7年目の本気

NADIA 川上

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第2章 東京編

難航するダブルキャストの選考

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 『ジゼル』プロジェクトチーム用に割り当てられた
 企画課フロアーの会議室で。
 
 キャスティング担当・安倍とその補佐になった和巴は
 頭を抱えていた。
 
 舞台初日が12月23日に決まり、
 急ピッチで各配役のオーディションも進めていたが
 ダブルキャストのジゼル役が見つからないのだ。
 
 通常のクラシックバレエなら踊りと演技だけ完璧なら
 それでいいが、ミュージカルはそれに歌が加わる
 ワケで。
 
 ・歌・踊り・演技が十分こなせて。
 ・本格的な稽古が始まる10月下旬位から
  ラスト東京での千穐楽まで身体の空く
  10代後半から20代前半の女子。
  
 上記2点の条件をクリアするダンサー選びは
 予想外に難航していた。
 
 
 オフィスで電話の応対をした後、
 会議室へ戻る途中、
 
 

「小鳥遊」 

「あ、鈴本さん、さっきはどうもありがとう。
 助かりました ――って、どうか、したんですか?」 


 先輩社員・鈴本に呼び止められた和巴は、
 そのまま彼に部屋の隅へ引っ張られた。 


「―― これ、キミが作成してたやつだよな?」 


 こっそり見せられたのは書類数枚だ。

 雑巾を絞るようにしてねじってあったのだろう。
 しわくちゃになっていた。
   
    
「あぁ! そう。コレです」

 
 くしゃくしゃな書類に目を通した和巴は頷く。 


「ところで ―― コレを何処で?」
 
「喫煙室のゴミ箱に捨ててあった」 

「そう、ですか……」


 一昨日作成した書類をデスクの引き出しに入れて
 帰宅したが、翌日の朝には紛失していたのだ。

 保存したROMを持ち帰っていた為、再度作成し
 会議には間に合ったのだが、和巴は呆れたため息
 しか出ない。 


「こういう事は前からあった?」 

「いえ、最近かな」
 
「あれか? 今度のキャスティング補佐……」 

「え、えぇ、おそらく……」

 
 さらに声を潜める鈴本に、和巴は困ったように
 肩を竦めた。 


「このこと他に知ってる奴は?」 

「安倍さんがたぶん勘づいてると思います。
 昨日もあったから……」 

「昨日も?!」 

「シッ。声が大きいです」 

「キミも大変だな」 


 同情の言葉を吐いた鈴本が和巴の肩を叩いた。 


「小鳥遊さん?」  


 オフィスの戸口に、安倍が姿を見せる。 


「打ち合わせしたいんだけど……」 

「はい ―― あ、鈴本さん。この事はオフレコで
 願います」 

「了解」 


 鈴本を残して和巴は安倍と会議室内に戻る。 


 和巴はこの担当補佐になった時から羽柴に
 『―― 新入りだからといって手加減は一切
  しないぞ』と、宣言された通り、
 安倍から主な作業手順を教わったあとは、
 他のメンバーと大差ない量の仕事を任されていた。
 
 
「―― 後は残る横浜オーディションへどの程度の
 女の子が応募して来るか? だな……」
 
 
 その言葉を受け和巴は机の上のノートパソコンを
 起動させる。
 
 その画面へ応募者の一覧が映し出された。
 応募者の出身地は九州・沖縄から北海道まで様々。
 最年長は来月で25才になる人材派遣会社のOLで、
 最年少は14才の中学生だ。
 
 安倍の言った横浜オーディションは明日が応募の
 締め切りだった。
 現時点で各地で行われたオーディションにより
 2次選考へ駒を進めたのは10名。
 その中に上記の25才と14才もいる。
 
 それに、芸能(タレント)事務所や劇団・バレエ団
 経由で送られてきた応募者が加算される。
 
  
「ところで、これからの予定は?」 

「え? あ、はい」 


 和巴は慌てて自分のスケジュール帳を開いた。 


「薫さんの”――”がクランクアップなので、
 そちらの打ち上げにちょっとだけ顔を出して、
 今日は早上がりさせて頂きます」 
  
「そっか。そうだな。香港から帰国早々無理させて
 悪かったね。ゆっくり休んで」 

「ありがとうございます」


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