63 / 124
第2章 東京編
女子トイレ
しおりを挟むホストクラブという世界が意外と身近なもの
だと知ったのは、担当作家さんの取材手伝いで
ホストクラブへ行った翌日の事だった。
自分の身近にもホストクラブの常連らしい
友達がいた ――
「―― こないださー、2丁目のホストクラブ
行ってきたんだけど、ちょーハズレ。
金、返せって感じ。やっぱ、新規開拓は微妙だわ」
と、同僚・愛実が苦言を吐いた。
マスカラを丁寧に睫に這わせている。
ただでさえ長い睫が更に伸びて、
上向きに弧を描く。
「えっ、あんた、あんなとこ行ってるの?」
私にとっては衝撃的事実だった。
ホストといえば、テレビのドキュメンタリー番組で
見たあの主婦の様に、寂しい女とか、
ヒマと金を持て余した有閑マダムが行くもの
ではないのか?
愛実には彼氏がいる。
同じ会社の販売促進部で働く、長谷部さんだ。
彼女の所属する広報部では、長谷部さん達が
イチ押しする新商品を、様々なメディアを通して
幅広く世に広める。
打ち合わせだってけっこう頻繁にするの
だけれど、愛実と長谷部さんの関係も、
そんな繋がりから始まったのだ。
普段は肉食系な会話を平気でするくせに、
彼の前では緊張してしまうと愛実が言うから、
最初の飲み会のセッティングは私がしてあげた。
飲み会の後、次のプランも考えなくちゃと
思っていたら、そんな心配も必要ないほど
すぐに打ち解けて、いつの間にか付き合い始めた。
長谷部さんは優しくて細かな気配りの出来る人だ。
それが愛実へのものだけなら良いのだろうが、
そうじゃない。
みんなに対して優しくする長谷部さんに愛実が怒り、
よく喧嘩していたけれど、最近ではそんな事もない
長谷部さんも優しさ禁止令を守っているし、
愛実も前ほど気にならなくなったみたいだ。
別れる別れないの喧嘩を繰り返して、
3年経った。
もうすぐ2人は夫婦になる。
「今のうちに遊んどかなきゃ損でしょ?
旅行なんかだと、結婚しても子供いない内は
いけるかなーって思うし、それに休みも取らないと
行けないじゃない。結局、パーっと遊ぶって、
仕事の後の飲み以外なくって」
「それでホストかぁ」
一番端の鏡の前で、私は化粧直しを再開する。
パフを頬に滑らせる。
女子トイレにあるスポットライトの付いた鏡は、
必要以上に肌を綺麗にみせるけれど、
コンパクトミラーで確認すると、ちゃんと肌に
馴染んでいないのがわかる。
東京で暮らすようになってから、
至近距離で確認するのが癖になったし、
それまでは着る洋服にも無頓着だったのが
社内に常備してある女性ファッション誌を見て
自分なりにアレンジしちょっと高いブランド物
でも、クレジットで買うようになった。
「ホストなんて、みんな行ってるよ。女子大生なんかも
行ったりするんだから。そういう子達は初回狙いで
行くんだけどね」
そんな愛実の言葉を受け、真ん中の鏡で同じく
化粧直し中の同僚・千明が、ちょっと得意気な
顔をして続けた。
「今や、男女平等の世! 男だってキャバクラ
行くでしょ。それと同じ。女の遊び場よ」
「そりゃそうと、あの長谷部さんもキャバクラとか
行くの?」
「どうかな、行くんじゃない?」
「いやいや、長谷部さんは行かないでしょ。
愛実しか見てないって感じ、するもん」
「そう?」
ふふ、と幸せそうに愛実が笑う。
実際、長谷部さんはめっちゃモテる。
美男子ではないけれど、童顔で年齢より若く
みえるし、理系男子のオタクっぽさもない
会社の女の子にアプローチされている場面を
何度も見た事がある。
でも、長谷部さんは相手にしない。
余計な気遣いもしないように気を付けている、
と言っていた。
そういう長谷部さんを見ていると、アウトオブ眼中
という言葉を思い出す。
「あ、和巴も千明も今度一緒に行こうよ。ちょっと
混んでるけど、良い店あるよー」
悪びれる事無く「良い店がある」と言った愛実は、
今度は唇にたっぷりとグロスをのせていた。
「うーん……そのうちにね」
ポーチにファンデーションを仕舞いつつ、答えた。
気が向いたらば、というニュアンスを含ませ
肩をすくめた。
「ストレス発散大事よー! 和巴は真面目だから
溜まるでしょ、色々」
「色々って何よ」
「だーかーらー、ストレスだってば。性欲、とか
変な意味じゃないよ」
無邪気に笑う愛実を、横目で睨む。
こういうオヤジみたいな事をたまに言うのだ。
「どうせ、男日照り続いてますよ~だ……」
冗談ぽく、わざと膨れてみせる。
本当はちょっとだけムッとしたけど、
言わない。でも、
愛実が言うストレスはこんな事では
溜まらないと思う。そこまでじゃない。
大人になると、余計なわだかまりの方が
ずっとストレスになる。
同僚でも、彼氏でも、家族でもそうだ。
昔のように、自分の思いをぶつけるのは怖い。
平穏な関係を崩したくない。
仲が良いほど喧嘩する、何て言うけど、
考えるだけで胃が痛くなりそうだ。
「先に戻るね」
愛実と千明に告げて、トイレから出た。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。
ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。
真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。
引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。
偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。
ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。
優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。
大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。
還暦の性 若い彼との恋愛模様
MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。
そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。
その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。
全7話
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
ちょっと大人な物語はこちらです
神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な短編物語集です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
還暦妻と若い彼 継承される情熱
MisakiNonagase
恋愛
61歳の睦美と、20歳の悠人。ライブ会場で出会った二人の「推し活」は、いつしか世代を超えた秘め事へと変わっていった。合鍵を使い、悠人の部屋で彼を待つ睦美の幸福。
しかし、その幸せの裏側で、娘の愛美もまた、同じ男の体温に触れ始めていた。
母譲りの仕草を見せる娘に、母の面影を重ねる青年。
同じ男を共有しているとは知らぬまま、母娘は「女」としての業(さが)を露呈していく。甘いお土産が繋ぐ、美しくも醜い三角関係の幕が上がる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる