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第16話 陽だまりの中の食事
しおりを挟む家事は嫌いではない。
掃除はどちらかと言えば好きな方だと思う。
しかもこれほど汚れていると、きれいになった時の達成感がある。
「ふう、かなりきれいになった」
私は食堂とキッチンの掃除を終えて、額の汗を拭った。
キッチンには調理道具が揃っていて、埃を被っていたがどれも使い込まれていた。
「道具は揃っているし、材料さえあればすぐにでも料理もが出来そう……」
私は真新しいキッチンに並べられている使い込まれた調理器具を見て違和感を持った。
(今はここでは料理しないみたいね……でも、調理道具は揃っているんだ……)
私はキッチンから出ると、掃除道具を片付けた。
時計を見るともうすぐお昼だった。
お昼は砦に食べに行くように言われていた。
私はそろそろ砦に行こうと思って、屋敷の鍵がないことに気付いた。
「鍵……どうしよう……」
さすがに鍵をせずに家を出ることははばかれる。
砦から近いと言ってもそれなりに距離はあるのだ。
「困った……鍵をかけないのは不用心よね……」
どうしようと、考えているうちにお昼の鐘が鳴った。
やはり鍵もかけずに家を出るわけにはいかないと思い、私は仕方なくお昼を抜くことを覚悟した。
そしてしばらく経った時だ。
鍵が開いて、ギルベルト様が手に袋を二つ持って入って来た。
「ライラさん!! よかったここにいた。もしかして、砦がわからなかったかと……」
私は鍵がなくて家を出ることができなかったことを説明した。
「ああ、なるほど!! それは申し訳ございません。これを使って下さい」
ギルベルト様は先ほど家を開けた時に使った鍵を私にくれた。
「いいのですか?」
ギルベルト様は「はい。砦にもう一つありますので」と言って鍵をくれた。
そして、私の前に紙袋を差し出した。
「今日は遠出の部隊があったのでお弁当がありましたので、二つ貰ってきました。裏庭で食べませんか? 風が気持ちいいですので」
私はお弁当を受け取ると頷いた。
「はい」
こうして私はギルベルト様と裏庭に向かった。
◇
「うわ~~凄い!! これ、ライラさんが!?」
裏庭には先ほど私が干した大量の洗濯物がところ狭しと干してあり、青く雲一つない空の下で、風にはためいていた。
ギルベルト様は景観がいいと思い、連れて来てくれたのかもしれないが、風に揺れる大量の洗濯物はあまり見たくないだろう。
私が移動を提案しようとした時だった。
「壮観ですね……いいな……癒されるな……」
「癒されます……か?」
私は想像と違う言葉を聞いて耳を疑った。
ギルベルト様は私を見て嬉しそうに言った。
「ライラさん、ありがとうございます。助かりしました。やっぱり今日はあたたかいですし、よろしければここで食事にしませんか?」
「いえ……時間がありましたのでいいのですが……ここでいいのですか?」
「はい」
私たちはぽかぽかと陽の当たる風の来ない場所で、青空と洗濯物の下で食事にすることにした。
二人でベンチに座ってお弁当を開いた。
お弁当はかなりボリュームがあり、美味しい。
隣では辺境伯様のギルベルト様はにこにこしながらお弁当を食べている。
(あ……凄く……癒される……)
素敵な風景を見ているわけでもないし、何か特別なことをしているわけではない。
ただ座ってお弁当を食べているだけ。
それなのに……
こんな穏やかな気持ちになったのは久しぶりで、不思議な気分だった。
とてもリラックスして癒された私は食事が終わると、ギルベルト様が私を見ながら言った。
「あの、ライラさん。昨日のキスのことなのですが、改めてありがとうございました」
「ごほっ、ごほっ、ごほっ」
私は突然の話題に思わず咳き込んでしまった。するとギルベルト様が背中を撫でてくれた。
「大丈夫ですか?」
「……ごほっ……だ、大丈夫です……」
私は呼吸を落ち着けた後に、ギルベルト様を見ながら言った。
「あの、あれは本当に気にしないで下さい。人助けなので!! ギルベルト様もどうか、忘れて下さい」
昨日のギルベルト様の唇の感覚を思い出してしまって思わず下を向いた。
「そんな、絶対に忘れません!!」
「え?」
強い口調で言われて、思わず顔を上げると、真っ赤な顔をしたギルベルト様がはっとした後に、申し訳なさそうに言った。
「あ、あの……大声を出してすみません……。ですが……ライラさんは命の恩人ですし……ですので何かお礼をしたくて……私ができる範囲でになりますが、ライラさんの望みをどんなことでも一つ叶えます!! 何かありませんか? 欲しいものでもなんでもいいですよ」
私はそう言われて考えた。
お礼と言われても咄嗟に思いつかない。
本当に気にしないでほしい。むしろ、恥ずかしいし、昨日、触れたギルベルト様の唇の感覚を思い出してしまうので、そっとしておいてほしかったくらいだ。
本当に……どうしよう。
黙って考えているとギルベルト様が優しく言った。
「すみません、突然こんなことを言われても困りますよね、では願いを思いついたら教えて下さい」
とりあえず何も思い浮かばないし、ギルベルト様もそのうち忘れてしまうかもしれない。
私は「わかりました。では、思いついたらお願いします」と答えた。
その後、食事を終えると丁度エクトルとリーゼが砦から戻って来た。
二人はこれから屋敷で自由に過ごすそうだ。
二人を出迎えたギルベルト様が今度は私を見ながら言った。
「では、私たちは執務室に向かいましょうか」
「はい」
そして、私はようやく本来の任務である辺境伯様の書類仕事を補助するという仕事に取り掛かったのだった。
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