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第1章 2度目の人生の始まり
第11話 令嬢からお誘い
しおりを挟む令嬢に連れられて着いた場所は土が固く固められた剣の訓練場だった。周りにはふわふわとした草が生えていた。
(あ~~あそこで昼寝したら気持ち良さそうだな~)
俺が呑気なことを考えていると、令嬢の後ろから執事が練習用の模造剣を2本持ってきた。
(ああ~~やっぱり本気なのか!? 俺、そんなにこの人を怒らせてしまったのか!?)
「さぁ、手に取って!!」
令嬢は剣を握ると、俺にもう一方の剣を差し出した。
「え? あの、気分を害されたのでしたら誠心誠意、謝罪いたします」
「何を言っているの? 気分は最高よ」
「はぁ……最高ですか……」
(どういうことだ!? 気分が最高なのに、どうして俺は決闘など申し込まれているんだ??? いや、もしかして決闘を申し込んだから気分が最高なのか!? この子、戦闘狂か!? 怖い! 怖すぎる!! 逃げたい!!)
高位貴族のお茶会のマナーはこの数日でみっちりと叩きこまれたつもりだったが、やはり付け焼き刃だったのだろう。
まさか、さっきのちょっとした会話が、剣の勝負を持ち掛けられる展開になるなんて!!
(マナーの先生。俺、どうしたらよかったのでしょうか~~~?)
空を仰ぐとマナーの講師マーベル先生、32歳独身の顔が浮かぶがその顔は、爽やかな笑顔で親指を立てて『健闘を祈る』と言っているようだったが……きっと気のせいだろう。
謎の展開に俺は頭を抱えたのだった。
「さぁ、どうしたの? 剣を取って!」
令嬢はぐいぐいと剣を押し付けてきた。
(これを受け取ったら終わる気がするな……この状況を回避する方法を考えろ!!)
俺は必死に考えて言葉をひねり出した。
「お嬢様、ドレスが汚れます!! 折角、綺麗なドレスですのに!!」
必死に考えた結果……令嬢が着ているドレスを理由に回避することを試みることにした。ドレスには詳しくはないが、恐らくあのドレスは高価だ。
「ああ、名乗っていなかったわね。私の名前……キャリーよ」
(名前、絶対忘れないようにしなきゃ、この人はキャリー、この人はキャリー、この人はキャリー)
俺は必死に頭の中で令嬢の名前を連呼して、大きな声で叫んだ。
「キャリー様!! ドレスが汚れます!! 折角お美しいのに、もったいないです!!」
必死で説得すると、キャリー様が「美しい!? どうしよう……」と唸った。
そして怒りなのか、真っ赤な顔で言った。
「あなた名前は?」
「は、はい、わたくしは、レオナルドと申します」
「そう。レオ様ね」
(会ったばかり令嬢に……愛称呼び!? あ、でもアレク殿下も割と早いうちから愛称呼びされていたよな……もしかして、高位貴族の間では割と普通のことなのか? ……ってそんなこと考えている場合じゃない!!)
俺が混乱しながらキャリー様を見ていると、キャリー様が首を傾けた。
「レオ様は、このドレスが汚れるのはいや?」
さらにキャリー様が、ドレスの裾を少し持ち上げたので、俺は「うんうん」と全力で首を縦に振った。ここの流れなら決闘が避けられるかもしれない。
「はい!! 嫌です!! そんな美しいドレスが汚れるところなど見たくありません。きっと私は数日、ドレスが汚れてしまったことを悔やむと思います」
「えっ!? そんなに!?」
俺のあまりに必死な様子にキャリー様は驚いたようだった。
(よし!! あと少し、どうか決闘なんて諦めてくれ!!)
「はい!! そんなに、です」
「そう……では着替えて来るわ。ここで待っていて」
キャリー様をそういうと、剣を執事に預けた。俺は思わず膝から崩れそうになった。
(着替え……その手があったか……もしかして、俺……逃げられる?)
俺が一歩後ろに下がった時だった。
「レオ様、こちらにお茶をお持ちいたします」
「え?」
執事が俺を見ながら若干の圧をかけながら言った。
そしてすぐに侯爵家の優秀な執事や侍女たちによって、すぐにお茶セットが準備された。俺は逃げることも出来ずに、そこに座らされた。
(ど、ど、どうする!? 逃げられなかった……だが、勝手に居なくなるのは問題だ……。どうする? どうしたらいい? そもそもどうして剣を交えることになったんだ?!)
俺がテーブルで頭を抱えていると、どこからか声が聞こえた。
「レオ~~~!!」
声のした方を見ると、ノア様とアレク殿下リアム様と美しい見知らぬご令嬢がこちらに向かって走ってきた。お茶会は終わったのだろうか。
俺は立ち上がって声を上げた。
「ノア様!! お茶会は無事に終わったのですか?」
「ああ!! 終わった。そんなことよりレオ!! 今、執事に聞いて……妹と決闘するって」
ノア様も慌てているらしく、いつもの余裕が全くなくなっていた。
「妹!? もしかして、キャリー様はノア様の妹さんですか?」
「そうだよ? あれ? 知らなかったの?」
(今日はノア様のお屋敷に招待されているのだから、屋敷に着替えに戻るってことは、ここのご令嬢以外考えられないよな……気が動転していて気が付かなかった!!)
