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番外編 ルドルファン王国訪問記
その4
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翌日、パレットは王城の視察に忙しかった。
ルドルファン王国は動乱から立ち直った先例である。
なので、できうる限りの職場を見て来いと言われているのだ。
パレットと同じ理由で、ジーンも騎士団の視察だ。
貴族と庶民が肩を並べることになる上で、いかにして軋轢などの摩擦を減らしていくのか。
そのヒントを見つけて来なければならないという。
そんな中でジーンが注目したのが、昨日エクスディアの護衛をしていた赤騎士である。
彼はチャックという名で、孤児院出身者なのだそうだ。
マトワール王国では同じ庶民の中でも、孤児は一段下の扱いを受けることが多い。
貧民街の住人よりも下であるのが孤児だ。
彼らはある程度成長しても、身の上を保証してくれる大人を見つけられず、浮浪者生活に身を置くようになるのがほとんどだ。
――孤児が騎士になれる国か。
パレットにはそれは、とてもまばゆい未来に思えた。
そうして忙しくしている中で、パレットはオルレイン導師と宰相との面会に立ち会うことになった。
これも立派な使者の仕事なので、会話内容を後ほど報告書に上げなければならないのだ。
「先だっては、使者の方々には騒動の鎮圧にご協力いただき、陛下も非常に感謝しております」
「なに、こちらも魔法の実地データがとれた」
オルレイン導師に謝辞に、宰相がニヤリと笑った。
先の騒動では、アリサの協力が非常に大きかったという。
パレットが花火だと呑気に信じていたあれは、元は攻撃用魔法具が動いた結果らしい。
あの花火の数が全て攻撃だったらと考えると、パレットは震えが走ったものだ。
それを全て花火にして見せたのが、アリサの魔法だ。
魔法具を全て撤去してしまっては、こちらの動きを敵に勘付かれると思ってのことだったそうだ。
そしてあれは、魔法の実験結果の提出が条件だったのだそうだ。
「あの魔法を編み出したイクスファード様は、やはり魔法士たちを導く方だと実感しました」
しみじみと告げたオルレイン導師に、宰相は苦笑した。
「実は、私が最初に目指したのは、魔法を無効化する魔法なのだ」
「ほう、無効化ですか」
宰相の告白に、オルレイン導師は目を輝かせた。
だが宰相が計算してみたところ、その魔法を実現するには、王都を覆うよりもなお大きな魔法陣を描く必要があるとの結論に至ったとか。
パレットは無効化と聞いて、すぐにアヤを思い浮かべる。
魔法を無効化してしまう、異界の流れ人。
――宰相様はもしかして、アヤ様のためにその魔法を作ろうとしたのかしら。
パレットはこの想像が外れていない気がした。
「さすがに実現困難だとわかった時、では別の小さな魔法に書き換えるのはどうかと、アリサが提案したのだ」
子供じみた真似をするアリサだが、魔法陣に関しては国の第一人者であるらしい。
そんなアリサと共に編み出したのが、魔法陣書き換えの魔法だ。
「高位の魔法士が描く魔法陣を書き換えるには、未だ成功率が低い。
だが、魔法具の魔法陣は極限まで簡略化されてあるゆえ、比較的簡単だと言える」
こともなげに語る宰相に、オルレイン導師が苦笑した。
「しかしそれも、魔法陣作成に長けたイクスファード様やアリサ殿だから簡単なのであって、普通の魔法士がやればかなりの確率で失敗しますよ」
パレットはメモをとりながら、密かに息を飲んだ。
ソルディアの街の倉庫で見たあの魔法が、それほどに難しいものだとは思えなかったのだ。
「オルレイン殿も試してみたのでは?」
「もちろん。
かなり集中力を必要とする緻密な作業で、私でも簡単にはいきませんでしたよ」
宰相に尋ねられ、オルレイン導師が正直に話す。
これにもパレットは驚く。
――だって、アリサの魔法はすごく一瞬だった!
