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成長編

初めての原稿取り

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 先日あの鬼束さんからお願いされたお孫さんの家庭教師は、自分なりに良く考えた末、今私は高3でこれから就活に本腰を入れるつもりなので、バイトをいくつも掛け持ちする余裕はないと、なるべく丁重にお断りした。 


 アルバイトから長期インターンシップに切り替えての勤務日初日。

 席に戻るなり、主任の谷田部やたべさんにちょっと厄介そうな頼まれ事をされてしまった。


「えっ ―― 私が、原稿取り、ですか?」

「あぁ、担当の神谷が急性胃炎で入院しちゃってね……絢ちゃん、ちょうど暇そうだし、ちょこっと頼むよ」

「ちょこっとって ―― 主任、私まだインターンですし、第一まだ編集者見習いとしての研修中なんですよ」

「いやいや、何事も経験だよ。経験」

「それに、神谷さんが担当でこの時期にまだ原稿が上がっていない作家さんて、まさか……」

「そう。そのまさか、さ」


  今、人気急上昇中のBL作家 ――夢美乃 碧羽ゆめみの あおば
 先生ぃぃぃ?!


「あー、主任。表紙の差し替え、明日の9時でギリっすよー? 宜しく」

「へーい」

「大野さん……あぁ! そうだ。夢美乃先生って、確か大野さんの大学時代の後輩でしたよね。だったら」

「俺は出禁できんなの」

「でいりきんしぃ ―― そんなぁ……」

「デビュー前から面倒見てやったのに、ちょっとベストセラー連発して・ちょっと映画化ドラマ化されて・ちょ~っと高額納税者の仲間入りしたぐれぇで、いい気になって ”お前の顔じゃちっとも萌えないし・勃たない”なんてヌカしやがって!」

「は、ぁ……」

「って事で、絢ちゃ~ん、ご両親から授かったその美貌を武器に、原稿奪っていらっしゃいっ」

「……は、はい」



  『嵯峨野書房』城東支社”隔刊・カミングアウト”編集部、

  編集見習い・成瀬絢音、編集力は顔と知る ――。


  そうしてやって来たのは ――――


  わあぁぁ……パシフィックオーシャンビュー東京。

  ビリオネア御用達の5つ星ホテルだったよね。

  私なんか、ここに立っとるだけで場違いな感じが
 するんだけど……こんな高級ホテルで缶詰なんて
 さすが、ベストセラー作家様だわぁ……。


  自動ドアからフロント・ロビーに入った所で、
 ホテルマンさんに声をかけられた。


「成瀬様、でいらっしゃいますね。こちらへどうぞ、
 神楽かぐら様がお待ちです」


  えっ ―― 神楽?
 あ、そっか。
 ホテルには本名で宿泊なさってるんだ。

  そりゃそうだな、素姓が容易に知れてしもたら、
 原稿なんてゆっくり書けないもん。


「は、はい……」


 自他共に認める゛一般庶民゛な私は、ホテルマンさんとエレベーターに乗っても思いっきし落ち着かなくて。

 ”チーン”と小さい音がして、エレベーターのボックスが止まり、扉が開いた頃やっと、さっきから感じていた落ち着かない理由に気付いた。

 このエレベーター、普通ならあるハズの回数表示板に数字が書いてなくて、代わりに付いてるセンサーへカードキーをかざし、ボックスを作動させるタイプのモノだった。

 こんなVIP待遇みたいなエレベーターに乗るのは生まれて初めてだ。
 
 《道理で落ち着かない訳よねぇ~~》



「如何なさいましたか? 成瀬様」

「あ ―― すみません、ぼうっとしてました」

「こちらへどうぞ」

「はい」

 
 
 18階建て・638室もある中で、こんなだだっ広いこのフロアーに客室は18戸のみ。


 国賓クラスの賓客や世界の名だたる大富豪が
 その顧客リストに名を連ねる……

  お金持ちの ――

 それも、半端じゃないお金持ちの為の

  

 18戸ある客室は、一般庶民なら日常遣いは出来ない金額だけど、これから面会する夢美乃 碧羽先生が滞在するベイフロントスイートは一泊大体30万はするそうだ。
 
 
 私をここまで案内してくれたホテルマンさんは、フロアの廊下を静かに進み突き当たった角部屋のドアを静かにノックした。
 
 やがて室内から男の人の柔らかな声 ――


『―― はい』

「成瀬様をお連れ致しました」


  中側からドアが開いて ――
 応対に出てきた人は男性。

  年は50代の前半位。

  中世の執事バトラーを彷彿とさせるち。  

  まるで昔の映画から抜け出てきた、みたいだ。


「いらっしゃいませ。ようこそお出で下さいました。
 中へどうぞ」


「はい……」


  ここで私の先導役はホテルマンさんから、
 このバトラーさんへバトンタッチ。





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