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素直になれなくて ②
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慣れたように雪道を運転する男を毛布の隙間から
眠さでぼうっとしながら盗み見ていた時、
毛足に引っかかったキラッと光る微小の金属を
見つけてしまった。
―― それは、ピアスヘッドの片方。
……誰のだろ。
挨拶回りもどうにか無事終わって車に戻っても、
相変わらず綱吉の口数は少ない。
(……ったくこのお子様は、
一体何がお気に召さなかったのか……)
「……まだ、気分悪いか?」
「そんなことないよ」
「でも、雪も酷くなってきたし……
今日はこれで帰ろう」
降りしきる雪を眺めながら、
面倒くさそうに生返事ばかりしていた綱吉が、
ようやく反応して、運転席を振り返った。
「えっ ―― じゃあ、博物館は?」
「また、次の機会でいいだろ?
今日は、早めに帰って体を休めよう」
「大丈夫だよ、俺は何ともない」
楽しみにしていたのは、外回りのお伴じゃない。
そのあとの博物館の方だ。
不本意な提案に、
綱吉はぶんぶんと首を振ったが、
手嶌は取り合わない。
「受験は附属校への内部進学とは言っても、
それには進級しなきゃいけないんだぞ」
「ほんなら、次っていつ?」
窓についていた頬杖をやめて、綱吉がキッと睨んだ。
「人間国宝の特別展、今月一杯だよ?
わざわざ今日の為にスケジュール切り詰めてきた
のにっ」
「それはそうだが ――」
「……それとも、他の誰かとでも行くつもりなわけ?」
いきなり振られた話題に、
ハンドルを握ったまま手嶌は首を傾げた。
「はあ? 誰かって、誰が?」
綱吉は目一杯機嫌が悪いが、
手嶌も実は朝からたいがい機嫌が悪かった。
誤魔化すためにハイテンションで、
しかも綱吉と口を利くと、
理不尽な事で詰ってしまいそうで。
自分の事に精一杯なお子様は、
そんな事にはちっとも気づかない。
「この前の休みは何処に行ってたの?
……この落とし主と」
見つけたピアスヘッドを摘んだ手を、
運転中の目の前に翳した。
夫の浮気をなじる妻じゃあるまいし、
バカみたいだと思ったが、止められない。
「何処って ―― まいったね……
一応おれにもプライベートはある」
「確か今付き合ってるのって 『セブン』の京子さん
とか言ったっけ? ナイスバディの美人だって
聞いたよ。性格はチョ~ひねくれた人らしいけど?
そういうのがタイプなの? 意外にフツウなんだ、
手嶌って」
「そりゃ嫌いじゃないな、俺だって男だから。
胸がでかくて顔が好みなら、頭と性格が多少
難ありでもセッ*スは十分楽しめる」
「つまりヤる事ヤれれば誰だってかまわないんだぁ」
売り言葉に買い言葉とでもいうのか、
だんだんと険悪な会話になってきていた。
まして手嶌はものすごく理不尽な責めを、
よりによって綱吉の口からされて、
ますます気分を害していた。
いい大人が、
16歳の子供相手にしてもいい話題ではないのだが、
不機嫌の応酬は止まらなくて手嶌は思わず、
綱吉には一番の禁句を吐いてしまった。
「お前には関係ないだろっ」
細い体が、目に見えて震えた。
しまった、とすぐに後悔した。
何かフォローをと焦ったが、
思いつくより先に綱吉がまたふいと顔を背け、
窓に向かって呟くように応えた。
「もちろん……ないよ。
手嶌と俺は、ただの教師と生徒だし。
ただの好奇心で訊いただけだから、
言いたくないなら言わなきゃいい」
雪はますます酷くなって、
視界を遮るほどの吹雪になっている。
道路の幅はそんなに狭くないし、
対向車もないのでどうにか運転はできるが、
ひとつ間違うと、冬枯れの田圃に突っ込んで
しまうだろう。
───だから、こんな深刻な話などして
車を走らせていいわけないのだが。
窓の外を睨んだまま、突然、綱吉が叫んだ。
「停めて」
「……はぁっ?」
「停めてったらっ!」
言われるままに、
路肩にゆっくりと停車してハザードを点滅させた。
何を思ったのか、綱吉が、
ロックをガチャリと外し、ドアを開ける。
「頭冷やしてくる」
「ツナっ?!」
突風とともにどっと雪が車に吹き込んだ。
思わず2人とも目を瞑る。
それでも躊躇うことなく、
綱吉はドアの外に足を下ろした。
律儀にも、バタンとドアを閉めてしまう。
「な何言ってるんだっ! ツナっ」
慌てて手嶌も外に飛び出した
雪が凄いけれど、それどころではない。
こんな視界の悪い所に車を止めているだけでも
危険なのに、ましてコートは後ろの座席に放った
ままで、綱吉はセーターだけという軽装だ。
「すまん、俺が悪かった、言い過ぎた」
走って綱吉に近づいて、
焦る気持ちばかりで他意もなく、
両肩を抱きかかえた。
「怒ったのか? ───ホントにごめん、
俺が、大人気なかった。謝るから、お願いだから、
車に乗っ ――」
「……悪かったな、どうせ、ガキだよ」
地を這うほど低い声が、ぼそりと聞こえた。
「頭が冷えたら戻るから、先に車に入ってていいよ」
「そういうことじゃなくて……ごめん、な?
