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五章 ソルディング領
53話 二人の想い
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武器などがあった倉庫には兵士の見張りが立ち、パレットとジーンは一旦宿に戻った。
その道中で、パレットは疲れもあって眠気に襲われていた。
普段朝が早いことはあっても、こんなに遅くまで起きていることはない。
「パレット、背負って行くか?」
「……うぅ」
歩きながらも時折船を漕ぐパレットは、もはや返事にならない返事をしてジーンに背負ってもらった。
二人の後ろを守るように、ミィが付いて来ている。
戻った宿では、従業員がいつまでも帰って来ないジーンとパレットを不安視していた。
ジーンを貴族だと思っている宿としては、その身になにかあれば大問題だと思ったのだろう。
事件に巻き込まれたのが明らかな格好のパレットを見て、彼らは右往左往している。
心配しているというよりも、責任問題を恐れているようだ。
「あの、どのような経緯で奥様は……」
責任者であろう人物がなにやら聞いてくるが、ジーンはそれをひと睨みして黙らせる。
「すまないが、怪我の手当の道具を貸してくれ」
「は、はいぃ……」
顔色を悪くしてあたふたする彼らを、パレットは寝ぼけ眼でジーンの背中から観察する。
――とことん貴族に弱いのね。
彼らは貴族相手の頼みならば、なんでも聞いてしまいそうだ。
実際に叔父のような者を相手に商売していたのならば、この宿にも領主様の調査の手が入るのかもしれない。
だがそれはパレットの預かり知らぬことだ。
部屋に戻ると、ジーンがすぐに風呂の用意をしてくれた。
ジーンの勧めで先に風呂に入ったパレットは、軽く浴びる程度で済ませたものの、倉庫の床に転がったりして埃っぽかったのが気持ちさっぱりとして、眠気が若干和らいだ。
寝室に戻ると、ジーンが手当の道具を広げていた。
この夜大活躍だったミィは、すでにベッドの足元で丸くなって寝ている。
「パレット、寝る前に怪我の具合を見るぞ」
パレットはそう告げるジーンに従いベッドに座ると、言われるままに夜着を肌蹴て痛む肩を露わにした。
自分では肩がよく見えないのだが、パレットの背後に座って怪我を見たジーンが顔をしかめた。
「ひどいあざだな、しばらく痛むぞ」
「……そうなんですか?」
確かに、肩のじくじくとした痛みはまったく治まる様子はない。
ジーンがパレットの肩にひんやりとした塗り薬を塗ると、丁寧に包帯を巻いて行く。
その手つきは慣れていて、包帯の巻き方も上手い。
「手当が上手いですね」
「そりゃあ、兵士は怪我をする仕事だからな」
ジーンの説明にパレットは納得する。
包帯を巻き終えても、ジーンは動かずにパレットの怪我をした肩を撫でていた。
「どうかしましたか?」
お互い疲れているだろうし、早く寝てしまおうと思うパレットに、ジーンがぽつりと呟いた。
「……俺の所為だな」
ジーンが怪我のことを言っているのだと気付くのに、少々時間がかかった。
「どうして、そう思うの?」
問いかけるパレットに、ジーンは視線を合わせない。
「俺が、パレットを信じ切ることができなかったから」
そしてジーンは真相を語った。
自分はアレイヤードに命じられてパレットが怪しい動きをしないか見張っていたのだと。
「あんたを信じて、もっとあんたの身の安全に気を配っていれば、こんなことにはならなかったかもしれない」
パレットを泳がせるつもりで距離をとったとたんの事件であるので、ジーンはとても後悔しているらしい。
しかしこれはジーンの騎士としての職務であり、仕方のないことだ。
――あの叔父の身内となると、怪しまれるわよね。
パレット自身にも理解できるほどに、怪しい状況だったのだ。
「こればかりは、コルニウス様を責められません。
同じ状況であれば私だって疑いますよ」
確かに、疑われたことが悲しくないというのは嘘になる。
だが、そうとわかっていてなお、パレットがジーンを責めないのは。
「それにジーン、あなたは私を見捨てなかった」
心底疑っていたのならば、そのままパレットを捨て置いてもよかったはずだ。
わざわざ探してやる義理はなく、「やはり裏切り者だった」という結論で片付けられることだった。
だがジーンはそうしなかった。
パレットは肩にかかるジーンの手に触れた。
「あなたは私を助けに来てくれました。
私はそれがとても嬉しい」
パレットは今まで、苦しい状況ではいつも見捨てられてきた。
家族を失ったパレットは、苦しい時に頼れる者がいなくなった。
そしていつしか、誰の助けもないことが当たり前になった。
なのでジーンの助けを信じていたものの、本当に助けに来てくれることを、心のどこかで疑ってもいた。
疑っていたのはお互いさまなのだ。
だからジーンが現れた姿を見た時、パレットは本当に嬉しかったのだ。
