20 / 50
宣言
しおりを挟む
俺が連れて来られたのは、
怪し気な事務所でも、ホテルでもなく、
西武新宿駅から歩いて10分程の所にある
古びた雑居ビル。
その1階にある部屋。
彼 ―― 手嶌さんが開けたドアから中へ入れば、
消毒液の匂いに包まれた。
「……ここは、病院?」
いや、規模的には”診療所”か。
机の上にある聴診器やカルテ、
衝立の向こうに見えるベッド。
どれもこれも保健室とかで目にする物だ。
「正確には診療所だった場所だ」
俺の独り言に答えてくれた手嶌さんの存在を
すっかり忘れていた。
”―― だった場所”と、彼は過去形で話したが、
聴診器も薬品棚も、それから衝立の向こうの
ベットも、今も尚使われているような、真新しさが
あるように見えた。
彼は片隅にあるミニキッチンでドリップコーヒーを
淹れながら話しを続ける。
「元医院長だった野郎がな、博打と女で大損した
挙句とんずらかましやがったんだ」
「とんずら……」
ドリップしたての香り立つコーヒーをマグカップに
注ぎ、俺の分は机に置いた。
「で、お前は何なんだ」
「……は?」
「何だってあんな所でふらふらしてたんだよ」
「……自分の事、確かめたかった」
「確かめる ―― って、お前ゲイなのか?」
俺はゆっくり小首を傾げる。
「そうなのかも知れない。どっちかって言うと
女といるより同性といた方が楽しいし、友達が
グラドルとかAKBの話題で盛り上がってても、
全然ついていけないから」
「そいつぁ単なる好みの問題じゃねぇのか?
それに今の時代、ゲイ・レズ・バイの境界線はかなり
曖昧だからなぁ。男といる方が楽しいとか、女ネタに
ついていけねぇとか程度なら、そう気に病む事は
ないんじゃないか?」
「そう、なの……?」
「ま、ナンパされてぇなら、制服着てくるのはアリか。
あそこら辺の連中はそうゆうの好きらしいから」
「ナンパとかまでは考えてなかった」
「じゃ、何しに行ったんだよ」
「ただ……誰か、相談出来る人が欲しくて……」
「あんな金持ち学校が専任のカウンセラーも
いねぇのかよ」
「もちろんいるよ。でも、先生なんかに言ったら、
その日のうちに親へまで連絡がいって、次の日には
学校中の晒しモノだ。1年の今泉はホモだって」
「(ため息と共に)なるほど、今時の高校生は
えげつないね……」
手嶌さんは胸ポケットから取り出したタバコを
口にくわえ、ライターの火をかざしてから、
ふっと気付いたよう、
「タバコ、いいか?」
「ええ、どうぞ」
「んじゃ、遠慮なく ――」
と、くわえタバコに火を点け、紫煙を燻らす。
……ここへはほとんど強引に連れて来たのに、
タバコは遠慮するなんて、可笑しな人だ。
でも ―― いつ見ても……かっこいい。
「あ、あの ―― さっきは、
助けてくれてありがとうございました。
変なこと言って、ごめんなさい」
「んー?」
「人殺し、とか、人攫いとか ――」
「あ、あぁ、テンパッてたんだろ。しょうがねぇ。
ってか、2丁目っつても初心者向けの店が
あるだろ。そっち行けよ、今度から」
「もちろんあります。ネットでもちゃんと調べたし。
”ツバキ”って店、知ってます?」
「あぁ、ちょうど2丁目と**の境にある老舗だな」
「そこへ行こうと思ってたら途中で道が判らなくなって
あの小父さんに道を尋ねたら、ツバキなんかへ
行くより自分が買ってあげるとか言われて、いきなり
腕を掴まれて……」
「ハハ ―― そんなんでよく2丁目なんかへ来たな。
無駄にチャレンジ精神だけは旺盛なんだ」
「! 無駄に、って……酷いです。怖かったのに……
グスッ ――」
「あぁ――分かった、分かったから、泣くな」
「………」
「とにかく、てめぇの性癖確かめたいって青春の悩み
は分かったが、来るなら観光客も多い日曜の昼間に
しろ。危険も減るし道にも迷い難い」
「あ ―― ありがとう、ございました。色々、
すみません」
「分かりゃあいい」
「でも……何か俺、凄く楽になった」
「ん?」
「ホモ、とか聞いたら、きっと皆んな俺の事、
嫌いになるんじゃないかって ―― 気持ち悪いって
病気とかって、軽蔑されるんじゃないかなって
ずっと思ってたから。でも、手嶌さんは凄く親切で
嬉しかった」
「……分かんねぇぞー」
「え?」
怪し気な事務所でも、ホテルでもなく、
西武新宿駅から歩いて10分程の所にある
古びた雑居ビル。
その1階にある部屋。
彼 ―― 手嶌さんが開けたドアから中へ入れば、
消毒液の匂いに包まれた。
「……ここは、病院?」
いや、規模的には”診療所”か。
机の上にある聴診器やカルテ、
衝立の向こうに見えるベッド。
どれもこれも保健室とかで目にする物だ。
「正確には診療所だった場所だ」
俺の独り言に答えてくれた手嶌さんの存在を
すっかり忘れていた。
”―― だった場所”と、彼は過去形で話したが、
聴診器も薬品棚も、それから衝立の向こうの
ベットも、今も尚使われているような、真新しさが
あるように見えた。
彼は片隅にあるミニキッチンでドリップコーヒーを
淹れながら話しを続ける。
「元医院長だった野郎がな、博打と女で大損した
挙句とんずらかましやがったんだ」
「とんずら……」
ドリップしたての香り立つコーヒーをマグカップに
注ぎ、俺の分は机に置いた。
「で、お前は何なんだ」
「……は?」
「何だってあんな所でふらふらしてたんだよ」
「……自分の事、確かめたかった」
「確かめる ―― って、お前ゲイなのか?」
俺はゆっくり小首を傾げる。
「そうなのかも知れない。どっちかって言うと
女といるより同性といた方が楽しいし、友達が
グラドルとかAKBの話題で盛り上がってても、
全然ついていけないから」
「そいつぁ単なる好みの問題じゃねぇのか?
それに今の時代、ゲイ・レズ・バイの境界線はかなり
曖昧だからなぁ。男といる方が楽しいとか、女ネタに
ついていけねぇとか程度なら、そう気に病む事は
ないんじゃないか?」
「そう、なの……?」
「ま、ナンパされてぇなら、制服着てくるのはアリか。
あそこら辺の連中はそうゆうの好きらしいから」
「ナンパとかまでは考えてなかった」
「じゃ、何しに行ったんだよ」
「ただ……誰か、相談出来る人が欲しくて……」
「あんな金持ち学校が専任のカウンセラーも
いねぇのかよ」
「もちろんいるよ。でも、先生なんかに言ったら、
その日のうちに親へまで連絡がいって、次の日には
学校中の晒しモノだ。1年の今泉はホモだって」
「(ため息と共に)なるほど、今時の高校生は
えげつないね……」
手嶌さんは胸ポケットから取り出したタバコを
口にくわえ、ライターの火をかざしてから、
ふっと気付いたよう、
「タバコ、いいか?」
「ええ、どうぞ」
「んじゃ、遠慮なく ――」
と、くわえタバコに火を点け、紫煙を燻らす。
……ここへはほとんど強引に連れて来たのに、
タバコは遠慮するなんて、可笑しな人だ。
でも ―― いつ見ても……かっこいい。
「あ、あの ―― さっきは、
助けてくれてありがとうございました。
変なこと言って、ごめんなさい」
「んー?」
「人殺し、とか、人攫いとか ――」
「あ、あぁ、テンパッてたんだろ。しょうがねぇ。
ってか、2丁目っつても初心者向けの店が
あるだろ。そっち行けよ、今度から」
「もちろんあります。ネットでもちゃんと調べたし。
”ツバキ”って店、知ってます?」
「あぁ、ちょうど2丁目と**の境にある老舗だな」
「そこへ行こうと思ってたら途中で道が判らなくなって
あの小父さんに道を尋ねたら、ツバキなんかへ
行くより自分が買ってあげるとか言われて、いきなり
腕を掴まれて……」
「ハハ ―― そんなんでよく2丁目なんかへ来たな。
無駄にチャレンジ精神だけは旺盛なんだ」
「! 無駄に、って……酷いです。怖かったのに……
グスッ ――」
「あぁ――分かった、分かったから、泣くな」
「………」
「とにかく、てめぇの性癖確かめたいって青春の悩み
は分かったが、来るなら観光客も多い日曜の昼間に
しろ。危険も減るし道にも迷い難い」
「あ ―― ありがとう、ございました。色々、
すみません」
「分かりゃあいい」
「でも……何か俺、凄く楽になった」
「ん?」
「ホモ、とか聞いたら、きっと皆んな俺の事、
