18 / 30
18 定番の質問
しおりを挟むロダンやガイ、ライドが戻って来て、ガイが呟くように言った。
「今回も無事に済んだな。……少しは陛下がこれ以上、気弱になるのを防げるな」
陛下が気弱になる??
一体、何の話だろうか?
「陛下ももう少し、どんと構えてくれたらいいのにな……」
ロダンが眉を下げた。
陛下が『気弱』……またしてもこれは、『掃除』のような隠語だろうか?
私は女官をしていたので、陛下を拝謁したことは何度かあるが……『気弱』とは正反対の威厳に満ちた人物だった。
私が陛下のお人柄を思い浮かべながら首を傾けていた時だった。
ガイが私を見て楽しそうに笑った。
「イリスさんは、自分が少し戦えるから今回の清掃を承諾してくれんだな!!」
みんなの視線が一斉に集まって、私は悩んだ。
だが、戦闘に自信があるというわけではない。
私はとにかくヒマを持て余していたので、一人で黙々と剣の訓練していた。
『落ちて来る花びらをひたすら二つに切れるように』繰り返し、繰り返し訓練したに過ぎない。
最初は全く切れなかったが、今ではお手のものだ。強風でも吹いていない限りは切れる。
つまり私は、最近では花びらを切るという訓練しかしていないので、人を相手にして訓練したことはほとんどないので戦闘には本当に自信がない……
「そういうわけではなく……運河の水面に浮かんでいるゴミを取る作業をするのかと……運河の清掃とおっしゃっていたので……」
私が素直に勘違いしていたことを告げると、リカルド、ガイ、ロダン、ライドが目を大きく開けた。
そしてリカルドが大きな声を上げて私を見てオロオロとしていた。
「え? 掃除を賊の討伐だと知らなかった!?」
甲板にリカルドの大きな声が響き渡った。
「はい……先ほども言いましたが、てっきり、水面に浮いてるゴミを拾うのかと……ゴミを拾ったりする作業なら、その……お手伝いしたいなと……」
ロダンが驚きながら言った。
「そうか、普通は知らないのか……」
ガイも目をパチパチさせた。
「そうだな……あまりにも当たり前過ぎて、一般人が知らないなんて思えなかった……な」
「船で清掃ったら、賊の討伐以外ありえねぇ。むしろ、一般人が知らねぇのが驚きだぜ。多分ラーン伯爵領で知らねぇヤツはいないんじゃねぇか?」
最後にライドがラーン伯爵領に置いての常識的だということを教えてくれた。
つまり、この船に乗っているみんなにとって……
船+掃除=賊討伐
この図式はまるで1+1=2と同じくらい当たり前のことのようだ。
これがまさにカルチャーショックだ。
「イリスさん、すまねぇ、何にも説明がないまま戦いに突入しちまって……イリスさんも怖かったよな……本当に面目ねぇ……」
リカルドが、無いはずの耳と尻尾を下げるように目に見えてシュンとした。
「顔を上げてください。この場合、そもそも常識が違うのですから、気づきようがないですよ。その……これまで全く違う場所でお互いに育ったのですから、こんな風に常識が違って勘違いすることがあるのだと知って勉強になりました」
そう、リカルドと私は育った場所も違うし、歳だって違う。立場だって違うし、性別だって違う。
もう本当に何もかもが違うのだ。
だからこそ、自分の思い込みで行動すると全く違う結果を招くことになることを知ったいい教訓になった。
「そんな風に言ってくれて……本当にありがとうな」
リカルドはそう言うと、私を見て真剣な顔をした。
「イリスさん、俺は今後こんな風にイリスさんに誤解をさせたくねぇ。今回は、賊の討伐だったが、今後、もっと二人の生活とか、どうしても譲れねぇこととか、そういう大事なことで誤解させたくねぇし、したくもねぇ」
リカルドの瞳は怖いほど真剣だった。
それくらい、私とのことを考えてくれているのを感じて胸が熱くなった。
「リカルド……ありがとうございます。嬉しいです」
リカルドが私を見て、顔を赤くして顔に片手を当てた。
そんな彼を見たら、なんとなく何も言えなくなってしまった。
「お~~い。若、『イリスさんが可愛い~~』とか言って照れてる場合じゃねぇだろ?」
ガイの声が聞こえて、そう言えば、ガイたちも近くにいたことを思い出した。
「え? 声に出してたか!?」
「あ、俺たちの存在を思い出した。まぁ、声には出てなかったが、顔には出てたな……」
ライドが棒読みで言った。
「まぁ、これ以上は野暮だな。報告会議の時間は昼飯の後にしてやるから、リカルドは今後の対策を立てろ」
ロダンがそう言って背中を向けた。
「え? 報告会議? そちらを優先してください……」
私が声を上げるとライドが目を細めて言った。
「いやいや、もしも若がここでしっかりと今後の対策を立てずに、イリスさんにフラれたら……絶対に荒れるわけよ。そっちの方が超迷惑!! 若の機嫌のためにもこっちの方が優先なわけ。さて、昼の仕込みは済んでいるが厨房に戻るわ。じゃあな」
ライドも私たちに背を向けた。
「若たち夫婦の初の作戦会議だな、頑張れよ!!」
ガイも背中を向けて去って行った。
「夫婦の作戦会議……」
リカルドはそう呟くと、私をじっと見つめた。
「あ……その、なんだ……イリスさんの……ご趣味は?」
「趣味……ですか?」
「そう、なんでもいい。イリスさんが好きなこととか、邪魔されたくねぇな、ってことを知りてぇ」
趣味……確かに現代でも『ゲーム』や『推し活』における時間やお金の使い方は夫婦に影響を与えると聞いたことがある。
だが、電子機器のないこの世界で、ゲームや推し活をするのはかなり困難だ。
こっちの世界に来て私が一番ハマって、夢中になっていたこと……
剣――
いや、でも……あれは訓練というか習慣の延長……
必死で考えて、ようやく一つだけ見つけた。
「あ、鳥です」
「鳥? 鳥が好きなのか? 焼くのか? 煮るのか?」
リカルドの言葉に慌てて首を振った。
「あ、いえ。鳥の鳴き声を聞いて、何を言っているのか、分析するのが好きなのです」
昔、鳥の会話がわかるという人の本を読んだ。
私はそれに非常に興味を持ち、自分でも鳥の鳴き声を分析していた。
こっちに来てからは、娯楽がほとんどないのでかなりヒマになったが、周りに鳥はたくさんいるので、独自の分析を続けて、城付近にいる鳥の鳴き声からある程度わかるようになった。
そのため、なんどか蛇に襲われそうになっている雛を助けたことがあるし、空は晴れていたが傘を持って行って、午後から雨が降り、同僚に準備がいいと言われたことがある。
何度も言うが、こちらの世界は本当にっっヒマなのだ。
『美味しいカフェがある』と言ってもメニューは少ないし、あまり数も多くないので飽きる。
ショッピングと言ってもあまり店もなく、一度見れば商品はほとんど入れ変わることもない。
そうなってくると、城の中にあるお店で、必要最低限の物を揃えればいいか、となる。
休みの日は剣の訓練と、鳥の観察くらいしか本当にやることがなかったのだ。
「ああ、悪い。食べるって発想しかなくて、気分を害していたらすまねぇ。だが、鳥が何を言っているのか、分析って具体的に何がわかるんだ?」
「そうですね。鳥に危険が迫ってるという鳴き声や、天気が変わるっぽい鳴き声や、求愛とかです。でも、すべての鳥がわかるわけじゃなくて、城付近に来ていた鳥だけですが……」
話をして気づいた。
(あ、あまりにも趣味が無さすぎて、つい言っちゃけど、こんなこと言っても信じてもらえないどこか、おかしいと思われる!!)
私はバカなことを言ってしまったと後悔していると、リカルドは真面目な顔で言った。
「へぇ~~。それじゃあ、この辺りの海鳥もずっと観察すれば、天気の崩れがわかるかもしれねぇってことか?」
海鳥については船に乗ってからずっと無意識に観察して、すでに、数パターンの鳴き声があるというのは掴んでおり、そのうち彼らの危険を知らせる鳴き方は把握していた。
「そうですね。鳴き方にパターンがあるのはすでに掴んでいるので……観察を続ければ、わかるかもしれません」
「そいつはすげぇ!! そもそも鳥が言葉を話しているなんて考えたこともねぇ!!」
リカルドは興奮気味に私の数少ない趣味を褒めてくれた。
私はなんだかくすぐったい気持ちでリカルドを見た。
「リカルドの……ご趣味は?」
リカルドは眉を寄せて真剣に考えながら口を開いた。
「剣の稽古は……よくするけど、趣味って感じじゃねぇし……船に乗って出かけることかな?」
「こんな風にですか?」
リカルドは嬉しそうに笑いながら言った。
「ああ、そうだ。こんな風に。陸を離れる時と着陸する時の高揚感はなんとも言えねぇんだよな」
「リカルドは、普段は何をしているのですか? 船には乗らないのですか?」
「ああ、本当は毎日船に乗りてぇんだが、うっかり親父から領主を押し付けられちまった。親父は今頃仲間と自由きままに船に乗って楽しんでるってのに、俺は……毎日毎日意味のわかんねぇ書類仕事ばっかりで、本当にイヤになる」
「ああ、そういえばリカルドはすでに爵位を譲り受けていますよね?」
普通は、嫡男が爵位を継ぐのはもっと遅い。
「そうなんだよ。親父のヤツ。俺が成人したら、さっさと俺に全部任せて、自分は好きなことしてる。おかげで全く領にはいねぇ。おかげで俺は、慣れねぇ書類仕事にまみれて、枯れ果ててしまいそうだ……イリスさんはどんな仕事してたんだ?」
リカルドは少し冗談ぽく言っているが、本当に書類仕事が好きではないのだろう。
「私は……」
自分のこれまでの仕事について答えようとした時だった。
カーン、カーンと鐘が鳴った。
先ほど鐘が鳴って、戦闘が始まったので、身構えてしまった。
そんな私を見てリカルドが困った顔をしながら言った。
「ああ、これは戦闘じゃねぇ。昼飯20分前を告げる鐘だ。船が停泊中は、みんなで一斉に食事を取るが、動いてるときは、半分に分かれて食べる。食べてない方が船の見張りとか舵取り。そして俺たちは前半だから、急いで食堂に行こうぜ。話の続きはまたの機会に聞かせてくれるか?」
「はい」
私が歩きだそうとするとリカルドが手を差し出した。
「あ~~その、エスコートって言っていつまでも手をつなぐわけにはいかねぇよな……たまに、こうして俺と手……繋いでくれないか?」
「え?」
急激に顔に熱が集まる。
見るとリカルドも顔だけじゃなくて、首まで真っ赤になっていた。
「いや……無理にとは言わねぇが……」
リカルドが手を戻そうとしたので、私はリカルドの手を取った。
「うわっ!!」
急にリカルドが大きな声を上げて私を見た。
「いいのか?」
私はうなずきながら「はい」と答えた。
そしてなんだかくすぐったい気持ちでリカルドと手を繋いで食堂に向かったのだった。
1,076
あなたにおすすめの小説
「地味で無能」と捨てられた令嬢は、冷酷な【年上イケオジ公爵】に嫁ぎました〜今更私の価値に気づいた元王太子が後悔で顔面蒼白になっても今更遅い
腐ったバナナ
恋愛
伯爵令嬢クラウディアは、婚約者のアルバート王太子と妹リリアンに「地味で無能」と断罪され、公衆の面前で婚約破棄される。
お飾りの厄介払いとして押し付けられた嫁ぎ先は、「氷壁公爵」と恐れられる年上の冷酷な辺境伯アレクシス・グレイヴナー公爵だった。
当初は冷徹だった公爵は、クラウディアの才能と、過去の傷を癒やす温もりに触れ、その愛を「二度と失わない」と固く誓う。
彼の愛は、包容力と同時に、狂気的な独占欲を伴った「大人の愛」へと昇華していく。
【完結】何故こうなったのでしょう? きれいな姉を押しのけブスな私が王子様の婚約者!!!
りまり
恋愛
きれいなお姉さまが最優先される実家で、ひっそりと別宅で生活していた。
食事も自分で用意しなければならないぐらい私は差別されていたのだ。
だから毎日アルバイトしてお金を稼いだ。
食べるものや着る物を買うために……パン屋さんで働かせてもらった。
パン屋さんは家の事情を知っていて、毎日余ったパンをくれたのでそれは感謝している。
そんな時お姉さまはこの国の第一王子さまに恋をしてしまった。
王子さまに自分を売り込むために、私は王子付きの侍女にされてしまったのだ。
そんなの自分でしろ!!!!!
地味な私では退屈だったのでしょう? 最強聖騎士団長の溺愛妃になったので、元婚約者はどうぞお好きに
有賀冬馬
恋愛
「君と一緒にいると退屈だ」――そう言って、婚約者の伯爵令息カイル様は、私を捨てた。
選んだのは、華やかで社交的な公爵令嬢。
地味で無口な私には、誰も見向きもしない……そう思っていたのに。
失意のまま辺境へ向かった私が出会ったのは、偶然にも国中の騎士の頂点に立つ、最強の聖騎士団長でした。
「君は、僕にとってかけがえのない存在だ」
彼の優しさに触れ、私の世界は色づき始める。
そして、私は彼の正妃として王都へ……
乙女ゲームの悪役令嬢の兄の婚約者に転生しましたが傷物になったので退場を希望します!
ユウ
恋愛
平凡な伯爵令嬢のリネットは優しい婚約者と妹と穏やかで幸福な日々を送っていた。
相手は公爵家の嫡男であり第一王子殿下の側近で覚えもめでたく社交界の憧れの漆黒の騎士と呼ばれる貴族令息だった。
結婚式前夜、婚約者の妹に会いに学園に向かったが、そこで事件が起きる。
現在学園で騒動を起こしている第二王子とその友人達に勘違いから暴行を受け階段から落ちてしまう…
その時に前世の記憶を取り戻すのだった…
「悪役令嬢の兄の婚約者って…」
なんとも微妙なポジション。
しかも結婚前夜で傷物になる失態を犯してしまったリネットは婚約解消を望むのだが、悪役令嬢の義妹が王子に婚約破棄を突きつける事件に発展してしまう。
転生先が意地悪な王妃でした。うちの子が可愛いので今日から優しいママになります! ~陛下、もしかして一緒に遊びたいのですか?
朱音ゆうひ@11/5受賞作が発売されます
恋愛
転生したら、我が子に冷たくする酷い王妃になってしまった!
「お母様、謝るわ。お母様、今日から変わる。あなたを一生懸命愛して、優しくして、幸せにするからね……っ」
王子を抱きしめて誓った私は、その日から愛情をたっぷりと注ぐ。
不仲だった夫(国王)は、そんな私と息子にそわそわと近づいてくる。
もしかして一緒に遊びたいのですか、あなた?
他サイトにも掲載しています( https://ncode.syosetu.com/n5296ig/)
【完結】人生2回目の少女は、年上騎士団長から逃げられない
櫻野くるみ
恋愛
伯爵家の長女、エミリアは前世の記憶を持つ転生者だった。
手のかからない赤ちゃんとして可愛がられたが、前世の記憶を活かし類稀なる才能を見せ、まわりを驚かせていた。
大人びた子供だと思われていた5歳の時、18歳の騎士ダニエルと出会う。
成り行きで、父の死を悔やんでいる彼を慰めてみたら、うっかり気に入られてしまったようで?
歳の差13歳、未来の騎士団長候補は執着と溺愛が凄かった!
出世するたびにアプローチを繰り返す一途なダニエルと、年齢差を理由に断り続けながらも離れられないエミリア。
騎士団副団長になり、団長までもう少しのところで訪れる愛の試練。乗り越えたダニエルは、いよいよエミリアと結ばれる?
5歳で出会ってからエミリアが年頃になり、逃げられないまま騎士団長のお嫁さんになるお話。
ハッピーエンドです。
完結しています。
小説家になろう様にも投稿していて、そちらでは少し修正しています。
【完結】貧乏子爵令嬢は、王子のフェロモンに靡かない。
櫻野くるみ
恋愛
王太子フェルゼンは悩んでいた。
生まれつきのフェロモンと美しい容姿のせいで、みんな失神してしまうのだ。
このままでは結婚相手など見つかるはずもないと落ち込み、なかば諦めかけていたところ、自分のフェロモンが全く効かない令嬢に出会う。
運命の相手だと執着する王子と、社交界に興味の無い、フェロモンに鈍感な貧乏子爵令嬢の恋のお話です。
ゆるい話ですので、軽い気持ちでお読み下さいませ。
側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、孤独な陛下を癒したら、執着されて離してくれません!
花瀬ゆらぎ
恋愛
「おまえには、国王陛下の側妃になってもらう」
婚約者と親友に裏切られ、傷心の伯爵令嬢イリア。
追い打ちをかけるように父から命じられたのは、若き国王フェイランの側妃になることだった。
しかし、王宮で待っていたのは、「世継ぎを産んだら離縁」という非情な条件。
夫となったフェイランは冷たく、侍女からは蔑まれ、王妃からは「用が済んだら去れ」と突き放される。
けれど、イリアは知ってしまう。 彼が兄の死と誤解に苦しみ、誰よりも孤独の中にいることを──。
「私は、陛下の幸せを願っております。だから……離縁してください」
フェイランを想い、身を引こうとしたイリア。
しかし、無関心だったはずの陛下が、イリアを強く抱きしめて……!?
「離縁する気か? 許さない。私の心を乱しておいて、逃げられると思うな」
凍てついた王の心を溶かしたのは、売られた側妃の純真な愛。
孤独な陛下に執着され、正妃へと昇り詰める逆転ラブロマンス!
※ 以下のタイトルにて、ベリーズカフェでも公開中。
【側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、陛下は私を離してくれません】
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる