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レオンSIDE 婚約破棄までの舞台裏
愛する人の婚約破棄まであと【3日】
しおりを挟む「ロゼッタ嬢は、もう学園に向かわれたのですか?」
私がロゼッタを侯爵邸まで迎えに行くと、すでにロゼッタは学園に向かったあとだった。
昨日『明日迎えに行く』と伝えたはずだが、伝わっていなかったようだ。
昨日はロゼッタが殿下への特別な気持ちがないということを聞いて、動揺していたので、学園に行く時に同行するという言い方はしなかったかもしれない。殿下が何をするかわからない今、彼女を一人にしたくはなかった。だから急いで学園に向かった。
学園について彼女の教室を覗いたが彼女はいなかった。
もうすぐ授業が始まるのに、どこにいるのだ?
必死になって彼女を探すと、廊下の死角になった部分でエディと話をしていた。
するとエディが彼女の腕を掴んだ。
エディ!! なんてことを!!
私は全力で走って、エディとロゼッタの間に身体を滑り込ませた。
「何をやってるんだ!」
「レオン様」
「兄さん、どうしてここに?!」
その時、カーン、カーンと始業を告げる鐘が鳴った。私はすぐにロゼッタの方を見た。
「ロゼッタ嬢、大丈夫ですか?」
「はい。ありがとうございました」
私はエディをジロリと睨んだ。本当に、エディはどうしたというのだろうか?
女性にこんなことをするような男ではなかったはずだ。
やっと状況を理解したのか、エディが慌てて声を上げた。
「申し訳ございません。私にも余裕がなく……」
エディは、こちらが気の毒になるくらい本当に余裕が無そうだった。目の下にもクマがあるようだった。寝れていないのだろうか?
その後、ロゼッタ嬢の許しを得て、私たちは裏庭園に向かうことにした。
私は裏庭園に向かいながらも、すっかりと変わり果ててしまった弟を見ていられなかった。だが、このロゼッタへのこの態度は放っておけないので、そこはしっかりと注意をした。
「突然、女性の腕を握って話があるなど失礼極まりない。どうせ話と言うのも、『殿下を離すな』という自分本位な内容ではないのか?」
「……くっ……そう……です。ですが!! 最近、ロゼッタ嬢が殿下をお誘いにいらっしゃらないから、カルラは仕方なく殿下と過ごさなければならないのです!! どうか、カルラを殿下から解放してください。彼女は私の婚約者なんだ」
エディには全く周りが見えていないようだった。
恋は盲目と言うが……本当なのだな……。
私が呆れながらエディと話をしていると、ロゼッタが足を止めた。
立ち止まったロゼッタの視線の先を見て、私は思わず天を仰いだ。どうやら、私たちは最悪のタイミングでここを訪れてしまったようだった。
エディと結婚の約束をしているという伯爵令嬢は浅ましくも殿下の膝の上に乗って、唇を合わせるキスをしてた。学生としては余りにも大胆過ぎる痴態を見せられて、エディは血の気を失っていた。
そして、エディは耐えきれずにその場を走って逃げてしまった。走りながらも倒れそうになるエディが気になり、私はエディを追うことにした。
「すまない、ロゼッタ嬢。私はエディを追う」
「私も参ります。恐らく、エディ様は図書室裏に向かったと思われます」
図書館裏……それはエディがあの令嬢と愛を語っていた場所だ。この状況で令嬢と愛を語っていた場所に向かうのは随分と自虐的なようだが、私もなんとなくエディはそこにいるように思えた。
「……そうですね」
私は絞り出すように返事をして、図書館裏に向かった。そしてそこでエディを見つけた。
その後、エディと話をして、エディは私たちの前で泣いた後に、屋敷に戻って行った。
ロゼッタはその後授業に向かうというので、彼女の授業中は殿下とカルラを観察しようと思っていると、偶然クイールと会った。クイールは息を切らして、必死で誰かを探しているようだった。よく見ると手に何か小さな箱が握られていた。
「クイール殿。どうされました?」
「いや、どうしても話たいことがあって……ライ伯爵家の令嬢を探しています」
ライ伯爵家の令嬢ということは、先ほど殿下の膝の上に乗っている令嬢のことだ。
私はじっとクイールを見ながら言った。
「本当に彼女の居場所を知りたいですか?」
「え……はい。ご存知なのですか?」
「はい」
クイールは真剣な顔で頷いた。
「では、こちらです」
私は、クイールを殿下とカルラのいる場所に案内した。殿下とカルラは指を絡めて手を繋ぎ、肩を寄せ合うという痴態を見せていた。
「……カルラ」
クイールもエディと同じような反応をしていた。
「もしかして、クイール殿も彼女と結婚の約束を?」
「いえ……結婚の約束はしていませんが、彼女は私に優しくて……だからてっきり……だがそうか彼女が本当に好きだったのは殿下だったのか。そう言えば、彼女が初めて話かけて来たのは殿下でしたから……。実は明日、国境付近の砦に行くことになりました。3年はこちらに戻れないと聞いています。しばらく会えなくなるからとプロポーズをしようと思ったのですが……無用でしたね」
クイールは手に持っていた小さな箱をポケットに乱暴に突っ込んだ。
もしかしたら、あの大きさは指輪だったのかもれない。
「……あきらめるのですか?」
私は無意識に尋ねていた。
するとクイールは困ったように言った。
「はい。私としては真剣だったのですが、彼女は遊びだったようだ。それならば私も遊びだという彼女の意思を尊重します。それに……ロゼッタ嬢がこの状況で止めに来ていないということは、もう私たちに望みなどないのでしょうから……もう、心残りはありません」
クイールもまた、ロゼッタが殿下を止めていないという理由で、伯爵令嬢への想いを断ち切ったようだった。
「そうですか……クイール殿。どうかお気をつけて」
「はい。では失礼します」
私はクイールを見送った後に、もう一度殿下と伯爵令嬢を見た。
指を絡め合って寄り添う殿下と伯爵令嬢は何も知らない者が見れば、とてもお似合いの絵になる2人だった。
殿下も伯爵令嬢もとても自然な顔で微笑み合っていた。
ふと夜会の時の殿下とロゼッタの姿を思い出した。
殿下もロゼッタも凛々しくて、ロゼッタはまだ結婚したわけではなかったが、2人で並ぶとまさの王族の貫禄があった。
ところがだ。今の殿下はあの時の殿下に比べると自然な表情で、心から楽しそうに笑っていた。こうしてみると、ただの学生にしか見えない。あの表情を見ていると、殿下もロゼッタと離れるための口実ではなく、本気なのかもしれないと思えた。
私は息を吐いて、その場を離れた。
その後、授業が終わる鐘が鳴ったので私はロゼッタを迎えに行き、彼女を侯爵邸に送り届けて帰宅した。
屋敷に戻ると、エディが待ち構えていた。
「おかえりなさい。兄さんの知っていることを全て教えて下さい」
「悪いが教えられない。伯爵令嬢を思って裏切られるかもしれないからな」
私はエディの横をすり抜けて、部屋に向かった。エディは必死で私を部屋まで追って来た。
とても先程まで泣いていたとは思えない強気な様子に驚いてしまった。
「そう思われても仕方ないと思っていますが、ご安心下さい。今は吹っ切れました。そして、殿下のお目付け役として学園に通っていたのに、使命を果たせなかったことを悔いております。今からでも挽回させて下さい」
「だが……どうして急に……」
エディの変わりように私は困惑しながら尋ねた。
「恥ずかしい話ですが、私も彼女に口付けをしたいと言ったことがあります」
「……」
図書館裏の随分と懇意にしていた様子を見てた私には、むしろエディとあの伯爵令嬢が口付けを交わしていないことの方が不思議だった。
「殿下は彼女とキスをされていましたが……私は、彼女の唇にキスをすることを許されたことがありません。ずっと拒まれました」
「え?」
てっきり彼女は、節操なしに誰とでも口付けをしていると思っていたが、どうやらエディとはキスをしていないようだった。騎士団長子息であるクイールがもし、キスなどしていたら『責任を取る!』と騒ぎそうだが、『彼女は私に優しくて』という控え目な言い方だった。
彼女は殿下が好きなのか……。
私がそう思った時、エディが自嘲気味に言った。
「つまり私は始めから、殿下とカルラの恋を盛り上げるピエロのような存在だったのだと気付きました。そう気付いた途端、面白いほど彼女への情が消えました」
私は、エディの言葉に思わず眉を寄せた。私はこの10年ロゼッタへの想いが消えたことなどなかった。
「情とは、それほど簡単に消えるものなのか?」
エディは私の問いかけに苦い顔をしながら答えた。
「冷静に周りを見れたのだと思います。実は私は、お目付け役だと言われながら、殿下にはロゼッタ嬢がいるから、彼女がなんとかしてくれると思っていました。ですが、昨日、あの優秀なロゼッタ嬢が殿下から手を引いたと聞いて、私も面白いほど冷静になれたのです。彼女でもできないことがあると知り、そしてようやく彼女に縋っていた自分の弱さに気付きました。ですから兄さん、ロゼッタ嬢への償いのためにも私にも手伝わせて下さい」
エディまでもロゼッタに縋って周りが見えなくなっていたようだった。エディの顔は確実に先ほどの生気の抜けたような顔とは違っていた。むしろ少し成長したように思えた。
「わかった」
私はエディを信じることにした。
それに実際、エディがこちら側に付いてくれれば助かることも多い。私は確実にロゼッタを守るためにエディにも計画を話したのだった。
☆==☆==☆==
「そうですか……殿下はそこまで」
エディに計画を話すとエディも遠い目をした。そして、息を吐いた。
「そう言われて見ると、殿下はロゼッタ嬢と一日公務でご一緒された次の日は、学園を休むことが多かったように思います。でも……気づかなかった!! ずっと側にいたのに!! なぜ、殿下は私に相談してくれなかったんだ!! 私だって、父に提言することも出来たのに!!」
話をするとエディが、悔しそうに拳を握りしめた。
どうやら、殿下は側近のフォアルドにしか弱いところを見せていなかったようだった。
エディは、ゆっくりと顔を上げて、私を見ながら言った。
「私は殿下に信頼されていなかったのでしょうか?」
信頼されていないというより……。
「怖かったのではないか?」
「怖い?」
これまでの話を聞くと、どうやら殿下は生まれた時から周りの皆が、ロゼッタの味方をするという環境に置かれたようだった。きっとこれまでロゼッタ嬢のことで誰かに弱音を吐いても、『ロゼッタ嬢のような素晴らしい方がいてどんな悩みがあるです?』と理解されずに、まずます孤独になっていったのではないかと思う。
「ああ。エディはロゼッタ嬢のことを殿下にどうお伝えしていたのだ?」
「それは、優秀ですし、美しいですし、しっかりとされていますし、王妃として非の打ち所がない方だと尊敬しております……そう、殿下にお伝えしていました。――そうか、言えなかったのか……私に」
「そうだろうな……」
私が困ったように答えると、エディは悔しそうに顔を歪めながら言った。
「今後は、もっと状況を見れる人間になります」
「そうか……」
今後エディは、いい宰相になれると、そう思った。
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