インシディアス

NADIA 川上

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「だいち……だっけ?」


  ぼ、僕の名前覚えてくれたんだ! 嬉しい……。


「なんかやけに慣れてねぇ? 
 いつもこんなコトしてんの?」


  いつまでもしゃぶり続ける僕を引き剥がして、
  ナニをしまいながら都村さんが言った。


「あ、ハイ。僕、新学期に越してきた新顔なんで、
 先輩たちのさせられてるんです。あ、あの……
 気持ちよかったですか?」

「まぁな ―― でも……」

「―― でも?」

「てめぇから進んで野郎の股ぐらに顔伏せるなんて、
 本気で好きな相手にでもするんじゃなきゃ金輪際するな。
 力で屈服させられて望まない事でもヘラヘラやるなんて、
 胸糞悪くて反吐が出らぁ」


  って言い残し、何事もなかったよう、
  颯爽とこの場を立ち去って行った。

  その後ろ姿も超かっこ良くて、僕は都村さんに
  追い縋る事さえ忘れていたけど、
  その都村さんとまさか自分の家で再会し、
  お父さんから
  ”彼はしばらく家に居候する事になった”なぁんて
  夢のような言葉を告げられるなんて……。


***  ***  ***


  ジェイクが乗ったばかりのタクシーから
  すぐに降りて、たった今タクシーで通過した
  交差点まで引き返したのは ――。


  (えっと、確か……あの路地、だったな)


  うろ覚えだが、だいたいの記憶を頼りにその路地へ
  行けば ―― やっぱりいました。

  初めて会った時のよう、3人組の上級生らに
  囲まれ、無理矢理フェ*をやらされている大地が。

  ジェイクが慌ててタクシーから降りたのは、
  あの3人組に大地が路地へ引きずり込まれるのを
  目撃したからなのだ。


  ”剣道三倍段”というが、剣がなくてもジェイクは
  滅法強かった。

  ジェイクと大地が去った後の路地には、無謀にも
  ジェイクに歯向かった3人組の無残にボコられた
  姿が横たわっているだけだった。


***  ***  ***


  ”ループ”の愛称で親しまれている高架鉄道の
  環状線の**駅へ向かう途中も、
  ジェイクと並んで歩く大地のヘラヘラ笑い
  は止まらなかった。

  何気にムカついて大地の後頭部を平手で
  引っ叩(ぱた)いても、相変わらずヘラヘラ笑い
  ながら「痛いなぁ、何するんですかー」と
  ジェイクから気にかけられているのが、よほど
  嬉しい様子。


「……あのさ」

「ん? なに なに?」

「……お前が不登校してたのって、ああゆう奴らが
 いたからなのか?」

「ん~、それもあるけど、がっこの勉強って自分の
 体質に合ってないような気がしてさ」

「あー? マジお前って変だな」

「えーっ、変、ですかねぇ? でも、ジェイに言われた
 から、義務教育終えるまではちゃんとがっこに
 行くよ」


  アメリカの義務教育は高校(ハイスクール)
  までです。
  ついでに言うと、その州の自治体によってまちまち
  ですが、ほとんどの都市(町)で公立学校の学費は
  国の全額負担になっています。


「でも、義務教育までなのか」

「何か問題でも?」

「別にぃ ―― でも俺、挑む前から”自分はバカ
 だから” とか言って怖気づいて、勝手に自分の限界
 決めつけるような奴が一番気に食わない」

「!……僕がそうだって?」

「おっ。ムカついたか? じゃお前はやれるとこまで
 やれよ。知識と教養はないっくらあっても邪魔になる
 って事はないんだ」

「……」

「どうせ同じ年を取るなら、老後は悠々自適に
 過ごしたいだろ?」

「もーうっ。まだ僕たち10代なんだよ~。ジェイって
 むっちゃ爺くさぁっ」

「何とでも言いなさい」


  かくゆう自分だって、
  あんまし偉そうな事は言えない。

  この数ヶ月は不登校だ。

  (俺も、そろそろ色んな意味でリセットしないと
   ダメなのかなぁ……)
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