ジーンとの付き合いだって、それほど長いものではない。
アレイヤードに怪しまれている女を庇う理由など、ジーンにはないはずなのに。
信じ切ることができないというのは、心のどこかでは信じていたということではないだろうか。
パレットには、それで十分だった。
パレットはベッドの上に座り直すと、ジーンと向き合った。
「疑ってもなお、最後には私を信じてくれたあなたに感謝します。
助けてくれてありがとう、ジーン」
ジーンが顔を上げた。
その顔は妙に呆けており、いつもよりも子供っぽい表情だった。
その顔がとても新鮮で、パレットは思わず小さく笑う。
ジーンはすぐに表情を引き締めると、ベッドから降りてパレットの前に跪く。
「誓おうパレット。
俺はもう二度とあんたを疑ったりはしない」
そう告げたジーンがパレットの手を取って、その甲に額を付けた。
「……騎士様の誓いを貰えるなんて、光栄ですね」
パレットは微笑んだ。
部屋に差し込む夜明けの光が、二人を照らしていた。
お互いのわだかまりが解けたところで、疲労も限界にきていた二人はそれからすぐに寝た。
夢も見ずに眠って、起きたのは昼少し前だった。
いつの間にかベッドに潜り込んでいたミィが、もぞもぞと身動きをした。
パレットはその気配で目を覚ます。
「……ミィ、なぁに?」
パレットがぎゅっとそのぬくもりを抱きしめると、ミィの耳がぴくぴくと動き、「うぅ」と小さく唸る。
パレットのすぐ隣で、ジーンもミィの気配で起きたようだ。
「……どうかしたのか?」
軽く身を起こしたジーンが、寝起きの掠れた声で尋ねてくる。
パレットはそれを見上げながら、「この距離にも慣れたな」とぼんやりと考える。
するとジーンがしばし固まっていたかと思うと、ふいっと視線を逸らす。
「ジーン?」
ジーンにどうしたのかと問おうとした、その時。
「おっはよー! 騎士さん起きたぁ?」
アリサの元気な声と共に、寝室のドアが勢いよく音を立てて開いた。
「……は?」
ジーンが目を剥いて跳び起きると、背中に庇うようにパレットを隠す。
パレットがジーンの背中越しに視線をやると、そこにはアリサと、ドアの向こうにオルディアの姿が見える。
――なに……?
パレットの寝起きの鈍い頭では、今がどういう状況なのかいまいち理解できない。
「あれぇ?」
アリサが首を傾げた。
扉の向こうから、オルディアのため息が聞こえた。
「戻って来いアリサ、お前はどうやら夫婦の寝室に踏み込んだようだぞ」
そこそこ広いとはいえ、一つのベッドの上で隣り合って寝ていたパレットとジーン。
そしてジーンの背中に隠されたパレット。
パレットは悲鳴にならない悲鳴を上げた。
その道中で、パレットは疲れもあって眠気に襲われていた。
普段朝が早いことはあっても、こんなに遅くまで起きていることはない。
「パレット、背負って行くか?」
「……うぅ」
歩きながらも時折船を漕ぐパレットは、もはや返事にならない返事をしてジーンに背負ってもらった。
二人の後ろを守るように、ミィが付いて来ている。
戻った宿では、従業員がいつまでも帰って来ないジーンとパレットを不安視していた。
ジーンを貴族だと思っている宿としては、その身になにかあれば大問題だと思ったのだろう。
事件に巻き込まれたのが明らかな格好のパレットを見て、彼らは右往左往している。
心配しているというよりも、責任問題を恐れているようだ。
「あの、どのような経緯で奥様は……」
責任者であろう人物がなにやら聞いてくるが、ジーンはそれをひと睨みして黙らせる。
「すまないが、怪我の手当の道具を貸してくれ」
「は、はいぃ……」
顔色を悪くしてあたふたする彼らを、パレットは寝ぼけ眼でジーンの背中から観察する。
――とことん貴族に弱いのね。
彼らは貴族相手の頼みならば、なんでも聞いてしまいそうだ。
実際に叔父のような者を相手に商売していたのならば、この宿にも領主様の調査の手が入るのかもしれない。
だがそれはパレットの預かり知らぬことだ。
部屋に戻ると、ジーンがすぐに風呂の用意をしてくれた。
ジーンの勧めで先に風呂に入ったパレットは、軽く浴びる程度で済ませたものの、倉庫の床に転がったりして埃っぽかったのが気持ちさっぱりとして、眠気が若干和らいだ。
寝室に戻ると、ジーンが手当の道具を広げていた。
この夜大活躍だったミィは、すでにベッドの足元で丸くなって寝ている。
「パレット、寝る前に怪我の具合を見るぞ」
パレットはそう告げるジーンに従いベッドに座ると、言われるままに夜着を肌蹴て痛む肩を露わにした。
自分では肩がよく見えないのだが、パレットの背後に座って怪我を見たジーンが顔をしかめた。
「ひどいあざだな、しばらく痛むぞ」
「……そうなんですか?」
確かに、肩のじくじくとした痛みはまったく治まる様子はない。
ジーンがパレットの肩にひんやりとした塗り薬を塗ると、丁寧に包帯を巻いて行く。
