55 / 86
五章 ソルディング領
55話 領主館への呼び出し
しおりを挟む
予想外の出来事があったものの、オルディアたちが食事くらいは待つとのことだったので、パレットとジーンはとりあえず昼食をとることにした。
宿に頼んで部屋に食事を届けてもらい、待っているオルディアとアリサにもお茶を用意してもらう。
――王子様と食事を囲むなんて、恐れ多いんだけれど。
緊張するパレットに、オルディアは笑った。
「そう堅くなることはない。
私は庶民に混じっての食事に慣れている。
このアリサなどは元から庶民だし、歳もそちらと大して変わらないと思うのだが」
緊張を解こうとしたオルディアの言葉に、パレットは目を丸くした。
「乙女の歳をバラしちゃ駄目だぞぅ!」
頬を膨らませるアリサを、パレットのみならずジーンもまじまじと見ている。
――歳が大して変わらないって、本当に?
王太子のお付きであるアリサが庶民ということよりも、そちらの方が驚愕だ。
子供だとばかり思っていた。
このような調子で食事をしているパレットだったが、ジーンの足元では、いつものようにミィが肉を催促している。
「みゃみゃ!」
ジーンの膝に前足を載せておねだりするミィに、ジーンは苦笑する。
「ああ、はいはい肉な。
わかったから爪を立てるな」
ミィにジーンが一切れ与える。
ミィはそれで満足したのか、その場にごろんと寝そべる。
パレットはこの光景にだいぶ慣れたので、以前のように過剰に反応しなくなった。
だがこの場に、過剰反応を示した人物がいた。
「そっかぁ、わかった!」
アリサが輝かんばかりの笑顔で立ち上がった。
「どうした急に」
アリサの唐突な行動にも動じないでお茶を飲むオルディアに、彼女は前のめりになって言った。
「オル様! この二人は魔獣の子のお父さんとお母さんなんだよ!」
「……ごふっ!」
パレットは口に含んだお茶を飲み損ねてむせた。
――え、今それを言うの!?
ようやく気にしなくなった頃にやって来た伏兵に、パレットは焦る。
「ほう、面白い見解だ」
オルディアはパレットの様子に気付かないまま、アリサの意見に耳を傾ける。
ジーンも食事の手を止めてアリサを見た。
そんな二人にアリサは、これは動物などが父親から獲物を分けてもらう行為だと、オルレイン導師と同じような意見を述べた。
「そうだったのか……」
いつもミィに肉を奪われるジーンは、この説明に納得したようだ。
そしてまだ咳込んでいたパレットに、目を眇める。
「あんた、このことを知ってたな?」
ジーンの追及にパレットは一瞬言葉に詰まるものの、ここでごまかしても仕方がないと腹を括る。
「……実は以前、オルレイン導師にお聞きしました」
視線を泳がせるパレットを見て、ジーンはなにかを怪しむように、探る視線を向けてくる。
「別段、隠すようなことじゃないだろうに」
ジーンの視線が突き刺さる。
確かにずいぶん長いこと黙っていたので、怪しいと思われるのも当然だ。
「……だって」
言い訳しようにもうまい言葉が見つからない。
俯くしかないパレットだったが、これに横やりを入れたのは、またもやアリサだった。
「照れたんじゃなぁい?」
「は!?」
このアリサの発言に、驚いたのはパレットだった。
――私が照れたって、なにに!?
驚きに驚きが重なり、動揺するしかないパレットに、さらにオルディアから追い打ちがかかる。
「前触れもなく、これは二人の子だと言われては、それを飲み込むのも時間がかかろうな。
ましてや若い夫婦となれば微妙な心境になるやもしれぬ」
「うんうん、ある日突然子供が生まれたみたいなもんだよね!
これが人間の赤ちゃんなら、いつの子だって話になるね!」
「……すみません、黙っててもらえないでしょうか」
オルディアとアリサに夫婦問題について語られて、パレットは思わずそう言ってしまう。
不敬だなどとは考えが及ばず、真っ赤な顔を隠すのに必死だ。
――それ、絶対違うから!
