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死の淵で輝く
24 蒐集
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「禁忌の発動に伴う世界の乱れ。―――解れた縫い口を己の裁量で再び縫合する。この技術を人語で言いうるのでああればせいぜいがその程度のものだ。だが、禁忌とは生半な道理で当てはまられる程度の安い言葉ではない。本来であれば起こらない。いや、起きてはいけないことがその言葉一つで魔法のように溢れ出す。強大なヴァンプールの持つ恵能という力も考えようによれば立派な魔法なのだろうな。私が元いた世界ではそういう類に分類される力だ。だが、魔女が執拗に人間を狩る大義名分とされたように、ヒトとは己らの目線で御することが出来ない大きな力を忌避する傾向にある。それは得てして当たり前のことであるが、この世界の常識と元々いた私の世界の常識がどうにも根本から食い違うように、本来であれば邂逅するべきでない認識の発露がどうしても生じる。―――嗚呼、恐ろしくてたまらないような恵能者、その根源たるヴァンプールもこうなっては脆いもの。彼らが忌避する禁忌の相乗効果。周辺空間域への過剰感傷に伴う因果律と時空間への過剰なアクセス権が齎す大災害。何故だか、この世界の住民はこれを不思議がるばかりで己もやってのけようという気にならないらしい。気が付きさえすれば、何にも劣らぬ力と断じて間違いないというのに」
がちゃがちゃと仕切りに耳に届く金属をいじる音。いつもながらの険しい表情でどうにも厳格な風貌を意図せず撒き散らすグラン・カニシカその人ではあるが、どうにもそうして手元に溢れんばかりの重火器を手入れしている様子からは意気揚々といった似合わぬ素振りが感ぜられた。
高揚のあまりに少し息遣いが荒くなるグランに対し、傍らにて視線がまるごと釘付けになって吸い込まれそうになる《虚空の穴》を見据えるアミヤナの姿がいつになくローテンションなものだった。成り行きでハッピーに生きながらえるというのが何よりの信条であるアミヤナではあるが、ここのところの当方のヴァンプールにとってハッピーに感じるに値することは何も生きていなかった。無論、全ての成り行きがこの道に通じているという自覚はある。だからこそ、運命にも似た成り行きに無理に抗う必要もないと感じ入ってはいるし、アミヤナが現状置かれている立場としてはそう劣勢と見限れるレベルというわけではない。
アミヤナの目に映るグラン・カニシカは元から奇人であり、変人であり、それでいて底が見えないほどの謀略家であった。本来であれば圧倒的に成功率が低いと思われるPOP財団への潜入行為にしてみても、仲買人として投資する価値は確かにあると感じれた。人間の本性を完璧に見抜くことが出来るというわけでもないが、それでも何か成し遂げる可能性がある人間と、そうでない人間の区別はつくという矜持は持ち合わせていたのだ。
結果POP財団は保有する秘密研究施設と思われる巨大なビルを丸々一つ潰された。それを契機にしてか、はたまた無関係か強大な実力と立場を伺わせるヴァンプールたちの活動が視認された。この圏域の覇権でもあるイーネに敵対の色を見せ、並み居る強豪に囲まれる今であってもグラン・カニシカはその底を見せない謀略のもとで何かを成し遂げようとしている。一体どこから何を仕組まれているのかなど想像が付かない。
冷静になれば敵の方が圧倒的に多いこの状況。昨日今日のレベルでこの世界に足を踏み入れた工作員やこの土地の市民団体に所属するだけの一介の人間がどうこうできる段階の話ではない。しかし、或いは彼はこの状況を最初から見越していたかのような大立ち回りの計画を立ててみせた。イーネもヴァンプールもさらには世界までを欺き、唾を吐きかけるようなこの状況を望むものがいるとは末恐ろしく感じ入る事態ではあるが、ここまでお膳立てされておいて傍観者に回るという選択肢はそもそも残されていないという風にすら思えたのだ。
イーネから見れば既にカテゴリー5という上位個体の冠位を制定された自分が、ここまで運命の奔流に揉まれておいて第三者になってよいものかと。歴史が、世界が変わるかもしれないという瞬間に立ち会わないという事態があってよいものかと。今となっては心の底からなんでも試してみたくなってしまうのだ。
「己がその姿形を明確に想像でき、かつその物質に関するある程度の知識、運用方法、構成要素などを知悉するに至る段階にあれば性質を問わずに地球上に存在するあらゆる物体をその場に呼び寄せることが出来る能力。恵能すら比肩するに及ばないこの特異現象を私はこう名付けた。―――蒐集と」
揺らいだ空間域。湖畔に意思を投げつけたように波紋が揺らめくグランの眼前の宙に向け、彼が手を差し込めば数秒と待たずに彼が望んだ物質が姿を現す。先程からその蒐集と自らが名付けた能力で呼び寄せているのは大小さまざまな重火器であり、弾薬から火薬まで関係する多くの物体を次々とその場にかき集めて見せている。
彼曰く、その蒐集と呼ばれる能力は人間やヴァンプールに問わず全ての知能体が実現し得る技だという。問題はそのような特異な現象を自らが成し得るかどうかという大前提的な意識を持ち得るかどうかであり、まさかそんな意味のわからない道理で物体を出現させることが出来るなどと普通に生きている知能体では思い浮かばないからこそ、この技術は伝播する価値すら希薄な噂の域を出ない代物であったのだ。
発動条件は一つ。現在時点よりそう遠くない時間軸にて恵能者が《禁忌》と呼ばれる状態に遷移すること。
《禁忌》を発動する、などとも形容されるその状態は言わば本来人間が成し得ない構成要素を用いた世界改変であり、恵能者はその選択的に空間と因果律に過干渉を来すことで本来生じてはならない現象を無理やり発生させるというものだ。その恩恵としてそも人間の枠に捕らわれない奇々怪々の力をその身で実現できており、発動させた本人にしか把握できない独自の世界認識によって他社を圧倒することが出来る。だが、その反面として代償として支払わなければいけないのはその後に起こる世界からの拒絶。世界を毀す術式の発動である禁忌において、その期間が長ければ長いほどに世界は抑止力としてその禁忌を廃絶するためのコードを構築する。あらゆる生命装置を運営する世界という巨大な頭脳からなるカウンターパンチが待っているのだ。だが、それは禁忌を選択する恵能者にとって致命的な一打には成り得ず、そも世界を毀すという前提で起動した禁忌の中で自らに牙をむく世界からのカウンターすら無力化してしまうというのが禁忌が禁忌たる所以でもあった。
つまり、禁忌の発動それ自体にその発動者にとって不都合な事態があるというわけではない。世界の管理権限を強奪した存在にとっては抵抗力や抑止力は成立し得ず、使われた時点で本来ならその発動者を止める手段はないと思われていた。
そして、禁忌の発動に伴う世界の異常状態により空間から距離と重量を無視して物体を引き寄せることが出来る現象もまた有り余る禁忌の過剰エネルギーの一部だと考えられていた。そもそもこの技が使える存在は自身が遥かに格上の恵能者やヴァンプールと渡り合うに足る奥の手であると考えるため他人に望んでこれを教えようとはしない。仮に教えたとしても、地球上の物体において自らに有用なものを選択できるという前提が成立得るのはあくまでも外界から来た来訪者たちであり、彼がこの理屈にそぐわない現象をしっかりと噛み砕いて理解し、使い熟すなどというのは求められる難易度がそもそもとしてかなり高いのだ。