その手つきは慣れていて、包帯の巻き方も上手い。
「手当が上手いですね」
「そりゃあ、兵士は怪我をする仕事だからな」
ジーンの説明にパレットは納得する。
包帯を巻き終えても、ジーンは動かずにパレットの怪我をした肩を撫でていた。
「どうかしましたか?」
お互い疲れているだろうし、早く寝てしまおうと思うパレットに、ジーンがぽつりと呟いた。
「……俺の所為だな」
ジーンが怪我のことを言っているのだと気付くのに、少々時間がかかった。
「どうして、そう思うの?」
問いかけるパレットに、ジーンは視線を合わせない。
「俺が、パレットを信じ切ることができなかったから」
そしてジーンは真相を語った。
自分はアレイヤードに命じられてパレットが怪しい動きをしないか見張っていたのだと。
「あんたを信じて、もっとあんたの身の安全に気を配っていれば、こんなことにはならなかったかもしれない」
パレットを泳がせるつもりで距離をとったとたんの事件であるので、ジーンはとても後悔しているらしい。
しかしこれはジーンの騎士としての職務であり、仕方のないことだ。
――あの叔父の身内となると、怪しまれるわよね。
パレット自身にも理解できるほどに、怪しい状況だったのだ。
「こればかりは、コルニウス様を責められません。
同じ状況であれば私だって疑いますよ」
確かに、疑われたことが悲しくないというのは嘘になる。
だが、そうとわかっていてなお、パレットがジーンを責めないのは。
「それにジーン、あなたは私を見捨てなかった」
心底疑っていたのならば、そのままパレットを捨て置いてもよかったはずだ。
わざわざ探してやる義理はなく、「やはり裏切り者だった」という結論で片付けられることだった。
だがジーンはそうしなかった。
パレットは肩にかかるジーンの手に触れた。
「あなたは私を助けに来てくれました。
私はそれがとても嬉しい」
パレットは今まで、苦しい状況ではいつも見捨てられてきた。
家族を失ったパレットは、苦しい時に頼れる者がいなくなった。
そしていつしか、誰の助けもないことが当たり前になった。
なのでジーンの助けを信じていたものの、本当に助けに来てくれることを、心のどこかで疑ってもいた。
疑っていたのはお互いさまなのだ。
だからジーンが現れた姿を見た時、パレットは本当に嬉しかったのだ。
ジーンとの付き合いだって、それほど長いものではない。
アレイヤードに怪しまれている女を庇う理由など、ジーンにはないはずなのに。
信じ切ることができないというのは、心のどこかでは信じていたということではないだろうか。
パレットには、それで十分だった。
パレットはベッドの上に座り直すと、ジーンと向き合った。
「疑ってもなお、最後には私を信じてくれたあなたに感謝します。
助けてくれてありがとう、ジーン」
ジーンが顔を上げた。
その顔は妙に呆けており、いつもよりも子供っぽい表情だった。
その顔がとても新鮮で、パレットは思わず小さく笑う。
ジーンはすぐに表情を引き締めると、ベッドから降りてパレットの前に跪く。
「誓おうパレット。
俺はもう二度とあんたを疑ったりはしない」
そう告げたジーンがパレットの手を取って、その甲に額を付けた。
「……騎士様の誓いを貰えるなんて、光栄ですね」
パレットは微笑んだ。
部屋に差し込む夜明けの光が、二人を照らしていた。
お互いのわだかまりが解けたところで、疲労も限界にきていた二人はそれからすぐに寝た。
夢も見ずに眠って、起きたのは昼少し前だった。
いつの間にかベッドに潜り込んでいたミィが、もぞもぞと身動きをした。
パレットはその気配で目を覚ます。
「……ミィ、なぁに?」
パレットがぎゅっとそのぬくもりを抱きしめると、ミィの耳がぴくぴくと動き、「うぅ」と小さく唸る。
パレットのすぐ隣で、ジーンもミィの気配で起きたようだ。
「……どうかしたのか?」
軽く身を起こしたジーンが、寝起きの掠れた声で尋ねてくる。
パレットはそれを見上げながら、「この距離にも慣れたな」とぼんやりと考える。
するとジーンがしばし固まっていたかと思うと、ふいっと視線を逸らす。
「ジーン?」
ジーンにどうしたのかと問おうとした、その時。
「おっはよー! 騎士さん起きたぁ?」
アリサの元気な声と共に、寝室のドアが勢いよく音を立てて開いた。
「……は?」
ジーンが目を剥いて跳び起きると、背中に庇うようにパレットを隠す。
パレットがジーンの背中越しに視線をやると、そこにはアリサと、ドアの向こうにオルディアの姿が見える。
――なに……?
パレットの寝起きの鈍い頭では、今がどういう状況なのかいまいち理解できない。
「あれぇ?」
アリサが首を傾げた。
扉の向こうから、オルディアのため息が聞こえた。
「戻って来いアリサ、お前はどうやら夫婦の寝室に踏み込んだようだぞ」
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