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65 生き抜きたいのなら「刻」をみがけ【最終話】
しおりを挟む数か月後。
「そういえば、もうすぐ生まれんじゃねぇか?」
鉄の店には今日も相変わらず、刀を持ち込む武士で溢れていた。
「ああ。俺にはよくわかんねぇが、『下がってきてる。』って言ってたな~。」
「そうか・・。俺にもよくわかんねぇ~な。」
今、鉄は宗の家で店を構えていた。
宗の家は元々大きかったし、何より鉄はこの家の庭が気に入っていた。
「水連か・・。見事だな。」
「ああ。」
草で見えなくなっていたが、この家には小さな池があり、水連が咲いていたのだ。
今は昼時なので眠っているように見えた。
鉄は伸びをすると、刀に向かった。
・
・
・
夕刻になった。
鉄がそろそろ終わりにするかと、腰を上げたところで、宗が戻ってきた。
「お疲れ。」
「ああ。なぁ、まだ生まれてないのか?」
「ああ。まだだな。」
宗が、がっかりと肩を落とした。
「そうか・・。急いで帰って来たのにな。」
宗の額には汗が噴き出していた。
「はは。そうみたいだな。」
「俺、様子見てくるな。」
「おお。」
スッーと、表戸が静かに開いた。
「失礼するよ。」
入ってきたのは、すっかり常連になった景時殿だった。
「宗。帰っていたのだな。」
「はい。景時殿ゆっくりしていって下さい。それではこれで。」
宗は景時に軽くあいさつをすると、バタバタと家に中に入って行った。
「ああ。景時殿。刀、預かる。」
鉄が手を出すと、景時が神妙な顔で、鉄の耳に口を近づけた。
「由比ヶ浜へ急げ。」
「・・・・え?」
状況はわからなかったが、景時の真剣な様子に鉄は由比ヶ浜に急いだ。
「ギャー。アギャー。オギャー。」
赤子の鳴き声が聞こえた。
「チッ!どこだ!!」
鉄は懸命に赤子を探した。
すぐと、人が来ない岩陰に赤子が置き去りにされていた。
きっと泣き声が聞こえなかったら絶対に見つからなかっただろう。
鉄は、真っ赤な顔で泣く赤子を抱えて急いで家に戻った。
(死ぬんじゃねぇぞ!!)
家に戻ると、家の中はバタバタしていた。
「鉄!!どこ行ってたんだ!!もうすぐ生まれるぞ?」
「ああ。」
鉄の腕の中には泣き疲れて眠った赤子の姿が見えた。
宗が、眉間に皺を寄せ、鋭い目で鉄を睨んだ。
「鉄・・その赤子は?」
鉄が息を吐いた。
「由比ヶ浜に置き去りにされていた。」
すると、宗が顔を真っ青にした。
「由比ヶ浜だと?」
「ああ。」
すると、宗が目を細めた。
「景時殿か・・・。」
「そうだ。」
鉄が訳知り顔の宗に尋ねた。
「この赤子は誰の子だ?」
宗は、ゴクリと息をのんで、真剣な顔で鉄を見据えた。
「その赤子は、静御前のお子だ。」
「静御前?」
「・・・・・源義経殿のお子だ。」
「・・・・・!!!!」
鉄の赤子を持つ手が震えた。
宗が、鉄の手を支えた、真剣な顔になった。
「他の武士連中の目を欺くために双子として育てる。」
「だが!!義経殿の御子なら俺とは全く顔の作りが違う御子に成長するぜ。」
宗が深い溜息を付いた。
「なるほど、それで俺に京に行く話がでたのか・・。」
「おまえ、京に行くのか?」
宗は鉄を困ったような顔で見た。
「実は俺に、京に行く話が出た。京に居を移してあちらに住む予定だった。」
「京に?」
「ああ。俺だけが行くつもりだったが・・みなで京に行こう。」
「京に・・・。」
宗が奥歯を嚙み締めた。
「それにここにいたら、皆が危険かもしれない・・。」
「危険だと?」
「ああ。実は今後、平泉を攻める可能性がある。」
「平泉を?!なぜだ?」
「九郎殿を匿っているからだ・・。」
鉄は青い顔をした。
「だが・・鎌倉殿は九郎殿を助けたかったんじゃあ・・・。」
宗が辛そうな顔をした。
「鉄。落ち着いて聞いてくれ。恐らく、九郎殿を平泉に逃がしたのは・・・平泉を・・・攻めるためかもしれねぇ・・・。」
「なんだと・・?」
「だから、九郎殿の子を育てる以上鎌倉は危険だ。京に移ろう。」
鉄は思わず腕の中で眠る赤子を見た。
「景時殿は平泉を攻める罪滅ぼしにこの赤子を俺に助けさせたのか?」
「そうかもしれねぇな・・。赤子に罪はないからな。」
そして、宗が溜息をついた。
「京でなら、双子として育てなくてもいい。だから顔の作りが違っても問題はない。ああ、そうだ! 京では俺の子として育てよう!」
「宗の子?」
「ああ。それなら顔の作りは、妻似だと言ってごまかせるだろう。」
「だが、それではお前は生涯、妻を持てぬのではないか?」
宗は柔らかく笑った。
「どうせ俺には妻子は持てぬと諦めていた。それが、子だけでも持てたのなら僥倖だ。」
鉄が宗を見据えた。
「それでいいのか?」
宗も鉄を見据えた。
「ああ。」
宗は、鉄の腕から赤子をゆっくり受け取った。
「なんだ!! 赤子というのは何とも恐ろしい抱き心地だ。壊れてしまうのではないか?!」
「だな。俺も必死だったからな。今になると恐ろしい。」
宗は赤子を見た。
「男児か・・・『矢羽』と名付けてもいいだろうか?」
「・・・そりゃあ~。厳しい男になりそうだな。」
鉄は祖父を思い出した。
どこまでも真っすぐで、妥協せず、ただ人の命を守る刀に生涯を捧げた。
宗が矢羽に手を近づけると、弱々しい力で宗の指を掴んだ。
「はっ!見ろ鉄。俺を気に入ったようだぞ!」
「ああ。そうだな。」
すると奥から、「オギャー、オギャー。」と元気な赤子の声が聞こえた。
宗が優しく微笑んだ。
「行ってこい。」
「ああ。」
鉄はイトの元に走っていった。
鉄の子は玉のような女の子だった。
「イト、ありがとう。お疲れ様。」
「ふふふ。鉄さん、名前決まりました?」
鉄が優しく微笑んだ。
「『サヤ』ってのはどうだ?」
「さや・・。はい。この子はサヤですね。鉄さんらしい優しくて素敵な名前ですわ。」
イトが嬉しそうに笑った。
しばらくして、宗が矢羽を抱いて入ってきた。
イトは驚いていたが、一緒に育てることを快く了承してくれた。
「すまない。」と鉄が頭を下げるとイトが頬を膨らませた。
「私が赤子を見捨てる女だとでも? 鉄さん、兄上、この命私たちで繋げましょう。」
美しく笑うイトを見て、心からこの女と一緒になれてよかったと思った。
・
・
・
その後、鉄は京で腕利きの刀研ぎ師として天寿を全うした。
鉄の周りには生涯、大切な者たちの笑顔で溢れていた。
【完】
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maro.tan様
こんな、嬉しい感想を頂けるなんて……。
((っ´;ω;)っ
とても嬉しくて泣きました。
教科書に載っている人はもちろん凄い人たちだけど、
その人たちを影ながらに支えた教科書に載らない人たちもきっと偉大だったと思うのです。
この『生き刻』は、また文章レベルを上げて書き直したいと思っているので、御言葉大変有難いです!!
本当に、本当に嬉しくて有難い感想に感謝したします!!
本当に素晴らしい作品で一気に読んでしまいました。
主の伝記物、もっと読んでみたいです
ねこるん様
大変嬉しい感想ありがとうございます。
とても嬉しいです。
今後歴史考察を深め、再び歴史物には挑戦するつもりですので、
その時はどうぞ遊びに来て下さい。