「私に言わせてみれば、これは恵能より遥かに優れた神からのギフトだ。―――外来人はこの世界に来た途端、外界の常識では計り知れない異常な環境に身を置くことを強いられる。情報が圧倒的に欠ける中、日夜人智未踏の怪物たちとの共生を試みなくてはならない。同じ人間であっても普段からヴァンプールを相手取るようなイーネや、中央集権的な金の流れを生み出す財団の威光に平伏すより他にない。多くの外来人が地下に追いやられ、時にはシャベナラを生かすための《苗床》にされる。―――血を流して戦うことも、生きたままヴァンプールやシャベナラに食われることも、誰が望むだろうか?……終いには訳の分からない終末論争である《大王出現》の預言に右往左往する先住民たちと開拓者たちとの闘いに巻き込まれる。外来人は無力だ。個人の力がいくら優れていたとしても、この世界の齎す殺す力というものは抗いようながないくらいに強大なものだからだ。
―――しかし、皮肉なことにその人智未踏の最高峰たる禁忌という現象の副次的な産物であるこの蒐集を満足に使い得るのは非力で脆弱な外来人に限られる。外界には人間が古来より正当に積み上げてきた学があり、独自の知識が溢れ、或いは人間同士の殺し合いにおいて卓越した武力を練り上げている。こうして山ほど不法輸入した重火器でさえ、POP財団に見せても名を当てられるのは一つか二つくらいだろう。この世界の人間を生かすことに特化したライフラインである財団がかき集められる武器はそう多くない。こういったこの世界の住民が知らない武具を無限に蒐集できることこそが、このいかれた世界において我々非力な外来人が誇る最大の武器になり得るのだ」
グランは一丁の拳銃を持ち出し、アミヤナが覗き込んでいる虚穴に向けて構える。
アミヤナの権能。上位ヴァンプールとして振るう特殊能力は《空間超越》だった。これは蒐集の概念と似て非なる芸当であり、アミヤナの場合は物体を多方向から集積して出現させる蒐集とは違い、あくまで一対一の空間取引として扱われるものだった。アミヤナが扱う穴は距離を超越した二点間を結び、それを介して物体を大きさや質量を問わずに一対一で交換を行う。対象選択は穴の管理者であるアミヤナが全権を持っている。
グランは拳銃を発砲した。穴を通過する弾丸はすぐに見えなくなり、代わりに穴からは一滴の血がこちら側に向けて飛んできた。
「素晴らしいな。これが暗殺の極致と言っても差し支えないだろう」
遥かな空間を超越し、意図した標的の背後に出現する虚構の穴。そこからは発砲音も届かないほどの彼方から一切の速度、威力を落とさぬ再高威力の弾丸が飛んでくる。こんな奇襲を受ければ自分が狙撃されたと認知するものは誰一人としていないだろう。
「でもいいの?イーネの連中、案外に鼻が利くわよ?そのうちバレて穴に突っ込んで来られたら流石に困るんじゃない?」
「まぁ、そうだろうな。もしそんなことが起こるのならばその時は俺をイーネ側に送り、間髪置かずに再び両者を引っ張り合えば良い。もしそれが出来なくても人間の一人くらいお前に対処できないとは思えないがな」
「あー。とんだ悪党だわね。っていうかぁ、狙うなら逆円卓じゃないの?一人でも頭数減らせばイル・バージスタもそれだけ足元から弱ってくわよ。こんな有象無象の構成員を闇討ちしてもしょうがないわよ」
「いや。暗殺は気が付かれないうちが花だ。―――現在、予定通りマキナヴェッラたちが白の監獄塔の襲撃に乗り出した。奴らとしては対ヴァンプール政策のシンボルである監獄塔を死守するためにこれから戦況は一気に苛烈なものとなる。その隙に我々は監獄塔のヴァンプール封印装置の要である変電所を破壊するための工作だ。変電所さえ落ちれば太陽光を利用した封印装置は稼働しなくなる。その場合、電力供給をする必要がなくなった本気で全力のバーソロミュー・ガラデックスとの対峙は避けられないが、その時に肝心な要素となってくるのはイル・バージスタ圏域の人間の配置だ。奴が二、三人の犠牲を厭わずに攻撃を展開するのは有名だが、こちらが意図的に内部の人の流れを制御し、我々に向けて全力が出せない程度の構成員の配置を完了させれば少なくとも逃げ切ることはできるだろう」
「だからこーしてちまちまイーネ狩りしてるってわけね」
「これは趣味も入ってるがな。人の流れを管理する必要性に加えて趣味が満たされるなら一石二鳥だ」
「でも、ちょっと性急過ぎたんじゃない?セノちゃんが禁忌を起こせるなんて確証はなかったはずよ?」
「いいや。確証はあった。それで実際に彼は禁忌を発動させ、その恩恵を我々は十分に被れる。禁忌が発動したとなっては辺境に出向いたと思われるトライクラギがイル・バージスタに引き返すということもないだろう。事態は一石二鳥どころではない。順風満帆と言っても良いだろうな。トライクラギとバーソロミュー、そのどちらも相手にしては何百回やり直したところで我らの目的は達成できなかっただろうよ」
「ふーん」
そこでアミヤナは抗えない好奇心が故に問を投げかけた。
「ところでなんでセノちゃんが禁忌を起こせるって思ったわけ?」
「ふん。知れたこと。彼が既に一度禁忌を発動させているからに決まっているだろう」
がちゃがちゃと仕切りに耳に届く金属をいじる音。いつもながらの険しい表情でどうにも厳格な風貌を意図せず撒き散らすグラン・カニシカその人ではあるが、どうにもそうして手元に溢れんばかりの重火器を手入れしている様子からは意気揚々といった似合わぬ素振りが感ぜられた。
高揚のあまりに少し息遣いが荒くなるグランに対し、傍らにて視線がまるごと釘付けになって吸い込まれそうになる《虚空の穴》を見据えるアミヤナの姿がいつになくローテンションなものだった。成り行きでハッピーに生きながらえるというのが何よりの信条であるアミヤナではあるが、ここのところの当方のヴァンプールにとってハッピーに感じるに値することは何も生きていなかった。無論、全ての成り行きがこの道に通じているという自覚はある。だからこそ、運命にも似た成り行きに無理に抗う必要もないと感じ入ってはいるし、アミヤナが現状置かれている立場としてはそう劣勢と見限れるレベルというわけではない。
アミヤナの目に映るグラン・カニシカは元から奇人であり、変人であり、それでいて底が見えないほどの謀略家であった。本来であれば圧倒的に成功率が低いと思われるPOP財団への潜入行為にしてみても、仲買人として投資する価値は確かにあると感じれた。人間の本性を完璧に見抜くことが出来るというわけでもないが、それでも何か成し遂げる可能性がある人間と、そうでない人間の区別はつくという矜持は持ち合わせていたのだ。
結果POP財団は保有する秘密研究施設と思われる巨大なビルを丸々一つ潰された。それを契機にしてか、はたまた無関係か強大な実力と立場を伺わせるヴァンプールたちの活動が視認された。この圏域の覇権でもあるイーネに敵対の色を見せ、並み居る強豪に囲まれる今であってもグラン・カニシカはその底を見せない謀略のもとで何かを成し遂げようとしている。一体どこから何を仕組まれているのかなど想像が付かない。
冷静になれば敵の方が圧倒的に多いこの状況。昨日今日のレベルでこの世界に足を踏み入れた工作員やこの土地の市民団体に所属するだけの一介の人間がどうこうできる段階の話ではない。しかし、或いは彼はこの状況を最初から見越していたかのような大立ち回りの計画を立ててみせた。イーネもヴァンプールもさらには世界までを欺き、唾を吐きかけるようなこの状況を望むものがいるとは末恐ろしく感じ入る事態ではあるが、ここまでお膳立てされておいて傍観者に回るという選択肢はそもそも残されていないという風にすら思えたのだ。
イーネから見れば既にカテゴリー5という上位個体の冠位を制定された自分が、ここまで運命の奔流に揉まれておいて第三者になってよいものかと。歴史が、世界が変わるかもしれないという瞬間に立ち会わないという事態があってよいものかと。今となっては心の底からなんでも試してみたくなってしまうのだ。
「己がその姿形を明確に想像でき、かつその物質に関するある程度の知識、運用方法、構成要素などを知悉するに至る段階にあれば性質を問わずに地球上に存在するあらゆる物体をその場に呼び寄せることが出来る能力。恵能すら比肩するに及ばないこの特異現象を私はこう名付けた。―――蒐集と」
揺らいだ空間域。湖畔に意思を投げつけたように波紋が揺らめくグランの眼前の宙に向け、彼が手を差し込めば数秒と待たずに彼が望んだ物質が姿を現す。先程からその蒐集と自らが名付けた能力で呼び寄せているのは大小さまざまな重火器であり、弾薬から火薬まで関係する多くの物体を次々とその場にかき集めて見せている。
彼曰く、その蒐集と呼ばれる能力は人間やヴァンプールに問わず全ての知能体が実現し得る技だという。問題はそのような特異な現象を自らが成し得るかどうかという大前提的な意識を持ち得るかどうかであり、まさかそんな意味のわからない道理で物体を出現させることが出来るなどと普通に生きている知能体では思い浮かばないからこそ、この技術は伝播する価値すら希薄な噂の域を出ない代物であったのだ。
発動条件は一つ。現在時点よりそう遠くない時間軸にて恵能者が《禁忌》と呼ばれる状態に遷移すること。
《禁忌》を発動する、などとも形容されるその状態は言わば本来人間が成し得ない構成要素を用いた世界改変であり、恵能者はその選択的に空間と因果律に過干渉を来すことで本来生じてはならない現象を無理やり発生させるというものだ。その恩恵としてそも人間の枠に捕らわれない奇々怪々の力をその身で実現できており、発動させた本人にしか把握できない独自の世界認識によって他社を圧倒することが出来る。だが、その反面として代償として支払わなければいけないのはその後に起こる世界からの拒絶。世界を毀す術式の発動である禁忌において、その期間が長ければ長いほどに世界は抑止力としてその禁忌を廃絶するためのコードを構築する。あらゆる生命装置を運営する世界という巨大な頭脳からなるカウンターパンチが待っているのだ。だが、それは禁忌を選択する恵能者にとって致命的な一打には成り得ず、そも世界を毀すという前提で起動した禁忌の中で自らに牙をむく世界からのカウンターすら無力化してしまうというのが禁忌が禁忌たる所以でもあった。
つまり、禁忌の発動それ自体にその発動者にとって不都合な事態があるというわけではない。世界の管理権限を強奪した存在にとっては抵抗力や抑止力は成立し得ず、使われた時点で本来ならその発動者を止める手段はないと思われていた。
そして、禁忌の発動に伴う世界の異常状態により空間から距離と重量を無視して物体を引き寄せることが出来る現象もまた有り余る禁忌の過剰エネルギーの一部だと考えられていた。そもそもこの技が使える存在は自身が遥かに格上の恵能者やヴァンプールと渡り合うに足る奥の手であると考えるため他人に望んでこれを教えようとはしない。仮に教えたとしても、地球上の物体において自らに有用なものを選択できるという前提が成立得るのはあくまでも外界から来た来訪者たちであり、彼がこの理屈にそぐわない現象をしっかりと噛み砕いて理解し、使い熟すなどというのは求められる難易度がそもそもとしてかなり高いのだ。
「私に言わせてみれば、これは恵能より遥かに優れた神からのギフトだ。―――外来人はこの世界に来た途端、外界の常識では計り知れない異常な環境に身を置くことを強いられる。情報が圧倒的に欠ける中、日夜人智未踏の怪物たちとの共生を試みなくてはならない。同じ人間であっても普段からヴァンプールを相手取るようなイーネや、中央集権的な金の流れを生み出す財団の威光に平伏すより他にない。多くの外来人が地下に追いやられ、時にはシャベナラを生かすための《苗床》にされる。―――血を流して戦うことも、生きたままヴァンプールやシャベナラに食われることも、誰が望むだろうか?……終いには訳の分からない終末論争である《大王出現》の預言に右往左往する先住民たちと開拓者たちとの闘いに巻き込まれる。外来人は無力だ。個人の力がいくら優れていたとしても、この世界の齎す殺す力というものは抗いようながないくらいに強大なものだからだ。
