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死の淵で輝く
26 暴虐卿
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「ヴァンプールが持つ特異能力の《群集体系》。個体にして群体を形成し得るという人智未踏の象徴にして、本質的な生命論に反した無比の延命機構には、敢て大別するとすれば大きく二つのパターンにカテゴライズされる」
怪訝な面持ちを示したセノフォンテに反するように、その時のグラン・カニシカはセノフォンテに負けないしかめっ面で言葉を続けた。山のように積まれた分厚い図鑑や写真集の表紙を感慨深そうに撫でるその手の穏やかさとは裏腹に、どこか不快感すら覚えていそうなしわがれた声音だった。
禁忌を発動した際に及ぼされる副次的な空間干渉能力の恩恵であると説明された【迎忌蒐集】と名付けたと言う力の訓練。言うならばイメージトレーニングだった。蒐集を行う際には事前に禁忌が発動されているという大前提の他に絶対に必要となる条件として、蒐集して呼び寄せる物体を自分が明確に性質と構造を知悉している必要があるのだ。
グランが所有しているという地球上の物質に関わる本を読み漁り、とにかく禁忌を発動させた際の恩恵を増幅させる。まともに戦う限りでは人間ではほぼ勝ち目がないといっても過言でない生命体であるヴァンプールと対峙する以上、グランが言う蒐集をコントロールすることは撃墜の恵能を操作すること以上のメリットがあるとのことだった。
「今、集中してるんですよ。ヴァンプールの話題なんて持ち込まないでください」
「ふっ。君は外界の図鑑は舐めまわすように見入るというのに、やはりこの世界の情報に関しては依然として唾棄してやまないようだな」
「ええ。わかってるなら――――」
「それでもこれは暴虐卿と対峙する上で前提として念頭に置かねばならないポイントだ。不快でもこちらの勝手で語らせてもらう」
セノフォンテは気を揉まれたように読んでいた図鑑をパタリと閉じ、目を何度か擦った。小さな小屋から見える花畑はどうにもそこからは眩しいように感じられ、途端に視線を読んでいたボロボロの本たちに戻してしまう。
「ヴァンプールの持つ群集体系には《水平型》と《垂直型》の大別がある。あくまで私が勝手に考察した内容にはなるがな」
「えー」
「文句はなしだ。――――水平と垂直と言っても、これは群集体系の力が縦方向に働いているか、横方向に働いているかのイメージに他ならない。ここでいう横方向の群集体系とは、《自己複製》のことを指す。自己を投影するように空間変数に自分の状態を亜空間を通して代入し、劣化のない同一存在を世界に瞬間的に製造する。意識の共有が可能な点と劣化のない複製と言う点から、この性質は横方向に群集体系が働いているというイメージでいてくれればいい。君が対峙したヴァンプールはこの水平型の群集体系を用いて戦闘を展開していた」
「へぇ」
「……水平型の群集体系の厄介なところはまず間違いなく数的優位だな。これは短期間の闘争に限らず、生命が存続を求めるうえで何よりも渇望する数の利を獲得しているという状態を作り出せるわけだ。狩猟、農業、開拓、建築、闘争、政治。人間の要素として挙げられる生存戦略の問題は大抵は数さえ集めれば解決するからな。数が多いということは費やせる時間の獲得でもあり、空間面積のみだけでなくその恩恵は自分の中にある時間を何倍にも何十倍にも膨れ上がらせることも同じだ。第六圏の支配格のヴァンプールであるカテゴリー6のドリューズ・ポリネトロフィーにおいてはこの水平型の群集体系の最高峰とも言って良く、奴は一個体を中心として無尽蔵の分身を常時展開し、国家を形成していると言われている。奴の本拠地である第六圏は人間の一人も満足に暮らしていけないレベルの過酷な環境ともな」
