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第二部 魔獣襲来イベント
Episode38.暗黒竜⑤
しおりを挟むニーナと一緒に馬で駆ける。
セロースがいる畑へ。
ここは結界の外側だ。
早くセロースを見つけて連れ戻さなければ、いつ魔獣に襲われるか分からない。
「セロース先輩っ!」
「ロサミリスさん、ニーナさんまで!?」
地面に木の杭を打ち付け、そこに魔獣除けをつけているセロースがいた。
土と汗にまみれているセロースに近づき、強く抱きしめる。
「先輩が無事でよかった」
「ロサミリスお嬢様、長居は無用です。早く戻りましょう」
「ええ、そうね」
セロースが畑を守るためと言って取り付けた魔獣除けは、騎士団の結界石に比べて平民でも買えるような安価なもの。物理的な結界を張れるわけではなく、液状魔獣といった下級魔獣を近づけさせない程度の効果しかない。
「ちょっと休憩しましょうっ! ロサミリスさん、すっごい汗をかいてますよ!?」
「そう、ですわね………申し訳ございませんセロース先輩、お見苦しい所を」
ふぅと息を整え、太ももに忍ばせておいたモノを取る。
(ジーク様からいただいた騎士様用の携帯魔力補給剤。こんなところで役に立つなんて。本当に、ジーク様には感謝だわ)
ここに来る前、馬車から持ってきた。
飴玉サイズで見た目は白く飾り気がない。
口の中に入れてがりっと噛むと、吐き出しそうなくらいの苦みを感じる。
眉一つ動かさず飲み下すと、魔力が行き渡って息苦しさがなくなった。
「セロース先輩はニーナの馬に乗ってくださいませ」
セロースを馬に乗せ、ロサミリスは自身の馬に乗る。
「ロサミリスさんとニーナさん、馬にも乗れるんですね……」
「嗜む程度ですわ」
────そのとき。
低く鈍い雄たけびが辺りにこだました。二頭の馬が興奮して前足を高くあげる。ロサミリスはとっさに手綱を引いて馬を沈めたが、反応できなかったニーナとセロースが小さな悲鳴をあげて落馬した。
「馬が!!」
ニーナとセロースを乗せていた馬が走り去ってしまう。
ああなってしまえば、しばらく捕まえるのは無理だろう。
(地響き…………? それにこの鳴き声、まさか……)
まるで魔獣の軍勢が走ってくるような、そんな地響き。
「そんな、嘘……」
向こうからやってきたソレを見て、セロースは呆然と声を出した。
体長2メートルは優に超す巨体。
びっしりと鱗に覆われた黒い体からは、見ただけで悪寒が走るような真っ黒い瘴気が溢れ出ている。
「暗黒竜……」
(あれがそうだって言うの!?)
事務部で見てきた魔獣とは訳が違う。
あれが災害級。
町一つを滅ぼすと言われる破壊者の存在感──
(あんなもの、近づかれただけで生命力を吸い取られるんじゃないの?)
魔獣が生命力を吸うというのは、にわかに信じられなかったが、本物を見せつけられると信じるしかない。
「ニーナ、セロース先輩をこちらの馬に乗せてちょうだい」
「三人乗りは無理です」
「わたくしが下りるわ」
ロサミリスには、ニーナをここまで連れてきてしまった責任がある。
だからニーナには、セロースと一緒に町に戻ってほしい。
馬であれば、あの魔獣から逃げることが出来るだろう。
「お嬢様、まさか囮に」
「死ぬつもりなんて到底ないから安心してちょうだい。あなたたちが動いたら、救援信号をあげるわ。きっと騎士の誰かが気付いてくれるでしょう」
ニーナとセロースが再び馬に乗ったのを見届ける。
「行きなさい」
「お嬢様、お嬢様っ!!」
馬のお尻を叩くと、馬が嘶き声をあげて駆けていく。
かなり距離が広がったところを見届けて、魔法の花火を天高く打ち上げる。騎士ならば、これが救援信号であり、かつ、強い魔獣がここにいるという事が伝わるはず。誰かが気付いてくれればいいのだけれど、救援に駆け付ける前に、アレに追いつかれたらアウトだ。
暗黒竜の目が、ロサミリスの姿をとらえた。
黒い息を吐きだし、鋭い爪で土をぐいっと抉る。
しばらく睨むような時間が過ぎて、急に暗黒竜が走り始めた。
ロサミリスも逃げる。
能力上昇を足にかけて、全速力で走った。
しかし、ロサミリスは魔力量が少ない。
すぐに魔力が尽きてしまう。
(補給剤を…………っ!)
補給剤を呑もうとしたとき、ロサミリスはバランスを崩した。
最後の魔力補給剤を落としてしまった。運悪く、すぐに見つけられない。
「しまったっ!」
この場でうずくまっていれば、暗黒竜がやってくる。ルークスのように、瘴気を浴びて、意識不明の重体になるかもしれない。体が動かなくなって、入院ということもありうる。
最悪、死ぬ──
(死ぬつもりなんて、到底ないわ)
手を伸ばす。
なけなしの魔力をこめて、風の魔法を生み出した。
ただ、それだけ。
ロサミリスの魔力量では、この程度の魔法しか生み出せない。
悔しさのあまり、強く奥歯を噛んだ。
ロサミリスの視界の端で、美しい金色の髪が靡いた。
暗黒竜は警戒するように立ち止まり、辺りを見渡した。その刹那、特大の火炎弾が暗黒竜の横腹にぶつかった。
炎はじりじりと体を炙り、暗黒竜は痛みのあまり鈍い咆哮をあげる。
間髪入れず、火炎弾がものすごい速度で直撃し、勢いを殺しきれなかった暗黒竜は大きく横に吹っ飛ばされた。
「────借りを返させてもらう」
炎の着弾音は響く中で、聞き覚えのある男の声が聞こえた。
土を踏みしめ、誰かが駆けた。
ロサミリスと暗黒竜の間に、深緑の瞳に剣呑な光を宿した彼が立ち塞がる。無造作に、彼は手を伸ばした。
「爆ぜろ」
────大爆発。
轟音が辺り一帯に響き渡り、炎が天に向かって伸びていた。獣が焦げる臭いが周囲に立ち込め、そこでようやく、ロサミリスは目の前にいる人物が誰なのか理解した。
「う、…………そ」
手を差し伸べられたロサミリスは、呆然と呟く。
「遅くなってしまってすまない。怪我はしていないか、ロサ」
「ジーク様…………」
優しい笑みを浮かべて、ジークはそっとロサミリスを抱きしめた。
「間に合って良かった…………」
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