夫婦問題ではなくて、心情的ななにかがあったはずだと頭を振る。
だがパレットは一方で、腑に落ちた気もした。
――でも、もしかして、そういうことなの、私?
この旅の間、散々夫婦扱いを受けて来た。
奥さんと呼ばれることにも諦めがついた。
けれどたとえ魔獣でも、子供がいるとなると、関係性に現実味が出てくる。
「家族のようなもの」だったのが、「家族」に関係性の位が上がってしまう。
それがなんとなく、心の中でモヤモヤするのだ。
――これでもし、ジーンがこの関係を受け入れたら。
二人の距離がどうなるのか、パレットには想像がつかない。
別段ジーンをひどい男だとは思っていないが、じゃあどう思っているのだと自分に問うても、答えが出ない。
わたわたしているパレットに、ジーンが眉を上げた。
「パレット、冷やかされるのが嫌だったのか?」
パレットの心の整理がつかぬまま、ジーンにまでこの話の流れで納得されつつある。
「や、なんていうのか、こう……」
だが否定しようにも言葉が出てこない。
しどろもどろのパレットに、オルディアがさらに言う。
「二人の間に先に子供が生まれていれば、もっとすんなり言えたのかもな」
「違う、そうじゃなくて!」
思わず立ち上がるパレットを、ジーンが手のかかる家族を見るような目を向ける。
「あんた、妙なところで繊細だな。
ミィの父親と母親だっていうことでいいじゃねぇか。
なぁミィ?」
「うにゃん!」
ジーンからの父母認定が済んで、ミィがご機嫌に鳴いた。
――待って、お願い待って!
一人焦るパレットを置いて、これで話がまとまってしまった。
このようにして食事が終わり、パレットは一人ぐったり疲れることとなった。
オルディアに連れられて領主館へ向かう頃には、昼を過ぎて人が行き交う時間帯となっていた。
であるにもかかわらず、大通りの人影はまばらだ。
深夜の騒動が影響しているのだろうか。
――予想通りに貴族が関わっているのならば、このあたりの人たちも他人事ではないでしょうね。
あの叔父が宿で堂々とかどわかしをしたくらいだ、少なくともあの宿は無関係ではないだろう。
話によっては国の調査の手が入ることとなり、利用していた貴族の足も遠のく。
今まで通りに貴族に寄生して金を得ることは難しくなり、貴族区域の住人は、生き方を変えなければならない。
昨日までは考えもしなかった未来に、戦々恐々としていることだろう。
――楽をして富を得る方法はない、ポルト村の村長さんが言った通りね。
己の利益しか見てこなかったツケを、この貴族区域の住民は払わねばならない時が来ているのだ。
そのように考え事をしているパレットの傍らで、ミィとアリサがなにやら揉めていた。
「ねぇ、ちょっとだけ!」
「フシャー!!」
手を伸ばすアリサに、ミィが毛を逆立てて威嚇している。
基本愛想の良いミィだというのに、アリサは苦手のようだ。
アリサから隠れようとしているのか、ずっとパレットのスカートの陰にいる。
パレットとしては少々歩きにくいが、ミィを邪険にすることなどできない。
そうして街を通り抜け、ソルディアの街の領主館に到着した。
だが領主館もまた、閑散としていた。
――なんだか、働く人が少ない?