「でも、件の暴虐卿も卿と呼ばれるに足る身分と領地を持っているんでしょう?群体を形成できるのにわざわざ眷属を拵えて身辺を整える必要はないように思えますねぇ」
鼻を鳴らしたセノフォンテに対し、グランは指を差して見せる。
「そう。その眷属を拵える群集体系こそが《垂直型》の言うなれば縦方向の群集体系だ」
「ん?」
「ヴァンプールの中には…特に上位ヴァンプールによくみられる形態だが、個体によっては自己を起点とした《眷属》という階級組織を独自に構築する場合がある。これは自己の増殖とは違い、ヴァンプールや人間を問わない他者を自分の威光の元に下僕にするという体裁となっている。ここで大切なのはこの水平型と垂直型は排他的な性質ではなく、どちらも基本性能としてヴァンプールに内在する点ということだ」
「自分を増やせるのにどうしてまた配下なんて用意する必要が?」
「そも、このプラグ・S内でのヴァンプールの群集体系に対してカテゴライズを行うという認識は現状存在しない。つまり、ヴァンプールはそういうもの、そういう特徴があるというくらいに思われている大前提だ。だが、この大前提を度外視していては本質を見逃す。君にこの話をするのはその耳を塞いだようなスタンスに反するとは思うが、敢て説明するとすればこの縦方向の繋がりを求める主従制約の特性は彼らのうちにある《大王思想》に直結する部分であるのだ」
「あー。だるい。もう聞かなくていいですかね」
「勝手に語らせてもらうと言ったろう?まぁ、伝承や儀式について細かく話すつもりはない。君も理解に苦しむだろうしな。……それでだ。この眷属作成の垂直型の群集体系には人間に見られるような単純な主従関係と階級組織の構築を成し得る能力だが、これは戦闘においてとある特性が含まれている。それは制約ともいえるものであり、内容としては主従関係や同じ主人を持つヴァンプールは同じ相手と同時に戦うことが出来ないというものだ」
「……………?」
「これは人間と戦うことを想定していないヴァンプール元来の特質とでも理解してくれ。しかし、人間との戦闘も対象範囲にあるこの効果は非常に有用だ。何しろ、暴虐卿エデの領地侵犯を決行してこちらの用事を押し通そうとしたところで、暴虐卿が子飼いにしているヴァンプールたち全てを相手にするというシチュエーションは成立しないということだ。暴虐卿の性格にもよるだろうが、運が良ければ早々に暴虐卿本人と対戦することも出来るだろう」
そこでセノフォンテはわざとらしく挙手をする。
「肝心の暴虐卿に勝てなかったら意味がないと思いますが」
「無論、圧倒的な力量の差が存在する。寧ろ、何かの攻撃を一撃でも喰らえば即死だ」
「えー……」
「その差を埋めるためのあるのが恵能だ。そして、何とかしてその一撃を受け止めるためにあるのが蒐集だと思ってくれればいい」
「もう少し気の乗る激励の言葉はないものなんですかねぇ」
そこでグランは黒づくめに沈めたその身に似合わず、花々に彩られた庭園へと歩み出す。
「ふむ。強いてあと告げておくことがあるとすれば、《恵能》は眷属作成の効果ではない。恵能はギフトの名で通るようにその恩恵は天から不意に注がれる陽光のように気紛れで認知しずらい現象だ。ヴァンプールが意図的に恵能を人間に与えるメリットはなく、盗品のように扱われる自身の能力に激昂して暴れまわるヴァンプールもいるくらいだ。恵能に成り得るのはカテゴリー5以上の上位ヴァンプールの持つ権能だが、奴らの意図せぬ所で恵能者は成立する」
「…だからなんだって話ですが」
「君の対戦相手になる暴虐卿エデは権能がない。よって奴を起点とする恵能者は存在しない。《みち》や《腱》に代表されるような特異で強力な能力はなく、あるのはその身一つ。対して君はこの圏域内で最強の名を欲しいままにするバーソロミュー・ガラデックスが代表するアブー・アル・アッバースのギフトである《撃墜》持ちだ。恵能を使い熟せば個体としては寧ろ奴の上を行き、禁忌による世界破砕でのフィールドの上書きと蒐集によって投入可能な資源量を考えれば、対等とまではいかないにしろ、寝首を掻くには余りある戦力と評価できるだろうよ」
――――
―――
――
結局のところグラン・カニシカに自分を鼓舞しようという意思があったのか、それを確かめることは出来なかった。まるで最初から価値を確信しているかのような物言いと不敵な姿勢。そこまでこの世界に知悉し関心を寄せているというのに、どうして自ら武器を取って戦おうという意思がないのか。
それとも自分が、セノフォンテ・コルデロが暴虐卿と戦うことに意味があるのか。疑問符を浮かべればキリがない。あの飄々とした物言いと態度の根底にある底知れない謀略の歯車として奔走することに意味を見出すことが出来るとするのであれば、やはり己の本懐のためと文句を呑み込むより他にない。
喪失した世界。自分のあるべき居場所を取り戻すための戦い。自分本位で身勝手で、それでいて侵略者然とした虐殺をも可能とする修羅の道だ。客観的に視点を取れば、世界を毀すような禁忌を躊躇いなく行使し、それでいて現地の実力者に牙を剥いて領民を屠り上げるなど、唾棄すべき非常な侵略行為に他ならない。
巨悪に身を落とす覚悟はあれど、人を殺した実感は伴う。正直、常にどこか虚空をなぞるような浮世離れした心地が沁みてくる。手も足も掬われるようなどろどろとした汚らしい枷が不可視にもその身を束縛するようで、それこそ禁忌の一つでも冒してこのその執拗な叱責から目を背けることでしかそ感覚を紛らわすことが出来なかった。
―――
白胴白髪白瞳。それはどこか想像していた巨躯の怪物とは乖離した現実だった。天寿を終える間際の老人のような、生気ない枯れかけの細木のような存在。それがどうにも目を見張るばかりの装飾と一見しただけで座り心地が想像できそうなほどの豊満なクッションで彩られた巨大な玉座のようなものに収まっている。頬杖をついたそれは見るからに太々しく、階段状になった謁見の間の全てを見下さんばかりの蔑視を注いでいる。肌寒い気候や屋敷の内外に似合わずのその身は薄っぺらな腰布一枚で覆われており、骨浮きするような肉体の貧弱さが見て取れるようだった。
(あれが……暴虐卿か?)
浮かんだ疑問の答えはこれまで屋敷の先導を行っていたエニグマの態度によって証明された。エニグマは玉座に鎮するソレを見ると即座に片膝を折って身を低く据え首を垂れた。対してセノフォンテはそれを倣うこともせずに仁王立ちを続け、それを感じ取ってかエニグマは静かに舌を鳴らす。
「どうにも、外来人と言うものは礼節に無頓着な様子でしてね。高名な暴虐卿エデよ、仲介者として此度の招致を完遂したエニグマの貌を立ててこの非礼を注いでいただきたい」
「んンんンんんんn……」
熊が唸るような音。あからさまな不快感を直感的に伝えながらも、暴虐卿エデは先程と変わらぬ姿勢で視線だけを向けてきていた。
言われた通り、礼節に無頓着なセノフォンテは今自分が身を置く巨大な謁見堂の様子をつぶさに確認していた。玉座までに続く十数段の幅の広い階段にはそれぞれ左右に人間と思われる者らが細剣を顔の正面に据えて背筋を伸ばして直立している。演出上の見かけ倒しなのか、その者らは鎧の類は着用せずに剣を持っているのみであるため、おそらくはそこまで脅威ではなかった。
代わりに何より一見しただけで総毛立つような異次元の存在が二つ感じられた。寧ろ、常にその二点に意識を注いでいなければその不可視で無音の威圧だけで身動きが取れなくなりそうなまでの脅威だった。
一方は件の制圧対象である《暴虐卿》エデ。太々しさばかりではない本物の余裕に溢れた様相。座っているだけの敵ならば下手をすれば瞬時の制圧が可能なのではと考えていた少しまでまでの自分を殴りたくなるまでの想定違いだった。元々聞いていた評価とは次元ごと食い違ったようなその目を焼かれるような威圧を受け、彼の額には大粒の汗が浮き出ていた。
さらに、そんな暴虐卿よりもさらに恐怖を覚えたのはセノフォンテとエニグマ同様に玉座の前の階段より手前の壁際にて、設置された小さな卓上の大皿に対して熱心に食事を摂っている女性だった。エニグマに見劣らない鮮やかな彩色に溢れたドレスを召しており、美術品を思わせるような美しい貌立ちはどこかエニグマと対照的な印象を受けた。彼女は一心不乱という言葉が相応しいほどに夢中で目の前の大皿に雑に盛り付けられた人間の肉を貪っていた。その美しさに似合わない両手を用いた捕食風景には絶句を禁じえなかったが、何よりその絵面以上の威圧を彼女からは感じさせられた。
先程から慌ただしく大皿を運搬しているシャベナラは次々と人間の死体がまるまる盛り付けられた料理にも満たない肉塊を卓上に置いて回り、それよりも早いペースで彼女は人間を平らげてしまっている。ドレスを着た獣の見たような悍ましい印象を受けながらも、それでいてどこか気品のある恐怖が押し寄せてくるのだ。
「そちらは……《永遠の淑女》エカチェリーナ嬢でしたか。このお屋敷に出入りされているという噂は耳にしておりましたが、まさかご尊顔を拝せるとは夢にも。彼のバーソロミュー・ガラデックスに瀕死の傷を与えたというその武勇には生唾を飲まされたものです。ええ、この度のご用向きを伺いしたいという好奇心こそありますが、それは無礼どいうものでしょう。何より、この外来人セノフォンテ・コルデロを届けることに加えた新たな用向きを暴虐卿のお耳に入れねばならりますまい」
エニグマの言葉からは本心を見透かさせまいとするような煙ったい趣があった。
「暴虐卿よ。卿の屋敷に今、イル・バージスタの赤奴《灰被り》が接近中とのこと。第四圏では名を聞かぬ日がない程の実力者。恐らくは逆円卓相当の合議に伴って第一圏に入り、明らかな戦闘の意思を持って進行してきているものと思われます。卿の実力を疑うことなど決してありませぬが、くれぐれも寝首を掻かれませぬように愚かにも進言させて頂きたく存じます」
「んンんンんンんンん。それは由々しき事態であるな。して、仲介者は如何様にして役立ってくれるのやら」
「いえ。私目は《饗宴王》と《海賊王》の指名にて仲介者としての中立を架せられたただの人間。この度の戦乱の兆しに際してはこの立場における最大限の注力を確約した身ではありますが、卿の身に降りかかる火の粉を払うのはこの中立の役目に反します。非常に歯がゆい思いではございますが、奇しくも傍観という定めこそが私目の存在証明でありますことのご理解を頂きたく存じます」
「フンんンんン。狸が。いや、女狐か?第八圏のエニグマと言えばその身一つで第一圏域の全ての戦力を相手取るに足るであろうに、殊勝な心掛けではないか。しかし、灰被りのトライクラギ・ガラデックスの接近の知らせこそ受けていたが、その確証に足らなかった現状こうして仲介者からの裏付けがあるとなればこちらも腹が決まるというもの。その点には惜しみない感謝を述べようか」
「ほぉ。このエニグマ以外にイーネの動向に注視していた存在があられたとは……となると、その情報提供者はエカチェリーナ嬢でございましたか?」
「んンんンんンん!!!!!無用な問答は時間の無駄だ。灰被りが近づいているとなってはそこの小僧に時間を割くわけにもいかぬ。此度の仲介の本題へと移ろうではないか!!」
「あー。俺もそろそろ退屈してきたところでしたので」
