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第三部 お腐れ令嬢
Episode67.敬虔なる信徒《ロドル・ゲマイン》①
薄暗い部屋を、蝋燭の光が照らしている。
部屋の中央には椅子があって、長い銀髪を緩く編んだ男が座っていた。
彼の手にあるのは、とても古い本。
一ページごとに丁寧にめくり、丹念に読み込んでいる。
「ソニバーツ!!」
転がり込むように部屋に入って来たのは、熊のように硬い顎髭を生やした大柄の男だった。
「おい、どうなってやがる! 俺の大事な商品がまた騎士団に潰された!」
「大声を出さなくても聞こえていますよ」
「てめえが大丈夫だって言ったから任せたんだ。これ以上俺の商品が潰されるようなら、俺は降りさせてもらう!」
商品というのは、常習性のある薬だ。葉巻として吸うタイプのもので依存性が高く、一部では高値で取引される。副作用として激しい頭痛、嘔吐、下痢などを引き起こすため、帝国の法律で禁止されている。所持しているだけで逮捕され、処罰の対象になる。
男はそんな違法な薬を売って儲ける密売人だが、最近は製造工場が次々と見つかり、摘発されている状態。今まではソニバーツから騎士団の摘発情報をもらい、のらりくらりと工場を移転して騎士団の目から逃れていた。
だが、それもここまでだ。
ロンディニア公爵家とラティアーノ伯爵家が調査団を編成し、騎士団と協力して敬虔なる信徒の関係者を一斉摘発している。おかげで、いつ自分のもとに騎士団がやって来るか分かったものではない。
(神ミラへの信仰? ミラが邪神というのは誤解で、本当は心優しい神だったと広めよう? ……ほんとうにこの男、バカなんじゃねえの? 敬虔な信徒だか何だか知らねぇけど、金になるから協力したまで。爵位を剥奪されたうえに皇弟に目をつけられ、今や帝国中の御尋ね者。頭は悪くないくせに、なんで金持ってとっとと外国に逃げない? 客を運んでくるいい仲間だと思ってたのに、こんな頭のおかしいヤツの近くにいたら俺のほうが捕まっちまう)
ゆえに男は、ソニバーツとの協力関係を絶とうとしていた。
こうやって威圧的な態度をとれば、たいていの人間は震え上がって従う。
しかし、ソニバーツは表情一つ動かさずに、冷たい眼差しを向けて口を開いた。
「組織を大きくするために、貴方のような者を引き入れるのは仕方ないことだと思っておりました」
「はあ?」
「人を増やし、資金を増やす。これも将来のため、敬虔なる信徒のため、しいてはミラのためにと。どうやら私は、信徒として間違ったことをしてしまったようですね」
「おい、どういう意味だ!?」
「信者でない者は敬虔なる信徒に必要ないという話です」
「っそんなの、こっちから願い下げだ!! 誰がてめえみたいな邪神バカと一緒にいられるか!!」
額に青筋を立てて、男は大股で出ていく。
逃亡するために動き出したのだろうが、今動くのは得策ではないと、ソニバーツは思った。
(彼ならば、森から東に抜ける隠し通路を使うはず。でもその道は、おそらく騎士団にマークされている……)
何も知らない彼がその道を通ろうとすればどうなるか、答えは火を見るよりも明らかだ。
教えるなんてこと、ソニバーツはしない。
なぜなら先ほど出て行った男は、もう敬虔なる信徒の一員ではないのだから。
「より敬虔な信徒を集めなければ。そのためにはやはり、聖像が必要です」
立ち上がったソニバーツのもとへ、黒マントを被った五人組がやってくる。
彼らこそ、ソニバーツがもっとも信頼する者たちだ。
「ラティアーノ伯爵令嬢の動きを掴みました」
「現在、領地視察のために家紋付きの馬車に乗り込み、町長と会談するためにヒステ地方の屋敷に向かっております」
「護衛は7人です」
「ですが、忌々しいロンディニア次期公爵の姿はありません」
「今が彼女を捕らえる絶好の好機」
前回、彼らのうちの一人がソニバーツの命令を受け、ロサミリスを攫おうと目論んだ。だがその際、ジークフォルテンに気配を察知された。驚愕の事実だった。彼らは隠密行動に優れた元・皇帝直属の影のメンバー。他の護衛達は気付かなかったのに、深い森の瞳を怜悧に光らせたあの男だけは、気配に気付いてきたのだ。
それだけでなく、宿に物理的な魔法結界を張り、中に入ることが出来なかった。
仕方なく、作戦を変更。宿の職員をわざと襲って悲鳴を出させ、ロサミリスの侍女が外に飛び出してきたところで、黒い手袋だけを奪い引き裂いた。
「ソニバーツ大司教の悲願を達成するために」
「聖像は不可欠」
「ラティアーノ伯爵令嬢こそ」
「真の聖像になるに相応しい」
「「「「「ご決断を」」」」」
彼らは、ソニバーツを見た。
「分かりました」
男にしては美しすぎると讃えられた銀の麗人は、歩き出す。
「時は来ました。さあみなさん、黒蝶の姫君をお迎えに参りましょう」
◇
場所はラティアーノ領の、とある町。
敬虔なる信徒のメンバー五名が、フードを被って歩いている。
本日、領地視察のために目標となるロサミリスが町長の屋敷に訪れる予定だ。その隙を狙い、ロサミリス嬢を拉致する。
日没直後、町長の屋敷からラティアーノ伯爵の家紋付き馬車が出立した。
メンバー五名は各々馬を駆り、馬車の目の前に立ち塞がる。
「な、なんだおまえたちは!!」
ラティアーノ家の御者が驚いた顔をして馬車を止める。馬車の前後を挟むように走っていた護衛の馬も止まり、各々が剣を抜いて臨戦対戦に。
「どうしたの?」
「ロサミリスお嬢様は危ないので絶対に外へ出ないでください。貴族を狙う不届きな賊です!」
馬車の中から女性の声。
敬虔なる信徒のメンバーが狙うロサミリスは、あの中だ。
メンバーのうちの一人が、あらかじめ林に待機させておいた仲間に目線を送る。林から魔法が放たれ、馬に乗っていた護衛の数名が吹っ飛び、地面を転がった。
護衛が気を逸らした瞬間を狙い、敬虔なる信徒メンバーの一人が馬車の中に入った。中にいたのは、貴族らしい小奇麗な赤色ドレスに身を包んだ令嬢。長い黒髪が艶やかな、青色の瞳が美しい。彼女こそソニバーツ大司教が言っていたラティアーノ伯爵令嬢である。
「泣き叫んでも無駄です。あなたを今から、我らが主のもとへ連れてまいります」
予想に反して、ロサミリスは静かだった。
貴族のご令嬢なら、恐怖で固まったり、泣き叫んだりしてもおかしくない状況なのに。
(この女、まさか……笑っているのか……ッ!?)
彼の背中に、言い知れない悪寒が這いまわった。今から誘拐するのは自分なのに、彼女はまったく動じない。 全く抵抗する素振りが見えないのだ。それどころか、待っていましたよとでも言いたげな態度。
(いいえ、無駄な考えはいらない。我が命はただ一つ、ラティアーノ伯爵令嬢を主のもとへ連れて行くだけ)
ロサミリスを縄で縛ったあと、持っていた黒い布で視界を奪う。黒い大きな袋にロサミリスを入れ、担ぎ上げた。
「引き上げます」
仲間に合図して、彼らはその場を離れたのだった。
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