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第2章 東京編
突然の出向辞令
しおりを挟むそれは昨日までじとじと降り続いていた長雨が、
嘘のようにスッキリと晴れ上がった
爽やかな初夏の、とある日のコト……
『おはよ~ございます』
いつものように建物脇の通用口から中へ入り、
1F玄関エントランスホールへ抜けたとき。
何となく周囲にいた他の社員達の視線が
自分へ集中しているように思えて、
”顔はちゃんと洗ってきたけどー?”
などと心の中でぼやきつつ自分の属する部署のある
10階フロアへ行けば、
ここでも階下の社員達と大差ない反応を示され、
さすがの和巴もこれはおかしいぞ! と思い始め、
廊下の反対方向から爆進して来た、
同じ部署の先輩・岡に腕を引っ張られ連行された
部署前の掲示板を見て、
やっと皆のあの視線の意味が分かった。
”辞令 ――――
下記の者、
5月末日をもって株式会社・
覇王エンタテインメント総務課出向を命ず。
第*編集部、小鳥遊 和巴 ”
それは、時期外れな異動命令だった。
***** ***** *****
辞令が出て、
社内に異動情報が告知された直後、
和巴が所属する部署ではあちこちで
驚愕の声があがる。
が、一番驚いているのは和巴本人だった。
和巴は他人事のように、直属の係長が
人事部長に詰め寄るのを横目で確認した。
「なんですかっ、あの辞令!」
部長がおたおたしながら興奮する係長をつれて
廊下へ出ていくのを、
部署の人間がチラチラと眺めている。
自分のデスクでその様子を見ながら、
和巴は小さく息を吐いた。
係長は知らなかったらしい。
それは何の解決にもならないが、
救いといえば、救いだ。
頼りないと感じたことは多々あるが、
和巴は基本、あの係長のことが嫌いではなかった。
だから、この突発人事に係長が絡んでないなら
この先も嫌いにならないで済むと思った。
「……私、結構役に立ってたと思うんですけどね」
「立ってたよね、うん」
「なんでこんな時期外れに異動なんでしょうねー」
隣に座る岡先輩にぼやいてみる。
「けどさー、別に左遷されたってワケじゃないんだし、
そう、気に病む事もないでしょ」
確かに”降格人事”ではないのだからこちらが
文句を言う筋合いもないのだが。
春に赴任したばかりの勤務地から早くも異動なんて、
どう考えても変じゃないか!
出向先の覇王エンタテインメントは嵯峨野書房と
同じマスコミ業界に籍を置く企業だが。
あちらは映画の企画制作・タレントのトータル
マネジメント、タレントスクールの経営等を主とする
大企業だ。
取っ付き合うのが出版物の本屋さんとでは全くの
畑違いなのだ。
***** ***** *****
内示から小一時間経った今、転属辞令への衝撃は
大分吸収・緩和できている。
あの告示を見た瞬間は退職も考えたが、
やめるにしても転職先を見つけるのが先決だった。
それなら、ここは黙って辞令に従う以外に道はない。
でも、理由が分からない気持ち悪さが、
まとわりつくように和巴を不快にさせる。
それが分からない限り、また同じ事をやる可能性が
あるということだ。
分からないまま無意識に地雷を踏んだ場合は、
さらに転属させられるのだろうかと考えたりして、
馬鹿馬鹿しくてひとりで自嘲した。
そこへ、今年短大からの新卒で採用された、
人事課の女の子が弾んだ足取りでやって来た。
「和巴ちゃ~ん。今回の出向、麻衣も一緒だよ~」
麻衣は短大卒なら20か21にはなるハズなのに
”キャピキャピ”というJK(女子高生)的表現が
まんま当てはまるような女の子だった。
(今日って、エイプリルフールじゃないよね……?)
悪夢なら早う醒めて欲しい!
和巴は人事部の采配基準がますます分からなくなった。
こんな一見して使えなさそうな社員を出向なんか
させて、嵯峨野書房の恥を晒すような事には
ならないのだろうか?
「―― あ、そうそう、出向、
笙野課長とも一緒だって?」
「えっ ―― 初耳です」
新情報に体を起こして和巴は声をかけた
先輩を見た。
「あ、麻衣もーたった今、
ご挨拶してきたところでーす」
と、秘書課の麻衣。
「メール見てないの? 今回の出向、と笙野課長と
小鳥遊とその宮藤さんの3人だぞ」
「いえ、てっきり私だけだと思ってました」
「挨拶行っといた方がいいよ」
「え?」
「だって一緒に異動だろ。
味方は多けりゃ多い方がいいと思うけど」
「敵陣行くんじゃないですから……」
そう言いながらも、先輩の言うことが正しいのは
和巴にも分かっていた。
こんな時期外れの異動者が、
相当構えて迎えられるのは想像に難くない。
複雑な思いで和巴は署内メールを確認した。
そこには、本当に笙野課長と宮藤麻衣、
それに自分の名前があった。
「それにしても変な人事だよな。低迷してた少女漫画を
たった半年で売上倍増させたやり手の課長を出向させる
だなんて」
「あぁ、確か、そうですね」
「どっちにしろ、全く知らない仲じゃないから、かなり
心強くはあるな」
「え、えぇ、まぁ……」
言葉を返しながら、ドキッとした胸の内が
バレないように、薄く笑う。
その笙野課長が原因で配属早々お局様達や笙野贔屓の
同僚達にまでに目をつけられ。
かなり肩身の狭い思いをした事は記憶に新しい。
今、和巴の中で、仕事上できれば関わりたくない
人物を挙げるとするなら、筆頭にくるのは
間違いなく笙野 智之(しょうの としゆき)
その人だった。
しかし、苦手だろうと、バツが悪かろうと、
彼と出向なのは変わらない。
どうしたって、所詮宮仕えの平職員なわけで、
上層部が右といえば右を向くのが仕事だ。
「―― 課長、今どちらでしたっけ?」
「情報室。早い方がいいぞ、行って来い」
パソコン画面で、和巴は管理職者の
在席表を確認した。
『第*編集部、課長 笙野智之』
と、表示された箇所は青くなっている。
在席しているという事だ。
和巴は受話器をとり、深呼吸した。
今、躊躇えば、多分ずっと気まずい感じを
引きずっていく事になる。
意を決して、和巴は内線を鳴らした。
笙野は、すぐに内線に出た。
時間を頂戴したいと畏まった和巴に、
笙野は柔らかい声で答えた。
『オッケー、可愛い部下のためなら、
時間はいくらでも作るよ』
そして、また溜息をつく。
和巴は立ち上がり、震える足で、情報室がある
フロアへ向かった。
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