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第三部 お腐れ令嬢

Episode74.呪いと祝福②

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「神への祈り」と表現するにしては、ロサミリスの舞はかなり荒々しいものだった。

 強く、鋭く。
 短く呼吸を切って、舞う。

 ヨルニカ妃が繊細で煌びやかな舞だとすれば、ロサミリスは雄々しく力強い舞だ。主張が強すぎるとも言えるだろう。

 ソニバーツから話を聞いて、ロサミリスはミラへの考えを改めることがあった。
 ミラは、呪いなんて産み落としたくなかったのではないかと。
 本当は神を宿すのも嫌で、あの家で、ローツおじさんとヨハネスと三人で暮らしていきたかったのではないかと。

 運命は残酷だ。
 起こってしまった過去は変えられない。
 でも、これからを変えていくことは出来る。

(だからこの運命の連鎖を、わたくしのわがままな思い……幸せになりたいという願いで、終わらせてみせるわ)

 ゆえに、ロサミリスは静かに舞う。
 音楽もなく、手拍子もなく、観客も少ない中で。
 かつてミラが神を宿した大神殿の舞台で、強い想いを捧げながら。

 ロサミリスの体から、複数の小さな光が溢れる。
 それは魔力。
 量が少ないのよと、ロサミリスは何度も嘆いていたことがある。
 その魔力が、力強い踊りに呼応するようにふわふわと漂い始めた。


 上空から飛来した大量の光が、ロサミリスを包み込んだ。
 あまりの眩しさに目を瞑る。
 光に慣れてきたころに恐る恐る目を開けると、眼前には美しい草原が広がっていた。

 呆然と佇むロサミリスの目の前を、長い銀髪の女性が通り過ぎていく。
 とても綺麗な人だとロサミリスは思った。
 
 年齢は20代半ばくらいで、背筋が伸びて立ち姿が美しい。
 優しく微笑む彼女は、ロサミリスとは別方向に手を振っている。
 彼女が手を振った先にいたのは、大柄の銀髪の男性だった。着用している作業着はかなり土で汚れていて、かなりの年季物であることが分かる。

(ソニバーツ卿……?)

 顔が似ているだけだ。あそこにいる男性は彼よりも体型ががっちりしているし、声も低い。それに彼はいま牢獄に入れられているはずで、こんな場所にいるはずがない。

(…………というか、ここはどこよ)

 さきほどまで、大神殿で舞をしていたはずだ。
 大きな光に包まれて、日向ぼっこすると気持ちよさそうな草原に、いつのまにか立っている。

 周りには何もない。
 いるのはあの男女一組だけ。

(もしかして、あの女性……)

「ママお腹すいたー」
「私もお腹すいたー」

 よく見れば、男性の傍から男の子と女の子がひょっこり顔を覗かせている。あの二人の子どもだろうか。目は母親に似ていて、すっとした鼻筋は父親に似ている。

「ねーきょーのごはんなーにー?」
「今日はね、野菜がたっぷり入ったポトフよ」
「やったー」
「今日はお祝いの日だからね、一緒に作ろうね」
「「はーい」」

 何とも和やかな雰囲気に、ロサミリスはほっこりする。
 
「あ、そうだ。あなた、二人をお願いね」
「ああ。──ミラ、どこに行くんだ?」
「大切な人に、謝罪と感謝を伝えてくるわ」
「そうか。分かった」

 銀髪の女性──ミラは、まっすぐロサミリスのもとに歩み寄って来た。

「初めまして。ロサミリスさん」

 辺り一面、霧が深くなり、草原は見えなくなる。

「初めまして。ミラね」
「そうです。わたしがミラです。ずっと傍にいましたが、話すことは叶いませんでした」

 ロサミリスの手が、ほんわりと熱を持っている。
 不快な感じはなかった。
 母に手を触れられたかのような、優しい温もり。

「ずっと、ここにいたんですね」
「はい」

 ミラの思念体は、ロサミリスの手にずっと存在していた。
 
「今まで、本当にごめんなさい。わたしのせいで、あなたは何度も辛い目に遭われたでしょう」
「ええ、そうね。こればかりは否定しないわ」

 深々と頭を下げるミラに、ロサミリスはつーんとそっぽ向く。
 何度も辛い目に遭った。
 この呪いを産み落としてくれたミラという神に、強い怒りだって覚えたこともある。
 けれども、今は違う。
 
 ロサミリスは、ふふっと笑った。

「でも、もういいの。恨む気持ちはすっぱり忘れたわ。あなたもそれが分かってるから、こうやって話してくれているのでしょう?」
「はい。きっとロサミリスさんがわたしに恨みの気持ちを持っていたら、きっと今ごろ、わたしも彼も子どもたちも、儀式の影響で跡形もなく消し飛んでいたでしょう」
「え、そうなの?」
「はい。人の体から神を引きはがすのがこの儀式の本来の意味なので」
「じゃあ、わたくしは儀式に失敗したの?」
「いいえ、違います。安心してください、儀式は成功していますよ」

 嘘を言っている雰囲気ではない。

「じゃあ消えてないのはどうして? それにさっきの男性は……」
「消えていないのは、わたしがあなたに挨拶をしたかったからです。終わればこの世界ごと消えます。さっきの男性……ああ、ヨハネスのことですね。わたしの旦那です」
「でも、史実ではミラは……」
「はい。わたしは邪神として処刑され、実際にはヨハネスに……告白すら出来ていません。この世界は、わたしが作り出した想像の世界です」

 もし、ミラが普通の女の子だったら。
 あんな風にヨハネスと結婚し、可愛い子どもたちに囲まれて幸せに暮らせていたのだろうか。

 目を伏せるミラだったけれど、悲しそうな感じではなかった。

「ロサミリスさん」
「はい」
「謝罪と感謝、そして別れの言葉を言いたくて招待しました」
「謝罪は受け取ったわ。感謝って、特別何かをした覚えはないのだけれど」
「いいえ。わたしを消そうとした人は今までたくさんいましたが、わたしを救おうと祈ってくれたのはロサミリスさんだけなのです」

 確かに、舞をしていたときはミラを救いたいと思っていた。
 でもそんなの、ミラの事情を知ってしまったから当たり前に思う事だ。
 
「わたくしはあなたよりも自分のわがままの方を優先させてますわ」
「わがまま? 自分が救われたいと思うのはわがままではありませんよ、ロサミリスさん」
「あなたがそう言ってくれるのならそれでいいけど。でも救おうと祈っただけで、わたくしは何も出来ていないわ。過去は変えられない、そんな全知全能の能力は持っていないわよ」
「確かに、あのときわたしは処刑されて死に、人と神の世の狭間で世界を呪い続ける運命となりました。でも、何もない真っ黒闇の世界で、ロサミリスさんの祈りを感じました。おかげでわたしは正気に戻れたのです」

 邪神として処刑され、世界の狭間に追いやられたミラの魂は、そのタイミングで誰にも止められない邪悪な存在になった。ただそこに存在し、世界に呪いを落とし続けるだけの存在だった彼女が正気を取り戻したのは、ロサミリスが祈りを捧げたからだとミラは言う。

「この世界に散らばってしまった呪いをすべて回収してから、私は消えます」
「そう…………行くのね」
「ようやくヨハネスのところへ旅立てます」
「三千年ぶりに会えるのね」
「はい。ロサミリスさんが目を覚ますころには、もうあなたの手に呪いはありません。そしてどうか…………あなたに最高の幸せが訪れますように」
「ありがとう。あなたもね」
「はい、ありがとうございます。
 そしてさようなら、ロサミリスさん」

 ふわんりと微笑んだミラは、最高に可愛らしく、幸せそうだった。










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◆作者からの補足
このあとソニバーツ卿に関する話が出てこないので、ここで補足しておきます。
第三部の黒幕であるソニバーツ卿ですが、ヨハネスの生まれ変わりです。
ヨハネスは、目の前で愛するミラが処刑される場面を目撃しており
『あのとき一緒に逃げていれば……』という後悔を引きずったまま人生に幕を閉じました。
ソニバーツ卿はヨハネスの後悔の念に憑りつかれて今回の事件を起こしましたが、
ロサミリスによってミラが救われたことは、牢獄の中にいるソニバーツ卿にも伝わっています。
(本当はソニバーツ視点を書こうと思ったのですが、諸事情でやめました)
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