7年目の本気

NADIA 川上

文字の大きさ
81 / 124
第2章 東京編

波乱の顔合わせ

しおりを挟む
 9月**日() 大安吉日

 今日はミュージカル『ジゼル』の
 出演者達が一堂に会する初顔合わせ。

 その会場に使われたのは、
 ㈱覇王映画社・東京本社の第一会議室。

 必要とあらば、ちょっとした記者会見や試写会も
 開催できる、最大200名キャパの大会議室だ。

 この作品に賭ける意気込みを表すよう、
 会場への一番乗りは九条勇人さんで、
 続いて芸術総監督の宗方ジェイコブ(ジェイク)さん
 が入って来た。

 私は席に着いてにこやかに話している、
 お2人の所へお茶を運んだ。


 開始予定時刻の*時が近づくほど、
 やって来る出演者の方々も多くなり ――、
 *時10分前には、薫さんとWキャストで
 ヒロイン・ジゼルを演じる星野沙奈を
 除いた出演者が全員顔を揃えた。

 (薫さんはCMロケで滞在中のドバイの天候不順で
  飛行機が飛ばず、欠席)


「あーぁ、やっぱり姫様は遅刻ねぇ……新人でも
 親の後光は強力だってか」


 ダンスアンサンブルとして出演する1人が
 これみよがしに呟いた。


 誰も反論する人がいないところを見ると、
 沙奈嬢のお嬢様パワーもここでは通用していない
 ようだ。

 それに、せっかく主役を貰えたというのに、
 遅刻癖は相変わらず治って ―― 治してないのか
 と、私も呆れた。

 監督とディレクターの元へは、
 前に入っている仕事が押していて、
 やむを得ず遅れる、と事前連絡があったそうだが、
 私は”眉唾”だと思った。

 大方、昨夜飲み過ぎて寝坊でもしたんだろう。

 その推理を肯定するよう、
 開始予定時刻から30分遅れで、
 マネージャー・笹川と息せき切って室内に入って来た
 沙奈が席に着こうと私とすれ違った時、
 彼女の息から微かにアルコールの匂いがした。

 あぁ ―― ったくもう!

 プロとしての自覚、皆無。


「あ、和ちゃん、
 悪いけどうちの沙奈さんにレモン水
 お願いできる?」

「はい……」


 ちょっと、笹川さん。
 んたもマネージャーなら、
 担当女優の教育くらいきちっとしなさい!

 それに、30分も自己都合で遅れたくせに、
 皆さんへ『すいませんでした』のひと言も
 ないワケ?!

 信じらんない。


「え、ええ――っと、出演者の皆さんも顔を揃えた
 という事で ――」


 宗方監督が初めの挨拶の言葉を言いかけた
 その時 ――


「ジェイ、ちょっといいかな」


 それまで仏頂面で黙り込んでいた九条さんが
 監督の言葉を遮って、沙奈と笹川さんに
 向かった。


「あのさ、こうゆう事は初めが肝心だと思うから
 言わせて貰うけど、二日酔いで仕事に遅れるくらい
 なら、今この場で降板して欲しい。ここにいる
 出演者は皆んなこの作品に生命賭けてもいいと
 思ってるくらい真剣なんだよ。どうする? 
 星野さんに笹川さん」


