我儘令嬢なんて無理だったので小心者令嬢になったらみんなに甘やかされました。

たぬきち25番

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休暇という名の視察が終わった次の日。
勉強が終わった私は宮廷楽団に急いでいた。

「こんにちは。サミュエル先生!」

私は、サミュエル先生を見つけて駆け寄った。

「こんにちは。ベルナデット様。初めての城下はいかがでしたか?」

サミュエル先生は優しく笑った。
私はそれを聞いて、思わず遠い目をして静かな声で答えた。

「大変勉強になりました。」

そんな私の様子にサミュエル先生は不思議そうな顔をした。

「勉強にですか?」
「お兄様は途中から完全に視察だと思っていた様子ですので。」

私の様子に状況を察してくれたサミュエルは私の顔をじっと見て手を取った。

「ふふふ。なるほど、エリックの楽しそうな様子が目に浮かぶようですね。
ではベルナデット様、機会がありましたら今度は私と城下に行きませんか?城下には楽器店もありますよ。」
「楽器店ですか!!ぜひお願いしたいです。サミュエル先生の貴重な一日を頂くのは申し訳ないですが、ぜひ私に先生の一日を下さい。」

(サミュエル先生と一緒に楽器店行ってみたい!!楽しそう!!)

「そんなことを言ってもいいんですか?」
「はい。ぜひご一緒したいです。」
「参りましたね・・。」

サミュエル先生が困ったように笑い、私の手を離した。
私は急いで、用意していた袋をサミュエル先生の目の前に出した。

「はい。ふふふ。サミュエル先生、これ日頃お世話になっているお礼です。受け取って下さい。」

これは昨日、雑貨屋で見つけてお土産に購入した物だった。

「なんでしょうか?開けてもいいですか?」
「はい。」

サミュエル先生が袋を丁寧に開けてくれた。

「クリップですね。茶会などの屋外で楽譜を止めるのに良さそうですね。」

そしてサミュエル先生は息を飲み、言葉を続けた。

「それにこれ・・ベルナデット様の瞳の色に似た石が使われているんですね。」
「はい。高価な宝石という訳ではないのですが、雑貨屋で色んな種類の石があって、クリップに付けられるとのことだったので、これにしました。」

そうして、自分の手元からもう一つの袋を出して、サミュエル先生に中身を見せた。

「実は、もう一つ、サミュエル先生の瞳の色に似た石を使った物も購入したので、もしそちらがよろしければ、そちらを差し上げます。先生が選ばなかった方を私が使います。」
「え?」

先生はとても驚いていた。いつも冷静なサミュエル先生のこんな姿を見たのは初めてだった。

(あ、やっぱり嫌だったのね・・・。凄く綺麗な色の石だったから選んだけど、買った後に私の目の色だと兄に指摘されて、サミュエル先生がそれに気付いて嫌な気分になるかもと思って、サミュエル先生の瞳の色の石をクリップをつけた物も一緒に買ったのよね。兄が気付いてくれてよかった!!)

「あの、こちらと替えて・・。」
「つまり、ベルナデット様はその私の瞳の色の石が付いたクリップを使われるということですか?」

私の言葉を遮り、先生が言葉を続けた。
サミュエル先生が私の言葉を遮ることなどこれまで一度もなかったのでとても驚いた。
兄やクリスはよく遮るが・・・。

「そうですね。サミュエル先生がこちらを選ばなければ・・。」

私の答えにサミュエル先生が考え込んでしまった。

「デザインが同じでお互いの瞳の色・・・・。深読みしてもいいんでしょうか?」
「すみません。先生、今なんとおしゃったのでしょうか?」

先生が何かを言ったので聞き返すと、サミュエル先生が美しい笑顔を見せてくれた。

「ありがとうございます。私は、最初に頂いたこのクリップが欲しいです。」
「ふふふ。嬉しいです。その石、とてもサミュエル先生に似合うと思って選んだので。」

するとサミュエル先生が耳まで真っ赤になり、顔に手をあてて視線をそらした。

「お話中失礼します。アトルワ嬢、そろそろ殿下とのお茶の時間ではないですか?」

ヴィオラのリオネル先生に言われて、時計を見ると確かにそろそろクリスとのお茶の時間だった。

「リオネル先生、教えて頂いてありがとうございました。こちらは皆様でお召し上がり下さい。」

私はかごに入った焼き菓子を差し出し、リオネル先生に渡した。

「私たちにまで、ありがとうございます。」
「ではサミュエル先生、失礼します。」
「はい。またお待ちしています。」

私はあいさつを済ませると、クリスとのお茶に向かった。







~ベルナデットが去った後の宮廷楽団~

ピアノの幹部、ヴィオラの幹部、フルートの幹部がそれぞれ口を開いた。

「アトルワ嬢。『似合う』か・・。なかなか残酷なことをするな。」
「やっぱり深い意味はないのか?ご自身の色と似合うって、ほぼプロポーズ・・・。」
「待て!それ以上言うな。『ない』ってことにしとくのが一番無難だろ?今は。」

すると一番年長のコントラバスの幹部が楽しそうに笑った。

「ははは。私も娘に同じような物を貰った。サミュエルは、随分とアトルワ嬢に懐かれているな。」
「「「・・・・・。」」」

3人が一斉に無言で、サミュエルに視線を送った。
サミュエルは弱々しい笑顔を浮かべた。

「娘ですか・・・。」

そう呟いたサミュエルの背中に哀愁が漂っているように見えた。

「まぁ、娘は私と結婚するらしいぞ?」

そう言ってコントラバスの幹部がベルナデットに貰った焼き菓子を一つかごから取ると、サミュエルに向かって小さく笑って背を向けた。

「それは・・・朗報ですね。」

サミュエルはベルナデットに貰ったクリップを眺めていた。
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