不機嫌な乙女と王都の騎士

黒辺あゆみ

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五章 ソルディング領

55話 領主館への呼び出し

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予想外の出来事があったものの、オルディアたちが食事くらいは待つとのことだったので、パレットとジーンはとりあえず昼食をとることにした。
宿に頼んで部屋に食事を届けてもらい、待っているオルディアとアリサにもお茶を用意してもらう。

 ――王子様と食事を囲むなんて、恐れ多いんだけれど。

 緊張するパレットに、オルディアは笑った。

「そう堅くなることはない。
私は庶民に混じっての食事に慣れている。
このアリサなどは元から庶民だし、歳もそちらと大して変わらないと思うのだが」

緊張を解こうとしたオルディアの言葉に、パレットは目を丸くした。

「乙女の歳をバラしちゃ駄目だぞぅ!」

頬を膨らませるアリサを、パレットのみならずジーンもまじまじと見ている。

 ――歳が大して変わらないって、本当に?

 王太子のお付きであるアリサが庶民ということよりも、そちらの方が驚愕だ。
子供だとばかり思っていた。
 このような調子で食事をしているパレットだったが、ジーンの足元では、いつものようにミィが肉を催促している。

「みゃみゃ!」

ジーンの膝に前足を載せておねだりするミィに、ジーンは苦笑する。

「ああ、はいはい肉な。
わかったから爪を立てるな」

ミィにジーンが一切れ与える。
ミィはそれで満足したのか、その場にごろんと寝そべる。
パレットはこの光景にだいぶ慣れたので、以前のように過剰に反応しなくなった。
 だがこの場に、過剰反応を示した人物がいた。

「そっかぁ、わかった!」

アリサが輝かんばかりの笑顔で立ち上がった。

「どうした急に」

アリサの唐突な行動にも動じないでお茶を飲むオルディアに、彼女は前のめりになって言った。

「オル様! この二人は魔獣の子のお父さんとお母さんなんだよ!」
「……ごふっ!」

パレットは口に含んだお茶を飲み損ねてむせた。

 ――え、今それを言うの!?

 ようやく気にしなくなった頃にやって来た伏兵に、パレットは焦る。

「ほう、面白い見解だ」

オルディアはパレットの様子に気付かないまま、アリサの意見に耳を傾ける。
ジーンも食事の手を止めてアリサを見た。
そんな二人にアリサは、これは動物などが父親から獲物を分けてもらう行為だと、オルレイン導師と同じような意見を述べた。

「そうだったのか……」

いつもミィに肉を奪われるジーンは、この説明に納得したようだ。
そしてまだ咳込んでいたパレットに、目を眇める。

「あんた、このことを知ってたな?」

ジーンの追及にパレットは一瞬言葉に詰まるものの、ここでごまかしても仕方がないと腹を括る。

「……実は以前、オルレイン導師にお聞きしました」

視線を泳がせるパレットを見て、ジーンはなにかを怪しむように、探る視線を向けてくる。

「別段、隠すようなことじゃないだろうに」

ジーンの視線が突き刺さる。
確かにずいぶん長いこと黙っていたので、怪しいと思われるのも当然だ。

「……だって」

言い訳しようにもうまい言葉が見つからない。
俯くしかないパレットだったが、これに横やりを入れたのは、またもやアリサだった。

「照れたんじゃなぁい?」
「は!?」

このアリサの発言に、驚いたのはパレットだった。

 ――私が照れたって、なにに!?

 驚きに驚きが重なり、動揺するしかないパレットに、さらにオルディアから追い打ちがかかる。

「前触れもなく、これは二人の子だと言われては、それを飲み込むのも時間がかかろうな。
ましてや若い夫婦となれば微妙な心境になるやもしれぬ」
「うんうん、ある日突然子供が生まれたみたいなもんだよね!
 これが人間の赤ちゃんなら、いつの子だって話になるね!」
「……すみません、黙っててもらえないでしょうか」

オルディアとアリサに夫婦問題について語られて、パレットは思わずそう言ってしまう。
不敬だなどとは考えが及ばず、真っ赤な顔を隠すのに必死だ。

 ――それ、絶対違うから!

