27 / 145
共通ルート
25 見えない心
しおりを挟むクリスとのお茶会から逃げるように城に用意してある自分の部屋に戻って、ベッドに倒れこんだ。
(耳に唇当たった?え?ええ~~。いや!!かすったのを大騒ぎしてるだけかも!!)
枕を胸に抱え込んで、ベッドの上を転げ回っていると、クリスのセリフが浮かんできた。
「ベルの初めては全部俺の物だから。」
(凄いセリフだな・・・。さすが王子様・・。初めてを全部か・・。)
そう思って、あることに気が付いた。
(ん?初めて?そういえば、初めてキスをされたのは、手だけどサミュエル先生ね。)
そして、ベッドから枕を抱いたまま身体を起こした。
(そういえば、初めて異性に贈り物をしたのもサミュエル先生だわ。さっき渡したクリップ。そして、初めてのお願いは、サミュエル先生の演奏・・・。)
そう考えて、頬が熱くなるのを感じた。
(違う。違う。違う。サミュエル先生は、尊敬するヴァイオリンの先生よ。憧れよ。ただの憧れ。それにサミュエル先生は私のことは生徒としか見てないし。)
そう思うと胸にチクリと何かが刺さったように感じた。
(ヴァイオリン弾かなきゃ!!)
私はヴァイオリンの練習に集中した。ヴァイオリンを持つと、サミュエルの音が耳の奥で聞こえる気がして、その音以外、すべてが気にならなくなるのだった。
(あの音に近づきたい。)
そうして今日もヴァイオリンを弾いた。
ヴァイオリンに集中していると仕事を終えた兄が部屋に入ってきた。
「ベル。遅くなってすまない。今日は殿下の機嫌が悪く・・・。」
兄と目が合うと、兄は話を中断して早に私に近づいてきて、おでこに手を当ててきた。
「ベル。熱がある。帰るぞ。」
「え?」
そう言われると足元がふらつくような感覚があった。
(熱?そういえば、頭がフラフラするような・・。ヴァイオリン!!片付けなきゃ!)
私は急いで、ヴァイオリンをケースにしまった。
ケースを閉じた途端に足に力が入らなくなった。
(あ、倒れる・・。)
すると、身体が浮いた。
(また私、兄に迷惑を・・。)
気が付くと、兄に抱きかかえられていた。
(折角のお姫様抱っこなのに、これをされる時はいつも余裕がないわね。)
よろよろと手を兄の首に回した。
お姫様抱っこをする時は首に手を回すと断然抱えるのが楽になると以前聞いたからだ。
(もっと近づきたいとかそういう理由があると思っていたのにな・・・。現実を知らない方が夢があったな・・。)
「エリック様!どうされたのですか?」
「ベルが体調を崩したようだ。急ぎ連れて帰る。」
「お待ち下さい。すぐに医者を呼びますので、本日は城にお泊り下さい。」
「結構だ。悪いが急ぐ。」
「エリック様!!」
兄と城で私のお世話をしてくれているルーナの声を聞いた。
(ルーナごめんね。私も家に帰りたいわ・・。)
そう思ったが声にはならなかった。そして、ゆっくりと目を閉じた。
ガタガタガタガタ
ぼんやりとした意識の中で兄の体温と身体に感じる振動に気が付いた。
(馬車の中・・?まさか、馬車までずっとこの体勢で・・。兄よ本当にごめんなさい。)
兄に抱えられたまま馬車に乗ったことに気が付いた。
兄の腕の中はとてもあたたかくて居心地がよかった。
(気持ちがいい~。)
段々と意識が遠ざかって行くのがわかった。
沈みゆく意識の中でふと、唇に何かが触れたような気がした。
「あと少しで・・・の物に・・・あきらめな・・・もう・・・・ごめんな、ベル。」
そうして、とても苦しそうな声が聞こえる。
(どうしたの・・・?苦しまないで。)
「だが・・を選んでくれ。ベル・・・してる。」
今にも泣き出しそうな声に泣かないでと言いたかったが、身体が動かなかった。
そのまま、私は意識を手放した。
~執務室にて~
クリストフが仕事を終えて、そろそろ部屋に戻ろうとしていると、つい先程部屋を出たローベルが戻ってきた。
「どうした?」
ローベルは神妙な顔で姿勢を正した。
「殿下、ベルナデット様の侍女からの報告です。
ベルナデット様は、先程、体調を崩されて屋敷に戻られたそうです。」
「体調?容体は?」
クリストフは動揺していた。
(先程は元気そうだったのに・・。)
「熱があったご様子で、足元がふらついたそうです。」
「どうして、そんな状態のベルを帰したんだ!」
「報告によると、熱があることに一目みて気付いたエリックが、そのまま抱きかかえて連れ帰ったようです。」
その言葉にクリストフは絶句した。
「熱?ベルは熱があったのか?」
「そのようです。」
「・・・そういえば、手がいつもよりも熱かった・・。」
クリストフが自身のこぶしを握り締めた。
「なぜ、気が付かなったんだ!!!俺は自分のことばかりで気付けなかった・・。」
「殿下、この気候ですと少し手が熱いくらいで体調の異変に気付くのは難しいと思います。」
「だが、エリックは気付いたのだろ?」
「そのようですね・・。」
クリストフは椅子に座りこみ、両手を顔にあてて天を仰いだ。
「はぁ、情けないな。」
しばらく天井を見つめて、身体を起こして、ペンと紙を手にした。
「・・・ベルの王妃教育の関係者すべてにベルの2週間の休暇を通達しろ。
陛下とアトルワ公爵には私から報告しよう。」
「2週間ですか?」
ローベルも急いで、自身の執務机に座り、書類を作り始めた。
すると、クリストフは自嘲気味に笑った。
「長いか?」
「はい。そう思います。」
「そうだな・・。だが、これは決定事項だ。それと、ベルに定期的な休暇を予定に組むように文官に伝えろ。」
「はい。」
2人が書類を作り終え、ローベルが椅子から立ち上がった。
「殿下、もしエリックからの休暇願が申請されたらどうされますか?」
「そうだな・・。どうしたらいいんだろうな・・。」
その瞬間トントンとドアをノックする音が聞こえた。
ローベルがドアを開け、書類を受け取ると、声を硬くした。
「殿下。エリックからの休暇願だそうです。」
「さすがエリックだな、仕事が早いな・・。期間は?」
「5日間だそうです。」
「5日か・・・長いな・・。」
するとクリストフは手を顎に当てて、考えを巡らせた。
「だが、病気なら5日の申請では済まないだろう。恐らく疲労かなにかで、ベルのリフレッシュに付き合う気なのだろうな・・・。ベルはこの分なら、1日寝れば回復しそうだな。」
クリストフは溜息をついて、また視線を上に向けた。
「どうされます?」
ローベルはクリストフにエリックの休暇願を手渡した。
クリストフは受け取ると、今度は机に突っ伏した。
「ああ~許可したくない!!」
そう言うと、顔を上げて、乱暴に休暇願に判を押した。
「殿下。」
「早急に文官に回せ。俺の気が変わらないうちに!!」
そうして、休暇願いをローベルに押し付けた。
「はい。」
ローベルは思わず微笑んでしまった。
「なんだ?」
クリストフが不機嫌そうにローベルを見た。
「いいえ。」
すると、肩を落としていたクリストフが急にいいことを思いついたという顔をした。
ニヤリと笑ったこの顔のクリストフを止めることができる者はこの城には存在しなかった。
「ローベル。6日後から数日休暇を取る。」
「まさか・・。」
「後は頼む。陛下とアトルワ公爵には俺が伝える。」
「本気なのですか?」
「冗談だとでも?」
「いえ・・。」
そして、2人は執務室を後にした。
400
あなたにおすすめの小説
【完結】転生地味悪役令嬢は婚約者と男好きヒロイン諸共無視しまくる。
なーさ
恋愛
アイドルオタクの地味女子 水上羽月はある日推しが轢かれそうになるのを助けて死んでしまう。そのことを不憫に思った女神が「あなた、可哀想だから転生!」「え?」なんの因果か異世界に転生してしまう!転生したのは地味な公爵令嬢レフカ・エミリーだった。目が覚めると私の周りを大人が囲っていた。婚約者の第一王子も男好きヒロインも無視します!今世はうーん小説にでも生きようかな〜と思ったらあれ?あの人は前世の推しでは!?地味令嬢のエミリーが知らず知らずのうちに戦ったり溺愛されたりするお話。
本当に駄文です。そんなものでも読んでお気に入り登録していただけたら嬉しいです!
「白い結婚最高!」と喜んでいたのに、花の香りを纏った美形旦那様がなぜか私を溺愛してくる【完結】
清澄 セイ
恋愛
フィリア・マグシフォンは子爵令嬢らしからぬのんびりやの自由人。自然の中でぐうたらすることと、美味しいものを食べることが大好きな恋を知らないお子様。
そんな彼女も18歳となり、強烈な母親に婚約相手を選べと毎日のようにせっつかれるが、選び方など分からない。
「どちらにしようかな、天の神様の言う通り。はい、決めた!」
こんな具合に決めた相手が、なんと偶然にもフィリアより先に結婚の申し込みをしてきたのだ。相手は王都から遠く離れた場所に膨大な領地を有する辺境伯の一人息子で、顔を合わせる前からフィリアに「これは白い結婚だ」と失礼な手紙を送りつけてくる癖者。
けれど、彼女にとってはこの上ない条件の相手だった。
「白い結婚?王都から離れた田舎?全部全部、最高だわ!」
夫となるオズベルトにはある秘密があり、それゆえ女性不信で態度も酷い。しかも彼は「結婚相手はサイコロで適当に決めただけ」と、面と向かってフィリアに言い放つが。
「まぁ、偶然!私も、そんな感じで選びました!」
彼女には、まったく通用しなかった。
「なぁ、フィリア。僕は君をもっと知りたいと……」
「好きなお肉の種類ですか?やっぱり牛でしょうか!」
「い、いや。そうではなく……」
呆気なくフィリアに初恋(?)をしてしまった拗らせ男は、鈍感な妻に不器用ながらも愛を伝えるが、彼女はそんなことは夢にも思わず。
──旦那様が真実の愛を見つけたらさくっと離婚すればいい。それまでは田舎ライフをエンジョイするのよ!
と、呑気に蟻の巣をつついて暮らしているのだった。
※他サイトにも掲載中。
【完結】人生2回目の少女は、年上騎士団長から逃げられない
櫻野くるみ
恋愛
伯爵家の長女、エミリアは前世の記憶を持つ転生者だった。
手のかからない赤ちゃんとして可愛がられたが、前世の記憶を活かし類稀なる才能を見せ、まわりを驚かせていた。
大人びた子供だと思われていた5歳の時、18歳の騎士ダニエルと出会う。
成り行きで、父の死を悔やんでいる彼を慰めてみたら、うっかり気に入られてしまったようで?
歳の差13歳、未来の騎士団長候補は執着と溺愛が凄かった!
出世するたびにアプローチを繰り返す一途なダニエルと、年齢差を理由に断り続けながらも離れられないエミリア。
騎士団副団長になり、団長までもう少しのところで訪れる愛の試練。乗り越えたダニエルは、いよいよエミリアと結ばれる?
