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続き
しおりを挟むそんなこんなで、
この店で働き始めやっと1ヶ月過ぎたとある日。
シカゴにいるハズの異母弟・ヨシュアが何の
連絡もなしに店へやって来た。
「―― いらっしゃいま……」
『なぁにその顔は? せっかく来てやったのに」
「ヨ、ヨシュア ……」
『ちょっとさ、何ボ~っとしてんの? オレ一応客
なんだけど』
『す ―― すいません。こちらへどうぞ』
2人掛けのテーブル席に案内した。
小声で問いかける。
『急にどうしたんだよ?』
『その質問の主旨は?』
『シカゴ本社の国際事業本部に配属されたって聞いた
けど、仕事、忙しいんじゃないのか?』
『今日は久しぶりの休みなんだ。実はさオレ、
この秋から東京支社へ転勤になって、おまけに
関西近畿地方進出の為の総責任者に抜擢されたんだ。
けどさ……』
『けど?』
『たった1人の弟が貴重な休日潰して会いに来て
やったのに、そこまで迷惑そうにしなくても』
『べ、別にそんなつもりじゃ……』
『ま、いいや、注文はオムライスね。アフターで
アイスティーと小倉抹茶パフェもお願い』
『畏まりました』
今日は昼過ぎから突然雷雨に見舞われ、
いつもの観光客達に加え雨宿りのお客さんも
大挙してやって来た。
それに、この時間帯は左門さんを入れた5人体制で
切り盛りしているのに、頼みの夏鈴とバイト1名が
季節外れのインフルでダウンし。
もう、盆と正月が一緒に来たくらいの忙しさ
なんだ。
「―― ご新規、二組入りました。あと、
9番さん ――」
”あ、あの ―― おトイレは何処ですか?”
「はい、こちらを奥へ進んだ突き当りになります」
「ジェイクっ。8番さんの生春巻きあがってるから
運んで」
「はい、コレですね。持って行きます」
「ごめん、宜しく」
”ちょっとぉ~! さっきのまだですかぁ?”
「はいぃ、もう少々お待ち下さいませー」
”ちゃんと、しないと”
自分に言い聞かせるよう心の中で呟き、
仕事を続ける。
そこへ、電話で中座していた左門さんが
やっとフロアへ戻って来た。
「お待たせぇ~、今すぐ入るからぁ」
「ちょっと左門さん、頼むよ~」
「ごめん ごめん。もし、俺達でどうしても手が
足らないようだったら、周防さんが四条店から
ヘルプ回してくれるってから、もうひと踏ん張り
だよ」
”周防さん”というのはこのお店のオーナーで、
ここの他に4店舗のレストランと2店舗のネット
カフェを経営している。
「(それ)にしても、今日は何だってこんなに
人が多いんだよ~」
「んな事オレが知るか。文句は雨に言ってよ」
”―― えっと、*番テーブルのオーダーは……”
近くに差し掛かった7番テーブルのお客様に
呼び止められた。
「悪い。ちょっといいかな」
「はい、何でしょう」
「……キミ、何か気付かない?」
「は? なにか、と……」
そう言われて考え、一瞬の後ハッとした。
「ガパオライス、ちょっと急いでくれる?」
「は、はいっ。申し訳御座いません。
すぐ、お持ち致します」
”しまったぁ ―― すっかり忘れてた”
厨房カウンターへ戻る道すがら、客席に座る
ヨシュアの冷たい視線とぶつかった。
「何にも変わってねぇのな、ジェイク」
皮肉たっぷりに言われた。
さっきまでは英語で喋ってたのに、
わざわざ急に日本語で言ったのは俺への当て付けだ
悔しいけど、何も言い返せなかった。
「―― あぁっ? ガパオライスの注文忘れてた
って?」
「すみません」
「すみません、って言ってもな。もう、ひき肉は
合い挽きも牛もトリも使い切っちゃったし、
参ったなぁ……あ、左門さん! ちょっといい?」
「んー? 2人で難しい顔取っ付きあわせて
どうしたの?」
「ガパオライス切れてるんだけど、ひとつ、
受けちゃってるんだよねぇ」
「えっ、受けたのはだぁれ?」
「それがジェイクなんだけど、相当お待たせしてる
みたいなんだ」
”ど、どうしよう ―― 俺のせいで皆んなに迷惑
かけて……!”
「―― オッケー、分かった。俺がお詫びしてくる。
ジェイクは代わりにカウンター入って」
「は、い――あ、あの! すみませんでした、
左門さん」
「ドンマイ。けど、次からは気を付けてね」
と、左門さんは問題の”ガパオライス”を注文した
7番テーブルのお客様へお詫びに行ってくれた。
「ホラ、ジェイク、カウンター」
「あ ―― 皇紀さん……叱ら、ないんですか?」
皇紀さんはフッとほほ笑み、
「叱ってどうすんの? 少しボーっとしてたのは自覚
あるよね? それで、俺に申し送りし損ねたのも
自分のミスだと分かってる」
「―― はい」
「じゃあ、後は自分で反省するだけだ。同じミスを
繰り返さないようにね。それとも ―― 怒られた
方が気が楽だって言うなら、思いっきり怒って
あげるけどー?」
皇紀さんの言葉はある意味、衝撃だった。
叱らない代わりに、自分のやった間違いを
良く考えろ、と言われ。
自分の中に”油断と甘え”があった事に
気付かされた。
満席の状態が長く続くなんてそう珍しい事じゃ
ないし。
ヨシュアの突然の来店に気を取られていたなんて、
言い訳にもならないのに……。
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