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第一話 予定が狂った夏休み
24 ちょっと寄り道
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「……デートって言われた?」
由紀は呆然として、おじさんが去った方向を見る。横では、近藤も似たような様子であった。
おじさんのびっくり発言に、現在由紀は頭の中が真っ白だ。高校生の男子と女子が二人乗りでツーリングに出れば、恋人だと思われるのも道理だろう。しかしこの瞬間まで、由紀にはそんな考えが全くなかった。
「……まあ、そう見えるかもな」
近藤が微妙なトーンの声で呟く。あちらもこれっぽっちも考えていなかった様子だ。
――カレシですってよ、田んぼ仲間の皆さん。
由紀が友人たちに心の中で呼びかけ、隣では近藤が残ったコーヒーを一気飲みする。
「おい、行くか」
「そだね……」
近藤に促され、由紀も頷く。
そんなわけで微妙な気分になったまま、由紀たちはおじさん情報のアイスの屋台を目指して、走ること十数分。
――お、あれじゃない?
前方に噂の屋台を見つけた由紀は、後ろから近藤の背中をバシバシ叩く。バイクに乗っていると会話がし辛いので、こうして叩くしか意思表示のしようがないのだ。大勢で走らせる場合が無線を仕込むらしいが、高校生にそんな装備があるはずがない。
わかったという合図に片手をひらりと振った近藤が、その屋台にバイクを寄せる。
「お~、結構お客さんがいる」
由紀の視線の先の道路脇の空き地に、カラフルなペイントがされたキッチンカーが停まっていた。その隣に張ってあるテントで、客が買ったアイスクリームを美味しそうに食べている。それに車二台が道路脇に停まっており、キッチンカーに数人並んでいた。
由紀たちもその後ろに並び、看板にあるメニューを眺める。
「なんにしようかな~、ストロベリーかなぁ」
「……俺ぁミルクでいい」
そんなことを言い合いながら、待つことしばし。
「お待たせしました~」
店員に呼ばれ、由紀たちの順番がやって来た。
「ストロベリーとミルクで!」
注文する由紀の横で、近藤が小銭を出す。それも二人分をだ。
――これって、奢りってこと?
目を丸くして見上げる由紀に、近藤がボソリと言う。
「ケツ痛代だ」
「……そうっすか」
どうやら近藤なりの労りらしい。由紀の泣き言を案外気にしていたのだろうか。この元不良は、実は細かい性格なのかもしれないと思うと、少し可笑しい。
ニヤニヤする由紀とムスッとする近藤に、店員がスプーンの刺さったアイスクリームが乗ったコーンを二つ、手渡してくる。
「こちら、ストロベリーとミルクになりまーす」
「やった、美味しそう!」
手にした冷えたアイスクリームに口元が緩む由紀に、店員のお姉さんが笑顔で言った。
「デートを楽しんでくださいね!」
――アンタもかい!
お姉さんの悪気のない言葉に、由紀が思わず顔をひきつらせたのは仕方のないことだと思う。
「……アリガトウゴザイマス」
辛うじてそう返した由紀の隣で、近藤が頭痛を堪えるような顔をしていた。
こうしてアイスクリームを手にした二人は、バイクを停めたあたりに戻り、早速食べる。
――んー、美味しい!
涼しい場所で食べるアイスクリームも美味しいが、暑い中で食べるとその数倍美味しく感じる。由紀の隣では、近藤が黙々と自分のアイスクリームを食べていた。一口の大きさの違いだろう、食べる進行度が由紀より早い。
「あ、ミルクも一口ちょうだい!」
無くなってしまう前にとおねだりをする由紀に、近藤が珍しく困ったような顔をした。
「……いいけど」
「やった!」
でもアイスクリームを差し出してきたので、由紀は遠慮なくそれに自分のスプーンを刺して掬い取る。
「うん、シンプルな味のもいい!」
ミルク味のアイスを味わい、満足すると。
「おめぇ、意外と無頓着なのな」
近藤がそんなことを言う。
――あれ? ちょっと待て私。
ここでようやくアイスクリームの美味しさに跳んでいた由紀の思考が戻って来る。
この時の由紀は、田んぼ仲間との美味しい物シェアの感覚しかなかった。シェアを嫌う人もいるけれど、あの三人はOKな人種だったため、「一口ちょうだい」はコミュニケーションなのだ。
けれど由紀が今シェアしたいつもの田んぼ仲間と違い、近藤である。そしてさらに、誰かと同じ食べ物を分け合った場合、時にその行為は間接キッスと言うのではなかろうか。
――うぁあああ!
声に出ない叫びが由紀の内心を駆け巡る。むしろ声に出さなかった自制心を褒めたい。乙女の端くれとして大事にすべきものを、アイスクリームの誘惑に負けてないがしろにしてしまった。なんという乙女失格ぶりだろうかと、絶望に襲われる。
一口食べたまま固まった由紀を見て、近藤はガシガシと頭を掻く。
「おい、おめぇのアイス、溶けてるぞ」
「うぁ、もったいない!」
近藤の指摘で、由紀は手元のアイスクリームが暑さで溶けかけているのに気付き、再起動する。
――忘れよう、さっきのはちょっとうっかりしていたミスってことで。
そう自分に暗示をかけた由紀は、アイスクリームの溶ける早さと戦いに没頭するのだった。
由紀は呆然として、おじさんが去った方向を見る。横では、近藤も似たような様子であった。
おじさんのびっくり発言に、現在由紀は頭の中が真っ白だ。高校生の男子と女子が二人乗りでツーリングに出れば、恋人だと思われるのも道理だろう。しかしこの瞬間まで、由紀にはそんな考えが全くなかった。
「……まあ、そう見えるかもな」
近藤が微妙なトーンの声で呟く。あちらもこれっぽっちも考えていなかった様子だ。
――カレシですってよ、田んぼ仲間の皆さん。
由紀が友人たちに心の中で呼びかけ、隣では近藤が残ったコーヒーを一気飲みする。
「おい、行くか」
「そだね……」
近藤に促され、由紀も頷く。
そんなわけで微妙な気分になったまま、由紀たちはおじさん情報のアイスの屋台を目指して、走ること十数分。
――お、あれじゃない?
前方に噂の屋台を見つけた由紀は、後ろから近藤の背中をバシバシ叩く。バイクに乗っていると会話がし辛いので、こうして叩くしか意思表示のしようがないのだ。大勢で走らせる場合が無線を仕込むらしいが、高校生にそんな装備があるはずがない。
わかったという合図に片手をひらりと振った近藤が、その屋台にバイクを寄せる。
「お~、結構お客さんがいる」
由紀の視線の先の道路脇の空き地に、カラフルなペイントがされたキッチンカーが停まっていた。その隣に張ってあるテントで、客が買ったアイスクリームを美味しそうに食べている。それに車二台が道路脇に停まっており、キッチンカーに数人並んでいた。
由紀たちもその後ろに並び、看板にあるメニューを眺める。
「なんにしようかな~、ストロベリーかなぁ」
「……俺ぁミルクでいい」
そんなことを言い合いながら、待つことしばし。
「お待たせしました~」
店員に呼ばれ、由紀たちの順番がやって来た。
「ストロベリーとミルクで!」
注文する由紀の横で、近藤が小銭を出す。それも二人分をだ。
――これって、奢りってこと?
目を丸くして見上げる由紀に、近藤がボソリと言う。
「ケツ痛代だ」
「……そうっすか」
どうやら近藤なりの労りらしい。由紀の泣き言を案外気にしていたのだろうか。この元不良は、実は細かい性格なのかもしれないと思うと、少し可笑しい。
ニヤニヤする由紀とムスッとする近藤に、店員がスプーンの刺さったアイスクリームが乗ったコーンを二つ、手渡してくる。
「こちら、ストロベリーとミルクになりまーす」
「やった、美味しそう!」
手にした冷えたアイスクリームに口元が緩む由紀に、店員のお姉さんが笑顔で言った。
「デートを楽しんでくださいね!」
――アンタもかい!
お姉さんの悪気のない言葉に、由紀が思わず顔をひきつらせたのは仕方のないことだと思う。
「……アリガトウゴザイマス」
辛うじてそう返した由紀の隣で、近藤が頭痛を堪えるような顔をしていた。
こうしてアイスクリームを手にした二人は、バイクを停めたあたりに戻り、早速食べる。
――んー、美味しい!
涼しい場所で食べるアイスクリームも美味しいが、暑い中で食べるとその数倍美味しく感じる。由紀の隣では、近藤が黙々と自分のアイスクリームを食べていた。一口の大きさの違いだろう、食べる進行度が由紀より早い。
「あ、ミルクも一口ちょうだい!」
無くなってしまう前にとおねだりをする由紀に、近藤が珍しく困ったような顔をした。
「……いいけど」
「やった!」
でもアイスクリームを差し出してきたので、由紀は遠慮なくそれに自分のスプーンを刺して掬い取る。
「うん、シンプルな味のもいい!」
ミルク味のアイスを味わい、満足すると。
「おめぇ、意外と無頓着なのな」
近藤がそんなことを言う。
――あれ? ちょっと待て私。
ここでようやくアイスクリームの美味しさに跳んでいた由紀の思考が戻って来る。
この時の由紀は、田んぼ仲間との美味しい物シェアの感覚しかなかった。シェアを嫌う人もいるけれど、あの三人はOKな人種だったため、「一口ちょうだい」はコミュニケーションなのだ。
けれど由紀が今シェアしたいつもの田んぼ仲間と違い、近藤である。そしてさらに、誰かと同じ食べ物を分け合った場合、時にその行為は間接キッスと言うのではなかろうか。
――うぁあああ!
声に出ない叫びが由紀の内心を駆け巡る。むしろ声に出さなかった自制心を褒めたい。乙女の端くれとして大事にすべきものを、アイスクリームの誘惑に負けてないがしろにしてしまった。なんという乙女失格ぶりだろうかと、絶望に襲われる。
一口食べたまま固まった由紀を見て、近藤はガシガシと頭を掻く。
「おい、おめぇのアイス、溶けてるぞ」
「うぁ、もったいない!」
近藤の指摘で、由紀は手元のアイスクリームが暑さで溶けかけているのに気付き、再起動する。
――忘れよう、さっきのはちょっとうっかりしていたミスってことで。
そう自分に暗示をかけた由紀は、アイスクリームの溶ける早さと戦いに没頭するのだった。
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