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第二部 魔獣襲来イベント
Episode23.覚悟を決めますわ②
しおりを挟む「ここの事務部に就職が決まって、一か月くらい経った後でした。どこからそんな情報を仕入れたのか分からないんですけど、弟の事を聞いて……自分の仕事を手伝ってくれたら援助してあげるって言われたんです」
帝都の医療技術は高度だが、どこか上流階級向けだ。
魔法を使用して治療する治癒術師も存在する。
おかげで、貴族なら支払える額でも平民だとそうもいかない。
可愛い弟を助けるためなら、たとえどんな無茶難題を押し付けられても、セロースは従うだろう。彼女はそれくらいやってのける、意志の強い人だ。ここにきて、それはよく分かった。
「弟さんを襲った魔獣ってもしかして、虎熊? それとも鬼猿でしょうか?」
人を襲ったという報告が多いのはそれくらいだから、どちらかだと思ったのだけれど。
セロースは首を横に振った。
「とても珍しい魔獣だと後で聞きました。大きくて、黒い鱗がたくさん生えていて、騎士の小隊が束になってかかっても、敵わないらしいです」
「そんな魔獣が……?」
「はい。A級の魔獣……名前は確か……暗黒竜です。弟は山へ行くって出かけた時に、その魔獣に襲われました。外傷はないんですが、生命力を吸い取られてしまって一週間は昏睡状態、生死の境をさ迷ったんです。今も暗黒竜の瘴気を浴びたせいで、下半身が上手く動きません……」
「A級……」
目撃例自体がほとんどない魔獣が人を襲ったのも驚きだったけれど、それよりも驚いたことがあった。
「一週間も昏睡状態って……ねぇ、もしかしてその弟さんは、そのとき悪夢を見ませんでした……?」
声の震えを抑えながら聞くと、セロースは驚いたように目を見開いた。
「リサさんって本当に物知りなんですね。そうなんです、昏睡状態のとき悪夢を見たって言ってました。お医者様は、瘴気にあてられたせいだろうって……」
(六度目の婚約者様と同じだわ……)
当時、その場にはいなかったけれど、彼が魔獣に襲われ、悪夢にうなされている事が伝書鳩で知らされた。彼はすぐに目を覚ましたけれども、療養生活が長く続きそうだと続けて手紙が届いた。
ジークを襲う可能性のある魔獣について、悪夢を見せたと報告のあるものはすでに調べてある。ただそのなかに、生死の境をさ迷うほどの致命傷を与えそうな魔獣は見つからなかった。
(A級の魔獣・暗黒竜……。もしかして、この魔獣がジーク様を襲うっていうの……?)
考えれば考えるほど、そんな気がしてならなかった。
それに確か、セロースの出身は帝国西部にあるローフェン地方。
シェルアリノ騎士公爵領だ。
(オルフェン様に協力を仰ごうかしら……)
ロサミリスは、今まで誰一人として自分の前世の事を話したことがない。
兄にすら、前世を匂わせることは言ったことがなかった。
前世の記憶なんて信じてもらえると思わないし、たとえ信じてもらえたとしても、前世と似たような運命に陥り、ジークが危険な目に遭うかもしれないと言ったところで、戸惑わせるだけ。
(ジーク様に護衛を増やすように進言したことはあるけれど、自分よりもわたくしの護衛を増やした方が良いって言って、取り入ってくれなかった。いつ、どんな状況で魔獣の襲来があるか分からない以上、危険な魔獣を討伐して地道に不確実性を減らすしかない……)
頼みの綱となるのは、ジークの親友であるオルフェン・アル・シェルアリノ次期騎士公爵しかいない。魔獣討伐の精鋭『第七師団』に属する彼ならば、暗黒竜の情報だって持っているだろうし、すでに討伐のために動いているかもしれない。
ただこの進言には、ロサミリスが抱えている事情を話す必要があった。
(……あの場でオルフェン様を拒否して以来、一度も会ってない。嫌われていても文句は言えないけれど、覚悟を決めるしかないわね)
都合のいい女だと罵られても構わない。
そもそも信じてくれるかも分からない。
信憑性のない話だと突き放されるかもしれない。
「リサさん、大丈夫ですか?」
相当怖い顔をしていたのか、セロースが心配げにロサミリスの顔を見ていた。
ほっぺたをつまみ、表情を柔らかくする。
「嫌な気持ちにしちゃいました? だったらごめんなさい」
「いいえ。お辛いのはセロース先輩なのに、こちらこそ申し訳ありません。わたくしは大丈夫ですわ」
「本当に……?」
「ええ。……さあ、早いところ仕上げてやってしまいましょう?」
弱音なんて吐いてられない。
手がかりが見つかっただけで幸福だと思おう。
(ジーク様を運命から救うのよ。────運命に抗い続ける事が、わたくしの目標なのだから)
資料に目を落としたそのとき、セロースの息を呑んだ音がした。
「ど、どうしてこんな時間にオルフェン様が……!?」
白い騎士服で、壮麗な騎士剣を腰に帯剣している。
燃えるような赤銅色の髪が特徴的な美青年は、手にもった袋を掲げながら極上の笑顔を見せていた。
「二人とも、残業お疲れ様」
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