を決めたようだが?」

 小太りのサムライは顎をしゃくってセノフォンテの目線を促した。床に情けなく倒れ伏しているグラン・カニシカ。手には力なく拳銃が嵌っており、利き手側の蟀谷には弾丸が通り抜けた穴が開いている。自害したのだろう。セノフォンテにとって理由はどうでも良かった。

「質問返して申し訳ないけど、逆になんでアンタは俺を殺そうとするんだよ?」
「それを仰せつかったから。そうとしか言えん。貴様を殺すように命じられた以上はそうするまでよ」
「俺を殺せって言われたのか?」
「いや、このに潜入した人間二匹を殺せと言われた。それが貴様という確証はない。聞いた名前はセノフォンテ・コルデロ、グラン・カニシカという名前だが、こちらにはそれを確かめる術がないからな。目についた人間であればとりあえず全員殺すつもりで参った」

「なんだか運が悪かったのかもな。…セノフォンテ・コルデロは俺で、そこで死んでるのがグラン・カニシカだとも」
「嫌に素直だな。気色が悪い。人間はこういう時、見苦しく自らを偽るものだろう?生きながらえたいのなら猶更だ」
「正直意味が分からないからね。なんで俺を殺せっていう命令がヴァンプールに降りてるのか。アンタはどこのどいつなのか。なんで戦わなきゃいけないのか。……目線があったら勝負開始のRPGじゃあるまいし、ただ戦うことに意味を見出せと言われても疲れるだけだ。―なぁ、アンタはどこのどいつで、誰にどういう理由で俺を殺せって言われたんだよ?どうせ殺す予定なら無駄話してもいいだろ、じゃなきゃまだ抵抗するぞ?さっさと終わらせたいなら急がば回れだ。俺に納得できる死ぬ理由を教えてくれれば――――」

 そこでセノフォンテに眉間に向けて大上段からの素早い唐竹の斬撃が浴びせられた。
「そんなものはない」
 無慈悲な致命の刃。だが、それをセノフォンテは刃を眉間に減り込ませながらもしてみせた。彼の刃が食い込んだ眉間から血が流れ、鼻を伝い、頬を伝い、口元を伝う。そこで見せたセノフォンテの白い歯の笑顔もまた血に濡れていく。

「なるほど。そんななんの情報もなく使い走りさせられてる雑魚に…負けるわけにはいかないな」
「貴様……」

「―――泣きっ面のコルデロ――――役立たずのコルデロ――――卑屈なだけのコルデロ―――嗚呼、そんなもんさ。今まで散々言われてきた。お前は弱音ばかり、役に立たない。それで功績あげて見返してみれば今度は卑屈な根性曲がりと誹られる。いいさ。今回もそう行こう。俺は強くなりたいし、役に立ちたい。いろんなヒトに認められたいし、そのために無茶してきた。結果俺に還元されることは殆どないけど、それでいい。もう諦めるとも。そーいう星回りで生まれてきたわけだ。――――結局、繰り返すしかない。アンタみたいに無限に湧いて鬱陶しく飛び回るくらいが存在価値だ。謎の需要。謎の使命。元からどこの世界でも俺を納得させるだけの理屈はくれない」

 思い出すのは修練の日々ばかりではない。
 強制された運命。矯正された人生。そんなのはそもそも今始まったことでもなかった。


「今まで言われた中で最もセンスを疑った誹りがこれだ……《蠅のコルデロ》。不撓不屈などただの文字遊び、俺は諦めが悪いだけの蛆虫。良いとも。相手になろう。死ぬまで殺してやるよ。コスプレ糞サムラーイ」




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