5歳で出会ってからエミリアが年頃になり、逃げられないまま騎士団長のお嫁さんになるお話。
ハッピーエンドです。
完結しています。
小説家になろう様にも投稿していて、そちらでは少し修正しています。
【完結済】私、地味モブなので。~転生したらなぜか最推し攻略対象の婚約者になってしまいました~
降魔 鬼灯
恋愛
マーガレット・モルガンは、ただの地味なモブだ。前世の最推しであるシルビア様の婚約者を選ぶパーティーに参加してシルビア様に会った事で前世の記憶を思い出す。 前世、人生の全てを捧げた最推し様は尊いけれど、現実に存在する最推しは…。 ヒロインちゃん登場まで三年。早く私を救ってください。
至って普通のネグレクト系脇役お姫様に転生したようなので物語の主人公である姉姫さまから主役の座を奪い取りにいきます
下菊みこと
恋愛
至って普通の女子高生でありながら事故に巻き込まれ(というか自分から首を突っ込み)転生した天宮めぐ。転生した先はよく知った大好きな恋愛小説の世界。でも主人公ではなくほぼ登場しない脇役姫に転生してしまった。姉姫は優しくて朗らかで誰からも愛されて、両親である国王、王妃に愛され貴公子達からもモテモテ。一方自分は妾の子で陰鬱で誰からも愛されておらず王位継承権もあってないに等しいお姫様になる予定。こんな待遇満足できるか!羨ましさこそあれど恨みはない姉姫さまを守りつつ、目指せ隣国の王太子ルート!小説家になろう様でも「主人公気質なわけでもなく恋愛フラグもなければ死亡フラグに満ち溢れているわけでもない至って普通のネグレクト系脇役お姫様に転生したようなので物語の主人公である姉姫さまから主役の座を奪い取りにいきます」というタイトルで掲載しています。
『異世界転生してカフェを開いたら、庭が王宮より人気になってしまいました』
ヤオサカ
恋愛
申し訳ありません、物語の内容を確認しているため、一部非公開にしています
この物語は完結しました。
前世では小さな庭付きカフェを営んでいた主人公。事故により命を落とし、気がつけば異世界の貧しい村に転生していた。
「何もないなら、自分で作ればいいじゃない」
そう言って始めたのは、イングリッシュガーデン風の庭とカフェづくり。花々に囲まれた癒しの空間は次第に評判を呼び、貴族や騎士まで足を運ぶように。
そんな中、無愛想な青年が何度も訪れるようになり――?
突然決められた婚約者は人気者だそうです。押し付けられたに違いないので断ってもらおうと思います。
橘ハルシ
恋愛
ごくごく普通の伯爵令嬢リーディアに、突然、降って湧いた婚約話。相手は、騎士団長の叔父の部下。侍女に聞くと、どうやら社交界で超人気の男性らしい。こんな釣り合わない相手、絶対に叔父が権力を使って、無理強いしたに違いない!
リーディアは相手に遠慮なく断ってくれるよう頼みに騎士団へ乗り込むが、両親も叔父も相手のことを教えてくれなかったため、全く知らない相手を一人で探す羽目になる。
怪しい変装をして、騎士団内をうろついていたリーディアは一人の青年と出会い、そのまま一緒に婚約者候補を探すことに。
しかしその青年といるうちに、リーディアは彼に好意を抱いてしまう。
全21話(本編20話+番外編1話)です。
【完結】転生白豚令嬢☆前世を思い出したので、ブラコンではいられません!
白雨 音
恋愛
エリザ=デュランド伯爵令嬢は、学院入学時に転倒し、頭を打った事で前世を思い出し、
《ここ》が嘗て好きだった小説の世界と似ている事に気付いた。
しかも自分は、義兄への恋を拗らせ、ヒロインを貶める為に悪役令嬢に加担した挙句、
義兄と無理心中バッドエンドを迎えるモブ令嬢だった!
バッドエンドを回避する為、義兄への恋心は捨て去る事にし、
前世の推しである悪役令嬢の弟エミリアンに狙いを定めるも、義兄は気に入らない様で…??
異世界転生:恋愛 ※魔法無し
《完結しました》 お読み下さり、お気に入り、エール、ありがとうございます☆
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる