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苦い思い出

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「―― じゃあ、お疲れ様でしたぁ、
 お先に失礼します」

「あぁ、桐沢先生、お疲れ様です。お気をつけて」


 この日も倫太朗はいつものように通用口の
 詰め所にいる警備の本間さんに挨拶し、
 臨床研修先の市立病院を後にした。


 現在の時刻、午後5時半 ――

 冬の夕暮れは早く、
 辺りはすっかり宵闇に包まれている。


 ”うぅ~~、さぶぅ~”と、コートの襟を立てて、
 ふと、空を見上げれば ――

 上空より何やら白っぽいふわふわした物が
 無数に舞い降りて来る。


「あー、雪だ……」


 道理で底冷えするワケだ。

 知らず知らずのうちに猫背になって、
 家路を急ぐ。


 桐沢 倫太朗(きりさわ りんたろう) 25才。

 この国立星蘭大学附属都立昭栄会病院の
 前期研修医。

 姉が再婚し出戻った為、
 1人暮らしのアパートを探しているが
 未だ希望に合った物件は見つかっておらず、
 自宅通勤だ。



「――ごめんなぁ、ちゃんと家で飼ってあげられれば
 いいんだけどうちの家族、動物アレルギーだから」


 ここは帰る途中にある小さな児童公園。
 2~3ヶ月程前からミケの仔猫が
 住みついていて病院の職員食堂からもらっておいた
 残飯を与えている。

 猫が無心に餌を食べる可愛い姿に癒され
 自宅へ向かう。


***** ***** *****



 敷地の長い外壁が途絶え、
 いかつい門が見えてくると、
 それまで寒さの為せかせかしていた足取りも
 幾分緩やかになり。
 猫背もスクっと伸びてゆく。

 そんな倫の近付く気配に気付いて、正門脇の
 花壇に踞るよう腰掛けていた男が立ち上がった。

 倫の表情が一気に曇る。

  
  男の名は、迫田治。

 高1の頃、何度か寝た事がある。

 年は迫田の方が1コ上だが、倫は早生まれなので
 学年的には同級だった。

 中卒後、その当時から”将来は医者になる”と
 決めていた倫太朗は。
 有数の進学校、私立杜の宮学院から
 国立星蘭大学医学部へ順調に駒を進めていったが。

 迫田は父親に多額の賄賂を使わせ倫と同じ
 杜の宮へ入学。
 しかし、所詮裏口入学では進学校の授業について
 ゆけず、僅か1年少々で中退。

 その後、再び親の金でアメリカ留学を果たすも、
 ギャンブルとドラッグに溺れ。
 19才の時、仲間の裏切りで密告されて当局に逮捕
 2年少々LAの州立刑務所に服役していた。

 そんな男が10年ぶりに突然現れた。

 嫌な予感しかしなかったのは当然と言えよう。
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