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雪合戦まであと1日
しおりを挟むなみなみと注がれたグラスに、きれいなオレンジ色が柔らかな照明の灯りに照らされて輝いて見えた。
そしてこたつの上には、ガスコンロ。その上には野菜やお肉がたっぷりの鍋が置かれていた。
ぐつぐつと音を立てる鍋を前にして、俺は平塚とグラスを合わせた。
「野沢、今日までお疲れ!!」
「まだ、終わってないけど、平塚もお疲れ!!」
カチンとガラスの接触する音が聞こえた後に、俺はオレンジジュースを飲み込んだ。
少しの酸味と爽やかな甘さが食欲を刺激する。
雪合戦の前日。
土日はテニスの試合があるという平塚の言葉で、1日早い祝勝会をすることになった。
本来ならまだ勝っていない、どころか勝負さえしていない。
だが、俺と平塚にとってはすでに"祝勝会"と言える状況だった。
「みんな楽しいって言ってくれたし、クラスもかなりまとまってて……さすが野沢孔明だ。俺の願いは全て叶った」
平塚が上機嫌にオレンジジュースを置いた。
そして俺を見て笑った。
「軍師を野沢に頼んで本当によかった。これでもさ、最初は結構、緊張したんだぜ? 野沢と話をしたことなかったからさ……」
俺も、オレンジジュースを置いて答えた。
「そうだったのか? 全く緊張してるようには見えなかった。それに、俺もありがとう、楽しかったよ」
そして二人で笑うと、鍋に箸を伸ばした。
どれも味が沁みてとても美味しい。
しばらく二人でもくもくと食べた後に、俺は箸をおいてオレンジジュースを飲んだ。
「この前、平塚に考えてくれって宿題出されただろう?」
平塚も箸をおいて、オレンジジュースを持って一口飲んだ後に、口角を上げた。
「うん。わかった?」
俺はずっと、どうして急にみんながあんなに積極的に盾の工夫をしてくれたのか、という問いの答えを探していた。
そしてようやく、その答えを自分なりに見つけた。
「たぶん……練度と余裕だと思う」
「練度と余裕?」
平塚は、箸を持ったまま俺をじっと見つめたので、俺は話を続けた。
「そう。俺たちはすでに小学校の時点で、あの盾を作る技術は身についている」
「うん、そうだな……」
「だからこそ、工夫する余裕が出来たんだと思う。でもそれは雪合戦全体に言えることだ。的に当てるというのも、雪を防ぐというのも、雪玉を作るというのもどれも、俺たち中学生にとってはそれほど難しいことじゃない。だからこそ工夫の余地があるんだと思う」
きっとあの盾が複雑な作りで、雪合戦のルールが普通のスポーツのルールのように複雑だったり、難しかったら短い期間で工夫という領域まで行くことは難しいだろうと思う。
全てが単純明快だからこそ、少しやってみよう、もう少しやってみようと工夫が生まれるのではないかと思う。
平塚が鍋を見つめながら口を開いた。
「つまり、ある程度の習熟度がないと、自分から工夫したり、改善したりする動きは見られないってこと?」
「ああ、そうだと思う。義経だってさ、きっと馬に乗るのが初心者だったら、あの一の谷の作戦なんて思いつかなかったと思うんだ。馬に乗るのが得意だったからこそ、あの作戦を思いついたんだと思う」
きっとこの雪合戦に込められた最大の願い。
それは俺たちの創意工夫を引き出すということだ。
中学生の俺たちにとって、もうすぐ長かった義務教育が終わりを迎えることになる。この雪合戦の企画者は、その前に、自分たちで創意工夫をして何かを成し遂げるという体験をさせたかったのではないだろうか?
だが、中学3年生には受験が控えているため、風邪のリスクのあることをさせるわけにはいかない。
だからこそ、中学2年で雪合戦をするのだろう。
これまで学んだことの集大成。
先人の教えを学ぶこと、それを自分で工夫して新しいことをするという体験へ昇華させるため、地域を巻き込んだ大人たちから、これから大人になる俺たちへのはなむけだったのだ。
「栄一、入るぞ」
「え? 父さん?」
平塚と話をしていると、ノックの音が聞こえて、平塚の父親が入って来た。
しかも、俺の推しの洋菓子店のなめらかプリンのカップが見える。
「こんばんは、野沢くん」
「こんばんは、お邪魔してます。いつもごちそうして頂いてありがとうございます」
俺は慌てて正座をしてあいさつをした。
平塚のお父さんは、本当に穏やかそうで、顔が平塚によく似ていた。
「仕事、もう終わったの?」
平塚が驚いた顔で父親を見ていた。
「ああ、母さんが『今日はお祝いだ』っていうから、仕事を定時で終わらせてプリンを買ってきた。ところで、まだ話を聞いていないのだけど、何のお祝いなんだい?」
平塚は笑いながら答えた。
「母さんに聞いてよ。ここのプリン買ってきたってことは、隣の酒屋さんでワインも買って、これから二人で飲むんでしょ?」
「はは、バレているのか。そう、これから久しぶりに母さんとゆっくり飲もうと思ってる。では、野沢くんゆっくりして行ってくれ」
「はい。ありがとうございます」
平塚の父親が部屋を出ると、平塚が客間の時計を見上げながら呟いた。
「こんな時間に帰って来るなんて……久しぶりに平日に父さんの顔見た……」
俺は平塚を見ながら尋ねた。
「よかったのか? せっかくの家族団らんなのに……」
平塚は大人びた表情で俺を見た。
「まずは父さんと母さん2人の時間も必要だって。あの人たち会話不足だから。それに俺がいると、俺に会話を振って逃げようとするんだよ。俺を盾にせず2人で話をすればいい」
平塚は俺の前にプリンを置いた。
滅多に食べることのできない洋菓子店のプリンは、相変わらずとても美味しそうだ。
平塚が一口食べて「旨いな」と言ったので俺も遠慮なくプリンを食べた。
卵と牛乳のしっかりとした素材の味と、柔らかな甘み。
「美味しい!」
思わず声を上げると平塚が嬉しそうに「よかった」と言って笑った。
「雪合戦終わってもさ、たまにこうやって遊ぼうな」
俺は気が付けば笑っていた。
「ああ、よろしく」
人生で忘れない料理は?
俺が将来、誰かにそう聞かれたら、迷わず今日の鍋とプリンだと答えるだろう。
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