いつもミィに纏わりつく能天気な娘だという認識だったのを、改めなければならないようだ。
「ところで、そちらの文官殿が連れている魔獣。
当然オルレイン殿は研究なさっているのでしょう?」
今度は宰相が、オルレインに話をふってきた。
これに、オルレイン導師が自信たっぷりに頷く。
「もちろん、魔獣ガレースが彼女に連れられて初めて王都に来た時は、またほんの子供でした」
「ほう、子供の魔獣とは珍しい!」
宰相の声が、一段高くなった。
珍しい研究対象に興奮しているらしい。
宰相も昨日はアヤを宥めることで手いっぱいで、ミィについて詳しく聞いてこなかったのだ。
「彼女の話では、仕事で向かった森から、赤ん坊のガレースがついて来てしまったようです。
ガレースはその時同行していた騎士と彼女を、自分の親だと認識しているらしく」
「ほぉう、そのような事例は初めて聞いた」
宰相が話を聞きながら、目をらんらんと輝かせている。
ここで噂になっているミィは、忙しいパレットとジーンを放って散歩に出かけている。
王都の人や門の外の旅人を脅かさないように注意しているが、今頃どうしていることやら。
――ミィは賢いから、誰かに捕まる心配はしてないけどね。
パレットは居心地の悪さを覚えながら、二人の話に耳を傾けていた。
「生態記録をつけて、いつか発表するつもりです」
「それは楽しみだ」
二人の魔法士は、笑顔を交わし合っていた。
その日の夕刻、宿泊先である宰相の屋敷に戻ると、玄関横の庭先にミィがいた。
その側にはミィが仕留めたであろう、ミィよりも大きな熊が横たわっている。
さらにその周囲には興味津々で群がる聖獣の子供たちと、それに埋もれるようにしてハルキがいた。
「あのお客様、これは一体どうすれば……」
ジーンはまだ戻っていないらしく、パレットは困った顔の使用人に尋ねられた。
パレットはこれに、安心させるように微笑んで答えた。
「ミィはいつも散歩に出かけたら獲物を持ち帰るのです。
いわゆるミィの散歩土産ですね」
「土産、でございますか」
豪快な土産に、使用人はなおも困り顔だ。
「ぜひ、厨房で料理に使ってください。
私たちはいつもそうしているのです」
「うみゃん!」
パレットの言葉に、ミィが「そうだ」と言わんばかりに尻尾を振る。
だがそれにしても大きな獲物だ。
――ミィの手土産は、いつも兎程度なのにね。
この熊を見つけるのも持ち帰るのも、いくらミィでも大変だったに違いない。
この重たいのを背に担いで、城壁を越えたのだろうか。
パレットはそんな疑問を抱きつつも、ミィが大きな獲物を狩ってきた理由に思い至る。
「もしかすると、アヤ様をがっかりさせたお詫びのつもりかもしれませんね」
「みゃ……」
パレットが出した答えを聞いてミィが小さく鳴いたので、パレットはその背中を撫でてあげた。
「まぁ、なんて賢いのでしょう」
使用人はミィの気遣いに感激した様子で人を呼ぶ。
するとすぐに奥から、大きなお腹を抱えたアヤがやってきた。
実に元気な妊婦である。
「ミィちゃんのお土産ってどこ!?」
興奮したアヤから隠れるように、ミィがパレットのスカートの後ろに回った。
「奥様、こちらです」
アヤは使用人に案内されると、聖獣の子供たちとハルキが群がっている中に飛び込んだ。
「うわぁ、大きい熊!
これ、ミィちゃんがここまで運んで来たの!?」
「みゃ!」
驚いて目を丸くするアヤに、ミィが自慢げに胸を張った。
ミィのこの仕草は、赤ちゃんの頃から変わらない。
「ミィはこう見えて、とても力持ちなんですよ」
「すごい、すごーい!」
アヤがミィを褒めると、何故か聖獣の子供たちがミィの周りをぐるぐると回った。
その後、熊の肉は美味しい料理になった。
熊の毛皮はハルキが欲しがったため、綺麗に加工されてハルキの部屋の敷物にされることとなった。
「この魔獣、なかなかアヤの喜び所をわきまえている」
屋敷に帰ってきた宰相は、ミィに近寄れないながらもご機嫌なアヤを見て苦笑するのだった。
ルドルファン王国は動乱から立ち直った先例である。
なので、できうる限りの職場を見て来いと言われているのだ。
パレットと同じ理由で、ジーンも騎士団の視察だ。
貴族と庶民が肩を並べることになる上で、いかにして軋轢などの摩擦を減らしていくのか。
そのヒントを見つけて来なければならないという。
そんな中でジーンが注目したのが、昨日エクスディアの護衛をしていた赤騎士である。
彼はチャックという名で、孤児院出身者なのだそうだ。
マトワール王国では同じ庶民の中でも、孤児は一段下の扱いを受けることが多い。
貧民街の住人よりも下であるのが孤児だ。
彼らはある程度成長しても、身の上を保証してくれる大人を見つけられず、浮浪者生活に身を置くようになるのがほとんどだ。
――孤児が騎士になれる国か。
パレットにはそれは、とてもまばゆい未来に思えた。
そうして忙しくしている中で、パレットはオルレイン導師と宰相との面会に立ち会うことになった。
これも立派な使者の仕事なので、会話内容を後ほど報告書に上げなければならないのだ。
「先だっては、使者の方々には騒動の鎮圧にご協力いただき、陛下も非常に感謝しております」
「なに、こちらも魔法の実地データがとれた」
オルレイン導師に謝辞に、宰相がニヤリと笑った。
先の騒動では、アリサの協力が非常に大きかったという。
パレットが花火だと呑気に信じていたあれは、元は攻撃用魔法具が動いた結果らしい。
あの花火の数が全て攻撃だったらと考えると、パレットは震えが走ったものだ。
それを全て花火にして見せたのが、アリサの魔法だ。
魔法具を全て撤去してしまっては、こちらの動きを敵に勘付かれると思ってのことだったそうだ。
そしてあれは、魔法の実験結果の提出が条件だったのだそうだ。
「あの魔法を編み出したイクスファード様は、やはり魔法士たちを導く方だと実感しました」
しみじみと告げたオルレイン導師に、宰相は苦笑した。
「実は、私が最初に目指したのは、魔法を無効化する魔法なのだ」
「ほう、無効化ですか」
宰相の告白に、オルレイン導師は目を輝かせた。
だが宰相が計算してみたところ、その魔法を実現するには、王都を覆うよりもなお大きな魔法陣を描く必要があるとの結論に至ったとか。
パレットは無効化と聞いて、すぐにアヤを思い浮かべる。
魔法を無効化してしまう、異界の流れ人。
――宰相様はもしかして、アヤ様のためにその魔法を作ろうとしたのかしら。
パレットはこの想像が外れていない気がした。
「さすがに実現困難だとわかった時、では別の小さな魔法に書き換えるのはどうかと、アリサが提案したのだ」
子供じみた真似をするアリサだが、魔法陣に関しては国の第一人者であるらしい。
そんなアリサと共に編み出したのが、魔法陣書き換えの魔法だ。
「高位の魔法士が描く魔法陣を書き換えるには、未だ成功率が低い。
だが、魔法具の魔法陣は極限まで簡略化されてあるゆえ、比較的簡単だと言える」
こともなげに語る宰相に、オルレイン導師が苦笑した。
「しかしそれも、魔法陣作成に長けたイクスファード様やアリサ殿だから簡単なのであって、普通の魔法士がやればかなりの確率で失敗しますよ」
パレットはメモをとりながら、密かに息を飲んだ。
ソルディアの街の倉庫で見たあの魔法が、それほどに難しいものだとは思えなかったのだ。
「オルレイン殿も試してみたのでは?」
「もちろん。
かなり集中力を必要とする緻密な作業で、私でも簡単にはいきませんでしたよ」
宰相に尋ねられ、オルレイン導師が正直に話す。
これにもパレットは驚く。
――だって、アリサの魔法はすごく一瞬だった!
