最弱ステータスからの英雄譚 〜死に戻りスキルで世界を救う〜

蒼月

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 黒い霧が立ち込める谷底に、巨大な尖塔が突き刺さるように建っていた。

 それが、魔王《ヴェルト=アラザール》の居城。
 千年前より存在するとされる、魔族の王が住まう死の宮殿。

 その前に、ただ一人で立つ男がいた。

 ——一ノ瀬ユウト。
 かつて最弱と呼ばれ、追放された青年。
 今や、死を司る者《死王》として、この城門に挑む。

 「……思ったより……静かだな」

 ユウトは呟き、手のひらに《記憶石》を握り込んだ。

 この数日間、王都を守った後も、彼は“死”を使って情報を集め続けていた。
 潜入、失敗、死亡、巻き戻り……それを百回以上繰り返し、この城の構造、魔族の配置、罠の数まで把握している。

 その数、実に112回の死。

「今回は、“勝ち筋”を確保してある」

 ユウトは、ゆっくりと片膝をついた。
 そして、“記録点”を設定する。

 ——《死王スキル:時間固定》発動。
 《現在の状態を記憶。死亡時、この状態に巻き戻り。保持経験値・スキル記憶は有効。》

 城門が開いた。

 暗黒の魔力が渦巻く空間の中に、ユウトは一歩、また一歩と足を踏み入れる。

 「来たか、人間。……否、死の気配を纏う者よ」

 王の間に佇む影が、低く語りかけてきた。

 漆黒の甲冑に包まれた巨体、漆黒の翼、紫電を帯びた両眼。
 魔王《ヴェルト=アラザール》。

 「我を討ちに来たか、小さき者よ」

 「いや、違うな」

 ユウトは剣を抜き、構える。

 「……お前の存在を、この世界から“上書き”しに来た」

 戦いが始まった。

 第一撃は、魔王の咆哮。
 音そのものが殺意を帯び、空間を震わせる。

 ——即死。鼓膜破裂、心臓麻痺。
 そして、ユウトは静かに死んだ。

 巻き戻り。

 再挑戦。

 今度は耳栓を使い、魔力耐性を装備して臨む。

 魔王の咆哮を防ぎ、次の瞬間には真紅のブレス。
 熱量で空間が焼け、酸化現象で酸素が消える。

 ——窒息死。

 巻き戻り。

 酸素補充用の魔石を用意。呼吸持続術式を準備。再挑戦。

 次は、空間歪曲攻撃。
 重力の向きが数秒ごとに反転し、身体が引き裂かれる。

 ——内臓破裂。

 巻き戻り。
 装備の配置を変える。結界陣をあらかじめ仕込む。
 術式記憶による即時防壁展開。

 ——撃ち合い、斬り合い、睨み合い。
 数秒の優位、数分の持ちこたえ——そして死亡。

 数えきれない死を繰り返す中で、ユウトはわずかな“手応え”を掴んでいく。

 「貴様……何度倒しても、なぜ立ち上がる……!」

 数十回目の戦闘後、初めて魔王が焦りを見せた。

 「その身体、何度死んでも衰えぬ。……貴様、何者だ!」

 ユウトは笑った。

 「お前にはわからないだろうな。“死ぬ”ってことの意味が」

 「我は、死を支配する者だぞ!」

 「違う。“死”を恐れない奴に、真の“支配”はできない」

 そして——

 第99戦目。

 ついにユウトは、魔王の全攻撃パターン、魔力量、再生能力の限界、瞬間火力と硬直のタイミングを完全に記録し終えた。

「終わりにしよう。次が……最後だ」

 再び、巻き戻り。

 第100戦目。

 ユウトは、あらゆるスキルを最短動作で組み合わせ、あらかじめ刻印した転移陣・封印術式・魔力遮断結界を同時起動。

 魔王の咆哮は、無音の空間に打ち消され。
 ブレスは結界で折れ、反転して己の身を灼く。
 そして、ユウトの手には——《獣王の牙》と、《竜殺しの剣》が握られていた。

「これが……“死王”の結論だ!」

 叫びとともに放たれた連撃が、魔王の胸部を穿ち、心核に突き刺さった。

 魔王の身体が膝を折る。

 「我が……敗れる、だと……?」

 「何百の命をくれてやった。それだけの価値はあったさ」

 魔王は崩れ、静かに塵となって消えた。

 その瞬間、城全体に張り巡らされていた魔力網が瓦解し、周囲の魔族も霧散していく。

 長きにわたった戦争は、こうして終わりを告げた。

 ユウトは膝をついた。

 疲労は限界。
 だが、心は静かだった。

 「これで……ようやく、死ななくて済むな……」

 空を見上げる。朝日が、城の裂け目から差し込んでいた。

 それは、数百の死と、数えきれぬ痛みを超えた者だけが見ることを許される——光だった。
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