嫌いになるんじゃないかって ―― 気持ち悪いって
病気とかって、軽蔑されるんじゃないかなって
ずっと思ってたから。でも、手嶌さんは凄く親切で
嬉しかった」
「……分かんねぇぞー」
「え?」
0
あなたにおすすめの小説
鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる
結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。
冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。
憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。
誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。
鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。
タトゥーの甘い檻
マリ・シンジュ
BL
執着系わんこ攻(大学生)× 高潔な美形教授受(30代)
どのお話も単体でお楽しみいただけます。
「先生、ここ……僕の瞳を入れるから。ずっと、僕だけを見てて」
真面目な大学教授・新城が、大学生の・羽生にだけ許した、あまりにも淫らな「わがまま」。
それは、誰にも見えない内腿の奥深くに、消えないタトゥーを刻むこと。
「下書き」と称して肌を赤く染めるペン先の冷たさ。
アトリエの無機質なライトの下、四つん這いで晒される大人の矜持。
ずっと年下の青年の、必死で、残酷で、純粋な独占欲。
愚かだと知りながら、新城はその熱に絆され、ゆっくりと「聖域」を明け渡していく――。
「……お前のわがままには、最後まで付き合う」
針が通るその時、二人の関係は一生消えない「共犯」へと変わる。
執着攻め×年上受け、密やかに刻まれる秘め事のお話。
告白ごっこ
みなみ ゆうき
BL
ある事情から極力目立たず地味にひっそりと学園生活を送っていた瑠衣(るい)。
ある日偶然に自分をターゲットに告白という名の罰ゲームが行われることを知ってしまう。それを実行することになったのは学園の人気者で同級生の昴流(すばる)。
更に1ヶ月以内に昴流が瑠衣を口説き落とし好きだと言わせることが出来るかということを新しい賭けにしようとしている事に憤りを覚えた瑠衣は一計を案じ、自分の方から先に告白をし、その直後に全てを知っていると種明かしをすることで、早々に馬鹿げたゲームに決着をつけてやろうと考える。しかし、この告白が原因で事態は瑠衣の想定とは違った方向に動きだし……。
テンプレの罰ゲーム告白ものです。
表紙イラストは、かさしま様より描いていただきました!
ムーンライトノベルズでも同時公開。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ
零
BL
鍛えられた肉体、高潔な魂――
それは選ばれし“供物”の条件。
山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。
見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。
誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。
心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。
藍色の冬、シトラスの檻
そらいろ
BL
冬は、すべての音を奪っていく。
海外から帰国した白瀬 澪(しらせ れい)を待っていたのは、あまりにも好条件なルームシェアと完璧な同居人・結城 朔(ゆうき さく)だった。
穏やかで過保護なほど優しい朔との生活。
しかし、部屋に満ちる微かなシトラスの香りが、澪の古い記憶を呼び起こす。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる