不機嫌な乙女と王都の騎士

黒辺あゆみ

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一章 月の花

5話 騎士様の事情

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獣除けの香を絶やさないように気をつけながら、パレットとジーンは泉のほとりで夜を待った。
獣除けの香は一か所に留まる場合は効果があるが、移動しながらでは香が風に流されて効果がないのだとか。
 日が傾くにつれて、泉の水が日の光を反射して色を変えていく。
そのさまが美しく、パレットはずっと見ていて飽きないように感じる。
 そのパレットの横で、ジーンは寝そべるように横になり、休憩していた。
ここに来るまで、ずっと獣と戦っていたのだ。
疲れているのだろう。

「王都の騎士様って、強いんですね」

ここに来るまでに出くわした獣たちを、ジーンは慌てることなく手早く対処してきた。
パレットが素直に称賛すると、ジーンは苦笑して答えた。

「いんや、王都の騎士は獣退治なんざしねぇよ」
「え? だって……」

ジーンの戦いぶりと矛盾する言葉に、パレットは首を傾げる。
そんなパレットの様子を見て、ジーンは言葉を続ける。

「王都の騎士の仕事は王様の周りに綺麗な衣装を着て侍ることさ。
戦いなんていう泥臭い仕事は、兵士の役目だ」
ジーンの説明に、パレットは目を見開く。

「俺は、騎士らしくない騎士なんだよ」
「騎士らしくない、って」

パレットの脳裏に浮かぶのは、王都にいた頃の光景だ。
たまに見かけた騎士様たちの姿に、歓声を上げていた女性たち。
パレットだって、騎士様を見たときは興奮したものだ。

 ――戦わないで綺麗な衣装を着てって、見掛け倒しってこと!?

 あの時の興奮を返してほしいくらいに、がっかりな騎士様事情である。

「ジーンは、例外の騎士様なんですか?」

疑問で頭がいっぱいのパレットを見て、ジーンは寝そべる態勢から起き上がった。
そして苦いものを飲み込むような顔をした。

「そりゃそうさ。
俺はなんてったって、貧民街の出身だからな」

ジーンの言葉にパレットは息をのんだ。
騎士になるには家柄が大事なのだと聞いている。
驚くパレットに、ジーンがさらに説明してくれた。

「隣国の騎士団が、十年ほど前から庶民の採用を始めたのは知っているか」
「ええ、国王は若くして王になった人で、荒れた国を立て直したやり手なのよね?」

隣国に今の国王が即位してから、国の方針が大きく変わったという話を、生前の父親から聞いたことがある。
 あと、国王の住む城には聖獣様がいるらしい。
一般公開されている庭園で、運が良ければ子供の聖獣様が遊んでいるところを見ることができるのだとか。
貯蓄が十分になり、余裕ができれば一度聖獣様を見に行ってみたいと、密かにパレットは思ったりもする。

「それで隣国の軍事力が増したという不安がうちの国の上層部で上がったらしくてな。
それじゃあうちでもやってみようというお試しが、俺なわけだ」

話の流れとしては、パレットも理解できた。

「じゃあきっと、ジーンは強かったから採用されたんですよね」

暗い話を明るくしようと、パレットなりに考えたのだが。

「いんや、見てくれだ。
見目が良かったんで、騎士としての体裁が整うんだとさ」

あくまで見た目重視の採用だったようだ。
確かにジーンの外見は輝くプラチナブロンドに澄んだ緑の瞳という、高貴な家柄の人と並べても見劣りしないくらいに麗しいものだ。
それにしても、どういう人間が採用の責任者なのだろうか。
パレットはこの国の未来が不安になった。

「じゃあ竜と戦う騎士物語なんて、全部嘘ってこと?」
「嘘じゃねえだろうさ。
昔はそういう時代もあったんだろうが、今の騎士には無理な話だろうぜ」

なんという夢のない話だろうか。
そしてとてもではないが、騎士にあこがれる子供にはきかせられない真実だ。
 案外大人は知っていても、夢を壊さないように黙っているのかもしれない。
そして夢見る子供は、年を経るにつれ、がっかりな真実を知るのだ。

「今回の任務は極秘の上単独行動だ。
なので一人でもある程度の戦闘力のある俺が、選ばれちまったというわけさ。
汚れ仕事を押し付けられたともいうな」

ジーンは領主様に、さる王族のわがままで鑑賞用に月の花の蜜の採取に来たとしか言っていないらしい。
月の花の蜜は、鑑賞用としての用途もあるらしい。

「だからアンタも、魔法薬のことは言っちゃあいけないぜ?」

口の軽い人間だと思われるのも嫌なので、パレットはこれには頷いておく。

「それに言おうにも、私には世間話をするような相手はいませんけどね」

パレットが珍しく冗談を言ってみせた。
パレットは地味な性格をしている自覚はあるが、暗い雰囲気が好きなわけではない。
なので場を和ませようと思ってのことだった。

「ははっ、そいつは安心だ!」

するとジーンが声を上げて笑った。
あの嘘くさい微笑み以外で、出会って以来パレットが初めて見た笑顔だった。

 ――なんだ、ちゃんと笑うんじゃないの

 ジーンの笑顔が少しまぶしく思ったことは、パレットには納得いかなかったのだが。
 その後、騎士様の日常などをジーンに話してもらったりした。
そうするうちにもだんだんと周囲は暗くなり、パレットとジーンは夕食を食べて夜に備えた。
 夜が深まり、夜空に月がのぼってくる。

「月が……」

泉の水面に、月明かりが映り込む。
そのせいで、泉がぼんやりと光ってているように見える。

「きれい……」

昼間の日の光を反射してキラキラしていた泉も幻想的だと思ったが、夜の月明りを映す泉は、なんともいえない美しさがある。
ため息をついて泉を見ているパレットの横で、ジーンは目を眇めて泉を観察している。
 満月が高くのぼっていくにつれ、泉は明るさを増していく。
すると、泉の真ん中の島の植物の中で一つだけ、するすると急激に成長していくものがある。
まるでその植物だけ、時間が早まっているかのように茎が伸びて蕾をつける。
泉の輝きが増すほどに、その蕾は膨らんでいく。

「あれが、月の花だろうな」

満月の魔力で咲くという話も、真実なのだと頷ける光景だった。

「すごい、不思議……」

月の花が蕾を大きく膨らませている時、ジーンが立ち上がり少ない荷物を身に着けた。

「え、なに?」

急に行動し始めたジーンに、パレットも慌てて立ち上がる。

「そろそろ時間だ、準備しろ」

そう言いながら、ジーンが火の始末をし始める。
火を消してしまっても、泉の輝きであたりは薄明るくなっている。

 ――まだ花開くまで、時間があるようなのに

まだ咲いていない月の花とジーンを見比べ、それでもパレットはジーンに従う。
身に着けるのはカバン一つだけなので、準備らしいことはないのだが。
 その間ジーンは月の花ではなく、森の方を見ていた。
そして腰の剣をすらりと抜く。

 ――なに?

 表情を険しくしたジーンに、パレットは緊張する。

「グルルル……」

ジーンの視線の先の森の奥から、獣の唸り声が響いた。

「おいでなさった、魔獣だ」

ジーンの言葉に、パレットは目を見開いた。
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