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第2章 東京編
陰口と密やかな情愛
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如月藍子さんがダブルキャストに決まった事で
”資金繰りと主役のキャスティング”という
頭痛の種が一挙に解決。
我々プロジェクトチームの面々も次のステップへ
進んだ訳だが……
「そういや昨日のアレ、誰の仕業か分かったのー?」
肩をグリグリ回しながら解す安倍が言う
『アレ』とは、
私のデスクの引き出しが悪戯された件だ。
綺麗に整頓されていた引き出しの中が
ぐしゃぐしゃに掻き回され、
全てのペンは折れ曲がり、電卓は壊されていた。
パソコンのハードディスクを悪戯されて
いなかった事がせめてもの救いだった。
よくここまでやったものだと、相手の労力に
感心してしまったほどだ。
「いえ」
私は困った表情で頭を振る。
「悪質な嫌がらせだ。やっかみでやってんだろ」
社会人にもなって、と安倍は眉を顰めた。
安倍にもそして寺沢にも言わなかったが、
私は心当たりがないわけではなかった。
キャスティング担当の補佐に決まった直後、
保存したはずのデータが消されている事があった。
保存し忘れか? と思ったが、同じような事が
2度3度続くと呑気な私でも疑惑を持つ。
誰かが故意にやっている。
そう思い始めデータ全てを
ROMに保存して持ち帰るようにした。
そして偶然に聞いてしまったのだ。
『絶対あの子可怪しいわよ。たかが出向社員よ。
よほど実力があるか、コネでもなきゃ花形部署へ
なんか配属される訳ないっ』
『もしかして、体張った成果かもよ?』
『うっそー。それって、枕営業?』
『仕事が欲しけりゃ身体差し出せってか?』
『うわー、ちょっと勘弁してよ。
鳥肌たっちゃったぁ』
『でも、確かにあり得るかもね。今回の担当に
したって、何であの子が? って感じだしー』
下卑た笑いが上がり、背筋が寒くなった。
何より、噂話しをしていたメンバーの中心の
声に聞き覚えがあったので。
尚の事ショックは大きかった。
「何か飲み物を買ってきましょうか」
考えていると憂鬱になる。
気分を変えようと立ち上がってそう言った時、
携帯の着信メロディが鳴った。
「もしもし ――…あぁ、吉村?」
恋人からの連絡にさり気なく背中を向けた
安倍を見て、私は邪魔にならないように
会議室を出た。
会議室を出たところで私も軽く欠伸をしながら
伸びをして深く息を吐く。
自分を快く思っていない者の所謂陰口、
幼稚な言動なのだが、自分でも分かっている事だけに
仕事で結果を出して見返すしかない。
小銭を確認した私はエレベーターで社食に
向かった。
終業時間をとっくに過ぎた時間帯だ。
社食内の照明も落ち、ひっそりとしていた。
その中で自販機の明かりが煌々としている。
小銭を入れて缶コーヒーを購入していると、
「まだいたのか」
不意に背後から声を掛けられ、私は驚きの声を
上げた。
「ま ―― 各務さん……っ」
背後を振り返った私は元恋人の顔を見て
ホッと胸を撫で下ろす。
「ごめん。驚かせるつもりはなかったんだが」
「いいえ。誰もいないと思ってましたから……
あ、打ち合わせお疲れ様でした」
この度、匡煌が代表取締役社長に就任した
各務物産も『ジゼル』の後援スポンサーで。
代表の匡煌自身が交渉の窓口になっている。
「仕事中、俺のハニーはちゃーんといい子に
してたかな?」
と、だぁーれもいないのをいいことに、
匡煌さんは私を背後からギューっと抱きしめた。
「ちょっ ―― まさ ―― イエ、各務さん、
ダメですって誰か来たら ――」
「ダメって何がだめなの?」
「いじわるしないで下さい……」
「仕事、まだ残ってんの?」
「えぇ、当分の間は記者会見の下準備で手一杯なので」
「ほな俺もあとひと仕事片付けてくから、
そっちが終わったら
俺んとこに寄ってくれ」
「寄って……何、するんですか?」
「ふふふ……それは来てからのお楽しみぃ~」
”じゃあな”と、私の項にキスを落として、
匡煌さんは足早に去って行った。
”この後は仕事にならないな、きっと”
そわそわして落ち着きのない自分を想像して、
私は苦笑した。
”資金繰りと主役のキャスティング”という
頭痛の種が一挙に解決。
我々プロジェクトチームの面々も次のステップへ
進んだ訳だが……
「そういや昨日のアレ、誰の仕業か分かったのー?」
肩をグリグリ回しながら解す安倍が言う
『アレ』とは、
私のデスクの引き出しが悪戯された件だ。
綺麗に整頓されていた引き出しの中が
ぐしゃぐしゃに掻き回され、
全てのペンは折れ曲がり、電卓は壊されていた。
パソコンのハードディスクを悪戯されて
いなかった事がせめてもの救いだった。
よくここまでやったものだと、相手の労力に
感心してしまったほどだ。
「いえ」
私は困った表情で頭を振る。
「悪質な嫌がらせだ。やっかみでやってんだろ」
社会人にもなって、と安倍は眉を顰めた。
安倍にもそして寺沢にも言わなかったが、
私は心当たりがないわけではなかった。
キャスティング担当の補佐に決まった直後、
保存したはずのデータが消されている事があった。
保存し忘れか? と思ったが、同じような事が
2度3度続くと呑気な私でも疑惑を持つ。
誰かが故意にやっている。
そう思い始めデータ全てを
ROMに保存して持ち帰るようにした。
そして偶然に聞いてしまったのだ。
『絶対あの子可怪しいわよ。たかが出向社員よ。
よほど実力があるか、コネでもなきゃ花形部署へ
なんか配属される訳ないっ』
『もしかして、体張った成果かもよ?』
『うっそー。それって、枕営業?』
『仕事が欲しけりゃ身体差し出せってか?』
『うわー、ちょっと勘弁してよ。
鳥肌たっちゃったぁ』
『でも、確かにあり得るかもね。今回の担当に
したって、何であの子が? って感じだしー』
下卑た笑いが上がり、背筋が寒くなった。
何より、噂話しをしていたメンバーの中心の
声に聞き覚えがあったので。
尚の事ショックは大きかった。
「何か飲み物を買ってきましょうか」
考えていると憂鬱になる。
気分を変えようと立ち上がってそう言った時、
携帯の着信メロディが鳴った。
「もしもし ――…あぁ、吉村?」
恋人からの連絡にさり気なく背中を向けた
安倍を見て、私は邪魔にならないように
会議室を出た。
会議室を出たところで私も軽く欠伸をしながら
伸びをして深く息を吐く。
自分を快く思っていない者の所謂陰口、
幼稚な言動なのだが、自分でも分かっている事だけに
仕事で結果を出して見返すしかない。
小銭を確認した私はエレベーターで社食に
向かった。
終業時間をとっくに過ぎた時間帯だ。
社食内の照明も落ち、ひっそりとしていた。
その中で自販機の明かりが煌々としている。
小銭を入れて缶コーヒーを購入していると、
「まだいたのか」
不意に背後から声を掛けられ、私は驚きの声を
上げた。
「ま ―― 各務さん……っ」
背後を振り返った私は元恋人の顔を見て
ホッと胸を撫で下ろす。
「ごめん。驚かせるつもりはなかったんだが」
「いいえ。誰もいないと思ってましたから……
あ、打ち合わせお疲れ様でした」
この度、匡煌が代表取締役社長に就任した
各務物産も『ジゼル』の後援スポンサーで。
代表の匡煌自身が交渉の窓口になっている。
「仕事中、俺のハニーはちゃーんといい子に
してたかな?」
と、だぁーれもいないのをいいことに、
匡煌さんは私を背後からギューっと抱きしめた。
「ちょっ ―― まさ ―― イエ、各務さん、
ダメですって誰か来たら ――」
「ダメって何がだめなの?」
「いじわるしないで下さい……」
「仕事、まだ残ってんの?」
「えぇ、当分の間は記者会見の下準備で手一杯なので」
「ほな俺もあとひと仕事片付けてくから、
そっちが終わったら
俺んとこに寄ってくれ」
「寄って……何、するんですか?」
「ふふふ……それは来てからのお楽しみぃ~」
”じゃあな”と、私の項にキスを落として、
匡煌さんは足早に去って行った。
”この後は仕事にならないな、きっと”
そわそわして落ち着きのない自分を想像して、
私は苦笑した。
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