アカレアの街の領主館と比べて、明らかに行きかう文官の数が少ない。
元は王領だった領地であるのに、これはどうしたことだろうか。
そのような疑問を抱きつつ、パレットはジーンと共に領主様の執務室へ通された。
「連れて来たぞ」
「そうか、ありがとう」
ぞんざいな挨拶でドアを開けたオルディアに答えたのは、若い声だった。
やがてパレットの視界に入った姿は、意外な人物だった。
「王都からよく来てくれた」
執務机から立ち上がって出迎えたのは、パレットがいつか王城で見た、あの赤毛の男だった。
「……あなたは」
パレットは思わぬ再会に目を丸くする。
あちらもパレットに気付いたようで、驚いた顔をした。
「おや、そなたはいつかの女性文官殿ではないか。
奇遇なこともあるものだ、私はキールヴィス、ここの領主だ」
とても友好的な態度で挨拶をされて、パレットは戸惑う。
王妃様や王弟殿下に隣国の王太子と、パレットが今まで出会った王族という方々は、最初から人当たりの良い態度だった。
――王族という人たちは、みんなこんな風に気さくなのかしら?
パレットの中にある王族像とは、かなりかけ離れているように思える。
このやり取りが不思議だったのか、ジーンが耳元に顔を寄せ、小声で尋ねる。
「パレット、キールヴィス殿下に会ったことがあるのか?」
ジーンの秀麗な顔が間近になり、パレットは鼓動が早くなる。
しかしそれを悟られまいと、勤めて平静に答えた。
「会ったというよりも、通りがかっただけです」
あの時赤毛の男と会話を交わしたものの、大した話はしていない。
パレットが覚えていたのは、その前に出会った嫌味な集団と連動して記憶に残っていたからだ。
「ジーンの方こそ、どこで?」
「陛下の護衛の際に面識がある」
ジーンはパレットの質問にあっさり答えた。
パレットはなるほどと頷く。
それにしても、気になることがある。
――王様の弟にしては、若い?
目の前の人物は、パレットと変わらないくらいの年齢に見える。
一方で王様は、四十に届こうかという年頃のはずだ。
ずいぶんと歳の離れな兄弟ということになるが、王族としては普通なのだろうか。
二人でこそこそと話す様子を見て、王弟キールヴィスはエッヘン、と咳ばらいをしてパレットたちに注目させた。
「貴族の女性にしては珍しいと思い口にすれば、周囲から批難の猛攻撃をもらったからな。
そなたをよく覚えているとも」
どうやらパレットのことで、反体制派の貴族から文句を言われたようである。
あちらも嫌な記憶と連動して覚えていたということだ。
「それにしても、兄上が信頼する騎士を寄こすとは思わなかったぞ、よく来たな」
嬉しそうに微笑みを浮かべるキールヴィスに、ジーンはこめかみに筋を立てた。
「よく来たな、ではありません!」
ジーンが突然激しい口調で怒鳴ったので、パレットはびくりと体を震わせる。
「だいたい昨夜貴方が一人で街をフラフラしていなければ、私はパレットを見失ったりしなかったのですよ!」
「いや、すまん、それに関しては悪かった」
ジーンの剣幕に、キールヴィスが頭を下げる。
王弟殿下に対して不敬であるジーンの態度に、パレットは固まる。
「ちょっと、ジーン!」
ジーンを諫めようとするパレットに、キールヴィスが片手を上げた。
「いや、よいのだ、私が悪いのだから」
「え……?」
戸惑うパレットに、キールヴィスは事情を説明してくれた。
なんでも彼は、王都から来る人物がどのような者か知りたくて、そろそろ領地入りする頃かと見計らい、ここ数日夜の街を出歩いていたのだという。
――え、王弟殿下が自分で私たちを探したの?
呆れるパレットの横で、ジーンが頭が痛そうな顔をしている。
「だからと言って、夜に一人で出歩く領主がどこにいますか!」
ジーンの苦情に、室内に控えているキールヴィスの従者らしき男性が深く頷いている。
そうした事情で昨夜一人でフラフラしているキールヴィスを、偶然見かけてしまったジーンは仕方なく声をかけて、領主館まで送って行った。
そのため帰りが遅くなったのだそうだ。
「見つかるお前が悪いな、お忍び力が足りない証拠だ」
「仕方ないだろう、王都では監視が強くて出歩けなかったのだから」
オルディアのちょっとずれている忠告に、キールヴィスがムッとした顔をする。
――お忍び力ってなに……?
王族とは、パレットには謎の一族である。
宿に頼んで部屋に食事を届けてもらい、待っているオルディアとアリサにもお茶を用意してもらう。
――王子様と食事を囲むなんて、恐れ多いんだけれど。
緊張するパレットに、オルディアは笑った。
「そう堅くなることはない。
私は庶民に混じっての食事に慣れている。
このアリサなどは元から庶民だし、歳もそちらと大して変わらないと思うのだが」
緊張を解こうとしたオルディアの言葉に、パレットは目を丸くした。
「乙女の歳をバラしちゃ駄目だぞぅ!」
頬を膨らませるアリサを、パレットのみならずジーンもまじまじと見ている。
――歳が大して変わらないって、本当に?
王太子のお付きであるアリサが庶民ということよりも、そちらの方が驚愕だ。
子供だとばかり思っていた。
このような調子で食事をしているパレットだったが、ジーンの足元では、いつものようにミィが肉を催促している。
「みゃみゃ!」
ジーンの膝に前足を載せておねだりするミィに、ジーンは苦笑する。
「ああ、はいはい肉な。
わかったから爪を立てるな」
ミィにジーンが一切れ与える。
ミィはそれで満足したのか、その場にごろんと寝そべる。
パレットはこの光景にだいぶ慣れたので、以前のように過剰に反応しなくなった。
だがこの場に、過剰反応を示した人物がいた。
「そっかぁ、わかった!」
アリサが輝かんばかりの笑顔で立ち上がった。
「どうした急に」
アリサの唐突な行動にも動じないでお茶を飲むオルディアに、彼女は前のめりになって言った。
「オル様! この二人は魔獣の子のお父さんとお母さんなんだよ!」
「……ごふっ!」
パレットは口に含んだお茶を飲み損ねてむせた。
――え、今それを言うの!?
ようやく気にしなくなった頃にやって来た伏兵に、パレットは焦る。
「ほう、面白い見解だ」
オルディアはパレットの様子に気付かないまま、アリサの意見に耳を傾ける。
ジーンも食事の手を止めてアリサを見た。
そんな二人にアリサは、これは動物などが父親から獲物を分けてもらう行為だと、オルレイン導師と同じような意見を述べた。
「そうだったのか……」
いつもミィに肉を奪われるジーンは、この説明に納得したようだ。
そしてまだ咳込んでいたパレットに、目を眇める。
「あんた、このことを知ってたな?」
ジーンの追及にパレットは一瞬言葉に詰まるものの、ここでごまかしても仕方がないと腹を括る。
「……実は以前、オルレイン導師にお聞きしました」
視線を泳がせるパレットを見て、ジーンはなにかを怪しむように、探る視線を向けてくる。
「別段、隠すようなことじゃないだろうに」
ジーンの視線が突き刺さる。
確かにずいぶん長いこと黙っていたので、怪しいと思われるのも当然だ。
「……だって」
言い訳しようにもうまい言葉が見つからない。
俯くしかないパレットだったが、これに横やりを入れたのは、またもやアリサだった。
「照れたんじゃなぁい?」
「は!?」
このアリサの発言に、驚いたのはパレットだった。
――私が照れたって、なにに!?
驚きに驚きが重なり、動揺するしかないパレットに、さらにオルディアから追い打ちがかかる。
「前触れもなく、これは二人の子だと言われては、それを飲み込むのも時間がかかろうな。
ましてや若い夫婦となれば微妙な心境になるやもしれぬ」
「うんうん、ある日突然子供が生まれたみたいなもんだよね!
これが人間の赤ちゃんなら、いつの子だって話になるね!」
「……すみません、黙っててもらえないでしょうか」
オルディアとアリサに夫婦問題について語られて、パレットは思わずそう言ってしまう。
不敬だなどとは考えが及ばず、真っ赤な顔を隠すのに必死だ。
――それ、絶対違うから!
夫婦問題ではなくて、心情的ななにかがあったはずだと頭を振る。
だがパレットは一方で、腑に落ちた気もした。
――でも、もしかして、そういうことなの、私?
この旅の間、散々夫婦扱いを受けて来た。
奥さんと呼ばれることにも諦めがついた。
けれどたとえ魔獣でも、子供がいるとなると、関係性に現実味が出てくる。
「家族のようなもの」だったのが、「家族」に関係性の位が上がってしまう。
それがなんとなく、心の中でモヤモヤするのだ。
――これでもし、ジーンがこの関係を受け入れたら。
二人の距離がどうなるのか、パレットには想像がつかない。
別段ジーンをひどい男だとは思っていないが、じゃあどう思っているのだと自分に問うても、答えが出ない。
わたわたしているパレットに、ジーンが眉を上げた。
「パレット、冷やかされるのが嫌だったのか?」
パレットの心の整理がつかぬまま、ジーンにまでこの話の流れで納得されつつある。
「や、なんていうのか、こう……」
だが否定しようにも言葉が出てこない。
しどろもどろのパレットに、オルディアがさらに言う。
「二人の間に先に子供が生まれていれば、もっとすんなり言えたのかもな」
「違う、そうじゃなくて!」
思わず立ち上がるパレットを、ジーンが手のかかる家族を見るような目を向ける。
「あんた、妙なところで繊細だな。
ミィの父親と母親だっていうことでいいじゃねぇか。
なぁミィ?」
「うにゃん!」
ジーンからの父母認定が済んで、ミィがご機嫌に鳴いた。
――待って、お願い待って!
一人焦るパレットを置いて、これで話がまとまってしまった。
このようにして食事が終わり、パレットは一人ぐったり疲れることとなった。
オルディアに連れられて領主館へ向かう頃には、昼を過ぎて人が行き交う時間帯となっていた。
であるにもかかわらず、大通りの人影はまばらだ。
深夜の騒動が影響しているのだろうか。
――予想通りに貴族が関わっているのならば、このあたりの人たちも他人事ではないでしょうね。
あの叔父が宿で堂々とかどわかしをしたくらいだ、少なくともあの宿は無関係ではないだろう。
話によっては国の調査の手が入ることとなり、利用していた貴族の足も遠のく。
今まで通りに貴族に寄生して金を得ることは難しくなり、貴族区域の住人は、生き方を変えなければならない。
昨日までは考えもしなかった未来に、戦々恐々としていることだろう。
――楽をして富を得る方法はない、ポルト村の村長さんが言った通りね。
己の利益しか見てこなかったツケを、この貴族区域の住民は払わねばならない時が来ているのだ。
そのように考え事をしているパレットの傍らで、ミィとアリサがなにやら揉めていた。
「ねぇ、ちょっとだけ!」
「フシャー!!」
手を伸ばすアリサに、ミィが毛を逆立てて威嚇している。
基本愛想の良いミィだというのに、アリサは苦手のようだ。
アリサから隠れようとしているのか、ずっとパレットのスカートの陰にいる。
パレットとしては少々歩きにくいが、ミィを邪険にすることなどできない。
そうして街を通り抜け、ソルディアの街の領主館に到着した。
だが領主館もまた、閑散としていた。
――なんだか、働く人が少ない?
アカレアの街の領主館と比べて、明らかに行きかう文官の数が少ない。
元は王領だった領地であるのに、これはどうしたことだろうか。
そのような疑問を抱きつつ、パレットはジーンと共に領主様の執務室へ通された。
「連れて来たぞ」
「そうか、ありがとう」
ぞんざいな挨拶でドアを開けたオルディアに答えたのは、若い声だった。
やがてパレットの視界に入った姿は、意外な人物だった。
「王都からよく来てくれた」
執務机から立ち上がって出迎えたのは、パレットがいつか王城で見た、あの赤毛の男だった。
「……あなたは」
パレットは思わぬ再会に目を丸くする。
あちらもパレットに気付いたようで、驚いた顔をした。
「おや、そなたはいつかの女性文官殿ではないか。
奇遇なこともあるものだ、私はキールヴィス、ここの領主だ」
とても友好的な態度で挨拶をされて、パレットは戸惑う。
王妃様や王弟殿下に隣国の王太子と、パレットが今まで出会った王族という方々は、最初から人当たりの良い態度だった。
――王族という人たちは、みんなこんな風に気さくなのかしら?
パレットの中にある王族像とは、かなりかけ離れているように思える。
このやり取りが不思議だったのか、ジーンが耳元に顔を寄せ、小声で尋ねる。
「パレット、キールヴィス殿下に会ったことがあるのか?」
ジーンの秀麗な顔が間近になり、パレットは鼓動が早くなる。
しかしそれを悟られまいと、勤めて平静に答えた。
「会ったというよりも、通りがかっただけです」
あの時赤毛の男と会話を交わしたものの、大した話はしていない。
パレットが覚えていたのは、その前に出会った嫌味な集団と連動して記憶に残っていたからだ。
「ジーンの方こそ、どこで?」
「陛下の護衛の際に面識がある」
ジーンはパレットの質問にあっさり答えた。
パレットはなるほどと頷く。
それにしても、気になることがある。
――王様の弟にしては、若い?
目の前の人物は、パレットと変わらないくらいの年齢に見える。
一方で王様は、四十に届こうかという年頃のはずだ。
ずいぶんと歳の離れな兄弟ということになるが、王族としては普通なのだろうか。
二人でこそこそと話す様子を見て、王弟キールヴィスはエッヘン、と咳ばらいをしてパレットたちに注目させた。
「貴族の女性にしては珍しいと思い口にすれば、周囲から批難の猛攻撃をもらったからな。
そなたをよく覚えているとも」
どうやらパレットのことで、反体制派の貴族から文句を言われたようである。
あちらも嫌な記憶と連動して覚えていたということだ。
「それにしても、兄上が信頼する騎士を寄こすとは思わなかったぞ、よく来たな」
嬉しそうに微笑みを浮かべるキールヴィスに、ジーンはこめかみに筋を立てた。
「よく来たな、ではありません!」
ジーンが突然激しい口調で怒鳴ったので、パレットはびくりと体を震わせる。
「だいたい昨夜貴方が一人で街をフラフラしていなければ、私はパレットを見失ったりしなかったのですよ!」
「いや、すまん、それに関しては悪かった」
ジーンの剣幕に、キールヴィスが頭を下げる。
王弟殿下に対して不敬であるジーンの態度に、パレットは固まる。
「ちょっと、ジーン!」
ジーンを諫めようとするパレットに、キールヴィスが片手を上げた。
「いや、よいのだ、私が悪いのだから」
「え……?」
戸惑うパレットに、キールヴィスは事情を説明してくれた。
なんでも彼は、王都から来る人物がどのような者か知りたくて、そろそろ領地入りする頃かと見計らい、ここ数日夜の街を出歩いていたのだという。
――え、王弟殿下が自分で私たちを探したの?
呆れるパレットの横で、ジーンが頭が痛そうな顔をしている。
「だからと言って、夜に一人で出歩く領主がどこにいますか!」
ジーンの苦情に、室内に控えているキールヴィスの従者らしき男性が深く頷いている。
そうした事情で昨夜一人でフラフラしているキールヴィスを、偶然見かけてしまったジーンは仕方なく声をかけて、領主館まで送って行った。
そのため帰りが遅くなったのだそうだ。
「見つかるお前が悪いな、お忍び力が足りない証拠だ」
「仕方ないだろう、王都では監視が強くて出歩けなかったのだから」
オルディアのちょっとずれている忠告に、キールヴィスがムッとした顔をする。
――お忍び力ってなに……?
