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女豹の恩讐『死闘!兄と妹。禁断のシュートマッチ』(60) やさしいお兄ちゃん。
しおりを挟む麻美からの挑戦宣言を受け、龍太は勿論困惑したが、、いつか、こんな日が来るのではないか?と、漠然とした不安を前々から持っていた。
龍太は遠い日のことを思い出す。
今から10年以上も前、NOZOMIとの異性異種格闘技戦に敗れ帰らぬ人となった父の仏前にNOZOMIがやってきた日のことだ。(雌蛇の罠、最終回参照)
当時10才だった龍太、7才だった麻美までもが将来NOZOMIへの挑戦を口にした。父の仇討ちのつもりだった。
そんなふたりに、NOZOMIは「兄妹で挑戦者決定戦やれば? 勝った方の挑戦を受ける」なんて冗談混じりに言っていた。それが現実のものとなった。
あれから10年以上が経ち、この夏には龍太21、麻美は18になる。
もう、NOZOMIに対して父の敵なんて気持ちはなく、尊敬の念を抱くようにさえなった。それはNOZOMIの立ち上げた女子格闘技スクール(NLFS)に入ってまで目標に向かって頑張ってきた麻美も同じだろう。
勝ち負けは関係なく、父が命を懸けてまで戦った NOZOMI と戦うことはふたりにとっての目標、悲願なのだ。
(麻美は本気だな...)
しかし、龍太は悩んでいた。
公に挑戦宣言されても、龍太にとっては可愛い妹なのだ。
あの可愛かった麻美を本気で殴ることなんて出来るのか?
龍太は麻美の挑戦宣言にしばらくは
ダンマリを決め込んでいた。
格闘技関係者やマスコミに問われてもノーコメントを貫いた。
堂島佐知子は悩んでいた。
(血の繋がった実の兄妹なのに...)
いくらNOZOMIと戦うことが小さい頃からの夢といっても、兄と妹が血で血を洗うリングで争うなんて想像するだけで身が震える思いだ。
麻美の兄への挑戦宣言をテレビで観ていたとき、龍太の顔を窺うと顔を真っ青にして黙りこんでしまった。
(龍太だって可愛い妹とは戦いたくないわよね? 当たり前の感情よ)
佐知子はその話題には一切触れようとしなかった。龍太も自分の方からその話題に触れることはない。しかし、時折考え込んでいる様子を見せる。
悩んでいるのはその表情から分かる。
(考える必要なんかないわ。アナタは妹を殴ることなんか絶対出来ない。家族思いのやさしい子だもの...)
佐知子は麻美の頑固で言い出したら絶対に引かない性格を知っている。それは佐知子の血を受け継いだのかもしれない。だから、家族思いでやさしい龍太に期待している。龍太は必ず自分が身を引きNOZOMI戦は妹に譲るだろうと。あの子はそういう子だから...。
(この試合は絶対やらせちゃダメ!不吉で嫌な予感がするの)
ASAMIの兄への公開挑戦宣言から1週間経とうというのに、堂島龍太は沈黙を続け会見も開かず記者の取材にも応じない。しびれを切らしたG社マッチメイカー沼田がNLFS事務所に訪れた。彼はNOZOMIとの試合を拒んでいた植松拓哉を説得した腕利きだ。
「沼田さん、心配しなくても大丈夫。彼は必ず受けます。下手に接触しないで放っておけばいいわ」
NOZOMIはそう言った。
沼田はニヤッと笑った。
彼自身もそう感じていたからだ。
堂島麻美は兄龍太とは対照的に覚悟を決めていた。
沈黙を守る兄が悩み抜いているのは想像に難くない。兄はとてもやさしい性格だ。ワガママばかりの麻美を叱ることはあっても、いつも麻美を可愛がってくれた。妹思い、、否、家族のことを何よりも第一に考えてくれた。
父源太郎もそういう人だった。父が亡くなって、兄は自分が代わりに家族を守ろうとそう固く決心したはずだ。
(そんな兄に、私はリングで戦おうと挑戦宣言した。なんていう妹だ?と思っているに違いない。それを思うと私は心が痛む、やさしいお兄ちゃん...)
麻美だって本心では兄とは戦いたくない。心のどこかで「妹とは拳を交えたくない!」と、対戦拒否してくることを期待している。でも、それによってNOZOMIさんと戦えることになったらどんな気持ちになるだろうか?
それに、兄だってむざむざと夢を諦めるとは思えない。
兄と戦って敗れNOZOMIさんと戦えなくなっても麻美は納得出来る。
それは兄だって同じ気持ちだろう。
そうだろうか?
兄が妹にリングで倒されるという屈辱感はどれ程のものだろう?
この試合が実現したら、兄にとっては
想像を絶するプレッシャーがかかる。
それでも、これは兄が挑戦を受ける受けないというより、ふたりにとっては宿命のような気がする。
(絶対に避けては通れない道、お兄ちゃんとの試合は必ず実現する。それはとても心が痛む戦いになる。私は覚悟を決めた。やさしいお兄ちゃん相手であっても全力で倒してみせる...)
5月のゴールデンウィーク。
麻美が里帰りすると、佐知子、龍太、
麻美、そして継父今井の4人で食卓を囲んだ。楽しい焼き肉である。
笑った! いつも以上に楽しく笑った。
佐知子はいつにも増して笑顔で、龍太も麻美も珍しくよく喋った。
今井も一緒になって笑っていたが、どうしても違和感がある。
皆、意識して明るく振る舞っている。
その理由は分かっていた。
龍太はまだ麻美の挑戦宣言に沈黙を守り続けている。皆、そのことを分かっていながらその話題には触れない。
触れてしまうと一家団欒が壊れてしまうような気がするからだ。
佐知子は麻美の顔を見たとき、兄に挑戦宣言をしたことを撤回させたい衝動に駆られた。でも、それは無理なことは分かっていた。龍太が自ら身を引きNOZOMI戦を妹に譲ると信じている。
(下手に騒ぎ立てると言い争いになって
しまう。この話題はタブーなの)
楽しい食卓。
龍太も麻美もよく笑いよく喋ったが、ふたりは決して目を合わせようとしない。あまりにも不自然だ。
佐知子はちょっと気になっていた。
麻美は2~3日実家に泊まると、機嫌よく寮に帰っていった。とうとう最後まであの話題はタブーのままであった。
麻美が帰った翌朝のこと。
佐知子が朝早くリビングに行くと、龍太が何事か考えているようで、ジッとソファに座っている。
嫌な予感がする佐知子。
「龍太、どうしたの?...」
「お母さん、ちょっと話しがあるんだけど、、いいかな?」
「・・・・・・」
龍太の表情は緊張している。
(龍太、お願いだから変なこと言わないでね。どうしたのそんな怖い顔で?)
佐知子は祈りにも似た気持ちで龍太の顔をジッと見た。
「お母さん、ごめんなさい! 色々悩んだけど、僕は麻美の挑戦を受けると決めました。お母さんの気持ちは痛いほど分かるけど、このまま夢を諦めれば一生後悔します。それにこれは、最初から決められていた宿命なんです」
「な、何を言ってるの? 宿命だなんてそんな非科学的なこと。アナタの夢は麻美が叶えてくれる。それでいいじゃない。天国のお父さんだって龍太と麻美が戦うことを知れば悲しむわ...」
龍太の目を見てドキッとした。
(ああ~! この目は決意が固い...)
その翌日。
堂島龍太はマスコミを集めた。
「堂島龍太はASAMIこと堂島麻美の挑戦を受けることを決心しました。受けるからには例え実の妹であろうと容赦しません。兄に挑戦するということはどういうことなのか? ASAMIは後悔することになります!」
“ 禁断の兄妹シュートマッチ実現 ”
翌日の各スポーツ紙にそんな見出しが躍った。
つづく
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