フリークス・ブルース

はいか

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死の淵で輝く

25 仲介者

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 起伏が激しく、八方の視界を遮るような大小さまざまな岩石に取り囲まれた土地。自然味が溢れていると言えばそうなのだが、外界における有力者や著名人の保有する土地としては見栄えもなく、味気もなく、何より面白味にかけた風景が続いていた。

 第一圏域と他圏域を繋ぐ圏域境。セノフォンテ自身が細かな説明を受けることを望まなかったが故に、その土地がどのようなものでどのような意味合いを持っているのかは彼は知らない。そも、圏域という世界の在り方や惑星の体系とも形容されるこの特異なプラグ・Sという舞台についても、彼は説明を受けることを拒絶した。
 彼が望む一貫した本懐が、この世界からの脱出に定まったことによる不退転の行動原理。自分の行動に意味は求めず、ただ翻弄されるばかりの世界において目も耳も口も塞いでとにかく望むべくして望まれたものを手に入れるために戦う。
 恐怖も後悔も今となっては感じない。恐らく最悪の結果としてこの戦いの中で死んだとしても、本望でこそないが納得は出来るだろう。自分が人やヴァンプールを殺すことの意味。この世界の中で自己を主張することによる代償は少なからず彼も理解していた。


 アミヤナが口にしていた《自分を殺そうとする力の強大さ》。
 彼にも自分が選択した運命の分岐に思う所がないわけではない。恐らく、グランと共にこの世界からの脱出を試みるということは、この世界の原理からして強大な軋轢と摩擦を生じさせ得る行為なのだろう。大筋の目的の一致という観点から手を結ぶことにしたにしても、それがこの世界において許されない《何か》を遂行することに繋がるのであれば、より艱難辛苦を味わう苦行を強いられる選択であったのかもしれない。
 グランに早い段階で見切りをつけ、一宿一飯の恩を忘れて素直にバーソロミューやエリゼと共にこの世界に徐々に順応していう過程を辿れば、少なくとも彼らとの対峙を想定して気を張り詰めさせる必要などなかった。

 イーネ。財団。有力なヴァンプール。どれをとっても相手にするに余りある強大な勢力図。しかしその悉くを凌駕してしまえと言わんばかりのグラン・カニシカの硬い意思。少なくともグランはこの一連の謀略になんの勝算も見出していないようには思えない。寧ろ、この人智未踏の世界に訪れた外界の人間にして、彼はこの世界の在り方を呑み込み、異常と思われる通常を受け入れて乗り切ってきた。セノフォンテと違って精神を守るために耳を塞がず、貪欲さすら感じられるような目の剥き方でこの世界を俯瞰しているのだ。

「今更、後悔なんてしても意味がない」

 自分を確かめるようにぼそりと呟く。巨岩の合間を吹きすさぶ寒風にあっけなく掻き消されるほどのか細い声音だった。


――――
――――
――――


「おいおいアンタ、マジか?」

 低いが弾んだ声音。それはセノフォンテから見た少し前方の巨岩の上に座す何者かから放たれた言葉だった。
 絶えず吹き荒れる寒風による音で存在の察知が叶わなかったが、一度しかと目に留めてみればなかなかに目立つ格好をした大胆な見た目をしていた。
 その人物は南アジアの民族衣装として知られているサリーのような細長い布を体に纏わせており、青と黄を基調とした絵柄は非常に細かく意匠が凝らされているような美しいものだった。ヒジャブを被っていることもあって目元以外の貌の部分の殆どは隠れているが、そこまで大きくない体躯とどことなく気品のある座り姿勢から人間の女性だと推察された。

「歩いて屋敷まで行こうっての?何日かける気でいるのさ」
「………………」
「まぁ、いいや。そこの平々凡々な人間のお兄ちゃん。アンタ、セノフォンテ・コルデロで間違いない?」

 寒風が吹きすさぶ中、サリーを纏ったその人物は値踏みするようにセノフォンテを見据える。上に陣取られているということもあって、セノフォンテは少し体全体を相手から見て斜めに構え、一瞬だけ間をおいてから自身の手をその女性の座している巨岩に向けて突き出した。

(殺すか)

 放つ眼光が殺意に濡れ、彼は自身の保有する《撃墜》の恵能を発動する。完全なコントロールや力の仕組みの仔細は彼自身も把握していないが、明示的な効果として発動できる《物体を手元に引き寄せる》効果と《狙った一部の空間にある物体を下方向に高速移動させる》能力の操作を行うには十分だった。
 実践相手としてアミヤナを据えて徹底的に制御を試みた練習期間は一日に満たないが、それでも彼はその二点に絞った効力をある程度自在に繰り出すことが可能となっていた。

 狙った対象の姿を捉えるように突き出した腕で狙いを定め、それに向けて上部から下降する圧力を展開する。これは撃墜の名の通りに相手が自身より高い高度に存在する時には落下距離が増大して威力の底上げが期待できた。能力が全体的に不可視のエネルギーを動かしているという前提があるため、この攻撃は他者から視認した限りではただセノフォンテが手を動かしたように映るだけだ。

 だが、何かの攻撃を察知してかサリーを纏った人物は途端に座した姿勢から勢いよく跳躍を行い、隣の巨石に飛び移った。飛び移った後の元居た巨岩はセノフォンテの撃墜の能力を受けて瞬く間に瓦解し、崩れ去る石礫が風に吹かれて砂塵を舞わせた。

「……撃墜っぽい恵能。やっぱりセノフォンテ・コルデロで間違いないかな」
 凛として崩れないその態度に少し腹を立てたのか、セノフォンテは二度、三度と同じく撃墜での攻撃を繰り返す。しかし、この荒れた巨岩ばかりの土地ではその軽快で掴みどころのない身のこなしを捉えることが出来ず、やがては地面に降り立ったその人物に貌を肉迫するほどに詰め寄られた。
「ッ!?」
「俺はエニグマ。今のところ反撃する気はないから仲良くしよう」
 いつの間にか、セノフォンテは自分の意思に関係なく、手早くその右手を取られて握手を交わされていた。驚いた彼は握りしめたその手を振り離し、素早い足運びでその場から飛び退いた。

「俺はセノフォンテ・コルデロ。暴虐卿エデに用がある。邪魔する気があるのかどうかだけ聞こう」
「人の話を聞かないで一にも二にも目の前の人間を殺すことしか眼中にないアンタにはわからないかもしれないけどさ、俺はハナから君をエデの所に案内するためにわざわざ出向いて来てやったわけ」
 
 するとエニグマを名乗るその謎の人物はセノフォンテの貌に向けて拳を振った。顔面にクリーンヒットした一撃を以てセノフォンテは勢いそのままに後方に殴り飛ばされ、無力に地面に転倒した。

 先程、無理やりとはいえ握手をした際に感じたこと。一流の武闘家はその掌の感触だけで手練れかどうかを識別することが出来るというが、その掌の感触からはセノフォンテでさえ形容ならない程の《強さ》が感じられた。ヴァンプールと対峙した時とはまるで異なる異質な感触。エリゼのような気押しを図る気魄の放出とは異なった触角を通じて伝わる強さがそこにはあったのだ。
 そしてそれを証明するかのように、おそらくは加減して放たれたその拳からは紛れもない格上の一撃というものが身を以て思い知らされた。


「これは反撃じゃなくてとりあえずさっきの無礼の免罪符ね。俺に攻撃とか《第八圏》だったらマジありえんから。俺も第一圏に来たの初めてで君と似たとこあるから仲良くしたいわけ。良い?次攻撃したらマジで加減なしよ」
 ヒジャブを通してでもエニグマの底知れない笑みが見て取れた。

「わかった。エニグマ、君はどうして俺を暴虐卿に案内することになっているんだ?」
「アンタの仲間に名前の長いヴァンプールがいたでしょ。そいつがブローカーとしての役割を放棄したってんで、やっぱ人間とヴァンプールを仲介するその《仲買人》の枠に誰か割り振らなきゃいけなくなったの。仲買人するほど顔は広くないけど、仲介者として第三者になるくらいには俺は人間からもヴァンプールからも一目置かれてるってわけ。ま、第一圏じゃ知らない奴の方が多いと思うけどね」
「……………」
「この世界での役割ってのは結構シビアな所もあってね、俺は仲介者なんてまっぴらごめんっていう感じなんだけど……アンドリュー・ストローとアブー・アル・アッバースに名指しされたら断るとかできんでしょ。ほんと、こーいうのはヴァンプールがやった方が良いと思うんだけどね」
「じゃあ、とりあえずアンタは仲介だけを目的に俺に接触したという認識で間違いないと?」
「それでいいよ。ちなみに、俺は中立的な第三者を強制される《仲介者》になったわけだけど……どちらかと言われれば俺はヴァンプール側の思想に立つ存在だからね。アンタみたいに好き勝手暴れる非常識の人間よか威厳のあるエデみたいなヴァンプールが好きなの。だから、なんだかんだで最終的にはアンタを攻撃するかもしれない。その時は運がなかったと諦めてね」

「……ハァ」

 溜息と共に彼は目を剥く。禁忌の発動に伴う空間の変質の余波を利用し、《蒐集》と呼ばれる世界間の物体の呼び寄せを行う。歪んだ空間から予め形作られた手の構えに沿って拳銃が出現し、それを間髪置かずにエニグマの眉間に向けて発砲する。

 硝煙の匂いが鼻腔に届く頃には、粗削りされた拳銃の片割れが地面に転げ落ちる様子が見て取れた。

「ちなみに俺がアンタを攻撃することは無いと思うよ。アンタじゃあ俺は当然にしろ、エデにも絶対に勝てない。アンタは流石に俺たちの相手を張るには弱すぎるよ」
 そして再び下る鉄拳制裁。これもまた、今の発砲という無礼を許すための免罪符だという。


――――――
―――――

 巨岩地帯を抜けるにはエニグマが乗ってきたと思われる牛の引くソリのようなものを用いた。アミヤナのような空間転移能力を持っていないのかと聞けば、そんなの人間だから当たり前じゃないかと一蹴され、二人は激しく巨岩に打ち付けられながらもその険しい荒地を駆け抜けていった。

 大きな牛が巨岩を打ち砕いてその地帯を突破する頃には、道中に散々に打ち付けられた全身が悲鳴を上げ、拭いきれないような酔いに苦しめられた。確かに、この巨岩地帯は非常に広大で牛ソリを用いても踏破には数時間と要し、これを徒歩で突破しようとすれば数日間にわたる挑戦になっていたことだろう。
 巨岩地帯を抜ければそこに広がるのもやはり荒涼とした荒れた土地ではあるのだが、なによりこれまでの景色を異なるのは眼前に広がる遥か巨大な建造物だった。
 建造物とは言ってもそれは文明感に溢れていた第一圏内部のビル群とは異なり、強いて形容するとすればそれは《岩の城》とでも言えるような、数キロメートルクラスの桁違いの巨岩が十個以上と積み重なった盛り土ならぬ盛り岩のようなものだった。しかし、剥き出しの岩肌には領邦の辺境に見られたような人が生活できそうな空間があり、通気口と思われるような肉眼で確認できる無数に開いた大穴からは内部空間からの光が漏れ出していた。エニグマ曰く、巨岩の内側を繰り抜いた膨大な空間域こそがこの圏域の辺境に棲む暴虐卿エデの縄張りであり、内部にはエデが身を置く屋敷を中心として大小さまざまな建造物や広間が存在するという。
 とはいえ、見た目のインパクトほどに難解な構造ではなく、それこそ限られた通路を辿っていけばすぐに屋敷に辿りつけるためにアリの巣より遥かに簡易的な内部設計だとエニグマがせせら笑うほどだった。

「暴虐卿エデ。此処に領邦を築く前の通り名は《暴れん坊》。俺も話を聞く限りでしか知らないが、かなり前に起きた第一圏でのイーネと複数の上位ヴァンプールの戦いで名を馳せたこの圏域での高級ブランドだね。その戦いの事を《春季終末》と言うことが多いんだ。その春季終末ではそれまで第一圏に棲んでいたヴァンプールを筆頭に四体のカテゴリー5と12体のカテゴリー4が関わる大規模な戦争だったんだけど。春季終末は両陣営痛み分けの形でなんとか決着がついた。参加した当時カテゴリー5だったウージャ・ゼムブロフスキは静養ついでに他圏域の支配者として君臨してカテゴリー6に昇格。当時有名だった《簒奪者》プリクチニキはイーネに討伐され、《悪食王》ラン・インツイは戦場を荒らすだけ荒らした後にそれでも飽き足らずに圏域内の人間を食べまくった末に大討伐が決行されて今は囚われの身だね。四人目の《暴れん坊》エデはかなりのダメージで大幅な弱体化を経て今ではカテゴリー4のご隠居様。春季終末以降に大きな事件は起こしていないにしろ、自分の領邦を以て人間やヴァンプールを多数囲っていることから付けられた通り名が《暴虐卿》。春季終末に関わったカテゴリー4はほぼ全て駆逐ないしは投獄されたって聞くし、今んとこの第一圏の勢力図としてはエデはアブー・アル・アッバースの次くらいには有名なブランドなんじゃないかと思う」

 洞窟のような造りをしている巨岩の盛り城の内部を進むこと十数分。かなり開けた空間に出たエニグマとセノフォンテは、眼前に広がる大屋敷を仰いだ。

「ま、あとは頑張ると良い。アンタじゃ勝てないけどね」





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