婚約破棄までの七日間

たぬきち25番

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タイムリミットまであと【7日】

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「もう、アルベルト殿下ったら~~」
「ははは。カルラ……そんな顔しても可愛いだけだぞ?」
「ええ。本当に」

 噴水前の花に囲まれたこの学園で一番目立つベンチでは、次期国王であるアルベルト殿下と、騎士団団長嫡男クイール、宰相家三男エディ、そして、最近男爵家から伯爵家の養子になったカルラが楽しそうに談笑していた。
 まるで青春を謳歌するかのように楽しそうに寄り添い、笑う彼らとは対照的に、バラの影から彼らを見ながら眉を寄せ、苦い顔をしている女性たちの姿があった。

 ロゼッタとその取り巻きの令嬢たちである。

「カルラさんは、本当に何を考えているのかしら?」
「こんなにもロゼッタ様が、何度もご忠告をされていらっしゃるのに!!」

 ロゼッタの取り巻きの令嬢が怒りを露わにしながら言った。ロゼッタも同意するように頷きながら口を開いた。

「本当に、何度言っても聞き入れてはもら……え……え?」

 ――あれ……私……え?

 いつものように、苦々しく思いながら婚約者のアルベルト殿下を見ていたのだが、突然、眩暈がしたかと思った瞬間、前世の記憶を思い出した。私は日本の大学生の稲月愛良だ。学費と生活費を稼ぐためにバイトを掛け持ちして駅でうとうと電車を待っていたはず……そこまでしか記憶がない。
 そうだ、私はロゼッタとして生まれて来る前は、稲月愛良だったのだ。もちろん、侯爵令嬢のロゼッタとしての記憶もある。

(あれ……これって、前世でハマってた乙女ゲームの世界だよね?! どうして、今まで忘れて……)

 私は、楽しそうに談笑するアルベルト殿下とカルラを再びじっと見つめた。カルラの耳には、アルベルト殿下ルートに入った時に貰うイヤリングが輝いていた。

(やっぱり、そうだ!! 私、二人の中を邪魔する悪役令嬢のロゼッタだ~~~~!! そして、カルラ、アルベルト殿下ルートに進んでるぅ~~~!!)

 私はヨロヨロとよろけながら頭を抱えた。

「どうされたのです? ロゼッタ様」

 すぐ近くに立っていた伯爵令嬢のアンナが私を心配そうに覗き込みながら尋ねた。

 だが……。
 
 どうしたもこうしたもない!!

 このままでは、私は、卒業式でアルベルト殿下にエスコートをボイコットされる。
 そしてそのことについて、アルベルト殿下を責めると皆の前で、これまでのカルラに対するキツイ物言いを責められて、婚約破棄を言い渡された挙句、修道院送りになってしまうのだ!!

 ヤバい!!
 ヤバすぎる!!

 侯爵令嬢ロゼッタである私の記憶が正しければ、もうすぐ卒業式のはずだ。
 私は、フラフラとする足で身体を支えながら伯爵令嬢のアンナに尋ねた。

「アンナ様。卒業式までは、あとどのくらいだったかしら?」
「あと、7日でございますわ。本当に早かったですわ」

 あと、7日?!
 たったあと7日?!
 つまり……婚約破棄して、修道院に問答無用で荷物も持たされずに追い出されるまであと7日しかないのだ。
 私は、こんな所にいる場合ではない。

「皆様、わたくし今日はもう失礼します」
「ロゼッタ様……ご気分が優れませんのね。これも、カルラさんが無神経だからですわ」
「本当に」

 令嬢たちは、またしてもカルラの話をはじめたが、私は正直それどころではない。

(なんとかしなきゃ!!)

「皆様、ごきげんよう」
「ロゼッタ様、ごきげんよう。お気をつけ下さいませ」

 私は令嬢にあいさつをすると、すぐに家に戻ったのだった。侯爵家はとても大きい。まさにお屋敷だ。そんな屋敷に戻ると、ベテラン執事長であるセバスに詰め寄った。

「ねぇ、セバス!! ゲッシュロッセン修道院ってどんなところなの?」

 突然の問いかけに、セバスは驚いた後に、ゴホンと咳払いをしながら口を開いた。

「そうですね……罪を犯した貴族令嬢が多くいらっしゃいます。大変規律が厳しく、耐えられず逃げて行方不明になられる方も多くいらっしゃるとお聞きします」
「行方不明?! そんなにつらいの?」

 セバスは、メガネの奥をキラリと光らせながら答えた。

「それは……もう……」

(ひぇ~~~~~!!)

 どうやら、大変厳しい場所のようだ。私は思わずヘタヘタと廊下に座り込もうとした。

「ロゼッタ様?!」

 そんな私を、セバスが慌てて支えてくれた。

「ありがとうセバス……」

 私は、支えてくれたセバスにお礼を言うと、自分の足でしっかりと立った。あと7日しかないのだ。こんなところで落ち込んでいる場合ではない。

(こうしてはいられないわ!!)

 私はぐっと手を握り締めると、セバスに指示を出した。

「これから、城に行くわ!! すぐにお父様にお会いしなければ!! セバス、馬車の用意を!!」
「かしこまりました!」

 すぐに城にいるはずの父に会い行くことにしたのだった。


☆==☆==☆==



(しまった、来客中だったのね……)

 城の執務室に通されると、父と共に、宰相家次男のレオンがいた。私は、警備兵に『アルベルト殿下のことで至急お目通りを』と言って、父に面会を頼んだのだ。いくら娘と言えども、父の許可がなければ、普通は執務室には入れない。私は忙しい父とはあまり接点がないのだ。向こうも私のことは娘というよりは、王家に捧げる女性くらいとしか思っていないはずだ。

「ロゼッタ、アルベルト殿下のことで話があるとのことだな」

 父が無表情に尋ねた。私は、チラリと父の執務机の前に立っていたレオンに目を向けた。するとレオンが微笑みながら言った。

「お久しぶりです。ロゼッタ嬢。私は、侯爵とお話があって来たのです」
「それは、お話中にお邪魔して申し訳ございませんでした」

 私は、レオンに向かって頭を下げた。お辞儀をした後に顔を上げるとレオンが、フワリと微笑んだ。社交界では、優しくて紳士的なレオンは結婚適齢期のご令嬢だけではなく、御婦人方にも人気がある。だが、私はどうしてもレオンの笑みが胡散臭いと思ってしまう。まぁ、イケメンということに関しては異論はないが……。

「いえ、丁度話が終わったところでした。聞けば、アルベルト殿下のことだとおっしゃっていたので、私も同席させて頂こうと思いまして」
「レオン殿もこう言って下さっている。話してみなさい」

 私は、一瞬、レオンの前で話すことを戸惑ってしまった。本当にこの胡散臭い男に話をしてもいいのだろうか? 私の怪しむ視線に気付いたのか、レオンが困ったように片眉を上げた。

「そんなに心配しなくても大丈夫ですよ。私で出来ることでしたら、力になります」

 力になる。かなり胡散臭いが、ここで黙っていても仕方ないので、私は二人に説明することにした。

「では単刀直入に申します。アルベルト殿下は、私との婚約を破棄しようと考えておられます」
「え?」
「何を言い出すかと思えば、馬鹿な!! 話にならなかったな」

 父は私の話を頭から否定した。だが、レオンは驚いた後に考え込んでいるようだった。私だってここで引く訳には行かない。私の一生がかかってるのだ。

「お言葉ですが、父上、すでに殿下のお心は私から離れております。殿下は意中の方と結ばれるために私を修道院に送り込もうとしております」
「修道院だと?! 馬鹿馬鹿しい。学生時代に多くの人間と交流するのは当たり前だ。くだらない嫉妬をするのは止めろ。王妃教育を終え、殿下を一番にお支えしなければならないお前がそのようなことでどうするのだ?! 恥を知れ!」

 糠に釘、暖簾に腕押し……話にならない!!!
 もう少しさぁ~~決めつけないで、娘の話聞いてよ!!
 可愛い一人娘の相手の王子が浮気してるって言ってるじゃん!!
 
 父の決めつけにイライラしていると、レオンが口を開いた。

「ちなみに、先ほど『殿下は意中の方と結ばれるために』とおっしゃいましたが、殿下の意中の相手とはどなたですか?」
「ライ伯爵家のカルラ様ですわ」

 私は、すぐに答えた。とにかくこの状況を打開したい。するとレオンが考えるように言った。
 
「ライ伯爵家のカルラ様ですか? おかしいな、彼女は私の弟と将来を約束しているはずですよ。先日、弟は彼女にそれはそれは大きな宝石を贈ったのです」

 え?
 それってもしかして……誕生日イベントのこと?
 あれ? でもカルラ、アルベルト殿下ルートで貰うプレゼントを付けてたよね?

「もしかして、それは黄色の指輪ですか?」
「ええ、そうです」

 黄色の指輪!!
 それって、エディルートで貰う宝石だよね?!
 え?
 え?
 どういうこと???
 あのゲームハーレムルートがあったってこと??
 
 私が意味がわからなくて困惑していると、父が大声を上げた。

「ロゼッタ!! やはり、お前の早とちりではないか!! エディ殿の婚約者なら、アルベルト殿下と一緒にいるのも自然だろう。愚かな思い込みで殿下を侮辱するなど、許されることではないぞ!」

 え?
 勘違い?
 ええ?
 でも、確かにカルラにはアルベルト殿下ルートで貰うイヤリングが……。
 
 困惑する私を無視して、父がレオンに向かって言った。

「レオン殿、どうかこの件は内密にお願い致します。このような愚かなことを口に出すなど……どうやら、私は娘を甘やかし過ぎたようです」

 そして、私を睨み付けながら言った。

「ロゼッタ、もう屋敷に戻りなさい」

 何がなんだかわからずに、私は二人に向かって頭を下げた。

「失礼致します」

 私は父の執務室を出て、溜息をついた。父は私の言葉など聞き入れてはくれなかった。
 それに、どうやらゲームと違って現実は私が考えているより複雑なようだ。

(は~~~~どうしようかな……)

 私はがっくりと肩を落としながら屋敷に戻ったのだった。
 


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