不機嫌な乙女と王都の騎士

黒辺あゆみ

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六章 王子様の誕生パーティー

74話 集まる人々

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日が暮れだしたパーティー会場内は、煌びやかなシャンデリアの灯りが輝いていた。
その下を、豪奢に着飾った男女が闊歩している。

 ――うわぁ……

 国中の貴族が集まる場所に、パレットは気後れを覚えた。
 その時。

「やっほう、パレット!」

そう言ってすっ飛んできて、パレットの背中にぶつかった人影があった。

 ――え、なに!?

 驚くパレットだったが、その正体はすぐに知れた。

「アリサ!?」

そこにいたのは、ソルディング領で出会ったルドルファン王国の魔法使いアリサであった。

「おひさ!」

にぱっと笑ったアリサは、旅で見た時よりも上等なローブを着込んでいる。
その後ろには、ルドルファン王国の王太子であるオルディアもいる。

 ――まだこの国にいたんだ。

 そう思ってしまったパレットは悪くないと思う。
なにせ二人が、国境近くで姿を消して以来の再会なのだから。

「一瞬パレットなのかわからなかったけど、そっちのジーンはすぐにわかった!」
「それはどうも」

アリサに目印にされたジーンは、苦笑している。

「えっと、お二人は今までどこに?」

パレットは疑問をぶつけてみた。
あの時、魚を食べに行くのだと言っていたのは覚えているが、それからずいぶんと時間が経過している。
ずっと港町にいたわけでもないだろう。
 パレットの疑問に、アリサが嬉しそうに話した。

「えっとねぇ、海に出て海鮮三昧して、それからあちらこちらを覗いて、王都には一週間前について、オルレインくん家にずっといた!」

その内容は、王太子とそのお供とは思えぬ自由さだ。
王族の護衛が仕事であるジーンも、二人の気ままな行動に目を見開いている。
 アリサの発言に、オルディアも頷いている。

「人の邸宅を宿代わりにするのだからと言われ、色々手伝ったりしたな」

パレットは今オルディアから、すごいことを聞いた気がする。
 パレットのオルレイン導師の印象は、王様の信頼厚く、ちょっとミィの研究に熱心な魔法士だ。
位の高い貴族でもあるのに、パレットのような庶民にもわけ隔てなく接してくれる。

 ――そのオルレイン導師が、隣国の王太子をこき使ったの?

「オルレイン導師と、気安いのですね?」

パレットは驚きをなんとか飲み込み、オルディアに尋ねた。

「ああ、オルレインはアリサの魔法具改造仲間だ」

オルディアはパレットの驚きを理解しているのかいないのか、あっさり答えた。
なんと、仲良しなのはアリサの方であるらしい。

 ――魔法士って、謎だわ。

 こんな風にパレットたちが和やかに会話していると、会場の入り口から足早にこちらにやって来た人物がいた。

「殿下、いらっしゃるとは聞いておりましたが、実際にお目にかかって安堵しております」

オルディアを見てそう言って来たのは、パレットが国境で会ったメルティスだった。

「文官殿と騎士殿には、また会えましたね」

パレットたちにそう挨拶するメルティスは、表情に疲れがにじみ出ている。
王子様に振り回される苦労が少しはわかるパレットは、メルティスに対する同情を禁じ得ない。

 ――このパーティーが、この王子様を捕まえる絶好の機会だったんでしょうね。

 オルディアに比べれば、少なくとも王都からは出ないこの国の王子様は大人しいのかもしれない。

「殿下、このパーティーが終わったら、素直に帰ってくださいね」
「わかったわかった」

メルティスの懇願に、オルディアは軽い調子で相槌を打つ。

「メルくん頭固い!」

アリサがぷぅっと頬を膨らませる。
 オルディアたちに軽くあしらわれたメルティスは、深く息を吐きながらも改めてパレットたちに向き直った。

「それにしてもお二人とも、よくお似合いですよ」

メルティスが世辞を言ってくるが、パレットは微笑むに留めた。
パレットは自分の容姿が華やかなものではないことくらい、よく知っている。
世辞を本気に受けて、失笑を買うのは避けたい。
 しかしメルティスの世辞に、何故かオルディアとアリサがのって来た。

「そうして着飾っていると、実にお似合いの夫婦だ」
「結婚式は、ちゃんと挙げた方がいいよぉ」

パレットとジーンを本当の夫婦だと思っている二人から、そんな言葉を掛けられた。
メルティスの世辞よりももっと心臓に突き刺さるので、やめてほしい。
 パーティーが始まる前から疲れるパレットに、メルティスが微笑ましいものを見るような視線を向ける。

「この国でも、そのような風習があるのですね」
「風習、ですか?」

メルティスの謎の言葉にパレットが首を傾げる横で、ジーンが小さく舌打ちした。
それが聞こえたパレットがジーンを問いただすよりも先に、メルティスが話した。

「伴侶に己の瞳の色のものを贈る風習です。
我が国でも愛を誓う贈り物として根強いですよ。
あなたのそのドレスと首飾りは、ご主人からの贈り物でしょう?」

ルドルファン王国の面々にはパレットたちがもう夫婦であると認識されているが、この際もうどうでもいい。
パレットが身に着けているドレスも首飾りの宝石も青で、ジーンの瞳の色も青。
風習にのっとって考えると、パレットたちは熱烈に愛し合っている二人ということらしい。

 ――そんな風習、聞いていないんだけど?

 隣をちらりと見ると、ジーンは明後日の方向を見ていた。
これは偶然ではなく、確信犯と見ていいだろう。
 ドレスを用意したのは王妃様だが、布地の色を選ぶのもお任せしてしまった。
その時王妃様が、「やっぱり青系よね!」と力説していたのを思い出した。
何事も、全て人任せはいけないという教訓だろう。

「君たちを見ていると、叔父上夫婦を思い出す。
そろそろ土産を持って帰るか」

オルディアにしみじみと言われた。
 これもラリーボルトあたりの入れ知恵だろうか。
知らぬ間に嵌められたことが、パレットには腹立たしいやら恥ずかしいやら。
 こうして悶々とするパレットに、「思い出した!」とアリサが叫んだ。

「会えたら渡そうと思って、結婚の先取り祝いに、オルレインくん家でプレゼントを作ったんだ!」

パレットはアリサから、ブレスレットを渡された。
細かな文様が表面に見える、シンプルな造りのものだ。

「あのね、もしすっごくピンチになったら、ぎゅっと目を瞑って、そのブレスレットを叩くといいよ!」

 そう言ってアリサ自ら、パレットの腕にブレスレットをつけてくれた。

 ――オルレイン導師から、なにか聞いているのかしら?

 危険があることを想定した贈り物に、パレットは今から始まるパーティーが余計に不安になった。
 オルディアたちと語り合っていると自然、会場の他の貴族の視線をひくこととなる。
現在会場中から注目されているといっても過言ではない状況であったが、そろそろパーティーが始まるようで、オルディアたちは自分たちの席に向かった。
続いてパレットたちも、アレイヤードに事前に指示されていた、王族に最も近い席に着く。
 見慣れない顔が王族席の最も近くにいるため、余計に貴族の視線が痛い。

 ――わかっていたけど、針の筵ね。

 やがて王族の入場の合図の音楽が鳴った。
音楽が鳴り止むと、王族たちが会場に入って来る。
その中に、キールヴィスの姿もあった。
どうやら王子様の誕生パーティのために、ソルディアの領主館から出て来たようだ。
じっとキールヴィスを見ていると、あちらもパレットたちに気付いたようだ。
知った顔を見つけたことがパレットは嬉しくて、軽く微笑んで見せた。
これにあちらは微妙な表情で頭を軽く下げてきた。

 ――ここで庶民と仲良くしているところを見られるのは、まずいのかもしれないわね。

 キールヴィスの態度をそう受け取ったパレットは、特に気に留めずにいた。
続いて視線を動かすと、王妃様がパレットを見て微笑んでいた。
ドレスの出来栄えに満足しているのかもしれない。
 そうこうしていると、王様が挨拶を始めた。
黙って挨拶を聞いているパレットの脇を、ジーンが軽く小突いた。
パレットがジーンを見ると、ジーンは真っ直ぐに正面を見ていた。

「あれが、キリング公爵だ」

ジーンに囁かれ、パレットはジーンが見ている方向に視線をゆっくり動かす。
パレットたちと対面の王族に最も近い席に、その姿はあった。
王様よりも年上に見える、きつい目つきをした痩せ気味の壮年の男だ。
その彼も、こちらをじっと見ている。

 ――あれが、オルレイン導師が言っていた敵か。

 キリング公爵の視線の威圧感に、パレットは自然と背筋に力を込めた。
 王様の挨拶の後、主役である王子様が言葉を述べたら、いよいよパーティーの始まりだ。
ゆったりとした曲調の音楽が流れ出すと共に、貴族たちが一斉に動き出す。
できる限り多くの貴族と会話をして、繋がりを作るのだそうだ。
そんな中で、王族の隣から一歩も動かないパレットたちは浮いているだろうが、役割なので仕方がない。
 そんなパレットたちに近付いてくる者たちがいる。

「パレット、ずいぶんと綺麗になったな」

そう声をかけてきたのは室長だった。
隣には奥方を連れている。

「あなた方にはずいぶんとお世話をかけているみたいですね」

奥方が笑顔でそんなことを言って来た。
恐らくパレットが室長の部下であることと、彼らの子供がジーンの屋敷に遊びに来ていることを指しているのだろう。

「いえ、こちらこそ立派な贈り物をいただきまして、ありがとうございます」

パレットも笑顔で頭を下げた。

「大変だろうが、頑張ることだ」

それだけの短い会話を交わした後、室長は他の招待客の元へと移動した。

 ――励ましに来てくれたのかしら?

 そう思うと、パレットは少し気力が湧いてきた。
 他にも、管理室の面々やアレイヤードの奥方が顔を見せてくれた。
彼らと話をしていると、音楽がダンスの曲調へと変わった。

 ――いよいよ、きたわね。

 できればこのまま動かないでおきたいが、これだけは避けられないと、パレットは管理室の面々から諭されている。

「行くか?」

ジーンに外面モードでない、いつもの調子で聞かれて、パレットは迷った末に頷いた。

「……恥はさっさとかいて終わらせたいわ」

パレットは緊張の面持ちで、ジーンに手を引かれて会場の中央に進み出た。
するとパレットたちに多くの視線が集まる。

 ――みんなこっちを見ないでいいから、交流していてくれていいから!

 視線を気にして、踊る前から足がもつれそうになったパレットに、ジーンが小さく笑ったのが聞こえた。

 ――笑うことないじゃないの!

 パレットがムッとすると、ジーンに腰をぐっと引き寄せられた。

「アンタ、ガチガチだな」

密着した状態で、ジーンがパレットにだけ聞こえる声で囁いた。

「ジーンと違って、見られるのに慣れていないんです。
見えないので、足を踏んでも知りませんからね」

パレットが言い返すと、ジーンがまた笑った。

「おう、踏まれ過ぎて怪我をしたら、介抱してくれや」

こんなやり取りの後、パレットたちは曲にのって踊り出した。
ジーンにリードされながら、ちらりと隣で踊っている二人を見てみれば、ちょっとぎこちなかったりする者もたまに見かける。

 ――みんながみんな、上手に踊れるわけじゃないのね。

 完璧でなくとも、ちゃんと踊れていればいい。
パレットはそう思えると、肩から力が抜けた。
ちょっと練習でいろいろ脅され過ぎて、他の貴族のダンスの力量を高く見積もっていたようだ。

「こんな機会はたぶん二度とないぜ、楽しまなきゃ損てなもんだ」
「……そうかも」

ジーンの言い方に、パレットは微かに笑った。
 こうして一曲分、なんとかダンスを踊り終えたのだが、すでにパレットはヘトヘトになっていた。

 ――何回も踊る人たちってすごい!

 その体力は、パレットも欲しいところである。
 ダンスを終えても、パレットたちを追う視線は一向に減らない。

「私、邪魔になってはいけないので、壁の方にいることにします」

未だに集まる視線に耐え切れず、パレットは脱落しようと考えたのだが。

「馬鹿野郎、俺を一人で晒しものにする気か?
 未来の夫婦は一心同体だろうが」

身体を離そうとするパレットの腰を、ジーンがぐっと引き寄せた。
どうやら一人で逃げることは許されないらしい。


パレットとジーンがそんな攻防を繰り広げている時。
本日の主役たる王子様は、侍従の指示に従って招待客への挨拶を繰り返しながら、何故かしきりに足元を気にしていた。
その王子様の足元では、テーブルクロスが時折風もないのに揺れている。

「殿下におかれましては……」

同じような挨拶を何度も聞かされ、半ば意識を飛ばしている王子様は、気を紛らわせるために今しがた運ばれて来たスープを手に取った。
するとその膝に、なにかが触れた。

「うん?」

王子様が視線だけを下に向けると、黒い毛並みの獣がテーブルクロスから鼻先を出した。
実は王子様のテーブルの下に、ミィが潜んでいたのだ。

「みゃ」

ミィが小さく鳴いて、王子様の膝を前足でタシタシと叩く。

「どうしたミィ……、この皿の料理を、食べてはならぬというのか?」
「みゃ」

このやり取りに気付いた侍従が、王子様の手からスープの皿を取り上げて下げさせた。
知らせてくれたお礼に、王子様はテーブルに載っている皿から肉をとると、ミィに向かって落とす。

「うみゃ」

ミィは落ちて来た肉を、美味しく食べた。
 ミィの嗅覚で、王子様の毒物対策も完璧だった。
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