恋は虹色orドブ色?

黒辺あゆみ

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第三話 地味女の初めての定休日

3 寄り道

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由紀がそんな風に解析しながら話を聞いていると、おじさんは由紀たちが向かっている方向から来たという。

「あっちは道、混んでました?」

「いいや、今日は平日だしな。土日ほどじゃないさ」

近藤が尋ねると、おじさんは気を悪くせずに答えてくれる。
 道が混んでいないなら、予定通りに進めそうである。
 いい情報を聞いて安心していると、おじさんは更なる情報提供をしてくれた。

「そうだ、学生ならああいうのが好きかもな。
 この先に、夏休み限定のアイスの屋台が出てたぞ。
 結構人がいたな」

今、暑い中での癒しの単語を聞いた気がする。

「ねえアイス、アイスだって!」

「……わかった、寄るから叩くな」

尻痛現象でゲッソリしていたのから一転、目を輝かせてバシバシ腕を叩く由紀に、近藤が迷惑そうな顔をした。

 ――よっしゃ、ちょっと元気が出た!

 アイスの情報を得て気力を取り戻した由紀に、出発しようとバイクに跨ったおじさんがニヤリと笑った。

「夏休みのツーリングデートか、いいカレシだな嬢ちゃん」

「……は?」

こちらが聞き返す間もなく、おじさんは言い逃げするかのようにバイクで走り去る。

「……デートって言われた?」

由紀は呆然として、おじさんが去った方向を見る。
 横では、近藤も似たような様子であった。
 おじさんのびっくり発言に、現在由紀は頭の中が真っ白だ。
 高校生の男子と女子が二人乗りでツーリングに出れば、恋人だと思われるのも道理だろう。
 しかしこの瞬間まで、由紀にはそんな考えが全くなかった。

「……まあ、そう見えるかもな」

近藤が微妙なトーンの声で呟く。
 あちらもこれっぽっちも考えていなかった様子だ。

 ――カレシですってよ、田んぼ仲間の皆さん。

 由紀が友人たちに心の中で呼びかけ、隣では近藤が残ったコーヒーを一気飲みする。

「おい、行くか」

「そだね……」

近藤に促され、由紀も頷く。
 そんなわけで微妙な気分になったまま、由紀たちはおじさん情報のアイスの屋台を目指すのだった。


それから走ること十数分。

 ――お、あれじゃない?

 前方に噂の屋台を見つけた由紀は、後ろから近藤の背中をバシバシ叩く。
 バイクに乗っていると会話がし辛いので、こうして叩くしか意思表示のしようがないのだ。
 大勢で走らせる場合が無線を仕込むらしいが、高校生にそんな装備があるはずがない。
 わかったという合図に片手をひらりと振った近藤が、その屋台にバイクを寄せる。

「おー、結構お客さんがいる」

由紀の視線の先の道路脇の空き地に、カラフルなペイントがされたキッチンカーが停まっていた。
 その隣に張ってあるテントで、客が買ったアイスクリームを美味しそうに食べている。
 それに車二台が道路脇に停まっており、キッチンカーに数人並んでいた。
 由紀たちもその後ろに並び、看板にあるメニューを眺める。

「なんにしようかなー、ストロベリーかなぁ」

「……俺ぁミルクでいい」

そんなことを言い合いながら、待つことしばし。

「お待たせしましたー」

店員に呼ばれ、由紀たちの順番がやって来た。

「ストロベリーとミルクで!」

注文する由紀の横で、近藤が小銭を出す。
 それも二人分をだ。

 ――これって、奢りってこと?

 目を丸くして見上げる由紀に、近藤がボソリと言う。

「ケツ痛代だ」

「……そうっすか」

どうやら近藤なりの労りらしい。
 由紀の泣き言を案外気にしていたのだろうか。
 この元不良は、実は細かい性格なのかもしれないと思うと、少し可笑しい。
 ニヤニヤする由紀とムスッとする近藤に、店員がスプーンの刺さったアイスクリームが乗ったコーンを二つ、手渡してくる。

「こちら、ストロベリーとミルクになりまーす」

「やった、美味しそう!」

手にした冷えたアイスクリームに口元が緩む由紀に、店員のお姉さんが笑顔で言った。

「デートを楽しんでくださいね!」

 ――アンタもかい!

 お姉さんの悪気のない言葉に、由紀が思わず顔をひきつらせたのは仕方のないことだと思う。

「……アリガトウゴザイマス」

辛うじてそう返した由紀の隣で、近藤が頭痛を堪えるような顔をしていた。
 こうしてアイスクリームを手にした二人は、バイクを停めたあたりに戻り、早速食べる。

 ――んー、美味しい!

 涼しい場所で食べるアイスクリームも美味しいが、暑い中で食べるとその数倍美味しく感じる。
 由紀の隣では、近藤が黙々と自分のアイスクリームを食べていた。
 一口の大きさの違いだろう、食べる進行度が由紀より早い。

「あ、ミルクも一口ちょうだい!」

無くなってしまう前にとおねだりをする由紀に、近藤が珍しく困ったような顔をした。

「……いいけど」

「やった!」

でもアイスクリームを差し出してきたので、由紀は遠慮なくそれに自分のスプーンを刺して掬い取る。

「うん、シンプルな味のもいい!」

ミルク味のアイスを味わい、満足すると。

「おめぇ、意外と無頓着なのな」

近藤がそんなことを言う。

 ――あれ? ちょっと待て私。

 ここでようやくアイスクリームの美味しさに跳んでいた由紀の思考が戻って来る。
 この時の由紀は、田んぼ仲間との美味しい物シェアの感覚しかなかった。
 シェアを嫌う人もいるけれど、あの三人はOKな人種だったため、「一口ちょうだい」はコミュニケーションなのだ。
 けれど由紀が今シェアしたいつもの田んぼ仲間と違い、近藤である。
 そしてさらに、誰かと同じ食べ物を分け合った場合、時にその行為は間接キッスと言うのではなかろうか。

 ――うぁあああ!

 声に出ない叫びが由紀の内心を駆け巡る。
 むしろ声に出さなかった自制心を褒めたい。
 乙女の端くれとして大事にすべきものを、アイスクリームの誘惑に負けてないがしろにしてしまった。
 なんという乙女失格ぶりだろうかと、絶望に襲われる。
 一口食べたまま固まった由紀を見て、近藤はガシガシと頭を掻く。

「おい、おめぇのアイス、溶けてるぞ」

「うぁ、もったいない!」

近藤の指摘で、由紀は手元のアイスクリームが暑さで溶けかけているのに気付き、再起動する。

 ――忘れよう、さっきのはちょっとうっかりしていたミスってことで。

 そう自分に暗示をかけた由紀は、アイスクリームの溶ける早さと戦いに没頭するのだった。
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