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第2章 東京編
女子トイレ
しおりを挟むホストクラブという世界が意外と身近なもの
だと知ったのは、担当作家さんの取材手伝いで
ホストクラブへ行った翌日の事だった。
自分の身近にもホストクラブの常連らしい
友達がいた ――
「―― こないださー、2丁目のホストクラブ
行ってきたんだけど、ちょーハズレ。
金、返せって感じ。やっぱ、新規開拓は微妙だわ」
と、同僚・愛実が苦言を吐いた。
マスカラを丁寧に睫に這わせている。
ただでさえ長い睫が更に伸びて、
上向きに弧を描く。
「えっ、あんた、あんなとこ行ってるの?」
私にとっては衝撃的事実だった。
ホストといえば、テレビのドキュメンタリー番組で
見たあの主婦の様に、寂しい女とか、
ヒマと金を持て余した有閑マダムが行くもの
ではないのか?
愛実には彼氏がいる。
同じ会社の販売促進部で働く、長谷部さんだ。
彼女の所属する広報部では、長谷部さん達が
イチ押しする新商品を、様々なメディアを通して
幅広く世に広める。
打ち合わせだってけっこう頻繁にするの
だけれど、愛実と長谷部さんの関係も、
そんな繋がりから始まったのだ。
普段は肉食系な会話を平気でするくせに、
彼の前では緊張してしまうと愛実が言うから、
最初の飲み会のセッティングは私がしてあげた。
飲み会の後、次のプランも考えなくちゃと
思っていたら、そんな心配も必要ないほど
すぐに打ち解けて、いつの間にか付き合い始めた。
長谷部さんは優しくて細かな気配りの出来る人だ。
それが愛実へのものだけなら良いのだろうが、
そうじゃない。
みんなに対して優しくする長谷部さんに愛実が怒り、
よく喧嘩していたけれど、最近ではそんな事もない
長谷部さんも優しさ禁止令を守っているし、
愛実も前ほど気にならなくなったみたいだ。
別れる別れないの喧嘩を繰り返して、
3年経った。
もうすぐ2人は夫婦になる。
「今のうちに遊んどかなきゃ損でしょ?
旅行なんかだと、結婚しても子供いない内は
いけるかなーって思うし、それに休みも取らないと
行けないじゃない。結局、パーっと遊ぶって、
仕事の後の飲み以外なくって」
「それでホストかぁ」
一番端の鏡の前で、私は化粧直しを再開する。
パフを頬に滑らせる。
女子トイレにあるスポットライトの付いた鏡は、
必要以上に肌を綺麗にみせるけれど、
コンパクトミラーで確認すると、ちゃんと肌に
馴染んでいないのがわかる。
東京で暮らすようになってから、
至近距離で確認するのが癖になったし、
それまでは着る洋服にも無頓着だったのが
社内に常備してある女性ファッション誌を見て
自分なりにアレンジしちょっと高いブランド物
でも、クレジットで買うようになった。
「ホストなんて、みんな行ってるよ。女子大生なんかも
行ったりするんだから。そういう子達は初回狙いで
行くんだけどね」
そんな愛実の言葉を受け、真ん中の鏡で同じく
化粧直し中の同僚・千明が、ちょっと得意気な
顔をして続けた。
「今や、男女平等の世! 男だってキャバクラ
行くでしょ。それと同じ。女の遊び場よ」
「そりゃそうと、あの長谷部さんもキャバクラとか
行くの?」
「どうかな、行くんじゃない?」
「いやいや、長谷部さんは行かないでしょ。
愛実しか見てないって感じ、するもん」
「そう?」
ふふ、と幸せそうに愛実が笑う。
実際、長谷部さんはめっちゃモテる。
美男子ではないけれど、童顔で年齢より若く
みえるし、理系男子のオタクっぽさもない
会社の女の子にアプローチされている場面を
何度も見た事がある。
でも、長谷部さんは相手にしない。
余計な気遣いもしないように気を付けている、
と言っていた。
そういう長谷部さんを見ていると、アウトオブ眼中
という言葉を思い出す。
「あ、和巴も千明も今度一緒に行こうよ。ちょっと
混んでるけど、良い店あるよー」
悪びれる事無く「良い店がある」と言った愛実は、
今度は唇にたっぷりとグロスをのせていた。
「うーん……そのうちにね」
ポーチにファンデーションを仕舞いつつ、答えた。
気が向いたらば、というニュアンスを含ませ
肩をすくめた。
「ストレス発散大事よー! 和巴は真面目だから
溜まるでしょ、色々」
「色々って何よ」
「だーかーらー、ストレスだってば。性欲、とか
変な意味じゃないよ」
無邪気に笑う愛実を、横目で睨む。
こういうオヤジみたいな事をたまに言うのだ。
「どうせ、男日照り続いてますよ~だ……」
冗談ぽく、わざと膨れてみせる。
本当はちょっとだけムッとしたけど、
言わない。でも、
愛実が言うストレスはこんな事では
溜まらないと思う。そこまでじゃない。
大人になると、余計なわだかまりの方が
ずっとストレスになる。
同僚でも、彼氏でも、家族でもそうだ。
昔のように、自分の思いをぶつけるのは怖い。
平穏な関係を崩したくない。
仲が良いほど喧嘩する、何て言うけど、
考えるだけで胃が痛くなりそうだ。
「先に戻るね」
愛実と千明に告げて、トイレから出た。
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