―――しかし、皮肉なことにその人智未踏の最高峰たる禁忌という現象の副次的な産物であるこの蒐集を満足に使い得るのは非力で脆弱な外来人に限られる。外界には人間が古来より正当に積み上げてきた学があり、独自の知識が溢れ、或いは人間同士の殺し合いにおいて卓越した武力を練り上げている。こうして山ほど不法輸入した重火器でさえ、POP財団に見せても名を当てられるのは一つか二つくらいだろう。この世界の人間を生かすことに特化したライフラインである財団がかき集められる武器はそう多くない。こういったこの世界の住民が知らない武具を無限に蒐集できることこそが、このいかれた世界において我々非力な外来人が誇る最大の武器になり得るのだ」
グランは一丁の拳銃を持ち出し、アミヤナが覗き込んでいる虚穴に向けて構える。
アミヤナの権能。上位ヴァンプールとして振るう特殊能力は《空間超越》だった。これは蒐集の概念と似て非なる芸当であり、アミヤナの場合は物体を多方向から集積して出現させる蒐集とは違い、あくまで一対一の空間取引として扱われるものだった。アミヤナが扱う穴は距離を超越した二点間を結び、それを介して物体を大きさや質量を問わずに一対一で交換を行う。対象選択は穴の管理者であるアミヤナが全権を持っている。
グランは拳銃を発砲した。穴を通過する弾丸はすぐに見えなくなり、代わりに穴からは一滴の血がこちら側に向けて飛んできた。
「素晴らしいな。これが暗殺の極致と言っても差し支えないだろう」
遥かな空間を超越し、意図した標的の背後に出現する虚構の穴。そこからは発砲音も届かないほどの彼方から一切の速度、威力を落とさぬ再高威力の弾丸が飛んでくる。こんな奇襲を受ければ自分が狙撃されたと認知するものは誰一人としていないだろう。
「でもいいの?イーネの連中、案外に鼻が利くわよ?そのうちバレて穴に突っ込んで来られたら流石に困るんじゃない?」
「まぁ、そうだろうな。もしそんなことが起こるのならばその時は俺をイーネ側に送り、間髪置かずに再び両者を引っ張り合えば良い。もしそれが出来なくても人間の一人くらいお前に対処できないとは思えないがな」
「あー。とんだ悪党だわね。っていうかぁ、狙うなら逆円卓じゃないの?一人でも頭数減らせばイル・バージスタもそれだけ足元から弱ってくわよ。こんな有象無象の構成員を闇討ちしてもしょうがないわよ」
「いや。暗殺は気が付かれないうちが花だ。―――現在、予定通りマキナヴェッラたちが白の監獄塔の襲撃に乗り出した。奴らとしては対ヴァンプール政策のシンボルである監獄塔を死守するためにこれから戦況は一気に苛烈なものとなる。その隙に我々は監獄塔のヴァンプール封印装置の要である変電所を破壊するための工作だ。変電所さえ落ちれば太陽光を利用した封印装置は稼働しなくなる。その場合、電力供給をする必要がなくなった本気で全力のバーソロミュー・ガラデックスとの対峙は避けられないが、その時に肝心な要素となってくるのはイル・バージスタ圏域の人間の配置だ。奴が二、三人の犠牲を厭わずに攻撃を展開するのは有名だが、こちらが意図的に内部の人の流れを制御し、我々に向けて全力が出せない程度の構成員の配置を完了させれば少なくとも逃げ切ることはできるだろう」
「だからこーしてちまちまイーネ狩りしてるってわけね」
「これは趣味も入ってるがな。人の流れを管理する必要性に加えて趣味が満たされるなら一石二鳥だ」
「でも、ちょっと性急過ぎたんじゃない?セノちゃんが禁忌を起こせるなんて確証はなかったはずよ?」
「いいや。確証はあった。それで実際に彼は禁忌を発動させ、その恩恵を我々は十分に被れる。禁忌が発動したとなっては辺境に出向いたと思われるトライクラギがイル・バージスタに引き返すということもないだろう。事態は一石二鳥どころではない。順風満帆と言っても良いだろうな。トライクラギとバーソロミュー、そのどちらも相手にしては何百回やり直したところで我らの目的は達成できなかっただろうよ」
「ふーん」
そこでアミヤナは抗えない好奇心が故に問を投げかけた。
「ところでなんでセノちゃんが禁忌を起こせるって思ったわけ?」
「ふん。知れたこと。彼が既に一度禁忌を発動させているからに決まっているだろう」
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