王族とは、パレットには謎の一族である。
0
あなたにおすすめの小説
美男美女の同僚のおまけとして異世界召喚された私、ゴミ無能扱いされ王城から叩き出されるも、才能を見出してくれた隣国の王子様とスローライフ
さくら
恋愛
会社では地味で目立たない、ただの事務員だった私。
ある日突然、美男美女の同僚二人のおまけとして、異世界に召喚されてしまった。
けれど、測定された“能力値”は最低。
「無能」「お荷物」「役立たず」と王たちに笑われ、王城を追い出されて――私は一人、行くあてもなく途方に暮れていた。
そんな私を拾ってくれたのは、隣国の第二王子・レオン。
優しく、誠実で、誰よりも人の心を見てくれる人だった。
彼に導かれ、私は“癒しの力”を持つことを知る。
人の心を穏やかにし、傷を癒す――それは“無能”と呼ばれた私だけが持っていた奇跡だった。
やがて、王子と共に過ごす穏やかな日々の中で芽生える、恋の予感。
不器用だけど優しい彼の言葉に、心が少しずつ満たされていく。
【12月末日公開終了】有能女官の赴任先は辺境伯領
たぬきち25番
恋愛
辺境伯領の当主が他界。代わりに領主になったのは元騎士団の隊長ギルベルト(26)
ずっと騎士団に在籍して領のことなど右も左もわからない。
そのため新しい辺境伯様は帳簿も書類も不備ばかり。しかも辺境伯領は王国の端なので修正も大変。
そこで仕事を終わらせるために、腕っぷしに定評のあるギリギリ貴族の男爵出身の女官ライラ(18)が辺境伯領に出向くことになった。
だがそこでライラを待っていたのは、元騎士とは思えないほどつかみどころのない辺境伯様と、前辺境伯夫妻の忘れ形見の3人のこどもたち(14歳男子、9歳男子、6歳女子)だった。
仕事のわからない辺境伯を助けながら、こどもたちの生活を助けたり、魔物を倒したり!?
そしていつしか、ライラと辺境伯やこどもたちとの関係が変わっていく……
※お待たせしました。
※他サイト様にも掲載中
【完】瓶底メガネの聖女様
らんか
恋愛
伯爵家の娘なのに、実母亡き後、後妻とその娘がやってきてから虐げられて育ったオリビア。
傷つけられ、生死の淵に立ったその時に、前世の記憶が蘇り、それと同時に魔力が発現した。
実家から事実上追い出された形で、家を出たオリビアは、偶然出会った人達の助けを借りて、今まで奪われ続けた、自分の大切なもの取り戻そうと奮闘する。
そんな自分にいつも寄り添ってくれるのは……。
夫に顧みられない王妃は、人間をやめることにしました~もふもふ自由なセカンドライフを謳歌するつもりだったのに、何故かペットにされています!~
狭山ひびき
恋愛
もう耐えられない!
隣国から嫁いで五年。一度も国王である夫から関心を示されず白い結婚を続けていた王妃フィリエルはついに決断した。
わたし、もう王妃やめる!
政略結婚だから、ある程度の覚悟はしていた。けれども幼い日に淡い恋心を抱いて以来、ずっと片思いをしていた相手から冷たくされる日々に、フィリエルの心はもう限界に達していた。政略結婚である以上、王妃の意思で離婚はできない。しかしもうこれ以上、好きな人に無視される日々は送りたくないのだ。
離婚できないなら人間をやめるわ!
王妃で、そして隣国の王女であるフィリエルは、この先生きていてもきっと幸せにはなれないだろう。生まれた時から政治の駒。それがフィリエルの人生だ。ならばそんな「人生」を捨てて、人間以外として生きたほうがましだと、フィリエルは思った。
これからは自由気ままな「猫生」を送るのよ!
フィリエルは少し前に知り合いになった、「廃墟の塔の魔女」に頼み込み、猫の姿に変えてもらう。
よし!楽しいセカンドラウフのはじまりよ!――のはずが、何故か夫(国王)に拾われ、ペットにされてしまって……。
「ふふ、君はふわふわで可愛いなぁ」
やめてえ!そんなところ撫でないで~!
夫(人間)妻(猫)の奇妙な共同生活がはじまる――
【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました
佐倉穂波
恋愛
転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。
確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。
(そんな……死にたくないっ!)
乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。
2023.9.3 投稿分の改稿終了。
2023.9.4 表紙を作ってみました。
2023.9.15 完結。
2023.9.23 後日談を投稿しました。
身代わり令嬢、恋した公爵に真実を伝えて去ろうとしたら、絡めとられる(ごめんなさぁぁぁぁい!あなたの本当の婚約者は、私の姉です)
柳葉うら
恋愛
(ごめんなさぁぁぁぁい!)
辺境伯令嬢のウィルマは心の中で土下座した。
結婚が嫌で家出した姉の身代わりをして、誰もが羨むような素敵な公爵様の婚約者として会ったのだが、公爵あまりにも良い人すぎて、申し訳なくて仕方がないのだ。
正直者で面食いな身代わり令嬢と、そんな令嬢のことが実は昔から好きだった策士なヒーローがドタバタとするお話です。
さくっと読んでいただけるかと思います。
勘違いで嫁ぎましたが、相手が理想の筋肉でした!
エス
恋愛
「男性の魅力は筋肉ですわっ!!」
華奢な男がもてはやされるこの国で、そう豪語する侯爵令嬢テレーゼ。
縁談はことごとく破談し、兄アルベルトも王太子ユリウスも頭を抱えていた。
そんな折、騎士団長ヴォルフがユリウスの元に「若い女性を紹介してほしい」と相談に現れる。
よく見ればこの男──家柄よし、部下からの信頼厚し、そして何より、圧巻の筋肉!!
「この男しかいない!」とユリウスは即断し、テレーゼとの結婚話を進める。
ところがテレーゼが嫁いだ先で、当のヴォルフは、
「俺は……メイドを紹介してほしかったんだが!?」
と何やら焦っていて。
……まあ細かいことはいいでしょう。
なにせ、その腕、その太もも、その背中。
最高の筋肉ですもの! この結婚、全力で続行させていただきますわ!!
女性不慣れな不器用騎士団長 × 筋肉フェチ令嬢。
誤解から始まる、すれ違いだらけの新婚生活、いざスタート!
※他サイトに投稿したものを、改稿しています。
氷の公爵は、捨てられた私を離さない
空月そらら
恋愛
「魔力がないから不要だ」――長年尽くした王太子にそう告げられ、侯爵令嬢アリアは理不尽に婚約破棄された。
すべてを失い、社交界からも追放同然となった彼女を拾ったのは、「氷の公爵」と畏れられる辺境伯レオルド。
彼は戦の呪いに蝕まれ、常に激痛に苦しんでいたが、偶然触れたアリアにだけ痛みが和らぐことに気づく。
アリアには魔力とは違う、稀有な『浄化の力』が秘められていたのだ。
「君の力が、私には必要だ」
冷徹なはずの公爵は、アリアの価値を見抜き、傍に置くことを決める。
彼の元で力を発揮し、呪いを癒やしていくアリア。
レオルドはいつしか彼女に深く執着し、不器用に溺愛し始める。「お前を誰にも渡さない」と。
一方、アリアを捨てた王太子は聖女に振り回され、国を傾かせ、初めて自分が手放したものの大きさに気づき始める。
「アリア、戻ってきてくれ!」と見苦しく縋る元婚約者に、アリアは毅然と告げる。「もう遅いのです」と。
これは、捨てられた令嬢が、冷徹な公爵の唯一無二の存在となり、真実の愛と幸せを掴むまでの逆転溺愛ストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる