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四章 王城の女性文官
35話 騎士様と私
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それからパレットは悶々とした思いを抱えつつも、毎日が過ぎていく。
王子様との出会いから半月ほど経ったある日、パレットはまた仕事中の廊下で王子様に突撃された。
「私はやったぞ!」
王子様は以前会った時と同じように葉っぱまみれになって、廊下に胸を張って立っている。
「ええと、お久しぶりですね殿下」
「うむ、聞くがよい。
私はやったのだ!」
王子様が挨拶もそこそこに、自慢げに披露してくれた話によると、どうやら彼は教育係を泣き落としたらしい。
「それほどに心を痛めているのならばと、教育係は魔獣の子との接触を了承したのだ。
私の勝ちだな!」
王子様は得意げだが、自分は教育係に恨まれてはしないだろうか、とパレットは不安になった。
「みぃ~」
そこにタイミングよくミィが現れる。
「そなた、待たせたな! これで堂々と遊べるぞ!」
「みゃん!」
王子様がミィに話しかけていると。
「殿下、これからは私たちの目の届く範囲で遊んでくださいね」
そう言って窓からひらりと飛び込んできたのは、見知らぬ騎士だった。
肩ほどまである艶やかな黒髪を後ろで一つに束ね、澄んだ青い瞳を優し気に細めた美しい男である。
――綺麗な騎士様だわ
騎士は見目の良さが条件だと言うだけあって、女性に負けないくらいの美しさを持つ男だ。
パレットもその容姿に一瞬呆けてしまう。
「うむ、叱られぬのであれば考慮する」
ミィを抱き上げ、胸を張ってその騎士に頷いた王子様は、ポケットに隠し持っていたお菓子をミィに与えている。
その様子を確認した騎士が、パレットに近寄ってきた。
「私はラリーボルド・ローレン。
トラスト殿と交代で王子殿下の警護をしている者だ」
そう言って騎士が自己紹介をしてきた。
「あ、え、どうもパレット・ドーヴァンスです」
騎士がパレットに話しかけてくると思っていなかったパレットは、慌てて名乗る。
――ジーン以外で友好的な騎士様に会ったのって、思えば初めてだわ
年頃の乙女であれば、ここで頬を赤く染める場面かもしれない。
だがあいにくパレットは、見目の良い男は毎日ジーンで見慣れてきたところだ。
なので比較的早く立ち直ることができた。
「なんだか、私は余計なことを言ったのではないですか?」
ジーンではない騎士なので、どう思っているのかわからない。
パレットは恐る恐る聞いてみた。
これに、ラリーボルドは目元を和らげて答えた。
「正直あの魔獣の子に出会う前の殿下は、周囲に遠慮して部屋に籠り切りのことが多かった。
このように出歩くようになったのは良いことなのだよ」
確かに、遊びたい盛りの年頃である王子様が、引き込もっているのは身体的にもよろしくないことだろう。
いらぬことをしたわけではないようで、パレットはひとまずホッとした。
それにしても間近で見たこのラリーボルドという男は、ジーンとは違った美しさを持つ男だ。
例えるならば、ジーンは日の光を思わせるが、この男はさながら月光である。
――ジーンの代わりって、この人も戦える騎士様なのかしら
そんなパレットの疑問が顔に出たのかもしれない。
ラリーボルドが自身について語ってくれた。
「私はトラスト殿のように剣が巧みなわけではないが、初歩の魔法が使える。
それゆえの警護役抜擢なのだ」
「そうなのですか」
パレットは普通に相槌を打つと、ラリーボルドは興味深そうに目を細めてパレットを見ると。
「……なるほどね」
そう小さく呟いて頷いた。
年頃の乙女らしくない反応だと思ったのかもしれない。
だがパレットではその期待に応えられそうにない。
――そろそろ、仕事に戻っては駄目かしら
困っているパレットに、騎士はにこりと微笑んだ。
「これから頻繁にお会いするかもしれないが、その際はよろしく」
「はぁ、それでは私、そろそろ失礼します」
そう言って頭を下げるパレットの目の前には、ミィと戯れて声を上げて笑う王子様の姿があった。
その後直ぐにパレットが王子様たちと別れて管理室に戻ると、そこにはジーンの姿があった。
「ジーン、王子様と一緒でないと思ったら、ここにいたんですね」
パレットの職場でジーンの姿を見るとは思わなかった。
パレットが驚いていると、ジーンがにこりと微笑んだ。
同じ微笑みでも、先ほどのラリーボルドのものとは違って見える。
裏があるような微笑みだが、最近のパレットには見慣れたものだ。
――お貴族様の微笑みは、なんだか緊張するのよね
庶民としては、拝まなければいけない気になるのだ。
そんなことを考えているパレットに、室長が話しかけてきた。
「王子殿下にお会いしたのか、だから遅かったんだな」
「ええ、護衛の騎士様にもお会いしました」
パレットは室長に今しがたの出来事を報告した。
あの様子では、これでもう王子様と会わないということはなさそうだ。
ミィを追いかけると、高確率でパレットのところに行きつくのだから。
正直王子様と話すことは、恐れ多くて緊張する。
――でも諦めが肝心なのかも
パレットはため息をついて、ジーンに向き直った。
「それにしても、どうしてジーンが?」
この質問に、ジーンの笑みが深まった。
「文官に任せていたら、出した覚えのない書類が混ざるようになったらしく。
副団長から私が直々に持っていくように言いつかりました」
それはあれだろうか、パレットがいつも弾いている騎士団長の書類のことだろうか。
だがこの副団長の気配りに室長は感動したようだ。
目じりを押さえて揉み解すと、
「副団長殿のお心遣いに感謝する」
そう言って大きく息を吐いた。
室長は疲れているのだ。
それにしても、副団長から直々に書類を任されるとは、ジーンが意外とすごいのかもしれない。
「ジーンは信頼されているんですね」
パレットがそう称賛すると、ジーンは微妙な笑顔を浮かべた。
なんだろうか、とパレットが首を傾げると。
「それは、君と同じことだよ」
室長がそんなことを言った。
「彼は貴族ではないから、余計なしがらみがない。
だからこのような用事を頼みやすいのだろうね。
王城勤めの貴族というものは、しがらみにがんじがらめになっているものなのだよ」
「……なるほど」
室長の言う通りであれば、王城とは実に生きにくい場所である。
その日の夜、パレットは床の上で遊んでいるミィに話しかけた。
「ミィは王都で、毎日楽しい?」
「みぃ!」
パレットの問いかけに、ミィが元気に返事をする。
アカレアの街を出発した頃から比べて、ミィは身体が大きくなった。
あちらこちらでおやつをもらい、いろいろなところに散歩に出かけているため、成長が著しい。
赤ちゃんを脱した子猫のようだったミィは、今では子犬くらいの大きさだ。
時折大人の獣の唸りのような声を出すこともある。
ガレースという魔獣は大型の獣らしい。
ミィも将来はたくましい姿になるのだろうが、まだパレットに抱き上げられる大きさだ。
「ミィ、急いで大きくならないでね」
「うみゃ?」
おもちゃで遊んでいるミィが首を傾げる。
このおもちゃはエミリが作ってくれた丸い布の塊で、ミィのお気に入りだ。
遊んでいる姿はとても愛らしく、パレットは和む。
だがその一方で、ミィは狩りをすることを覚えたようである。
人間と一緒に暮らしていても、そこは魔獣の本能がうずくのだろう。
ミィは散歩でたまに王都の外に出かけるらしく、時折手土産なのか小さな獣を持ち帰ってくる。
ミィが自分で狩ったのか、獣には牙の跡ついている。
以前魚を採ったらパレットが喜んだので、それを覚えているのかもしれない。
健気な魔獣である。
だからこそ、パレットは納得できない。
「ミィ、本当にあのジーンがお父さんでいいの?」
「みぃ!」
ミィが輝く笑顔で即答したように思え、パレットは困惑する。
――嫌な人ではないのよ、たぶん
けれども、自分の心の中のもやもやがなんなのか、パレットにはわからなかった。
王子様との出会いから半月ほど経ったある日、パレットはまた仕事中の廊下で王子様に突撃された。
「私はやったぞ!」
王子様は以前会った時と同じように葉っぱまみれになって、廊下に胸を張って立っている。
「ええと、お久しぶりですね殿下」
「うむ、聞くがよい。
私はやったのだ!」
王子様が挨拶もそこそこに、自慢げに披露してくれた話によると、どうやら彼は教育係を泣き落としたらしい。
「それほどに心を痛めているのならばと、教育係は魔獣の子との接触を了承したのだ。
私の勝ちだな!」
王子様は得意げだが、自分は教育係に恨まれてはしないだろうか、とパレットは不安になった。
「みぃ~」
そこにタイミングよくミィが現れる。
「そなた、待たせたな! これで堂々と遊べるぞ!」
「みゃん!」
王子様がミィに話しかけていると。
「殿下、これからは私たちの目の届く範囲で遊んでくださいね」
そう言って窓からひらりと飛び込んできたのは、見知らぬ騎士だった。
肩ほどまである艶やかな黒髪を後ろで一つに束ね、澄んだ青い瞳を優し気に細めた美しい男である。
――綺麗な騎士様だわ
騎士は見目の良さが条件だと言うだけあって、女性に負けないくらいの美しさを持つ男だ。
パレットもその容姿に一瞬呆けてしまう。
「うむ、叱られぬのであれば考慮する」
ミィを抱き上げ、胸を張ってその騎士に頷いた王子様は、ポケットに隠し持っていたお菓子をミィに与えている。
その様子を確認した騎士が、パレットに近寄ってきた。
「私はラリーボルド・ローレン。
トラスト殿と交代で王子殿下の警護をしている者だ」
そう言って騎士が自己紹介をしてきた。
「あ、え、どうもパレット・ドーヴァンスです」
騎士がパレットに話しかけてくると思っていなかったパレットは、慌てて名乗る。
――ジーン以外で友好的な騎士様に会ったのって、思えば初めてだわ
年頃の乙女であれば、ここで頬を赤く染める場面かもしれない。
だがあいにくパレットは、見目の良い男は毎日ジーンで見慣れてきたところだ。
なので比較的早く立ち直ることができた。
「なんだか、私は余計なことを言ったのではないですか?」
ジーンではない騎士なので、どう思っているのかわからない。
パレットは恐る恐る聞いてみた。
これに、ラリーボルドは目元を和らげて答えた。
「正直あの魔獣の子に出会う前の殿下は、周囲に遠慮して部屋に籠り切りのことが多かった。
このように出歩くようになったのは良いことなのだよ」
確かに、遊びたい盛りの年頃である王子様が、引き込もっているのは身体的にもよろしくないことだろう。
いらぬことをしたわけではないようで、パレットはひとまずホッとした。
それにしても間近で見たこのラリーボルドという男は、ジーンとは違った美しさを持つ男だ。
例えるならば、ジーンは日の光を思わせるが、この男はさながら月光である。
――ジーンの代わりって、この人も戦える騎士様なのかしら
そんなパレットの疑問が顔に出たのかもしれない。
ラリーボルドが自身について語ってくれた。
「私はトラスト殿のように剣が巧みなわけではないが、初歩の魔法が使える。
それゆえの警護役抜擢なのだ」
「そうなのですか」
パレットは普通に相槌を打つと、ラリーボルドは興味深そうに目を細めてパレットを見ると。
「……なるほどね」
そう小さく呟いて頷いた。
年頃の乙女らしくない反応だと思ったのかもしれない。
だがパレットではその期待に応えられそうにない。
――そろそろ、仕事に戻っては駄目かしら
困っているパレットに、騎士はにこりと微笑んだ。
「これから頻繁にお会いするかもしれないが、その際はよろしく」
「はぁ、それでは私、そろそろ失礼します」
そう言って頭を下げるパレットの目の前には、ミィと戯れて声を上げて笑う王子様の姿があった。
その後直ぐにパレットが王子様たちと別れて管理室に戻ると、そこにはジーンの姿があった。
「ジーン、王子様と一緒でないと思ったら、ここにいたんですね」
パレットの職場でジーンの姿を見るとは思わなかった。
パレットが驚いていると、ジーンがにこりと微笑んだ。
同じ微笑みでも、先ほどのラリーボルドのものとは違って見える。
裏があるような微笑みだが、最近のパレットには見慣れたものだ。
――お貴族様の微笑みは、なんだか緊張するのよね
庶民としては、拝まなければいけない気になるのだ。
そんなことを考えているパレットに、室長が話しかけてきた。
「王子殿下にお会いしたのか、だから遅かったんだな」
「ええ、護衛の騎士様にもお会いしました」
パレットは室長に今しがたの出来事を報告した。
あの様子では、これでもう王子様と会わないということはなさそうだ。
ミィを追いかけると、高確率でパレットのところに行きつくのだから。
正直王子様と話すことは、恐れ多くて緊張する。
――でも諦めが肝心なのかも
パレットはため息をついて、ジーンに向き直った。
「それにしても、どうしてジーンが?」
この質問に、ジーンの笑みが深まった。
「文官に任せていたら、出した覚えのない書類が混ざるようになったらしく。
副団長から私が直々に持っていくように言いつかりました」
それはあれだろうか、パレットがいつも弾いている騎士団長の書類のことだろうか。
だがこの副団長の気配りに室長は感動したようだ。
目じりを押さえて揉み解すと、
「副団長殿のお心遣いに感謝する」
そう言って大きく息を吐いた。
室長は疲れているのだ。
それにしても、副団長から直々に書類を任されるとは、ジーンが意外とすごいのかもしれない。
「ジーンは信頼されているんですね」
パレットがそう称賛すると、ジーンは微妙な笑顔を浮かべた。
なんだろうか、とパレットが首を傾げると。
「それは、君と同じことだよ」
室長がそんなことを言った。
「彼は貴族ではないから、余計なしがらみがない。
だからこのような用事を頼みやすいのだろうね。
王城勤めの貴族というものは、しがらみにがんじがらめになっているものなのだよ」
「……なるほど」
室長の言う通りであれば、王城とは実に生きにくい場所である。
その日の夜、パレットは床の上で遊んでいるミィに話しかけた。
「ミィは王都で、毎日楽しい?」
「みぃ!」
パレットの問いかけに、ミィが元気に返事をする。
アカレアの街を出発した頃から比べて、ミィは身体が大きくなった。
あちらこちらでおやつをもらい、いろいろなところに散歩に出かけているため、成長が著しい。
赤ちゃんを脱した子猫のようだったミィは、今では子犬くらいの大きさだ。
時折大人の獣の唸りのような声を出すこともある。
ガレースという魔獣は大型の獣らしい。
ミィも将来はたくましい姿になるのだろうが、まだパレットに抱き上げられる大きさだ。
「ミィ、急いで大きくならないでね」
「うみゃ?」
おもちゃで遊んでいるミィが首を傾げる。
このおもちゃはエミリが作ってくれた丸い布の塊で、ミィのお気に入りだ。
遊んでいる姿はとても愛らしく、パレットは和む。
だがその一方で、ミィは狩りをすることを覚えたようである。
人間と一緒に暮らしていても、そこは魔獣の本能がうずくのだろう。
ミィは散歩でたまに王都の外に出かけるらしく、時折手土産なのか小さな獣を持ち帰ってくる。
ミィが自分で狩ったのか、獣には牙の跡ついている。
以前魚を採ったらパレットが喜んだので、それを覚えているのかもしれない。
健気な魔獣である。
だからこそ、パレットは納得できない。
「ミィ、本当にあのジーンがお父さんでいいの?」
「みぃ!」
ミィが輝く笑顔で即答したように思え、パレットは困惑する。
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けれども、自分の心の中のもやもやがなんなのか、パレットにはわからなかった。
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