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成長編

゛始めよければ終わりよし゛とは行かなかったお話 - ②

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 世良の手が絢音のニットをたくし上げた。

 絢音はそれを元に戻し、同時に半身を起こす。
 世良が仏頂面で呟く。
  
  
「話しは後でじゃだめ?」


 ここまで話しておいて、今さら何だ?!


「私は今、聞きたいの」


 世良は渋々と言った感じで口を開く。


「――うちが欲しいのは嵯峨野書房の駐車場がある土地なんだ」

「!!……」

「実はあそこの隣にある**ビルと後ろに位置する**ビルの買い取りには成功していてね、あとはお宅が立ち退いてくれさえすれば、一気にぶっ壊して新しい商業施設を作る事が出来る」

「……」

「初めは買収なんて手間のかかる事は止めて、社員持ち株会の保有分34%を出来るだけ買い集め、筆頭株主となって事実上の経営権をモノにしてからコトを進める予定だった。しかし、社屋と駐車場の地主は和泉さんだったんだな。たとえ社が乗っ取られようとこの土地だけは手放さない、と言われてやむを得ず深大寺さんにご協力を願ったというワケ」

「……そんな理由でうちを買収……?」

「でも、土地の売買交渉へ入る以前に、うちの叔父貴が和泉さんを激怒させてしまって。取り付く島もないって感じで、すっかり参っちゃってさ」

「あの、温厚な父を怒らせた……?」

「何でも ―― 最初の席で嵯峨野の専務さんに”そうまでしてうちの作品を横取りする気なのか”って言われて、売り言葉に買い言葉で叔父貴が”わざわざ会社を乗っ取ってまで奪いたいと思うような本はお宅にありません”って、言っちゃったらしいんだぁ……」


 それは ―― 激怒されて当然だ。

 出版に携わる人間なら素人目には駄作でも、作家さんが心血を注いで書き上げた作品は欠け替(が)えのない宝物だから。


 絢音は衣服の乱れを整えながら、ベッドから立ち上がった。


「絢音?」

「今後、世良不動産とうちの会社である諸々のトラブル関係で顔を合わせる事はあっても、個人的にはこれでサヨナラね」


 そう言われ初めて世良は取り乱して、絢音にとり縋る。


「離して、世良くん」

「この年になって、こんなにも欲しいと思ったのはキミだけだ。絢音」

「いくら下っ端だって、私にだってねー愛社精神ってもんがあるのっ! あそこまで自分の会社をコケにされちゃ黙っていられないわ」

「でも俺が言った嵯峨野の経営状態は本当の事だ」

 
 『離して!』『嫌だ』 ――の、押し問答と揉み合いは続き。

 さっき整えたハズの衣服もあっという間に乱れてしまう。


「お願いだから待ってくれ絢音っ!!」

「もーうっ ―― しつこいっ!!」


 目にも止まらぬ早業で繰り出された一本背負いが綺麗に決まり、世良は投げつけられ白目を剥いた。


  ※※※※  ※※※※  ※※※※  ※※※※


 乱れた衣服を直すのも忘れ、絢音はホテルの長い廊下を足早に突き進む ――


「何が”3度目の正直”よ……何が”今夜はもう逃がさない”よ。私の本性知る前に自分の化けの皮が剥がれて残念だったわね」


 ようやくエレベーターホールに着き、呼び出しボタンを押す。

 が、怒り心頭のあまり、今日の絢音は理性が正常に働かない。

 エレベーターに八つ当たりする。


「何っこのエレベーター、遅いじゃない?! ったく、今夜は逃がさない、なんて言うくらいなら私の後追って来なさいよ……世良のバカヤロウ……」


 ”チン”と音がして、エレベーター到着。

 その扉が開いたと同時に乗り込んだので、先に乗っていた同乗者に気付かず、危うくぶつかりそうになる。


「あ、ごめんなさい ――」


 その同乗者は2人共サングラスをかけていて、女性は50代半ばくらいのお淑やかな貴婦人。
 男性の方は40代くらいで、何となく見覚えがあるような気がする……


「きゃ~~っ!」


 絢音の乱れた衣服を見た貴婦人が開口一番悲痛な叫びをあげた。


「あ、あなた、その恰好はどうなさったの?」


 そう問われて、絢音は慌てて衣服の乱れを直す。


「あ、いや、こ、これは……」

「ま、まさか! 何処かの部屋に連れ込まれて無理矢理手ごめにされた、とか ――」


 連れ込まれたのは確かだが、手ごめにはされてない。

 貴婦人は当事者の絢音以上に狼狽・動揺し、


「まぁ、大変。こんな時は警察? それともやっぱりホテルの方を呼んだ方がいいのかしら。ねぇ、りゅうくん、どうしましょ」

「(りゅう、くん??……)」


 貴婦人に”りゅうくん”と呼ばれた男性は慌てず・騒がず。


「落ち着けよ。彼女も困ってるだろ」

「でも……」

「こうゆう時は ――」


 と言い、男性が自分の内ポケットから出したサングラスを絢音へ掛けた。


「これで少しは泣きっ面も隠れるハズ」

「あ ―― ども……」


 2人は1階フロントロビーで降りて行ったが、そのすれ違いざまの横顔で男性が誰だったか、やっと思い出した。


「!!てしま、さん……」


 遭遇した時の絢音の恰好ときたら、胸元は大きくはだけ、そこには世良が無遠慮に付けまくったキスマークだらけ、だったのだから。

 あの貴婦人が勘違いしたのも頷ける。

 けど、よりにもよって、これから頻繁に会う事になるかも知れない人に自分のこんな醜態を見られてしまうなんて……と、絢音は当分の間浮上出来ないくらいどっぷり落ち込んだ。

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