上 下
82 / 83

81 結婚式

しおりを挟む

 今年は例年にない暖冬だってニュースで言っていたけど。
   
 寒桜のお花見も最盛期の今日は朝から息も凍えるようなお天気で、昼過ぎくらいからチラチラ粉雪がちらつき始めていた……。

 あ~ぁ、仕事とは言え、こんな日に買い出しはかなりしんどい……。   
      
 部署で使う備品類はひと月に1度、**デパートの外商さんから一括購入している。

 でも、事務用品というのは突発的に不足が出るもので、今日もお使いに奔走。


 午後イチで買い物に出て、ようやく帰れたのが終業間際。

 車のトランクに入れた山というお買い物の品々を、メモを見ながらひとつひとつチェックしていく。


「―― ええっと、コクヨの徳用ボールペンに、来客用の玉露……ん? あっ、いっけね、プリンターの紙とインクリボン忘れたよ……これはネットで注文するか ――」


 そこまでチェックし終わった時ふと背後に人の気配を感じ、振り向くと同時に、両脇から腕を掴まれた。

 掴んだのは、秘書室の東千紘と神田奈保子。


「えっ ―― え? 何よー?!」

「何よ?! じゃないわよ、今日の主役がこんな所でふらふらしてちゃダメでしょ」

「って、もうそんな時間??」

「とにかくいらっしゃい。時間ないの」


 かくして自分の結婚式をすっかり忘れていた私は、千紘となおちゃんに引きずられて行くのだった。  


※※※※※     ※※※※※     ※※※※※



 絢音が半強制連行されて来たのは、京都府と愛知県の境に位置するオアシスグループ会長・各務の広大な別宅。


 絢音のいでたちは ――、
 上質の絹で作られた狩衣を纏い、懐には護り刀を入れてある。

 別室にいる三上は、五つ紋の入った黒羽織に、襠高袴(まちたがばかま=男子が羽織と共に正装に用いる)に、太刀を身に付けている筈だ。


「「あやたん、あやたん、いたいたぁ~ ――」」


 絢音を見つけた各務爺の双子の初孫・舞と芽衣(めい)が、可愛らしい巫女姿で走ってきた。


「わぁー、舞ちゃんに芽衣ちゃんも、可愛くして貰ったんだね。よく似合ってるよ」

「「ホント?ホントに似合ってる?」」

「似合ってるよ。私が嘘ついたことある?」

「「ない~」」


 ニコニコ笑う2人は、上機嫌で絢音の手を取る。
  

「「今日のあやたんもね、すっごくきれいだよ」」

「そ、そう……? ありがと」

「「まーたんと、めーたんが、あやたんをごあんないするね」」


 2人に手を引かれ、廊下を進む。

 御簾(みす)の下げられた廊下を曲がり、扉の前に立つ。

 待ち受けていた珠姫と利沙が、紗で作られた袿(うちぎ)を被せてくれた。


「あやちゃん、すっごくイカしてる」

「本当に。 柾也も茉莉江もヤキモチ妬いちゃうかもね」

「フフフ……ありがと、珠姫さんに利沙」


 3人で目を合わせ、クスクス笑う。
 緊張していた気持ちが、少し和らいだ。


「ありがとう。少し落ち着いたよ」

「よかった」

「じゃあ、合図をするよ」


 袿のズレを直し、背筋をピンと伸ばす。
 左右に付いていた双子も、引き締まった顔になる。

 紐が引かれ、清らかな鈴の音が響く。


「「いってらっしゃい。舞と芽衣も、付き添い頑張ってね」」

「「 はぁい 」」


 双子がニッコリ請け合い、珠姫と利沙が絢音の背中を軽く叩いた時、扉は開かれた ――。


しおりを挟む

処理中です...