生き抜きたいのなら「刻」をみがけ

たぬきち25番

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39 準備も手際よく

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 鉄は持っていた籐の入れ物の中から狩衣や単衣や立烏帽子を引っ張り出した。
 定期的に虫干ししていたおかげで、状態は悪くはなかった。

「鉄・・。狩衣なんて持っていたんだな。」

 宗が感心したように言った。

「まぁ‥。一応な。」

 鉄の一族はかつて、天皇家や平氏や藤原氏にも刀を献上する刀鍛冶だった。そのため貴族に会うために正装も一通り持っていたのだ。

(まぁ。いざという時に売るために大切に持っていたんだが・・。まさかこいつを必要とする日がこんな形でくるなんてな・・。)

 鉄が感慨深い思いで立烏帽子を手に取った。

「ああ。立烏帽子はいらない。ここでは誰も付けてないからな。」
「そうか・・。」

 宗に言われて、鉄は帽子を丁寧に戻した。そして慣れた手付きで狩衣を着ると、宗の方を向いた。

「行こう。」
「ああ。だが・・。」

 宗が顎に手を当てて、上から下まで眺めた。

「なんだ?」

 鉄が怪訝な顔で宗を見た。

「そうして見ると、鉄はいい男だな。」
「そりゃあ~どうも。」

 宗がニヤリを笑うが、鉄は表戸に向かった。

「ほら。行くぞ?至急だろ?」
「至急だったんだが・・。こんなにも早く用意できるとは思わなくてよ。これならのんびり歩いて行けそうだ。」

 宗が笑いながら頭を掻いた。

「そうか・・。それは僥倖だな。」

 大倉御所に行く途中、宗が呟いた。

「この衣装がこんなにすぐに万全の状態で出てくるなんて人間がどのくらいいるだろうな・・。」

 鉄が当たり前のように言った。

「そんなの大勢いるだろうさ。」

 すると、宗が小さく笑った。

「わかってねぇな。こんないつ着る機会があるかわからない服が、虫くいも皺のほとんどない状況ですぐにでてくるなんざ、奇跡だよ。
でもまぁ。そんだけ物を大切にしてる鉄だからこそ、こうして鎌倉殿に会う機会があったんだろうな。たいしたやつだよ。鉄は。」
「たかが、衣がすぐ出てきたぐれぇ~で、大袈裟なだな、宗は。」

 鉄は呆れたように笑ったが、その顔を見た宗は今朝の自分の様子を思い出して、溜息をついたのだった。

「はぁ。わかってねぇ~なぁ~。」

 宗は今朝、鎌倉殿の意向を聞いた後すぐに鉄の元に向かわず、自宅に戻った。
 実は鉄のために、自分の正装を貸そうと思っていた。

 イトと母と3人で家中を探したが、普段滅多に着ないものは中々見つからないし、やっと見つけたと思っても虫に食われていて、貸せる状況ではなかった。
 だから早めに行って、大倉御所で正装を借りようと思っていたのだ。

 御所では急な謁見や貧しくて正装を用意できない武士のために頼めば、正装を借りることができたからだ。ただ身体に合っていないため不格好に見えるが、その辺りはみんな目を瞑っていた。

 懸念は、衣装を借りる時は数日前から打診をしなけらばならないということだった。
 当日だと、衣装を借りることが出来ない場合もあるらしい。
 大倉御所の衣装を貸す場所だってそうなのだ。
 普段正装をする機会のない者が、正装がすぐに用意できるなんて人物はそうそうとお目にかかれない。


 ところが鉄は大倉御所に行くと決まった直後に、すぐにでも着ていけそうな状況の衣装を取り出した。
 鉄は当然のことのように言うが、これは中々できることではなかった。
 まるで、鉄が鎌倉殿に会うのは初めから決まっていたかのような出来事に宗は小さく笑った。

「『徳、孤ならず。必ず隣あり。』ってな。」
「なんだって?」
「なんでもねぇよ。行くぞ。」

 宗は小走りで鉄の側に向かった。



 本来なら走って行くところだが、思いの外、準備が早く出来たおかげで、鉄と宗はのんびりと大倉御所に向かった。

「今朝決まったことなのにな・・。」
「そうか・・。大変だったな。」

 鉄がのんびりと返した。
 宗はよく鎌倉殿の前に人を案内しているので、鎌倉殿の前に出る前にどれほど人が慌てて準備しているかも知っていた。

「数日前に決まっても普通は慌ててるもんなんだぜ?」
「そうなのか・・大変だな・・。」

 鉄はどこか他人事のように答えた。

「鉄・・・。今から鎌倉殿に会うってわかってんのか?」
「ああ。だから狩衣なんか着てんだろ?」

 当然だと答える鉄を見て宗は思わず笑ってしまった。

「鉄はいつでも鉄だよな。」
「何言ってんだ?俺じゃ無い方が怖いだろ?」
「ん~いまいち、俺の気持ちが伝わってねぇ~な~。」
「そういや~人の気持ちなんて言葉にされてもわからねぇもんだって、言ってたな・・。」
「誰が?」
「イトさん。」

 宗が眉間に皺を寄せて、こめかみを抑えた。

「・・・・そうか。それであいつは縁談がまとまらねぇのか・・。」

 そろそろ御所が見えてきた。

 大倉御所が近くなると、多くの顔見知りの武士を見かけた。
 宗と鉄はあいさつをしたが、誰も宗と一緒にいるのが、鉄だとは気付かなかった。

「はは。誰も鉄だと気付かねぇな。」

 宗が愉しそうに肩を揺らした。

「衣一つでそんなに変わるもんかねぇ~?」
「そうだな。別人だな。」
「別人ねぇ~。そんなに変わるもんなのか・・?」
「鏡を見たことはないのか?」
「鏡?そうだな~年に一度、神社に参る時にちらっと写るくらいだな。」

 宗がすまなそうに頭を掻いた。

「聞いた俺が悪かった。」

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