いつもミィに纏わりつく能天気な娘だという認識だったのを、改めなければならないようだ。
「ところで、そちらの文官殿が連れている魔獣。
当然オルレイン殿は研究なさっているのでしょう?」
今度は宰相が、オルレインに話をふってきた。
これに、オルレイン導師が自信たっぷりに頷く。
「もちろん、魔獣ガレースが彼女に連れられて初めて王都に来た時は、またほんの子供でした」
「ほう、子供の魔獣とは珍しい!」
宰相の声が、一段高くなった。
珍しい研究対象に興奮しているらしい。
宰相も昨日はアヤを宥めることで手いっぱいで、ミィについて詳しく聞いてこなかったのだ。
「彼女の話では、仕事で向かった森から、赤ん坊のガレースがついて来てしまったようです。
ガレースはその時同行していた騎士と彼女を、自分の親だと認識しているらしく」
「ほぉう、そのような事例は初めて聞いた」
宰相が話を聞きながら、目をらんらんと輝かせている。
ここで噂になっているミィは、忙しいパレットとジーンを放って散歩に出かけている。
王都の人や門の外の旅人を脅かさないように注意しているが、今頃どうしていることやら。
――ミィは賢いから、誰かに捕まる心配はしてないけどね。
パレットは居心地の悪さを覚えながら、二人の話に耳を傾けていた。
「生態記録をつけて、いつか発表するつもりです」
「それは楽しみだ」
二人の魔法士は、笑顔を交わし合っていた。
その日の夕刻、宿泊先である宰相の屋敷に戻ると、玄関横の庭先にミィがいた。
その側にはミィが仕留めたであろう、ミィよりも大きな熊が横たわっている。
さらにその周囲には興味津々で群がる聖獣の子供たちと、それに埋もれるようにしてハルキがいた。
「あのお客様、これは一体どうすれば……」
ジーンはまだ戻っていないらしく、パレットは困った顔の使用人に尋ねられた。
パレットはこれに、安心させるように微笑んで答えた。
「ミィはいつも散歩に出かけたら獲物を持ち帰るのです。
いわゆるミィの散歩土産ですね」
「土産、でございますか」
豪快な土産に、使用人はなおも困り顔だ。
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私たちはいつもそうしているのです」
「うみゃん!」
パレットの言葉に、ミィが「そうだ」と言わんばかりに尻尾を振る。
だがそれにしても大きな獲物だ。
――ミィの手土産は、いつも兎程度なのにね。
この熊を見つけるのも持ち帰るのも、いくらミィでも大変だったに違いない。
この重たいのを背に担いで、城壁を越えたのだろうか。
パレットはそんな疑問を抱きつつも、ミィが大きな獲物を狩ってきた理由に思い至る。
「もしかすると、アヤ様をがっかりさせたお詫びのつもりかもしれませんね」
「みゃ……」
パレットが出した答えを聞いてミィが小さく鳴いたので、パレットはその背中を撫でてあげた。
「まぁ、なんて賢いのでしょう」
使用人はミィの気遣いに感激した様子で人を呼ぶ。
するとすぐに奥から、大きなお腹を抱えたアヤがやってきた。
実に元気な妊婦である。
「ミィちゃんのお土産ってどこ!?」
興奮したアヤから隠れるように、ミィがパレットのスカートの後ろに回った。
「奥様、こちらです」
アヤは使用人に案内されると、聖獣の子供たちとハルキが群がっている中に飛び込んだ。
「うわぁ、大きい熊!
これ、ミィちゃんがここまで運んで来たの!?」
「みゃ!」
驚いて目を丸くするアヤに、ミィが自慢げに胸を張った。
ミィのこの仕草は、赤ちゃんの頃から変わらない。
「ミィはこう見えて、とても力持ちなんですよ」
「すごい、すごーい!」
アヤがミィを褒めると、何故か聖獣の子供たちがミィの周りをぐるぐると回った。
その後、熊の肉は美味しい料理になった。
熊の毛皮はハルキが欲しがったため、綺麗に加工されてハルキの部屋の敷物にされることとなった。
「この魔獣、なかなかアヤの喜び所をわきまえている」
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