 他の出演者さんたちも、言葉は発せずとも、
 気持ちは九条さんと同じなようで。

 皆、凄く冷たく厳しい視線を
 沙奈と笹川さんへ向けている。


「な、なによぉー、
 皆んなして沙奈の事ハブく気?!」

「さ、沙奈さんっ」


 この場の空気を全く読んでいない沙奈の発言に
 笹川さんすら絶句した。

 それに対し、出演者の不平不満がココぞとばかりに
 爆発する。


「後ろ盾がデカいからっていい気になるなよ」
「九条の言う通りだ。やる気がないなら出て行け」
「そうだ ―― そうだ」


「え――、静粛に……静粛に願います!」


 監督の一喝で声は收まったが、
 この場の雰囲気は沙奈が現れる前とでは
 雲泥の差だ。

 困り切った表情の監督が苦渋の決断を下した。


「皆さん、申し訳ないが、
 今日のところは私の顔に免じて解散して下さい。
 顔合わせの仕切り直しは後日ご連絡致します」


 宗方監督が辛そうに言った。

 九条さんを残し、出演者さん達は席を立ち、
 出て行く。



「勇人キミも ――」

「この際、首脳陣も招集かけて、キャスティング
 についてもう1度話し合うべきだと、思うが」

「―― 笹川さんに沙奈、勇人はあぁ言ってるが
 キミ達の言い分も聞こうか」

「え、えっと、私は……」


 笹川さんが自信なさ気に発した言葉を沙奈の
 強い言葉が封じた。


「もちろん断固抗議致します。あなた方ご存知ないの?
 この企画、ホシノ興行が全面バックアップで
 成り立ったのよ。つまりこの星野沙奈の主演なし
 では企画は全ておじゃんって事。それから私は
 たとえ二日酔いだろうと3日酔いだろうと
 仕事でポカをやらかしたりは致しません。
 分かったなら、さっき帰って行った失礼な出演者を
 今すぐ全員呼び戻しなさい。私あなた方のように
 いつでも時間が作れる暇人ではないの」

「いい加減にしなよ、沙奈」


  つい、口が滑った。

  4人の視線が私に向いている。

  中でも沙奈の視線が一番イタい。


「何ですって……? 
 下僕のくせして、何の取り柄もない、
 下僕のくせして偉そうにっ!」

「あなたに比べたら確かに私は下賤だけど、
 人に対する礼節は知ってるよ」

「それが何だってのっ?? 
 こんな赤恥をかかされたのは沙奈の人生
 始まって以来の大事件よ。
 もう、たくさん! Mr宗方。我がホシノ興行は
 この作品の資金援助から全面的に手を引かせて
 頂きます」


 そう言い残し、足早に出て行った。
 笹川さんも慌てて後を追う。

 何とも言えない、重苦しい静寂。


「―― あ、あの……大変申し訳御座いません
 でしたっ!」


 私は、監督と九条さんに向かって深々と頭を下げた

 だから、2人の表情はさぞ落胆し、
 私の事を呆れているだろう、と思ってたけど、
 見えないので、勢いにまかせとりあえず
 今言っておきたい事は言う事にした。


「わ、私、彼女とは幼なじみなので、
 後でうちへ行って後援差し止めだけは
 思い留まってとお願いしてきます。だから ――」

「いや、いい」


 そう言ったのは宗方監督。


「とにかく頭、上げてくれないかな」


 それに続いたのは九条さんの優しい声。


「…………」


 私はゆっくり上体を起こした。

 2人は落胆も呆れてもいなかった。

 何っていうか……何かが吹っ切れたって感じ?


「やっぱり資金援助に釣られて急ぐとロクな事に
 ならないって、今日の事でつくずく思い知ったよ」

「監督……」

「悪くすれば劇場公開は大幅に縮小せざるを得なくなる
 かも知れん。これからもう1人のヒロインや
 スポンサーを見付ける都合上、初日の予定も
 大幅変更だ。けど、この作品の完成を
 心待ちにしてくれてるファンの方々やキミ達、
 覇王スタッフの期待は絶対裏切らないと誓う。
 なぁ、勇人」

「あぁ、もちろんだ」
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

還暦の性 若い彼との恋愛模様

MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。 そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。 その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。 全7話

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

ちょっと大人な物語はこちらです

神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な短編物語集です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

還暦妻と若い彼 継承される情熱

MisakiNonagase
恋愛
61歳の睦美と、20歳の悠人。ライブ会場で出会った二人の「推し活」は、いつしか世代を超えた秘め事へと変わっていった。合鍵を使い、悠人の部屋で彼を待つ睦美の幸福。 しかし、その幸せの裏側で、娘の愛美もまた、同じ男の体温に触れ始めていた。 母譲りの仕草を見せる娘に、母の面影を重ねる青年。 同じ男を共有しているとは知らぬまま、母娘は「女」としての業(さが)を露呈していく。甘いお土産が繋ぐ、美しくも醜い三角関係の幕が上がる。

処理中です...