そこで初めて、真に暴虐卿とセノフォンテの視線が交差した。
「んンん。単刀直入だ。貴様、外来人の小僧よ」
「あン?」
「貴様、ヴァンプール大王か?」
怪訝な面持ちを示したセノフォンテに反するように、その時のグラン・カニシカはセノフォンテに負けないしかめっ面で言葉を続けた。山のように積まれた分厚い図鑑や写真集の表紙を感慨深そうに撫でるその手の穏やかさとは裏腹に、どこか不快感すら覚えていそうなしわがれた声音だった。
禁忌を発動した際に及ぼされる副次的な空間干渉能力の恩恵であると説明された【迎忌蒐集】と名付けたと言う力の訓練。言うならばイメージトレーニングだった。蒐集を行う際には事前に禁忌が発動されているという大前提の他に絶対に必要となる条件として、蒐集して呼び寄せる物体を自分が明確に性質と構造を知悉している必要があるのだ。
グランが所有しているという地球上の物質に関わる本を読み漁り、とにかく禁忌を発動させた際の恩恵を増幅させる。まともに戦う限りでは人間ではほぼ勝ち目がないといっても過言でない生命体であるヴァンプールと対峙する以上、グランが言う蒐集をコントロールすることは撃墜の恵能を操作すること以上のメリットがあるとのことだった。
「今、集中してるんですよ。ヴァンプールの話題なんて持ち込まないでください」
「ふっ。君は外界の図鑑は舐めまわすように見入るというのに、やはりこの世界の情報に関しては依然として唾棄してやまないようだな」
「ええ。わかってるなら――――」
「それでもこれは暴虐卿と対峙する上で前提として念頭に置かねばならないポイントだ。不快でもこちらの勝手で語らせてもらう」
セノフォンテは気を揉まれたように読んでいた図鑑をパタリと閉じ、目を何度か擦った。小さな小屋から見える花畑はどうにもそこからは眩しいように感じられ、途端に視線を読んでいたボロボロの本たちに戻してしまう。
「ヴァンプールの持つ群集体系には《水平型》と《垂直型》の大別がある。あくまで私が勝手に考察した内容にはなるがな」
「えー」
「文句はなしだ。――――水平と垂直と言っても、これは群集体系の力が縦方向に働いているか、横方向に働いているかのイメージに他ならない。ここでいう横方向の群集体系とは、《自己複製》のことを指す。自己を投影するように空間変数に自分の状態を亜空間を通して代入し、劣化のない同一存在を世界に瞬間的に製造する。意識の共有が可能な点と劣化のない複製と言う点から、この性質は横方向に群集体系が働いているというイメージでいてくれればいい。君が対峙したヴァンプールはこの水平型の群集体系を用いて戦闘を展開していた」
「へぇ」
「……水平型の群集体系の厄介なところはまず間違いなく数的優位だな。これは短期間の闘争に限らず、生命が存続を求めるうえで何よりも渇望する数の利を獲得しているという状態を作り出せるわけだ。狩猟、農業、開拓、建築、闘争、政治。人間の要素として挙げられる生存戦略の問題は大抵は数さえ集めれば解決するからな。数が多いということは費やせる時間の獲得でもあり、空間面積のみだけでなくその恩恵は自分の中にある時間を何倍にも何十倍にも膨れ上がらせることも同じだ。第六圏の支配格のヴァンプールであるカテゴリー6のドリューズ・ポリネトロフィーにおいてはこの水平型の群集体系の最高峰とも言って良く、奴は一個体を中心として無尽蔵の分身を常時展開し、国家を形成していると言われている。奴の本拠地である第六圏は人間の一人も満足に暮らしていけないレベルの過酷な環境ともな」
「でも、件の暴虐卿も卿と呼ばれるに足る身分と領地を持っているんでしょう?群体を形成できるのにわざわざ眷属を拵えて身辺を整える必要はないように思えますねぇ」
鼻を鳴らしたセノフォンテに対し、グランは指を差して見せる。
「そう。その眷属を拵える群集体系こそが《垂直型》の言うなれば縦方向の群集体系だ」
「ん?」
「ヴァンプールの中には…特に上位ヴァンプールによくみられる形態だが、個体によっては自己を起点とした《眷属》という階級組織を独自に構築する場合がある。これは自己の増殖とは違い、ヴァンプールや人間を問わない他者を自分の威光の元に下僕にするという体裁となっている。ここで大切なのはこの水平型と垂直型は排他的な性質ではなく、どちらも基本性能としてヴァンプールに内在する点ということだ」
「自分を増やせるのにどうしてまた配下なんて用意する必要が?」
「そも、このプラグ・S内でのヴァンプールの群集体系に対してカテゴライズを行うという認識は現状存在しない。つまり、ヴァンプールはそういうもの、そういう特徴があるというくらいに思われている大前提だ。だが、この大前提を度外視していては本質を見逃す。君にこの話をするのはその耳を塞いだようなスタンスに反するとは思うが、敢て説明するとすればこの縦方向の繋がりを求める主従制約の特性は彼らのうちにある《大王思想》に直結する部分であるのだ」
「あー。だるい。もう聞かなくていいですかね」
「勝手に語らせてもらうと言ったろう?まぁ、伝承や儀式について細かく話すつもりはない。君も理解に苦しむだろうしな。……それでだ。この眷属作成の垂直型の群集体系には人間に見られるような単純な主従関係と階級組織の構築を成し得る能力だが、これは戦闘においてとある特性が含まれている。それは制約ともいえるものであり、内容としては主従関係や同じ主人を持つヴァンプールは同じ相手と同時に戦うことが出来ないというものだ」
「……………?」
「これは人間と戦うことを想定していないヴァンプール元来の特質とでも理解してくれ。しかし、人間との戦闘も対象範囲にあるこの効果は非常に有用だ。何しろ、暴虐卿エデの領地侵犯を決行してこちらの用事を押し通そうとしたところで、暴虐卿が子飼いにしているヴァンプールたち全てを相手にするというシチュエーションは成立しないということだ。暴虐卿の性格にもよるだろうが、運が良ければ早々に暴虐卿本人と対戦することも出来るだろう」
そこでセノフォンテはわざとらしく挙手をする。
「肝心の暴虐卿に勝てなかったら意味がないと思いますが」
「無論、圧倒的な力量の差が存在する。寧ろ、何かの攻撃を一撃でも喰らえば即死だ」
「えー……」
「その差を埋めるためのあるのが恵能だ。そして、何とかしてその一撃を受け止めるためにあるのが蒐集だと思ってくれればいい」
「もう少し気の乗る激励の言葉はないものなんですかねぇ」
そこでグランは黒づくめに沈めたその身に似合わず、花々に彩られた庭園へと歩み出す。
「ふむ。強いてあと告げておくことがあるとすれば、《恵能》は眷属作成の効果ではない。恵能はギフトの名で通るようにその恩恵は天から不意に注がれる陽光のように気紛れで認知しずらい現象だ。ヴァンプールが意図的に恵能を人間に与えるメリットはなく、盗品のように扱われる自身の能力に激昂して暴れまわるヴァンプールもいるくらいだ。恵能に成り得るのはカテゴリー5以上の上位ヴァンプールの持つ権能だが、奴らの意図せぬ所で恵能者は成立する」
「…だからなんだって話ですが」
「君の対戦相手になる暴虐卿エデは権能がない。よって奴を起点とする恵能者は存在しない。《みち》や《腱》に代表されるような特異で強力な能力はなく、あるのはその身一つ。対して君はこの圏域内で最強の名を欲しいままにするバーソロミュー・ガラデックスが代表するアブー・アル・アッバースのギフトである《撃墜》持ちだ。恵能を使い熟せば個体としては寧ろ奴の上を行き、禁忌による世界破砕でのフィールドの上書きと蒐集によって投入可能な資源量を考えれば、対等とまではいかないにしろ、寝首を掻くには余りある戦力と評価できるだろうよ」
――――
―――
――
結局のところグラン・カニシカに自分を鼓舞しようという意思があったのか、それを確かめることは出来なかった。まるで最初から価値を確信しているかのような物言いと不敵な姿勢。そこまでこの世界に知悉し関心を寄せているというのに、どうして自ら武器を取って戦おうという意思がないのか。
それとも自分が、セノフォンテ・コルデロが暴虐卿と戦うことに意味があるのか。疑問符を浮かべればキリがない。あの飄々とした物言いと態度の根底にある底知れない謀略の歯車として奔走することに意味を見出すことが出来るとするのであれば、やはり己の本懐のためと文句を呑み込むより他にない。
喪失した世界。自分のあるべき居場所を取り戻すための戦い。自分本位で身勝手で、それでいて侵略者然とした虐殺をも可能とする修羅の道だ。客観的に視点を取れば、世界を毀すような禁忌を躊躇いなく行使し、それでいて現地の実力者に牙を剥いて領民を屠り上げるなど、唾棄すべき非常な侵略行為に他ならない。
巨悪に身を落とす覚悟はあれど、人を殺した実感は伴う。正直、常にどこか虚空をなぞるような浮世離れした心地が沁みてくる。手も足も掬われるようなどろどろとした汚らしい枷が不可視にもその身を束縛するようで、それこそ禁忌の一つでも冒してこのその執拗な叱責から目を背けることでしかそ感覚を紛らわすことが出来なかった。
―――
白胴白髪白瞳。それはどこか想像していた巨躯の怪物とは乖離した現実だった。天寿を終える間際の老人のような、生気ない枯れかけの細木のような存在。それがどうにも目を見張るばかりの装飾と一見しただけで座り心地が想像できそうなほどの豊満なクッションで彩られた巨大な玉座のようなものに収まっている。頬杖をついたそれは見るからに太々しく、階段状になった謁見の間の全てを見下さんばかりの蔑視を注いでいる。肌寒い気候や屋敷の内外に似合わずのその身は薄っぺらな腰布一枚で覆われており、骨浮きするような肉体の貧弱さが見て取れるようだった。
(あれが……暴虐卿か?)
浮かんだ疑問の答えはこれまで屋敷の先導を行っていたエニグマの態度によって証明された。エニグマは玉座に鎮するソレを見ると即座に片膝を折って身を低く据え首を垂れた。対してセノフォンテはそれを倣うこともせずに仁王立ちを続け、それを感じ取ってかエニグマは静かに舌を鳴らす。
「どうにも、外来人と言うものは礼節に無頓着な様子でしてね。高名な暴虐卿エデよ、仲介者として此度の招致を完遂したエニグマの貌を立ててこの非礼を注いでいただきたい」
「んンんンんんんn……」
熊が唸るような音。あからさまな不快感を直感的に伝えながらも、暴虐卿エデは先程と変わらぬ姿勢で視線だけを向けてきていた。
言われた通り、礼節に無頓着なセノフォンテは今自分が身を置く巨大な謁見堂の様子をつぶさに確認していた。玉座までに続く十数段の幅の広い階段にはそれぞれ左右に人間と思われる者らが細剣を顔の正面に据えて背筋を伸ばして直立している。演出上の見かけ倒しなのか、その者らは鎧の類は着用せずに剣を持っているのみであるため、おそらくはそこまで脅威ではなかった。
代わりに何より一見しただけで総毛立つような異次元の存在が二つ感じられた。寧ろ、常にその二点に意識を注いでいなければその不可視で無音の威圧だけで身動きが取れなくなりそうなまでの脅威だった。
一方は件の制圧対象である《暴虐卿》エデ。太々しさばかりではない本物の余裕に溢れた様相。座っているだけの敵ならば下手をすれば瞬時の制圧が可能なのではと考えていた少しまでまでの自分を殴りたくなるまでの想定違いだった。元々聞いていた評価とは次元ごと食い違ったようなその目を焼かれるような威圧を受け、彼の額には大粒の汗が浮き出ていた。
さらに、そんな暴虐卿よりもさらに恐怖を覚えたのはセノフォンテとエニグマ同様に玉座の前の階段より手前の壁際にて、設置された小さな卓上の大皿に対して熱心に食事を摂っている女性だった。エニグマに見劣らない鮮やかな彩色に溢れたドレスを召しており、美術品を思わせるような美しい貌立ちはどこかエニグマと対照的な印象を受けた。彼女は一心不乱という言葉が相応しいほどに夢中で目の前の大皿に雑に盛り付けられた人間の肉を貪っていた。その美しさに似合わない両手を用いた捕食風景には絶句を禁じえなかったが、何よりその絵面以上の威圧を彼女からは感じさせられた。
先程から慌ただしく大皿を運搬しているシャベナラは次々と人間の死体がまるまる盛り付けられた料理にも満たない肉塊を卓上に置いて回り、それよりも早いペースで彼女は人間を平らげてしまっている。ドレスを着た獣の見たような悍ましい印象を受けながらも、それでいてどこか気品のある恐怖が押し寄せてくるのだ。
「そちらは……《永遠の淑女》エカチェリーナ嬢でしたか。このお屋敷に出入りされているという噂は耳にしておりましたが、まさかご尊顔を拝せるとは夢にも。彼のバーソロミュー・ガラデックスに瀕死の傷を与えたというその武勇には生唾を飲まされたものです。ええ、この度のご用向きを伺いしたいという好奇心こそありますが、それは無礼どいうものでしょう。何より、この外来人セノフォンテ・コルデロを届けることに加えた新たな用向きを暴虐卿のお耳に入れねばならりますまい」
エニグマの言葉からは本心を見透かさせまいとするような煙ったい趣があった。
「暴虐卿よ。卿の屋敷に今、イル・バージスタの赤奴《灰被り》が接近中とのこと。第四圏では名を聞かぬ日がない程の実力者。恐らくは逆円卓相当の合議に伴って第一圏に入り、明らかな戦闘の意思を持って進行してきているものと思われます。卿の実力を疑うことなど決してありませぬが、くれぐれも寝首を掻かれませぬように愚かにも進言させて頂きたく存じます」
「んンんンんンんンん。それは由々しき事態であるな。して、仲介者は如何様にして役立ってくれるのやら」
「いえ。私目は《饗宴王》と《海賊王》の指名にて仲介者としての中立を架せられたただの人間。この度の戦乱の兆しに際してはこの立場における最大限の注力を確約した身ではありますが、卿の身に降りかかる火の粉を払うのはこの中立の役目に反します。非常に歯がゆい思いではございますが、奇しくも傍観という定めこそが私目の存在証明でありますことのご理解を頂きたく存じます」
「フンんンんン。狸が。いや、女狐か?第八圏のエニグマと言えばその身一つで第一圏域の全ての戦力を相手取るに足るであろうに、殊勝な心掛けではないか。しかし、灰被りのトライクラギ・ガラデックスの接近の知らせこそ受けていたが、その確証に足らなかった現状こうして仲介者からの裏付けがあるとなればこちらも腹が決まるというもの。その点には惜しみない感謝を述べようか」
「ほぉ。このエニグマ以外にイーネの動向に注視していた存在があられたとは……となると、その情報提供者はエカチェリーナ嬢でございましたか?」
「んンんンんンん!!!!!無用な問答は時間の無駄だ。灰被りが近づいているとなってはそこの小僧に時間を割くわけにもいかぬ。此度の仲介の本題へと移ろうではないか!!」
「あー。俺もそろそろ退屈してきたところでしたので」
そこで初めて、真に暴虐卿とセノフォンテの視線が交差した。
「んンん。単刀直入だ。貴様、外来人の小僧よ」
「あン?」
「貴様、ヴァンプール大王か?」
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