俺、何でもツナの訊きたいこと答えるから。
お願いだから、戻ってくれ。
危険だし、風邪でも引いたらどうするんだっ」
口を開くたびに雪が入り込んで、話す事も辛い。
オメガはただでも気候の変化に敏感なんだ、
こんな場所に長居させたら、肺炎でも起こしかねない
とにかく無理にでも車に乗せて走らせてしまおうと、
手嶌はぐいと綱吉を抱き寄せてドアを開こうとした。
弱い力で胸を押し返される。
忌々しい思いで覗き込んだ綱吉の目は、
雪のせいでなく濡れていることに気づいた。
「ツ、ナ……?」
「……も、いい。真っ直ぐ家へ帰るから」
と、綱吉はさっきまで座っていた助手席にではなく、
後部座席へ乗り込んだ。
続いて運転席へ戻った手嶌は、
フロントミラー越しに後部の綱吉をチラ見しながら、
”言ってはいけない事だったのに、
この子を相手にすると、どうしていつも超然として
いられないのか……”と、
臍をかむ思いで、点滅させていたハザードを止め、
車を再スタートさせた。
眠さでぼうっとしながら盗み見ていた時、
毛足に引っかかったキラッと光る微小の金属を
見つけてしまった。
―― それは、ピアスヘッドの片方。
……誰のだろ。
挨拶回りもどうにか無事終わって車に戻っても、
相変わらず綱吉の口数は少ない。
(……ったくこのお子様は、
一体何がお気に召さなかったのか……)
「……まだ、気分悪いか?」
「そんなことないよ」
「でも、雪も酷くなってきたし……
今日はこれで帰ろう」
降りしきる雪を眺めながら、
面倒くさそうに生返事ばかりしていた綱吉が、
ようやく反応して、運転席を振り返った。
「えっ ―― じゃあ、博物館は?」
「また、次の機会でいいだろ?
今日は、早めに帰って体を休めよう」
「大丈夫だよ、俺は何ともない」
楽しみにしていたのは、外回りのお伴じゃない。
そのあとの博物館の方だ。
不本意な提案に、
綱吉はぶんぶんと首を振ったが、
手嶌は取り合わない。
「受験は附属校への内部進学とは言っても、
それには進級しなきゃいけないんだぞ」
「ほんなら、次っていつ?」
窓についていた頬杖をやめて、綱吉がキッと睨んだ。
「人間国宝の特別展、今月一杯だよ?
わざわざ今日の為にスケジュール切り詰めてきた
のにっ」
「それはそうだが ――」
「……それとも、他の誰かとでも行くつもりなわけ?」
いきなり振られた話題に、
ハンドルを握ったまま手嶌は首を傾げた。
「はあ? 誰かって、誰が?」
綱吉は目一杯機嫌が悪いが、
手嶌も実は朝からたいがい機嫌が悪かった。
誤魔化すためにハイテンションで、
しかも綱吉と口を利くと、
理不尽な事で詰ってしまいそうで。
自分の事に精一杯なお子様は、
そんな事にはちっとも気づかない。
「この前の休みは何処に行ってたの?
……この落とし主と」
見つけたピアスヘッドを摘んだ手を、
運転中の目の前に翳した。
夫の浮気をなじる妻じゃあるまいし、
バカみたいだと思ったが、止められない。
「何処って ―― まいったね……
一応おれにもプライベートはある」
「確か今付き合ってるのって 『セブン』の京子さん
とか言ったっけ? ナイスバディの美人だって
聞いたよ。性格はチョ~ひねくれた人らしいけど?
そういうのがタイプなの? 意外にフツウなんだ、
手嶌って」
「そりゃ嫌いじゃないな、俺だって男だから。
胸がでかくて顔が好みなら、頭と性格が多少
難ありでもセッ*スは十分楽しめる」
「つまりヤる事ヤれれば誰だってかまわないんだぁ」
売り言葉に買い言葉とでもいうのか、
だんだんと険悪な会話になってきていた。
まして手嶌はものすごく理不尽な責めを、
よりによって綱吉の口からされて、
ますます気分を害していた。
いい大人が、
16歳の子供相手にしてもいい話題ではないのだが、
不機嫌の応酬は止まらなくて手嶌は思わず、
綱吉には一番の禁句を吐いてしまった。
「お前には関係ないだろっ」
細い体が、目に見えて震えた。
しまった、とすぐに後悔した。
何かフォローをと焦ったが、
思いつくより先に綱吉がまたふいと顔を背け、
窓に向かって呟くように応えた。
「もちろん……ないよ。
手嶌と俺は、ただの教師と生徒だし。
ただの好奇心で訊いただけだから、
言いたくないなら言わなきゃいい」
雪はますます酷くなって、
視界を遮るほどの吹雪になっている。
道路の幅はそんなに狭くないし、
対向車もないのでどうにか運転はできるが、
ひとつ間違うと、冬枯れの田圃に突っ込んで
しまうだろう。
───だから、こんな深刻な話などして
車を走らせていいわけないのだが。
窓の外を睨んだまま、突然、綱吉が叫んだ。
「停めて」
「……はぁっ?」
「停めてったらっ!」
言われるままに、
路肩にゆっくりと停車してハザードを点滅させた。
何を思ったのか、綱吉が、
ロックをガチャリと外し、ドアを開ける。
「頭冷やしてくる」
「ツナっ?!」
突風とともにどっと雪が車に吹き込んだ。
思わず2人とも目を瞑る。
それでも躊躇うことなく、
綱吉はドアの外に足を下ろした。
律儀にも、バタンとドアを閉めてしまう。
「な何言ってるんだっ! ツナっ」
慌てて手嶌も外に飛び出した
雪が凄いけれど、それどころではない。
こんな視界の悪い所に車を止めているだけでも
危険なのに、ましてコートは後ろの座席に放った
ままで、綱吉はセーターだけという軽装だ。
「すまん、俺が悪かった、言い過ぎた」
走って綱吉に近づいて、
焦る気持ちばかりで他意もなく、
両肩を抱きかかえた。
「怒ったのか? ───ホントにごめん、
俺が、大人気なかった。謝るから、お願いだから、
車に乗っ ――」
「……悪かったな、どうせ、ガキだよ」
地を這うほど低い声が、ぼそりと聞こえた。
「頭が冷えたら戻るから、先に車に入ってていいよ」
「そういうことじゃなくて……ごめん、な?
俺、何でもツナの訊きたいこと答えるから。
お願いだから、戻ってくれ。
危険だし、風邪でも引いたらどうするんだっ」
口を開くたびに雪が入り込んで、話す事も辛い。
オメガはただでも気候の変化に敏感なんだ、
こんな場所に長居させたら、肺炎でも起こしかねない
とにかく無理にでも車に乗せて走らせてしまおうと、
手嶌はぐいと綱吉を抱き寄せてドアを開こうとした。
弱い力で胸を押し返される。
忌々しい思いで覗き込んだ綱吉の目は、
雪のせいでなく濡れていることに気づいた。
「ツ、ナ……?」
「……も、いい。真っ直ぐ家へ帰るから」
と、綱吉はさっきまで座っていた助手席にではなく、
後部座席へ乗り込んだ。
続いて運転席へ戻った手嶌は、
フロントミラー越しに後部の綱吉をチラ見しながら、
”言ってはいけない事だったのに、
この子を相手にすると、どうしていつも超然として
いられないのか……”と、
臍をかむ思いで、点滅させていたハザードを止め、
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