「……はい。申し訳ございません」
(キャリー様が、ノア様の妹……つまり宰相家……そんな方に決闘を申し込まれるほど怒らせた!?)
俺は気が付けば涙目になっていた。
「ノア様、申し訳ございません、私は何をしてしまったのでしょう??」
するとみんなが「え?」と固まった。
そしてこの沈黙を破ったのはアレク殿下だった。
「理由もわからないのに、決闘するのか? 一度、整理してみよう」
「は、はい」
俺はもう一度状況を整理することにした。
(ケーキの感想を言ったら……決闘を申し込まれた。ん? ケーキの感想言って、決闘申し込まれたのか? それだけか? それだけだよな?)
何度思い出しても、キャリー様とはケーキの感想しか話をしていない。間違っても貴族令嬢の嫌がる『セクハラ発言』『下品な話』などの話はしていないはずだ。
(世の中には俺が知らなかっただけで、ケーキを感想を言うことを、決闘を申し込みたくなるほど嫌う令嬢がいるのか!?)
俺はゆっくりと口を開いた。
「それが……緑のケーキを美味しいと言ったら、決闘を申し込まれました」
するとノア様をはじめ皆様が、まるで石になったように動かなくなった。
俺はすがるような思いで、ノア様を見た。
「あの!! ノア様!! 私の何が悪かったのでしょうか!? キャリー様に謝罪しようとしましたが、『気分を害された』様子はなく、『気分は最高』とのことで……」
ノア様は眉間に深い皺を寄せた。
「う、う~ん。わかる?」
そして、殿下とリアム様の隣にいる令嬢の方を見た。
「そうですわね~その話だけではなんとも……我が妹ながら難解ですわ」
(我が妹!? ということは、この方はノア様のお姉様!! でもノア様も、お姉様もわからないんじゃ……どうすることも)
みんなで首を捻っていると背後からのんびりとした声が聞こえた。
「あら? イザベラお姉様、ノアお兄様。もうお茶会は終わったのですか?」
声の主はこの騒動の発起人、キャリー様だった。
彼女はドレスを脱ぎ、まるで女性騎士のような出で立ちで現れた。
(ああ、もう逃げられない……)
わざわざ、ドレスから剣術のスタイルに着替えてくれたのだ。もうさすがに断ることはできない。
「キャリー!! 僕の友人に決闘を申し込むだなんて、何があったんだ?」
ノア様が慌ててキャリー様に尋ねた。他の皆様も息を呑み返事を待っていた。
「決闘? 嫌だわお兄様、これは決闘ではありませんわ。レオ様の婚約者になるためのいわば儀式のようなものですわ」
皆様が一斉に俺の顔を見た。だが、一番困惑していたのは間違いなく俺だった。
(婚約者!? 俺が!? キャリー様の!? 一体何があったのだ!?)
ノア様と目が合うと、『どういうこと?』という瞳を向けられたので、俺は両手を前に出して、全力で首を横に振って『知りません』とアピールした。
すると事態を収拾しようとしてくれたイザベラ様が、こめかみに片手を置いて恐る恐る尋ねた。
「え~と? キャリー、婚約者ってどういうことなの?」
「レオ様が、私の考えたモーリンケーキを食べて、私のことを好きだとおっしゃったので、私に剣で勝てたら婚約者になるとお約束したのですわ」
「……え?」
キャリー様の言葉に俺の頭には「?」しか浮かばなかった。すると姉のイザベラ様が寄ってきて俺の手を掴んだ。
「少々よろしいでしょうか?」
「……はい」
俺は美女に手を引かれて少し離れたところに連れて来られた。
みんなから少し離れるとイザベラ様が俺に顔を近づけてきた。
「どういうことですの?」
(俺が聞きたいくらいです)
俺はイザベラ様の問いかけにどう答えるべきか真剣に悩み、口を開いた。
「……大変申し訳ありません。私もこの状況を理解しておりません」
考えてみたが、イザベラ様の質問に答えを返すこともできない。本当に俺にもこの短期間で、自分とキャリー様の間に何があったのか皆目見当がつかないのだ。
一番わかってないのは、むしろ俺かもしれない。
俺が悩んでいると、イザベラ様が「ん~」と片手を顎につけながら言った。
「もしかして、あなたは『ケーキを好きだ』と言ったつもりが、キャリーには『あの子のことが好きだ』と受け取られてしまったのかしら?」
「え? そんな!! では私は今から謝罪を!!」
俺がキャリー様の元へ行こうとすると腕を捕まれた。
「お待ち下さい!!」
俺がイザベラ様を見ると、真剣な顔の彼女が迫ってきた。
「そんなことをしては、妹が暴れ出しますわ!!」
「え? 暴れ……!? ええ!?」
「仕方ありませんわね、勝負してくださいませ。大丈夫です。あの子は強いので、その辺りの令息では勝てませんわ。こうなったら、本気で負けて下さいませ」
本気で負ける?
そんなに強い方と勝負を?
「え? え?」
戸惑う俺に向かってイザベラ様が顔を寄せながら言った。
「よろしいでしょうか?」
「……はい」
(う~~やっぱり貴族令嬢怖い!!)
結局俺は、勝負を受けることになったのだった。
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