 夫婦問題ではなくて、心情的ななにかがあったはずだと頭を振る。
だがパレットは一方で、腑に落ちた気もした。

 ――でも、もしかして、そういうことなの、私?

 この旅の間、散々夫婦扱いを受けて来た。
奥さんと呼ばれることにも諦めがついた。
けれどたとえ魔獣でも、子供がいるとなると、関係性に現実味が出てくる。
「家族のようなもの」だったのが、「家族」に関係性の位が上がってしまう。
それがなんとなく、心の中でモヤモヤするのだ。

 ――これでもし、ジーンがこの関係を受け入れたら。

 二人の距離がどうなるのか、パレットには想像がつかない。
別段ジーンをひどい男だとは思っていないが、じゃあどう思っているのだと自分に問うても、答えが出ない。
 わたわたしているパレットに、ジーンが眉を上げた。

「パレット、冷やかされるのが嫌だったのか?」

パレットの心の整理がつかぬまま、ジーンにまでこの話の流れで納得されつつある。

「や、なんていうのか、こう……」

だが否定しようにも言葉が出てこない。
しどろもどろのパレットに、オルディアがさらに言う。

「二人の間に先に子供が生まれていれば、もっとすんなり言えたのかもな」
「違う、そうじゃなくて!」

思わず立ち上がるパレットを、ジーンが手のかかる家族を見るような目を向ける。

「あんた、妙なところで繊細だな。
ミィの父親と母親だっていうことでいいじゃねぇか。
なぁミィ?」
「うにゃん!」

ジーンからの父母認定が済んで、ミィがご機嫌に鳴いた。

 ――待って、お願い待って!

 一人焦るパレットを置いて、これで話がまとまってしまった。
 このようにして食事が終わり、パレットは一人ぐったり疲れることとなった。


オルディアに連れられて領主館へ向かう頃には、昼を過ぎて人が行き交う時間帯となっていた。
であるにもかかわらず、大通りの人影はまばらだ。
深夜の騒動が影響しているのだろうか。

 ――予想通りに貴族が関わっているのならば、このあたりの人たちも他人事ではないでしょうね。

 あの叔父が宿で堂々とかどわかしをしたくらいだ、少なくともあの宿は無関係ではないだろう。
話によっては国の調査の手が入ることとなり、利用していた貴族の足も遠のく。
今まで通りに貴族に寄生して金を得ることは難しくなり、貴族区域の住人は、生き方を変えなければならない。
昨日までは考えもしなかった未来に、戦々恐々としていることだろう。

 ――楽をして富を得る方法はない、ポルト村の村長さんが言った通りね。

 己の利益しか見てこなかったツケを、この貴族区域の住民は払わねばならない時が来ているのだ。
 そのように考え事をしているパレットの傍らで、ミィとアリサがなにやら揉めていた。

「ねぇ、ちょっとだけ!」
「フシャー!!」

手を伸ばすアリサに、ミィが毛を逆立てて威嚇している。
基本愛想の良いミィだというのに、アリサは苦手のようだ。
アリサから隠れようとしているのか、ずっとパレットのスカートの陰にいる。
パレットとしては少々歩きにくいが、ミィを邪険にすることなどできない。
 そうして街を通り抜け、ソルディアの街の領主館に到着した。
だが領主館もまた、閑散としていた。

 ――なんだか、働く人が少ない?

 アカレアの街の領主館と比べて、明らかに行きかう文官の数が少ない。
元は王領だった領地であるのに、これはどうしたことだろうか。
そのような疑問を抱きつつ、パレットはジーンと共に領主様の執務室へ通された。

「連れて来たぞ」
「そうか、ありがとう」

ぞんざいな挨拶でドアを開けたオルディアに答えたのは、若い声だった。
やがてパレットの視界に入った姿は、意外な人物だった。

「王都からよく来てくれた」

執務机から立ち上がって出迎えたのは、パレットがいつか王城で見た、あの赤毛の男だった。

「……あなたは」

パレットは思わぬ再会に目を丸くする。
あちらもパレットに気付いたようで、驚いた顔をした。

「おや、そなたはいつかの女性文官殿ではないか。
奇遇なこともあるものだ、私はキールヴィス、ここの領主だ」

とても友好的な態度で挨拶をされて、パレットは戸惑う。
王妃様や王弟殿下に隣国の王太子と、パレットが今まで出会った王族という方々は、最初から人当たりの良い態度だった。

 ――王族という人たちは、みんなこんな風に気さくなのかしら?

 パレットの中にある王族像とは、かなりかけ離れているように思える。
 このやり取りが不思議だったのか、ジーンが耳元に顔を寄せ、小声で尋ねる。

「パレット、キールヴィス殿下に会ったことがあるのか?」

ジーンの秀麗な顔が間近になり、パレットは鼓動が早くなる。
しかしそれを悟られまいと、勤めて平静に答えた。

「会ったというよりも、通りがかっただけです」

あの時赤毛の男と会話を交わしたものの、大した話はしていない。
パレットが覚えていたのは、その前に出会った嫌味な集団と連動して記憶に残っていたからだ。

「ジーンの方こそ、どこで?」
「陛下の護衛の際に面識がある」

ジーンはパレットの質問にあっさり答えた。
パレットはなるほどと頷く。
それにしても、気になることがある。

 ――王様の弟にしては、若い?

 目の前の人物は、パレットと変わらないくらいの年齢に見える。
一方で王様は、四十に届こうかという年頃のはずだ。
ずいぶんと歳の離れな兄弟ということになるが、王族としては普通なのだろうか。
 二人でこそこそと話す様子を見て、王弟キールヴィスはエッヘン、と咳ばらいをしてパレットたちに注目させた。

「貴族の女性にしては珍しいと思い口にすれば、周囲から批難の猛攻撃をもらったからな。
そなたをよく覚えているとも」

どうやらパレットのことで、反体制派の貴族から文句を言われたようである。
あちらも嫌な記憶と連動して覚えていたということだ。

「それにしても、兄上が信頼する騎士を寄こすとは思わなかったぞ、よく来たな」

嬉しそうに微笑みを浮かべるキールヴィスに、ジーンはこめかみに筋を立てた。

「よく来たな、ではありません!」

ジーンが突然激しい口調で怒鳴ったので、パレットはびくりと体を震わせる。

「だいたい昨夜貴方が一人で街をフラフラしていなければ、私はパレットを見失ったりしなかったのですよ!」
「いや、すまん、それに関しては悪かった」

ジーンの剣幕に、キールヴィスが頭を下げる。
 王弟殿下に対して不敬であるジーンの態度に、パレットは固まる。

「ちょっと、ジーン!」

ジーンを諫めようとするパレットに、キールヴィスが片手を上げた。

「いや、よいのだ、私が悪いのだから」
「え……?」

戸惑うパレットに、キールヴィスは事情を説明してくれた。
 なんでも彼は、王都から来る人物がどのような者か知りたくて、そろそろ領地入りする頃かと見計らい、ここ数日夜の街を出歩いていたのだという。

 ――え、王弟殿下が自分で私たちを探したの?

 呆れるパレットの横で、ジーンが頭が痛そうな顔をしている。

「だからと言って、夜に一人で出歩く領主がどこにいますか!」

ジーンの苦情に、室内に控えているキールヴィスの従者らしき男性が深く頷いている。
 そうした事情で昨夜一人でフラフラしているキールヴィスを、偶然見かけてしまったジーンは仕方なく声をかけて、領主館まで送って行った。
そのため帰りが遅くなったのだそうだ。

「見つかるお前が悪いな、お忍び力が足りない証拠だ」
「仕方ないだろう、王都では監視が強くて出歩けなかったのだから」

オルディアのちょっとずれている忠告に、キールヴィスがムッとした顔をする。

 ――お忍び力ってなに……?

 王族とは、パレットには謎の一族である。
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